04:彼の物語「従属の首輪」
2017.11/17・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。
他のタイトルも順次修正を行っていきます。
『
……よし、それでは今の状況を整理してみようか。
まずは1つ目。打ち上げ後、なぜか真っ暗な洞窟のような場所で目が覚める。
次に2つ目。目が覚めて辺りを探ってみたら、隣にはなぜか少女が寝ていた。
そして、これが問題の3つ目。……気付けばなぜか体が縮んでしまっていた。
――以上、今の状況の整理終了!
「……って、何じゃそりゃ!」
理解がまるで追いつきゃしない。
えっと、目が覚めたら体が縮んでいるだって?
……いや、これは体が縮んでいるというよりも筋肉の付き具合や骨格の様子から察してみるに、どうやら子どもの体になっているという方が正しいみたいだけれど。とは言え、そんな幼くなるような状態異常なんて聞いたことがないぞ。
「う、……うう」
意識が戻ってきているのか、わずかに呻く声が聞こえてきた。
「そうだ、今は混乱してる場合じゃない。あのお嬢ちゃんは大丈夫なのか」
一先ずあれこれ考える事は止め、横たわる少女の元へと駆け寄った。
近付いて、彼女の様子を見てみる。
「……怪我はないみたいだな、たぶんだけど」
薄暗い中では判断はつき辛いが、やはり眠っているだけのようだ。
薄くあばらが浮き出る程やせ細っているようだが、目立った外傷はないように思う。……服の下までは確認していないので若干不安は残るけど、そこは許容の範囲内だろう。
呼吸も穏やかでうなされている様子はなかった。顔色も目の下に濃い隈があるが悪い、と言う程ではないようだ。それと、髪は手入れがされていないのか随分とボロボロだった。
いや、ボロボロというのなら身に着けている服装も随分とボロボロだ。
裾が擦り切れて所々ツギハギだらけで、それはもうボロ切れのような服装というよりも、ボロ切れその物と言った方がまだ正しいんじゃないだろうか。貧民街に住む子ども達でも、この彼女の着ているボロ切れよりはよっぽどまともな服を着ていることだろう。
……そして、彼女の左手にはそんなボロ切れ衣装とまるで噛み合っていない、綺麗な細工の施された豪華な指輪がはめられていた。どこかで似た雰囲気の物を見たような気がするけれど、それは一体どこで見たのだったろうか。
「……それにしても、この子は何者なんだろうか」
彼女からはなんともちぐはぐな印象を受ける。
どこかの浮浪児かとも思ったけれど、それにしては健康状態が良すぎる。あばらが浮き出ている体ではあるけれど、ボロボロの服と髪以外は身綺麗にされているし血色も随分と良いようだ。貧困による虚弱さとはどこか違っているような感じがする。
「……他にも気になることは山程あるけど、どうやら大丈夫みたいだ」
しかし、地べたにそのまま寝かせておいたら、どんどんと体の熱を奪われてしまう。
周囲を見渡し手頃な外套を畳んで下に敷き、彼女をそっと寝かせておくことにした。……とは言うものの、他に近くにあった物といえば何体かのモンスターの亡骸とぶかぶかとなって外れてしまった俺の元装備、それから現在灯りとなっているさっきの宝箱くらいだったので選択肢はそれ程なかったのだが。
……というか、宝箱がある時点でわかってはいたけど。
「ここってやっぱり魔窟迷路だよな。……しかも、どうも誰かがちゃんと整備をしているってようには見えないし。これって絶対に探索が進んでいない未踏迷路だろ」
魔窟迷路はその名の通り、モンスターの詰まった複雑な迷路だ。
どうやって生まれているのか未だに謎が多い場所なのだが、迷路の中には溢れ出る程の多数のモンスターの他に希少なアイテムの入った宝箱が幾つも点在している。そのため、レベル上げや珍しいアイテムを得るために多くの探索者が迷路へと潜っている。
そうして多くの人々に探索されるうちに奥へと続く通路は段々と整備されていき、次第に安定して一定のモンスターを狩ることのできる安全なただの迷路が出来上がっていく。
そして、完全に内部の探索が終わった魔窟迷路は、探索にかかる日数や攻略の難易度、出現するモンスターの種類やトラップのレベルごとにランク分けがなされ、その後も多くの人々に利用されるようになる。その中には全てのトラップを解除し完全にモンスターを駆逐し尽くした、都市をつなぐ広大な街道として使われる魔窟迷路も存在している。
そんな魔窟迷路の中でも、未発見のものやまだ迷路の奥地まで人が踏み込んでおらず、探索のための十分な整備が進んでいない、――あるいはそれ以上の探索を断念することになった未開の迷路のことを、文字通り未踏迷路と呼んでいる。
未踏迷路にはまだ手の付けられていない宝箱を手に入れられるという大きなメリットがあるのだが、そこに出現するモンスターの種類やレベル、通路に仕掛けられたトラップなどの対策も十分には出来てはいないので、危険度が不明というデメリットもある。
