17:彼の物語「進む先」
忘れられそうなので、久し振りの本編の更新です。
……更新ペースは落ちていますができるだけ頑張って進めていきます。
『
「ひとまず、こんなところか?」
くるりと回って身に着けた装備を確認する。
宝箱に突っ込んでおいた雑多な装備の中から使えそうな装飾具をあさっていき、どうにか二人分の装備を工面することができた。なんだかちぐはぐな感じではあるけれど、一応それらしい格好になることができたんじゃないだろうか。
「あ、あのー……。こんな貴重品、ウチがいただいちゃっていいんですか?」
その声に振り向いてみると、ポッホが若干怯えるような表情で装備を手に持っていた。
「魔道具はポッホにしか使えないしね。その装備の方が使い勝手はいいはずだよ」
「で、でもウチは荒っぽいですし……」
ああ、高価な装備を手にして壊したらどうしようって心配かな?
なんだかプルプルと震える今の彼女は、追い詰められたか弱い草食獣みたいだ。……血の滴る生肉に嬉しそうにかぶりつく姿は生粋の肉食獣のようだったのに、こんなところで怖気づくとはどういうことだろうか。
「あ? ああ、そんなん問題ないって。使える装備があるのに必要な時に使わないなんて、馬鹿のすることだしな。……それに、今の俺達にはいくら凄くてもそいつは使えないんだ。それなら、使える人にしっかり使ってもらわないとこっちが困る」
「で、でもこれって、……伝説級の魔道具、じゃないですか?」
彼女が手にしているシンプルな棒状のやつは確か『星浄の御柱』だった、かな?
「うーん、いや伝説級じゃなかったはずだよ。この辺にある装備は昔、俺達が討伐依頼のついでに手に入れたやつばかりだし。……そいつも近くに何本も柱が立っていたから一本引っこ抜いてきたってだけだから、たぶん大した装備じゃないはずだよ」
「……ああ、それならよかったですーー」
そう言って彼女は安心したように胸をなでおろした。
確かあの時、倒討伐依頼のあった大きな亀のモンスターが、神話級って話だったかな? ……元々はこの星を支える星獣って奴だったらしいんだけど、なんか悪神化しちゃってたみたいだし仕方ないよな。……まあ、このことはポッホに黙っておくけど。
「それの効果は『全状態異常に対する完全耐性』と『永続回復』、『不懐属性』だったかな。あと、ものすごく長くできる。……要するにものすごく丈夫な棒ってことだな」
「……そう言われると、なんだか違うような気がするです」
首を傾げながらも気に入ってもらえたのか、使い心地を楽しそうに確認している。
「………………」
そしてピケも初めての装備がとても気に入ったのか、表情の変化はないけれどその場でくるくる回りながら羊に自慢げに見せつけていた。……いや、まあ嬉しいのはわかるけど、相手が羊じゃその良し悪しはわからないだろう。
「ピケも随分と気に入ったみたいだな」
「…………はい、めちゃくちゃうれしいです」
くるくる回るのをぴたりと止め、ぺこりと頭を下げた。
表情があまり変わらないのは相変わらずだけど、格好が普通になったおかげで年相応の女の子に見えるようになったな。……いや、ピケは確か二才だろ。それで年相応なのか? ……うーん、深く考えるのはよそう。
「何か『危ない』って感じたり、迷子になったりした時にはその鐘を鳴らすんだぞ」
「…………うん、わかった?」
……ちゃんとわかったのか?
