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06:彼の物語「暗闇に棲む魔物」

2017.11/21・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。

他のタイトルも順次修正を行っていきます。



「準備も整ったことだし、今度こそ出発しますかね」

「はい。……ところで、どうしてわたしが荷物持ちなのですか」


 ほんのりと不満が篭ったような声色のピケの背中には、紐で縛って背負えるようにした宝箱があった。背中にある宝箱の蓋は開きっぱなしにされており、その中から絶え間なく零れ出る淡い光が周囲をぼんやりと照らしている。


「色々と理由はあるけど、……これも安全のためかな」


 小さな女の子に嵩張る荷物を押し付けるのは気が引けるけど、ここは魔窟迷宮だ。

 この先いつ、どこからモンスターが襲ってくるかわからない。先頭に立って戦うには、できるだけ動き易い格好になっていなければならない。ピケを護るために邪魔になる荷物を背負ったままでいては、いざという時の初動が遅れてしまうのだ。


「…………その安全の確保も、俺の動き次第だけどな」


 俺は確かめるように背中の剣にそっと触れた。

 そのまま以前のように腰に下げていては地面を引きずってしまうので、今は仕方なくピケのように紐を使って背中にくくりつけている。ついこの間、古代竜にとどめを刺した自慢の大剣もこの小さな体ではろくに装備することも出来なかった。


 普通に動き回る分には問題ないくらいに動くことはできる。

 ……それでも戦闘の動きについていけるのかは、やってみなければまだわからない。出発の前にいくらか体を動かして慣らしてみてはいるが、やはり距離感や力の込め方など少しの感覚と認識の違いがいざという時にどう影響してくるのか……。


 今のこの短い手足でどこまでできるかわからないが、レベル100まで上り詰めたんだ。このくらいのハンデは軽く笑って乗り切らなければ、あいつらにも笑われてしまうだろう。……そう思わなければやっていけない。


「それに護るものは、ひとまとめにしておいた方が効率もいいからな」


 自分の姿さえ見失う真っ暗闇である魔窟迷路では、宝箱の光源は命綱と言ってもいい。完全なる暗闇はあっという間に精神を蝕んでいく。……感受性の高い子どもなら、きっとその速さも察する限りだろう。僅かな光でもあるとないでは大違いだ。


 だから代わりになる光源がない以上、その宝箱を大切にしなければならないのだ。


「そうでしたか、理由があるのならわかりました。……荷物持ちは任せてください」

「ゴメンな、ピケ。疲れるだろうけど、荷物は頼むな」


 ……他の理由としては、ピケが一人だけで逃げ出せるようにするためだ。


 最悪、俺がモンスターを相手にしてピケが逃げる時間を稼げればそれで良い。

 こんな姿になってもたぶん、一人だけなら『先読み』と『危機回避』の恩恵をフルに使って、隙を突いて逃げるくらいのことはできるだろう。下手を打つつもりはないけれど、駄目だったら。まあ、……それまでだったということで。


 宝箱を背負うピケをちらりと見て、進む先をじっと見つめる。


「……さて、この先に何が待っていることやら」


 不安は山程あるはずなのだが、思わず口角が少し上がってしまう。

 こんな時に変なものだけれど、これから未知の場所に一歩踏み出していくのかと思うと、どうにも昔あったいくつもの冒険のあれこれを思い出して自然とワクワクしてしまうのだ。

ピンチを不謹慎にも楽しんでしまう。……ああ、これも冒険者(エルディスト)の性なのだろうか。



     ◆     ◆


 歩き始めてからどれくらい時間が経っただろうか。

 代わり映えのしない岩壁に囲まれていると、だんだんと時間の感覚がおかしくなっていってしまう。それでもこれまでの経験から、結構な時間が経っているような気がする。


「結構歩いたな。……この辺で一息つこうか」

「……休憩ですか。わかりました」


 近くの手頃な岩に腰を下ろすと、思い出したように疲れが溢れ出てくる。

 どうやら見た目だけではなく身体能力もピケと同じにされてしまっているらしい。……これまでなら、たとえ数日間であっても休憩なしで歩き続けられる程の体力があったはずなのだが、この体では同じようにいかないみたいだな。


