02:彼の物語「中央ギルド」
2017.11/15・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。
他のタイトルも順次修正を行っていきます。
『
「ヘクシッ!」
マヌケなことに自分のくしゃみで目が覚めた。
「……う~、飲み過ぎたのか? 頭がガンガンする」
霞がかかったようにはっきりとしない頭を振り、意識をはっきりさせようとする。
頭の中で荊棘鼠でも暴れ回っているんじゃないかというズキズキとする痛みに耐えながら、ゆっくりと体を起こした。硬い場所に無理な格好で寝ていたからだろうか、どうもゆっくりと体を動かそうとしてみると、『まだ動くな』と全力で拒絶をするように走る鈍い痛みと共に体中がミシミシと嫌な音を発てる。
「う、風邪でも引いちまったのか? 喉っていうか、声がなんだかおかしいぞ」
何度か『あー、あー』と声を出し、調子を確かめてみる。
耳の中に綿でも詰まっているかのように自分の声がどこか遠くから聞こえてくる。……それに聞こえてくる声も、どうも聞き覚えのある自分の声とは違っているように感じた。まあ、深酒からの風邪というのなら何となく今の不調も納得できるか?
……子どもの頃から風邪なんて一度もひいたことないけどな。
「寒ッ……、どうしてこんなに冷え込んでるんだ。っていうか、ここはどこだ?」
少なくとも、俺達が活動の拠点にしているいつもの宿屋では決してない。
辺りは手元もよく見えない程に暗いが、自分の寝ていた場所を手で触った際のザリッとした冷たい地面の感覚と遠くまで反響するように聞こえる声の響き具合でどうやら洞穴というか、洞窟のような場所にいるということは想像できた。
……洞窟? いやいや、なんで打ち上げの後に洞窟なんかにいるんだ?
「えーっと、昨日は暴竜の巣窟まで古代竜の討伐に行って……。街に戻ったんだよな」
ズキズキと痛む頭で少し、何があったのか思い出してみる。
◆ ◆
街に戻ってから、まずは所属している中央ギルド会館に向かった。
返り血と土埃で汚れた体をさっぱり洗い流して、すぐにでも横になって休みたい気分ではあったが、こういった討伐の依頼は終えてからすぐに所属するギルドに達成の有無の報告をする決まりとなっているので、こればかりは仕方がない。
……それに、中央ギルド会館には念願が叶ったことを伝えたい相手もいた。
「よう、キララ。親父殿はいるか?」
ギルド会館の厚い木の扉をくぐり、受付にいた見知った顔に声を掛けた。
「おかえりなさい、デューズ。ギルド長なら今は出ているからもう少しかかるわよ。……それから、そのキララって呼ぶのやめてもらえないかしら? 私はキラよ」
書類整理をしていたキラにギルド長の所在を尋ねたが、今は留守なようだった。
受付の彼女はこの中央ギルドの副ギルド長、兼秘書でもあるキラ=ウィンカー。
今ではすっかり背筋を伸ばしてギルドの事務処理仕事をしている秘書姿が板についているが、昔はギルド長の右腕として随分と活躍をしていたそうだ。……右腕として活躍をしているというところは、今でもまだ変わりはないか。
「おっと、スマンなキラ。だけどその輝く瞳をじっと見てると、ついつい『キララ』って呼びたくなっちまうんだ。……おっと、お世辞じゃねえぞ? ホントにそう思うんだ」
カウンターに身を乗り出し、星空のように怪しく輝くキラの瞳を覗き込んだ。
「はいはい、その口説き文句はとっくに聞き飽きてるわよ」
ため息混じりにそう言われ、その輝く瞳で呆れたような視線を向けられた。
「口説き文句って訳でもないんだけどな。……っていうか、親父は留守なのかよ」