ちなみに彼女が付けている装備は、さっきも使った『目覚めの鐘』だ。
攻撃力は別に必要ない。必要なのはどこかにはぐれてしまっても見つけることのできる警報ベルや呼び鈴としての使い道だ。……ピケのことだから、目を離したほんの隙にまたどこかに行ってしまうに違いない。だったら対策しておくに越したことはないだろう。
「……ところで、ディズちゃんのそれはなんなのです?」
再びくるくると回りだしたピケを見ながらうんうん頷いていると、ポッホが俺の足元を指さしながらそんなことを聞いてきた。……ああ、そりゃまあ気になるよな。
「これか? …………使える装備の中じゃ、これが一番攻撃力があったんだよ」
少し答えにくそうに視線をそらしながら、足元にあるそれを見下ろす。
「それが、ですか?」
「まあ、武器には見えないだろうけどね」
「……ええ、とても武器には見えないですよ」
そこにある俺の装備は、…………壺だ。
なんだか、どこかの金持ちの部屋にでも飾ってありそうな感じがする。骨董品の趣味はないけれど、街の古物商に見せたら『おお、この壺はいい仕事してるねぇ』とでも言われそうなくらい、古風で味わい深い感じの壺だ。
「壺、ですよね」
「ああ、壺だよ」
「それも、何か特殊効果のある魔道具なのですか?」
壺の大きさは顔がすっぽりと収まるくらい。中に入る水は桶一杯分程度だろうか。
「ああ、これは中に入れた液体を清潔な飲み水に変えることができる、『浄化の壺』だ。飲み水の確保が難しい魔窟迷路の冒険中はものすごく重宝する魔道具だな」
その役割としては壺というよりも、むしろ水瓶だろうか?
まあ名前が『浄化の壺』なので、壺ということでいいだろう。
「へぇ、すごいですね。……で、その壺でどうやって闘うつもりなんですか? ウチらは空き巣や泥棒なんかと闘うんじゃないんですよ。真面目に装備を選んで欲しいのです」
野生に生きる少女、――もとい三十六歳の獣人が可哀そうなものを見るような視線をこちらに向けてくる。……えっと、なんだかごめんなさい。これでも大真面目に選んだ結果なんです。まともな装備はみんなレベルが足りずに弾かれてしまうんですよ。
「ま、まあ、心配するのももっともだけど大丈夫。……結構この壺は強いよ」
色や形はよくある壺の形だが、もちろんそれだけじゃない。
「大きくて多少取り回しには不便だけど、適度な重量があって振り下ろす時に力を籠めることができる。そして、この魔道具はありがたいことに『不懐属性』付きだ。……つまり、多少手荒に使ったとしても壊れないっていうことなんだ」
壊れない装備があるのなら、とりあえず打撃に使うしかないだろう。
「……まあ、ベテランのディズちゃんがそう言うんですから、反対はしないです」
腑に落ちないといった感じだが、ポッホも納得してくれたようだ。
そしてピケは、
「………………」
――リィーン……、リィーン……
人の忠告も聞かず、楽しそうに鐘を鳴らしていた。
……その鐘、耳元で鳴るからそう面白がって何度も鳴らさないでくれないか?
◆ ◆
「ふう、なんだか思ったよりもゆっくりしてしまったな。……それじゃ、装備もようやく整ったところで改めて出発しようか。……どっちに進むか悩ましいところだけど」
ピケと宝箱をどちらが持つかで少しもめたけれど、戦闘時に邪魔になるからということで前と同じように彼女が背負うということで落ち着いた。……本当はまた宝箱の中に彼女を詰めておく方がこちらとしては安心なのだが、ポッホに止められてしまった。
「とりあえず目指す場所は、この魔窟迷路の出口か?」
ポッホの金策の為にも何か金目の物でも手に入れながら進みたいところだけれど、それは魔窟迷路の出口に向かいながらでも十分だろう。何しろここは探索が進んでいない未踏迷路なのだから、手つかずの宝箱だってたくさんあるはずだ。
「…………それで、どこへ向かえばいいのでしょうか?」
「それなんだよなぁ……」
ピケが小首を傾げて尋ねてくるけれど、……それに答えることは難しそうだ。
ここまで『先読み』と『危機回避』の恩恵を使って進んできたわけだけれど、その結果こんなところまできてしまったわけだからな。……今後は恩恵に頼ってばかりではなく、もっとよく考えて進んでいかなくてはいけなくなるだろう。
「………………」
