05:彼の物語「神々の恩恵」
2017.11/20・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。
他のタイトルも順次修正を行っていきます。
『
「……あれは、魔物ですか?」
ピケは隅に転がっていたモンスターの亡骸が目についたのか、そう尋ねてきた。
「ああ、魔物だな。……大丈夫、突然襲ってきたりはしないよ。ちゃんと死んでる」
すでに瞳は潰されているが、その特徴的な額の眼からして亡骸は石化蜥蜴だろう。
誰がこいつらをやったのかわからないが、頑丈な鱗と石化能力を持つ石化蜥蜴を相手にするのは相当骨が折れる。……だが、周囲に戦闘の跡があまりないことからして、そんな複数の石化蜥蜴を相手にしても苦戦はしていなかったということだろう。
……まあ、その誰かさんがこんな厄介な状況を作り出してくれやがったのだろう。
だが、ピケはモンスターの姿を怖がって尋ねてきたわけではなかったらしい。
「……死んで、しまっているのですか」
「? そうだけど、それがどう――」
スッと立ち上がるとピケは亡骸の側へと近寄っていった。
「…………どうか安らかに、苦しみなく天へと召されますように」
そしてピケは亡骸の側に膝をつくいて手を組むと、祈りを捧げていた。
そうして手を組み神へと祈るピケの仕草は、今時珍しい敬虔なる信徒のようだった。それは一朝一夕で身に付けたものではない不自然な程に自然な振る舞いで、ここがどこであったのか一瞬忘れてしまうところだった。
「……どうしてピケは、そんな亡骸なんて弔っているんだ。こいつらは――」
ただのモンスターじゃないか。
そう、言葉を続けようとしたが、ピケの姿を見て思わず続きを飲み込んでしまった。
「それでも生まれた命です。ならば等しく神の元へと届けられなければなりません。……ですから彼らのために、せめて安らかに眠れるように祈らせてください」
止められるわけもなかった。
悲しげに涙を浮かべながら祈り続けるそのピケの姿は、この薄暗い闇の中にあってもわかる程に純真で。ただ、そうであることが当たり前であるように信じる聖者のような姿だった。……ピケの世間ずれは、浮世離れと言う方が正しかったのかもしれないな。
……神殿育ち。
会話や行動の端々から察するに、おそらくはそういうことなのだろう。
親を亡くした子ども、捨てられた子ども達は時に神殿の孤児院へと引き取られていくことがある。そうした彼らは俗世から切り離された神殿の中で、敬虔なる信徒として外のことを知ることなく、神に日々の祈りを捧げるだけの退屈で嫌になる日々を過ごしている。……といったような話を、前にドゥラークから聞いたことがある。
そういえばドゥラークはいつも『神殿なんて、用もないのに行くような場所じゃねえぞ。……俺は用があってもあんな辛気臭い場所に顔なんざ出したくないがね』と、ゴツい顔をしかめて忌々しそうに言っていたな。そんなにも神殿が嫌なのだろうか。
神殿の仲間達と喧嘩別れをして冒険者となったドゥラークの言葉なので、その全てを真に受けるつもりはないが、……ピケの纏っているボロボロの服装からして、清貧という言葉では誤魔化せない程に貧しい暮らしをしているのは確かなようだ。
神殿の経営が傾いているという噂は耳にしたことがないが、どうなのだろうか。
ともあれ、日頃の癖で思考があっちへこっちへと迷子になってしまっているが。……ピケが彼らの亡骸のために祈るというのなら、それを邪魔するわけにはいかないだろう。
「…………そうだな。俺にはもう彼らの死から何かを想うことなんて出来ないけど、……それでもピケぐらいは、彼らの死に平穏を祈ってやってくれ」
「…………」
暫くの間、祈りを捧げるピケをただ静かに見守った。
揺らめきもしない淡い光りに照らされる中、時間だけがゆっくりと過ぎていった。
◆ ◆
「さて、……ここもいつまで安全かわからんし、移動するとしますか」
祈りも終わり、一区切りついた後でピケにそう提案した。
「移動、ですか。……わかりました」
魔窟迷路はその名の通り、モンスターが溢れかえる魔窟だ。
周囲のモンスターを一通り始末したからといって、いつまでもその場で安心していてはいけない。 油断していると、通路の奥や手前からわらわらと次のモンスターが押し寄せて来て逃げ場どころか、身動きが取れなくなってしまうことだってある。