「そうよ。……今日は依頼達成の報告? それとも他に何か特別な報告があるのかしら」
キラは視線を手元の書類に戻し、片手間に話をしながら事務仕事の続きを始めた。
「まあ、その通りだ。……討伐依頼の報告もあるけど、今日は他にも大切な報告がある」
「それなら、依頼の報告はまた後でもいいから、一度宿に戻ってからまた出直してくる? それともギルド長が戻ってくるまで、もうしばらくここで待つことにする?」
「それじゃあ、今回の討伐依頼の報告でもしながら、しばらくゆっくりと待たせてもらうことにするよ。……キラも美味しい酒の一杯でも飲みながら語り合わないかい?」
「ここは酒場じゃないのよ。お酒が飲みたいのなら向かいの酒場で一杯煽ってきなさい。それに今は仕事中なのよ。……そんな私の前でお酒を飲もうとしないでくれるかしら?」
随分と仕事が詰まっているのだろうか、いつもは澄ました顔で軽く流してくれる冗談にキラは睨めつけるような視線を向けてきた。……だいぶ疲れてるみたいだな。
「おっと、またしてもスマン。それじゃあ、息抜きの珈琲の一杯にでも付き合ってくれ」
「……仕方ない、休憩ついでにちょっと奥で珈琲を淹れてくるわね」
「おう、ありがとうな。美味しい珈琲を期待してるよ。…………それじゃあ話し始めるとちょっと長くなるだろうから、みんなは先に宿に戻って休んでいてくれ」
振り返り、入り口の辺りで待っていた四人にそう告げる。
「まあ、つもる話も色々とあるだろうしな。そんなら遠慮せずそうさせてもらうぞ」
「そうね、時間がかかるようなら先にお店に行って注文とか色々とやっておくわよ。……ほら、二人共。私達は早く宿に帰って打ち上げの支度をすることにするよ」
「はいな、宴会の準備ならドンと任せなさい!」
「ほいな、大騒ぎの支度は万全にできてるよ!」
四人は、特に双子とプリミエラはすでに打ち上げの事で頭がいっぱいらしい。
「おお、悪いな。お願いするよ。……だが、大騒ぎは勘弁な」
「店に迷惑がかかるようなことはさせないわよ。……それよりデューズもちゃんと神殿に行くのよ。まあさすがに大丈夫だとは思うけど、くれぐれも忘れたりしないようにね?」
「……あまり繰り返して言われると心配になるからやめてくれないか?」
それから手持ちの荷物や嵩張る装備をドゥラークに預け、宿に戻る四人を見送った。
それから、キラの淹れてくれた目が覚める程苦い珈琲を飲みながら親父殿を待った。
その待っている間、暴竜の巣窟で今回の古代竜の討伐依頼が無事に終わったことを報告したり、その他に道中目や耳にした噂話や気になる出来事など、最近集めてきた情報とも言えないような根も葉もない世間話をいくつか話したりした。
「――とまあ、そんな感じのことがあったな」
「……話の中に『ドカッ』とか『バキッ』とか、変な擬音語ばかり出てきて何を言ってるのか理解に苦しむけれど、プリミエラはこんな図体ばかりでかくなった子ども達の子守をしていて随分と苦労してそう、ってことは十分伝わってくるわね」
キラはそう溜め息混じりにカップに口をつけた。
「うん? どうしてだ、どうやって古代竜を討伐したのかよく伝わっただろう?」
「学舎にも通っていない幼い子どもの一日の出来事でも聞かされている気分でした。……でも、そうですか。ドゥラークやプリミエラ達の支援があったとはいえ、あなたが単騎で件の古代竜を討伐したのですか。……あの幼かったデューズも随分と成長したものね」
飲み終えたカップをカウンターの端へと動かし、自慢気にキラの方へ視線を向けた。
「な、そう思うだろ? 俺だってこれでも随分と成長してきているんだぜ。今なら親父殿ともタイマンで十分良い勝負できる自信がある――……ぞ、っと!」
――ゴガッ!