危険を伴う未踏迷路の探索ではあるが、大概はそういった危険を未然に回避するためにギルドなどで集まった何人かの仲間でパーティーを組み、大勢で対策を練りながら少しずつ探索は進められていく。
けれど中にはそこをあえて危険を顧みず先陣を切って挑んでいく『冒険者』といった無茶をする輩もいる。そうやって四、五人程の少人数で未踏迷路に挑もうとする奴は運が良くて大怪我をして運び込まれるか、そのまま戻って来ないことが多い。
……まあ、かく言う我々もその危険を顧みない冒険者だったわけだけれど。
「そういや不用心に蓋を開けてたけど、ここが魔窟迷路っていうならさっき開けた宝箱も実は人食い箱だったって可能性も十分あったんだよな。……危なかった」
人食い箱は魔窟迷路に棲む定番モンスターだ。
宝箱だと思って蓋を開けてみたら人食い箱でした、というのは魔窟迷宮ではよくあるトラップだ。恩恵のおかげでまだ引っかかったことはないけれど、そんな人食い箱による被害は迷路での負傷や死因の結構な上位を占めてしまっている。
とは言え、レベル100にまで上り詰めた冒険者がこんなところで呆気なくくたばってしまうのはさすがに情けない話だろう。もしそんなことがあいつらに知られたら、どんな顔をされることか。しばらくは笑い話の種にされてしまうことだろう。
「う、…………あら、ここはどこでしょうか?」
とかなんとか考えているうちに、どうやら彼女も目覚めたようだ。
彼女はザリッ、と乾いた砂の音をさせながらゆっくりと小さな体を起こした。
「よう、お嬢ちゃんもようやくお目覚めかい?」
「あら、おはようございます。……えっと、失礼ですが。どちら様でしょうか?」
寝ぼけたようなトロンとした目と声で、彼女はそう尋ねてきた。
「俺の名前はデューズ。デューズ=ワイルドだ。あいにく状況の説明はできないけれど、ここで目が覚めたら君が近くに倒れていたから介抱させてもらった。……とはいっても、俺がしたことといえば寝ているお嬢ちゃんのそばに居たってことだけなんだけどな」
せめて薬草の一つでも持っていれば、何かの役に立っていたかもしれないのに。
今回は彼女に目立った怪我がなかったので問題なかったが、普段は安易に回復魔法に頼ってばかりいたせいか、こういった時に治療するための道具の類がまるで揃っていない。……そういった荷物はスパイトとマリスの二人に預けっ放しだったからな。
彼女はキョロキョロと辺りを見渡した後、姿勢を正してペコリと小さく頭を下げた。
「デューズちゃんですか。……それはご迷惑をおかけしました、ありがとうございます」
「いや、だからお礼を言われるようなことは、…………『ちゃん』、だって?」
「あ、申し訳ありません。……恩人に対してちゃん付けで呼ぶなんて、失礼しました」
「そうじゃなくて。…………お嬢ちゃんには、俺の姿がどう見えてる?」
なんだろうか、嫌な勘が働く。
……確かに小さな子なら性別関係なく、どちらもまとめて『ちゃん』付けで呼ぶこともあるんだろうが、このくらいの歳の子なら、男の子を『くん』、女の子を『ちゃん』と普通は言い分けて呼ぶものなんじゃないだろうか。
どういうわけか今は子どもの姿になってしまっているこの俺だが、それでも小さな頃はパッと見で女の子に間違われてしまうような、可愛らしい容姿はしていなかったはずだ。……単純に若返ってしまっている、ってわけじゃないのか?
「どう見えている、ですか? …………そうですね。淡い栗毛の長い髪に濃くて赤い瞳をした女の子でしょうか。大きなタレ目が可愛らしいですが、目元に大きな隈ができていて少し不健康そうに見えます。たぶん、歳や身長はわたしと同じくらいではないでしょうか。…………あの、違っていましたか?」
「……違っている、というか」
何一つとして、合っていない。
性別や年齢どころか、髪や瞳の色などの遺伝的特徴すらも元の自分のものと違っていた。……いや、それどころか教えてくれたその特徴は、自己紹介でもしているかのように俺の目の前にいる彼女の姿にピッタリと合致している。
「……いや、ありがとう。お嬢ちゃんが言うんなら間違ってはないんだろう。それじゃあ、あと他に何か気になるようなことはあったら、俺にちょっと教えてくれないかい?」
彼女は少し考えるように首を傾げた後、ゆっくりと口を開いた。
「わたしとしてはその話し方と、着ている男性用のブカブカの衣服が少し気になりますが。……その首に着けている無骨な首飾りがあまり似合っていないように思います」
そう言って彼女は、首元を指差した。
◆ ◆
レベルを上げるための手段の一つとして、『連動装備』を使うものがある。
基本的に複数人で装備して使用する特殊な魔道具であり、モンスターを倒して獲得した経験の雫を分け合ったり、装備者が持っている恩恵を共有したりと、その装備の持つ効果はそれぞれ異なり、ピンからキリまで様々なものがある。
けれど、どれにも共通しているのは、『装備者と連動する』ということだ。
「……この首輪とその指輪。こいつらがきっと連動装備なんだろうな」