 横を見ればピケも平気そうな顔をしているが、かなり息が乱れてしまっている。

 これまでピケの様子を見てきたけど、彼女はあまり感情を表に出さない子どもなようだ。とは言え、気丈に振舞っているというわけでもないのだろう。基本的にボーっとしていて感情の起伏があまり見られないので、何を考えているのかつかめずにいる。


「…………」


 今も何が楽しいのか宝箱の前にしゃがみ込み、あふれ出す光をじっと眺めている。

 道幅と天井までの距離に余裕があるため閉塞感は思った程なかったけれど、それでも息苦しさは十分ある。それに加え、全身に圧し掛かる魔窟迷路独特の威圧感のようなものを感じる。ましてやこれが初体験なのだ。……これで疲れるなと言う方が無理だろう。


 しかし、ここまでの探索はモンスターに出くわすこともなく順調に進んでいた。


「ここまでは順調だな。……まあ、順調過ぎるような気もするが」

「順調なら良いのではないですか?」


 宝箱からほわほわと浮き上がる淡い光を目で追いながら、ピケはそう答えを返してくる。……今のは独り言のつもりだったのだけれど、反応されてしまったのなら仕方ない。


「『物事が上手く行き過ぎていると、後から災難が起こるもの』、って決まってるのだよ。……嫌なことにこの言葉はよく当たる。どういったわけか納得はいかないけどな」

「…………嫌なことを言うのですね」


 その一言で、ピケにまたしても渋い顔をさせてしまった。

 嫌なことを言うつもりはないのだが、注意するに越したことはないだろう。


「そう不吉なことを言いたくはないけど、……災難に備えて困ることはないだろうさ」


 恩恵の反動といったものがあるかまだわからないが、こうして危機回避を続けていると決まって一度は災難が降りかかってきてしまうのだ。……まあ、その災難もまた危機回避によってどうにか避けられるのでこれまで気にしたことはなかったのだけれど。


 しかし、今その災難が起こってしまえば巻き込まれるのは俺だけでは済まない。


「子どもの足とはいえしばらく進んだはずなのに、どうしてモンスターに遭遇しないんだ。魔物避けのお香なんて便利なものは使ってないし。……なら、もしかしてこの近辺にいるモンスターの数自体が結構少なかったりするのか?」


 俺の持つ『危機回避』の恩恵のおかげということもあるだろうが、それにしたところでモンスターの気配がやけに少ない気がする。……まるで、何かを避けているように。


 ハッとして来た道を振り返る。


「……やっちまったかな?」


 なんとも嫌な気配を感じてしまった。


 これから進む先にばかり注意を払っていたが、いつの間にか後方の暗闇の先にいた無数のモンスターの気配を見逃してしまっていたらしい。かなり遠くではあるが、蠢くような気配は紛れもなく奴らの気配だ。……早めに移動をしていて良かった。

 この様子ではあの目覚めた場所も今頃、モンスターで溢れてしまっていることだろう。


「顔色が悪いようですが、どうしたのですか?」

「引くに引けず、進むに進めない感じ。……進むしかないけど」


 後方にいるモンスターの気配は徐々に増えていっているけれど、幸いなことにこちらへ近付いてくる様子はない。いや、楽観的に考えるのはやめておこう。……モンスター達はこちらへ近付かないのではなく、近付けない(・・・・・)ということではないだろうか。