会話の途中で大きく体を捻って体をずらすと、カウンターのさっきまで体のあった場所には大斧が深々と突き刺さっていた。……おっと、危ないじゃないか。
「……おう、誰とタイマンでやりあう自信があるって、小僧?」
「無防備な背中に大斧を投げるとは随分な挨拶だな、親父殿?」
振り返ればそこには灰色熊のような大男がいた。
全身から溢れ出るその威圧感は、今日の古代竜ともいい勝負をすることだろう。
「は、何が無防備だよ、笑わせてくれる。儂が気配と殺気を殺して渾身の一撃を殺す気で放ったっていうのに、お前さんは随分と余裕で避けちまっているじゃあねえか」
「げ、殺す気の一撃だったのかよ。……ったく、悪い冗談は勘弁してくれよ」
大斧が深々と刺さるカウンターを振り返り、軽くそんな文句を言ってやる。
「ぐはは、まともなやり方じゃ傷ひとつ負いそうもないお前が何を言ってんだ」
「それこそこっちのセリフだ。……不撓不屈の大英雄様が何を言ってんだよ?」
そしてひとしきり笑った後、二人はガツンと互いに拳を強く打ち付け合った。
「『巨人狩りの英雄』トラッポラ=ブルカ。……その名は健在のようで何よりです」
「……その古びた肩書をどこかで新調したいところだがな。デューズ=ワイルド」
この人喰い熊を彷彿させる偉丈夫が中央ギルドのギルド長、トラッポラであった。
トラッポラには俺が駆け出しの冒険者だった頃から、随分とお世話になっている。
かつて、この街へと攻め込んできた幾万の巨人の軍団を討伐した『巨人狩りの英雄』として、トラッポラは今でもその武勇譚が大人から子どもや孫達へと語られ続けている。……そして、俺の心から尊敬している人物の一人だ。
自らが幾多の傷を負うことを恐れず、立ち塞がる幾万の敵にも決して怯まず、粉塵と血潮に塗れようと幾度でも立ち向かい、己が獲物を決して逃しはしない不撓不屈の大英雄。それが俺の知るトラッポラ=ブルカだった。
「で? ……この壊れたカウンターの修理代は誰に請求すればいいんですか、二人共?」
……しかし、キラの厳しい視線を受けて随分と焦っているトラッポラの姿は、この街で語られている英雄の姿とはとても思えなかった。小一時間一緒に地べたに並んで座らされ、連帯責任で叱られた身で偉そうなことをどうこう言えたものではないが。
キラの淹れてくれた珈琲のお替りを片手に、三人で話をした。
ざっくりと深い切れ込みの入ってしまったカウンターのことは、……一先ず見なかったことにして、視界の端からそっと外しておこう。一緒に怒られはしたけれど、それをどうこうしなくちゃいけないのは俺ではなくギルド長の役目だ。
「……そういえば、先程プリミエラが神殿に行くのを忘れないようにと言ってましたが。デューズ、これから何か神殿に行くような大切な用事でもあったんでしょうか?」
一頻り世間話のような話をした後、思い出したようにキラがそんなことを聞いてきた。
「…………そうだな」
……話を切り出すタイミングとしては、これが丁度いい頃合いだろうか。
「まあ、二人にはちゃんと言おうと思ってたんだけど、……ちょっとな?」
しかしいざ言おうと思うと、なにやら少し恥ずかしいような気分になってくる。
……そんな俺の様子を見てトラッポラが妙な推理を、いや邪推をし始めてしまった。
「ほう、プリミエラの奴がねえ? こいつが恥ずかしそうにしてこの時期に神殿に行く、何か大事な用事って言うと……。ついに、お前もアイツと結婚する気になったのか!」
「え、プリミエラと結婚? ……デューズ、本当なのですか!」
トラッポラのそんな言葉を聞いて、どうなんだとグイッと詰め寄ってくるキラ。
「……いや、どうしてそうなる?」
俺とプリミエラが恋仲になるなんて、天地がひっくり返ってもありえないぞ?