「連動装備、ですか? ……それはどういったものなんでしょう」
俺につけられていた首輪と自分の指に嵌められた指輪を交互に見ながら、彼女はそんな疑問を口にする。……まあ、連動装備なんて早々目にするものでもないか。
「今は道具鑑定ができないから詳しいことはわからないけど。……これはたぶん、装備を着けた相手の姿や能力なんかを連動させられるタイプだろうな。それだから、服装なんかは違うけど、今の俺はお嬢ちゃんと鏡合わせみたいにそっくりになってるってことだ」
「はあ、……そっくりになるなんて不思議な道具があるものですね」
「まあ、確かに不思議で珍しいタイプの連動装備だな」
そもそも、こういった特殊な魔道具を作る技術はすでに失われている。
今は遺跡で発見された物を手に入れるか、魔道具師が作った似たような模造品を手に入れるしかないので、連動装備自体がとても珍しいのだ。
俺も前に異種族を嫌う地域へ依頼に向かった時に装備車の種族を連携させる連携装備を使ったことはあるが、ここまで同じ姿にできるようなタイプはまだ見たことはなかった。……そういえば今でこそあいつらとパーティーを組んでわいわいと騒がしく遠征をしてるけど、それまではずっと一人きりで依頼を受けていたんだよな。
「あの、デューズ…………さん?」
「うん? ああ、スマン。ちとばかし考え事をしてた」
昔を懐かしんでいるあまり、今の状況を忘れてしまっていた。
大人の俺がボーっとしていてどうするんだ。……こんな不気味な場所に見ず知らずの人間と一緒に放り込まれて、不安になっていないはずがないだろうに。ここは大人として、――先に立つ者としてしっかりと彼女を導いてやらなくては。
「それで、どうしたんだ? えっと…………。そういや、お嬢ちゃんの名前をまだ聞いていなかったよな。いつまでもお嬢ちゃんって呼ぶのも何だし、名前を教えてくれないか」
「そうですね。わたしの名前は…………たぶん、ピケと言います」
少し言い淀んだように言葉を区切り、ピケはそう名前を教えてくれた。
「ピケ、か。その『たぶん』、っていうのはどうしてなんだ? ……いや、複雑な事情があるっていうなら俺も無理には訊かないけど。ちょっと気になってな」
彼女はキョトンとした顔で首を軽く振り、話し始めた。
「複雑というのかわかりませんが。わたし、……名前を呼ばれたことがないんです」
……こりゃ藪蛇だったか。思ったよりも複雑そうな理由だよ。
「その……一度も、なのか?」
「はい、たぶん一度も。……みなさんが私を指して『ピケ』と言っているので私が勝手に、それがわたしの名前なんじゃないかと思っているというだけなのですけど」
「…………そうか」
そう言った彼女の言葉には『悲しい』とか『寂しい』といった感情はまるで見当たらず、ただ『間違ったことを言っていたらどうしよう』という不安しか感じられなかった。
「わかった、お嬢ちゃんの名前は『ピケ』だ。……こんな場所で会ったのも何かの縁だ。これから俺はお嬢ちゃんのことをそう呼ぶことにするからな。よろしく、ピケ」
そう言って、俺は服の裾でパンパンと軽く汚れを叩き落として彼女に右手を差し出した。
「…………?」
彼女は俺の顔と見比べながら俺の差し出した手を取ると、……手の甲に口吻をした。
「っ! おい、ピケ。いきなりどうしたんだ!?」
「……どう、と言われましても。祝福の口吻ですよね?」
はて、と不思議そうに首を傾げ、彼女は手にとったままの俺の手を見た。
「握手だよ、握手! これからよろしくって手を握り合うんだよ」
「はあ、そうなのですか。……知りませんでした。そんな儀式があるのですね」
「いや、儀式とかじゃなくて挨拶だよ。……なんだかピケは世間ずれしてるっていうか、世間知らずなんだな。…………ほら、こうやってお互いの手を繋ぐんだよ」
ピケの手を今度はしっかりと握り、彼女の体をグイッと引き起こした。
……引き起こした彼女の体は思っていたよりもずっと軽く、弱々しかった。
「これが握手ですか。……なんだか変な感じですね」
こうして正面に立ち同じ目線になると、彼女の儚さが痛い程に伝わってくる。
「初めての体験なんて大概はそんなもんだ。……たぶん、ピケは迷路探索もこれが初めてなんだろ。この先は危険なことがたくさんあるからな。しっかり付いて来な」
「はあ、……よろしくお願いします」
ピケのそのポケッとした受け答えにとても不安になる。
単身で予備知識の全くない危険な未踏迷路に挑むというだけでも大変なのに、こんな吹けばそのまま倒れてしまいそうな女の子を守りながら進まなければならないだなんて。……物凄く先が思いやられてしまう。
』
随分と変わった少女が仲間になりました。
幾度も冒険をしてきたデューズにとっては不安の残る相棒ではありますが、このくらいのハンデがあった方が物語は盛り上がるものです。それにこういった物語には主人公だけではなくやっぱり守られるか弱いヒロイン枠が必要ですからね。
さあさあ、盛り上げていきましょう。