 たとえ『先読み』の恩恵がなかったとしても、この先に嫌な予感はしたことだろう。


「そうですか。……進むしかないというのなら先に進みませんか?」


 ……ピケにはそんな予感は感じ取れなかったようだ。

 でも、キョトンとした顔で何を言っているのだろうかと首を傾げるその様子のおかげで、逆にあれこれと考えていた迷いをさっぱりと吹っ切ることができたのは確かだ。……もう、やることは決まっているのだから、あとはあれこれ考えずに行動するだけだ。


「まあ、じっとしているわけにもいかないからな。……行くしかないか」


 気合を入れて立ち上がり、先へと一歩踏み出した。

 ……おそらくはその先に待っているであろう災難に向かって。



          ◆     ◆


 しばらく休憩をした後、道を更に先へと進んでいった。

 周囲に警戒をしながら奥へと進んでいくと、そこには周囲にヒカリゴケか蛍光石でもあるのか、ぼんやりとした淡い明りに包まれる一段と開けた広い場所へ出ることになった。随分と久しぶりにぼんやりとした宝箱以外の明かりを見たような気がする。


 ……しかし、そんなことを感傷に浸って悠長に考えることより先に、その場所にいた圧倒的な存在感を放つ先客の方に意識をほとんど持っていかれることになってしまった。


「……あれって、寝てるのかな。どう思う?」

「どうでしょうかね。眠っているような格好には見えますけど、眼のいくつかは警戒したように周りを見回していますからね。……近付いたら起き上がるのではないですか?」

「あ、やっぱりそう思う?」


 岩陰に身を隠しながら、ひそひそと小声でピケとそんな言葉を交わす。


「アイツに見つからずに進むのは、ちと骨が折れそうだよね」


 目の前には大きな鼠がいた。


 ……いや、大きいなんてものじゃないし、そもそも鼠なのかも疑わしかった。

 ここは開けて大きな空間になっているので窮屈には感じないが、体の大きさは先程まで進んで来た道にぴったりと収まるくらいの巨体だ。丸まって小さく寝息を立てているが、その巨体では小さな寝息ですらビリビリと空間を震わせている。


『………………』


 そして姿こそ野鼠にも似ているが、その体の表面はキョロキョロと辺りを見回す大小様々な眼でびっしりと覆いつくされていた。こちらから見た限り、半分以上の眼は閉じているようだけれど、それでも十数個の眼が文字通り目を光らせている。


「……これも魔物なのですか? 随分と大きいようですが」

「ああ、アイツも魔物(モンスター)だよ。……それも大きいだけじゃなくてかなり手強い、な」


 大きなモンスターならば巨人(ギガンテス)岩山鬼(ロックジャイアント)など山程いるが、アイツはそれだけじゃない。……どうやらこの状態ではレベルの探知もろくにできないみたいだけれど、それでも目の前のアイツがかなりの高レベルのモンスターであることは感覚からしてわかる。


 後ろのモンスター達が近付いてこないのは、間違いなくアイツがここにいるせいだろう。


恩恵(スキル)が判断を間違えるってことはないはずなんだけどな。……まさか、出口に向かっているつもりで間違えて魔窟迷宮の主(エリアボス)の元にでも来ちまったのか? いや、そりゃないか」


 恩恵の出した答えに『間違える』とか『間違えない』とかはない。

 恩恵に頼り切るのはあまりよくないが、俺は自分のこの恩恵を信用している。

 この結果が恩恵の出した答えなのだとしたら、これが今の俺に取れる最良で最善の選択だったということなのだろう。そこに疑うような余地はない。……それなら、その選択の中でしっかりとやりきるだけだ。


「さっきは進むしかないと言っていましたが、……どうするのですか?」

「さっきもうそう言ったし、……そりゃもう進むしかないでしょ」


 自棄(やけ)ではないけど、聞かれたのならそう言うしかない。

 俺の『危機回避(リスクヘッジ)』はこの先にもまた危険があることを知らせてくれているけれど、道を戻っても危険があることはさほど変わらないようだった。……というか、さっき後ろに迫っていたモンスターの気配に気が付いてからずっと、危機状態だと知らせてくれている。