淡い鉱石の燐光によって照らされる周囲を見渡せば、あの大鼠との闘いの余波によって横穴がいくつか埋まってしまっているのが見える。……そうでなくともぽっかりと大穴が開くような地揺れがあったのだ。道だっていくつも使えなくなっていることだろう。
さて、どうしたものだろうか。
「ああ、それならウチがいい物を持っているのです!」
そう言うとポッホは背中に背負っていた大きな鞄を弄り、その中から小さな手に収まるくらいの糸巻きを取り出した。……ああ、それはもしかして。
「『導きの糸』?」
「はい、そうなのです。優しいギルドのお姉さんが『魔窟迷路に潜るのなら、これだけは忘れずに持って行かないとだめですよ』と言っていたのです」
「確かにないと大変だよな……」
この『導きの糸』という魔道具は、『どこまでも伸びる丈夫な糸』という装飾具だ。
何がしたいのかわからない失敗作や使い勝手の悪い装備が多い装飾具において、広くみんなに使われている珍しい成功例でもある。そのギルドのお姉さんの言っていた通り、魔窟迷路の探索においては必須装備だ。
「ん? でもそいつ、切れちまってないか」
お手頃な魔道具である分、この導きの糸も回復薬や銅の剣のようにある程度の量産体制が確立されている。……が、当然ながらその作り手によってピンからキリまで値段や性能に差が出てくる。まあ、この導きの糸も安物だったんだろうな。
「大丈夫です、問題なんてありませんです。……ウチの恩恵を使えばこんなもの――」
そう言うと彼女は目を瞑り、手元の糸巻きに集中した。
「まあ、『復元』の恩恵があれば多少壊れていようが関係はないか。……とは言え、今度は勢い余って原材料まで戻しちまわないように気を付けるんだぞ」
「もう、大丈夫ですよ。今度はしっかりと加減するですから」
そう元気よくポッホは言っているわけだけれど、彼女の持っている独自の恩恵はかなり強力なものだ。何の気なしにその力を使っているわけだけれど、細かい調整ができるのか不安でしかない。言っちゃ悪いと思うが、……彼女は間違いなくドジだ。
「はい、これで元通りなのでぇすッ……!」
この『導きの糸』という魔道具は、使う前に予め目印となる場所にその糸の先端を縛り付けているわけで。……その千切れていた糸が元に戻ろうとしたのなら当然、
「ちょ、ちょっと待つのです。自分だけ飛んで行ったらだめなのですよ!」
ポッホの手元から飛び出していった糸巻きは、追いかける彼女から逃げる飛蝗のようにピョンピョンと跳ねながら転がっていった。……まあ、そうなるよな。
「んがぁー、もう待つのですよッ! ちょこまかとッ、逃げるんじゃッ、ないのですッ! ……ウチ等にッ、遊んでいる暇なんてッ、ないのですよッ!」
そこは肉食獣故の性なのか、彼女も口ではそう言いつつも随分と楽しそうに追いかけているように見える。……これはもしかしてアレなのだろうか。なんと言うか、風に揺れている草葉に対して思わず飛びついてしまう猫的な感じの?
彼女が猫科なのかはよくわからないが、その傾向もあるのかもしれない。
「おい、そこで止まれポッホ。そのまま行くと――」
糸巻きを追いかけることに夢中になっているのか、こちらの呼ぶ声が耳に入っていないようだ。けれど、困ったことに彼女が勢いよく飛びついていくその先は――、
「大丈夫なのですよ。――よし、これで捕まえたのですぅ……?」
底の見えない大穴だった。
「危ないッ!」
慌てて彼女に向かって手を伸ばすが、――その手は空を掴むことになる。
「おっと、……危なかったです」
……伸ばしたその手を、彼女が危なげなくひょいっと躱してしまったことで。
かくして『ディズちゃん』ことこの俺、デューズ=ワイルドはこの魔窟迷路の出口へと向かう前に真っ暗闇の大穴の先へと一足先に向かうことになってしまったのである。……なんだ、この理不尽。
』
彼はいつもあれやこれやとやらかしてくれて、本当退屈させませんね。
……しかし、この大穴の先ですか。彼らがいる場所からしてその先には厄介な奴がいるような気がしますね。展開としては面白くなりそうですが、私としてはなんだか嫌な予感がしてなりません。……厄介ごとは大歓迎ですが、邪魔者は嫌いなんですよ。
更新は牛歩ならぬ蝸牛の歩みで頑張っていきますので、気長にお待ちくだされば幸いです。