……ましてや、自分たちがどうやってここまで来たのかわからないのだ。
モンスターが近づいて来ないか周囲に十分気を配ってはいるが、それでも完全に気配を消していきなり襲い掛かってくる奴だって中にはいる。今のところその様子はないが、次の瞬間モンスターがひょっこりと顔を出してきてもおかしくはないのだ。
十分な状況や装備の確認も出来ていないまま移動するのも不安ではあるが、こうしていつまでもこの場にとどまっているというのも得策ではないだろう。……最低限の準備を終えたら早々に安全な場所を確保するとしよう。
「それじゃあ、この辺にある荷物は全部一つにまとめて。…………まあ、宝箱の中にでも入れておくか。灯りの代わりにもなるし、少し嵩張るけど丁度いいだろう」
「宝箱に、ですか? ……全部入りますかね」
ピケは周囲に散らばる大人用の鎧や剣と宝箱を見比べ、そう尋ねた。
宝箱はピケがすっぽりと収まりそうな大きさではあるが、それでも周りに散らばる荷物を全部入れられるかというと難しいところだろう。……それが普通の箱ならば、ね。
「大丈夫。この量ならたぶん、全部ちゃんと入りきるだろうから」
あまり知られていないのだが、宝箱にも道具を収納することができる。
道具袋と違って箱自体に結構な大きさがあるので手軽に持ち運ぶには適していないが、宝箱も道具袋と同じように本来入る質量以上の荷物をその中に収納することができるのだ。
……箱に入り切らない筈の大きさのアイテムがその中に収まっているのだから、よく考えれば誰か気付きそうなものだが、せっかく手に入れた自分のアイテムをわざわざ宝箱に戻そうとする変わり者が少なかったため、そのことはあまり知られてはいなかった。
そして、察しの通り俺はそんな変わり者の一人だった。
「……その昔、魔窟迷路に潜ったのは良いけど、調子に乗って少しばかりアイテムを取り過ぎちまってね。余ったアイテムをその辺にただ放っておくのもなんだか悪いかと思って、開いていた宝箱に詰め直したんだよ。……まあ、若気の至りってやつかな」
単独の冒険者だった頃を少し思い出す。
おかげで、回復薬と良回復薬、超回復薬等がたっぷりと詰まった、応急セットのような宝箱が出来上がってしまったわけだが。……まるで薬屋の在庫セールみたいな仕様だが、きっと必要な人がその中身を手に入れたことだろう。
「はて、まるで今は若くないような言い方ですね」
「えっと、…………色々あるんだよ。そう、色々とね」
確かに冒険者にしては若い方ではあるのだけれど、この子と比べると若いとは言えまい。……それに、ここでややこしいことを言ってもただピケを混乱させてしまうだけだろう。
「はあ、そうですか色々とあるんですね。…………それで、これからどちらへ向かうことになるのですか? とりあえず、進めそうな道は前と後ろの二つなのですが」
……なんてことを少し考えていたりしたのだが、そんな気遣いは無用であったようで、ピケは箱の近くに転がっていた荷物を宝箱の中へテキパキと片付けながら、さほど興味もなさそうにそんなことを尋ねてきた。……うーん、淡白だな。
「そうだな、出口の方向は。…………恩恵の感覚からして、こっちかな」
俺は迷わず大きな闇の先を指差した。
こういった洞窟のような場所において一番困るのは、進むべき方向がわからなくなってしまうことだ。外とは違い、目印となるものが岩壁と地面しかないのだ。故意に何か目印でも付けながら歩いているのでなければ、自分がどっちから進んできたのかもわからなくなってしまうだろう。……そして、出口に向かっているつもりで誤って更に奥へと進んでしまっていては、いつまで経っても外へ出ることは叶わなくなってしまう。
まあ、俺は目印なんて使わないけどね。
「どうして、そっちだとわかるのですか?」
「勘、……なのかな?」
「………………」
……うわぁ、物凄く胡散臭いものを見る目を向けてきたよ。仕方ないけど。
「えっと、そのな。勘、って言っても。さっきも言ったけど、『恩恵』の力なんだよ」
「……その、胡散臭い『恩恵』とは何なのですか」
どうやら胡散臭さは振り払えなかったらしい。
……というか、ピケのその様子からして『恩恵』のことを知らないのだろうか?