 それなら少しでも前に進む他ないでしょうが。


「アイツのでかい図体に隠れていて見え辛いけど、あの先に細い道が続いているみたいだ。このまま寝ていてくれたらいいけど、……三つ数えたら走り抜けよう」

「三つ数えたら、ですか。……わかりました」


 声を殺してそう指示を出すと、ピケも顔を引き締めて背負う紐をギュッと握りしめた。


「いい返事だ。……それじゃあ、いくぞ。1、2のさ……んッ――」


 3、と言おうとした所で地面が大きく揺れた。




「ぐっ、こんな時に……」


 立っていられなくなる程の大きな揺れに踏み出そうとした足を戻し、踏ん張った。

 視界も体も全てが大きく揺らされる。さすがの大鼠もそんな中ではぐっすりと眠ってもいられなかったのか、体中にびっしりと貼り付けた目ン玉を全てカッと見開いて、何が起こったのかと警戒するように周囲を一斉に見渡した。


 ……そして、その中のいくつかの眼と残念なことにバッチリと視線が合ってしまった。


『……ギュイァ!』


 鼠は飛び跳ねるように起き上がると、思わず耳を抑えたくなる程の威嚇音を上げた。


 起き抜けだからだろうか、随分と機嫌が悪い。

 先程の大揺れに叩き起こされたことに腹を立てているのか。それとも邪魔者が近くに現れたことに苛立っているのか。全身の無数の眼を血走らせて毛を逆立て、いつこちらに向かって飛び掛かってきてもおかしくない危険な様子だ。


「こいつはヤバイ。……ピケ、さっきの道を引き返すぞ!」


 後ろにいるピケに向かってそう叫ぶが、振り返ればそこにピケの姿はなかった。


「おい、ピケ! どこに行っ――」


 ……さっき俺は、ピケになんて指示を出した?

 そんな嫌な予感に再び鼠の方に目を向ければ、そこには合図に合わせて既に全力で走り出しているピケの後ろ姿があった。背中の宝箱が上下に揺れて走り辛いだろうに、脇目も振らず全速力でアイツの側を走り抜けようとしている。


 ……だが、早さがまるで足りてない。


『ギュッ――』


 鼠の視線がピケの方へと動いた。

 アイツも自分の近くへ駆け寄ってくるピケの姿に気が付いたのか。……いや、それとも初めからそのたくさんの眼で美味そうな獲物が離れるのを見ていたのか。ピケに向かって飛び掛かろうと、ぐっと大きな身体に力を込めていた。


「…………ッ」


 ピケの姿が視界に入ると同時に駆け出していた。

 そう距離が離れているわけじゃないが、一足先に駆け出しているピケに今から走って追い付けるだろうか。……いや、絶対に追い付かせる!


「――畜生ッ、間に合え!」


 地面を踏み込む脚に、それから足先にグッと力を込めた。


 ……確かに今は連動装備によってピケと同じだけの身体能力しかないけれど、俺にはこれまでに散々積み重ねてきた経験がある。手足や筋肉の効率の良い動かし方、それから無茶のさせ方ってやつは頭であれこれ考えるよりも早く、経験から十分理解している。


 だから、――この身体の使い方だって、よく知っている。


――ザサッ……


「……ディズちゃん?」

「……おい。誰だよ、ディズって」


                                       』


 おお、ようやく敵が現れましたね。……体表が目で覆われた影のように真っ黒な大鼠というと、たぶんアイツのことなのでしょうかね。中々厄介な敵ではありますけど、きっと歴戦の勇であるデューズならこれくらいの困難でも難なく乗り越えてくれるはずですよ。


 さあさあ、その姿でどんな戦いぶりを見せてくれるのかとても楽しみです。




 チートスキルを持っていても、探索は順風満帆には進まないものです。


 次はいよいよ戦闘シーン…… になるのでしょうか。

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