「違ったのか? ということは、スパイトかマリスのどっちかとってことか? ……いや、世間の目もあるからな。さすがにあんなガキ共に手を出すっていうのは、儂でもどうかと思うぞ? まあ、愛や恋ってもんに年齢なんぞ関係ないのかもしれんがな」
「…………どちらも選ぶ気はねえぞ」
おい、勝手に妄想を膨らますな。俺にはガキとペチャパイの趣味はねえぞ。
……っていうかあいつらは大切な仲間であり、親友であり。あいつらはどう思ってるかわからねえけど、俺にとっては大切な家族みたいなものなんだぞ? それをどうして俺と無理やり色恋沙汰でくっつけて考えようとするんだ。
「なんだ、それも違うのか。……では、まさか三人となのか? 一夫多妻は禁止されてはおらんが、妻が一人では足りないと言うのか。まったくお前も欲深い男だな、デューズ」
「…………不潔です。見損ないましたよ、デューズ」
「……………」
カウンターが軋む程バンバンと叩きながらぐははと剛気に笑い面白がるトラッポラと、異常犯罪者でも見るような冷たい蔑む目線を向けてくるキラ。……さっきから勝手なことばかり言いやがって、心外にも程があるぞこいつら。
「おい、糞ジジイ。いい加減話を聞け、……大事な話なんだよ」
「あん? ……なんだ、お前の結婚の話じゃなかったのか?」
「…………んなわけねぇだろうが」
「それじゃあ、……まさか、ドゥラークの奴と――」
……しまいにゃ、その浮かれたニヤケ顔に全力で拳をぶち込むぞ。
◆ ◆
「……最後の聖杯を満たしたんだ。これで、俺はレベル100になる」
外の喧騒ばかりがはっきりと聞こえる、しんと静まり返ったギルド会館の中。
さっきまで繰り広げられていた悪趣味な茶番をバッサリと終わらせ、本題を切り出した。
「レベル、100……」
俺からその言葉を聞いて、キラはとても信じられないといった表情をしていた。
だが、それも無理もない話だろう。凄腕のプロであった全盛期のキラでも辿り着いたのは94レベルまで。そして、人々から語り継がれる幾つもの伝説を残している大英雄のトラッポラでさえ、最終的なレベルは97だったというのだから。
「そうか、辿り着いてしまったんだな。……進化の果てに」
トラッポラは眩しい物を見るように目を閉じた。
「……まだ器の交換は済んでないけどな」
「んなものは同じことだ。……お前さんは『最後の聖杯』を全て満たしたんだ。その高みに至るまで経験を積み上げてきた奴の邪魔ができる存在なんて、そうはおらんよ」
そう言って潰れるくらいに力強く、トラッポラは手を握ってくれた。
「人類でレベル100に届いた奴は、神代の時代にまで遡っても誰もいない。……ああ、お前がその高みまで辿り着いた最初の到達者ってわけだ。よくやったな、おめでとう」
「ありがとう、……ようやく夢が叶った」
「……だが油断をするんじゃねぇぞ、デューズ」
声を低くし、これまでにない真剣な口調でトラッポラは告げる。
「これまでに伝説級や神話級のモンスター共を相手にしてきたお前なら、十分にわかっていることだとは思うが、……レベル100っていうのは最強で無敵で不死身で、絶対に誰にも倒せないって意味なんかじゃねぇんだぞ」
そして戦いの前の深呼吸をするように、深く長い息を吐いた。
「…………ああ、わかってる。だから倒すことができた」
最強や無敵と言われるモンスターも、不死身のモンスターも相手にしてきた。
でも、そんな強大なモンスターを相手にして倒してきたからこそ、こうして今がある。
「レベル100になったら、まともにやりあって負けるなんてことはまずねぇだろうよ。だがこれまで儂らがやってきたように、戦略次第では手も足も出せないまま倒されちまうことだって十分あるんだ。……そいつを忘れずにしっかりと肝に深く銘じておけ」
「……わかったよ、親父殿」
最後に再びトラッポラと拳を打ち交わし、中央ギルドを後にした。
』
やっぱりいいですよね、洞窟スタート。こう、いかにも冒険が始まるっていう感じで。
それにしても。かつて幾つもの伝説を作り上げてきた大英雄の背中を追い越した彼はどんな気持ちでいるのでしょうね。晴れやかなのか誇らしくあるのか。
――そして、追い抜かれた大英雄の気持ちはどんなものなのか。
さあさあ、彼の物語はまだ続きます。――まだまだ続かせます。
意味深な回想シーンはもう少し続きます。