「『恩恵』っていうのは、簡単にいえば『才能の結晶』なんだよ」
「才能の、結晶ですか」
誰にでも向き不向き、得意不得意といった個人の才能というものがある。
剣技が得意な奴もいれば魔法が得意な奴もいる。料理が得意だけど絵が下手な奴もいるだろうし、計算は得意でも人と仲良くするのは苦手な奴だっている。生まれ持った素質とも言えるけど、そういった何かしらの才能というものを人は持っている。
例え才能がなくても、努力や鍛錬によって十分な成果が出ることもあるだろう。……それでも、もし更に才能があればそれよりも上の成果だって目指すことができただろう。努力や鍛錬を続けられることも一つの『才能』ではあるが、そういった才能の有る無しは出発点やそこからの伸び代に大きな差をつける程の代物だ。
恩恵とはつまり、努力や鍛錬によって身につく成果を容易く超える才能の結晶だ。
恩恵を授かるだけでこれまでになかった才能が開花し、恩恵に応じた技能や知識を得る。その中には蘇生や不死、創造などの人智を超えた才覚を得ることができるようになるとんでもない恩恵だって少なからず存在している。
……それこそ聖杯による新たなる進化なんかより、こちらの方がよっぽど神の領域へ一歩どころか両足とも突っ込んでしまっているとんでもない所業なんじゃないだろうか。あの口煩い神殿の爺ちゃんはそこん所はどう考えているんだろうか。
「ちなみに俺の授かってる恩恵は『先読み』と『危機回避』だ。相手の動きが読めたり、危険な雰囲気を感じ取れたりと、両方共とても便利な恩恵だな。どっちもモンスター達と戦っているうちにいつの間にか手に入ってた」
そして、恩恵の授かり方は実に様々だ。
聖杯を捧げる時に授かることもあれば、戦いや修行の最中。加護や呪いを受けた時、他にもふとした閃きが浮かんだ瞬間や何かを決意した時に授かったりもする。何か特定の恩恵を授かりたい時には、そこの宝箱に入っていたような巻物を使ったりもする。
「……ということは、この巻物にも『恩恵』が入っているのでしょうか」
そう言って片付けの手を止め、中に入っていた巻物を手にした。
「特徴的な赤黒い封がされてるようだし、たぶん恩恵の巻物だろうな。……どうやらその巻物に名は記されてないみたいだから、どんな恩恵が手に入るかはわからないけどな」
「……このわたしにも、神の恩恵は届くのでしょうか」
ピケはその手にした巻物をじっと見つめた。
神の恩恵、か。……これって神様に正面から喧嘩を売っているような力なんだけど、この『恩恵』ってやつも神様が人々に与えてくれているものなのだろうかね。
「恩恵は万人に与えられる。……既に恩恵を二つ授かっているってわけじゃないんなら、大丈夫だろ。……見た感じかなり古い巻物のようだし、結構珍しい恩恵かもしれないな」
どういう理由か、授かる恩恵は一つ。多くても二つが限度と言われている。
それ以降は失敗するか、恩恵に成り損ないの知識や技術の習得にとどまってしまう。
古くに言われた言葉には『天は二物を与えない』とあるようだけれど、その二物までが天が与えてくれる恩恵の限界というやつなのかもしれない。……まあ、要するにその後は持ち前の才能と積み上げた努力と研鑽で頑張るしかないってことだろう。
「でも、せっかくの天から授かる恩恵なんだ。できれば自分の望むまま、自然に授かるのが一番じゃないかな。……あんなに綺麗な祈りを捧げられている君なんだ。きっと神様も、そんなピケのことをしっかりと見ていることだろうさ」
「……そう、なのでしょうか」
ピケは不安げにこちらを振り返った。
「ああ、そうさ。……こんな迷宮の中じゃ、ちと見通しも悪いかもしれないけどな」
神様っていうのが本当にいるのかわからないけど、ここは剣と魔法の世界なんだ。
森や泉には精霊や妖精がいて、ドラゴンだって自由に空を飛んでいる。だから神様の一人や二人くらい、ピケのことを遠くから見ていても不思議じゃないだろうさ。
「……なら、早く出ないといけないですね」
ピケは巻物を宝箱にそっと戻し、また荷造りを再開した。
不安げな顔からまた元のそっけない無表情に戻ってしまったが、その表情は心なしか先程までよりも穏やかになっているような気がした。
』
恩恵なんて、厄介なものができたものですよね。
神の奇跡を大盤振る舞いにばら撒いたりして一体何をしようとしているのやら、です。まあ、そのおかげでデューズも冒険の中で主人公らしい力を得ることができたわけなので、痛し痒しではありますが、……余計なことをしてくれたものです。
これで書きためた分は終了です。
次は更新がゆっくりになりますが、よろしくおつきあいください。