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16:彼の物語「身に着けるモノ」

これにてようやく更新作業は終了です。

……年内に終了してよかった。


「ピケが着るのなら、こいつがちょうどいいかな」


 そう言って宝箱から取り出したのは、暗い色をしたローブだった。

 こういったローブなら頭から膝下まですっぽりと体を覆うことができる。前の合わせについた小さな胡桃ボタン以外飾り気の少ないシンプルなデザインだが、とりあえず緊急の着替えとしてはこれが妥当な所だろう。


「……なんだか、随分と地味じゃないです?」

「そうか? 使い勝手は結構いいと思うんだけどな」


 ポッホはそう言って俺の手にするローブを、なんだが不満げな顔をして見ている。


「いいえ、使い勝手がどうのという問題じゃないのですよ。……女の子というものはいつだって、可愛らしくあるために見た目にはずっとこだわっていないといけないのです」

「得意げな顔をしている所ちょっと悪いんだが。……口元にまだ血がついてるぞ」


 口の端に新鮮な血糊を付けたドヤ顔で、ポッホはそんなことを宣った。

 彼女の身だしなみのことはとりあえず置いておくとして。……もしや、これがいわゆる女の子特有の『オシャレ感覚』というものなのだろうか? 個人的には探索者が魔窟迷路(ダンジョン)に潜るのに機能性以上のオシャレも何もあったものではないと思うのだけれど、おそらくはそこが女の子独自の感性というものなのだろう。


「女の子のこだわりねぇ。……やっぱり、そんなものなのか」


 ポッホが『浄化(プリフィケーション)』の魔法で血の付いた顔をバシャバシャと豪快に洗っているのを横目に見ながら、そんなことをふと考える。……そう言えば、あのプリミエラやスパイとマリスの双子も探索する時の服装には随分とこだわっていたな。


 高レベルの探索者は装備にも遊びがなくなってくるものだが、あの三人は違うらしい。

 探索のない休みの日なんかには時折うちの女魔法使いの三人で連れ添って、魔道具市まで掘り出し物を探しに出掛けるなんていうこともしょっちゅうあったみたいだからな。三人共、オシャレに対するこだわりは結構なものだったんじゃないだろうか。


「でもまあ、着てみればわかるさ。……ピケ、これが着れるか試してくれないか?」

 何にせよ、うだうだと問答をしているよりも実際に着てみる方が早いだろう。

「…………わかりました」


 ピケに差し出すと、しばらくローブをじっと見詰めた後にようやく受け取った。


 俺やドゥラークは装備の能力と機能性重視でそう言ったデザインは二の次だったからそれ程気にしたことはなかったけど、この『地味なローブ』は双子のコレクションの一つなので、センスの有無については俺ではなく二人に言ってもらいたい。

 まあ、あの双子のセンスに問題はないだろうけどな。


「………………」


 ピケは手にしたローブを両手で大きく広げ、しばらくじっと眺めていた。


「どうしたんだ、ピケ?」

「…………いえ、少し」


 何を物珍しそうにローブを見ているのかと思ったけれど、……ひょっとしたらピケが実際にこうして服を手にするのは今回が初めてのことなのかもしれない。神殿の関係者と言えばいつも辛気臭いローブを着ているようなイメージがあるけれど、目にするのと手にするのではやはり色々と違ってくるのだろう。


 今はゴワゴワとしたボロ布を纏っているので目測だけで正確なサイズを測るのは難しいけれど、多少大きくてもローブならば問題ないだろう。一応、俺が触っても紫電に弾かれなかったから大丈夫だとは思うけれど、一度はしっかりと着て確かめた方がいいだろう。


「…………はい、着替えます」


 たっぷりと時間を掛けて眺めてから、ようやくピケは動き出した。

 適当な置き場代わりに、のんびりと骨を食んでいる羊の背中にそっとローブを被せた。そして身に着けていた雑巾のような擦り切れたボロ布を強引に引っぱり、千切っては破り捨てるようにどんどんと脱いでいった。……むしろその乱雑な脱衣の様子は、『脱ぐ』というよりも『剥ぐ』と言う方が正しかったかもしれない。


「ちょ、ちょっと待て。待ってくれないか」


 いきなり脱ぎだした(?)ピケに思わずストップを掛ける。


「? どうしたのです、ディズちゃん」


 いつの間にかピケと一緒にポッホもボロボロの衣服の剥ぎ取りを手伝っていたけれど、そんなキョトンとした顔をしないで少し待ってほしい。……というか、二人共さっきした俺の自己紹介のことをちゃんと思い出してほしい。


「二人共、忘れているのかもしれないけど。……こんな見た目でも、俺は男だからな?」


 そう言うと、二人は改めてキョトンとした顔をこちらに向けてきた。


「そう言われればそうなのです? ……ですけど、もうすっかり女の子みたいなものなのですから、そんなにウチは気にしないですよ。――ピケちゃんも気にしないですよね?」

「…………(コクリ)」


 ……なんなのだろうか、この反応は。

 二人して、『何を言っているんだこの子は』という風にサラリと流して解体作業を再開しようとしているけれど、そこはそう簡単に流してはいけないところじゃないだろうか? 野性味というか野生児感が溢れるお二人ではあるけれど、女の子としてそこは色々と気を付けるべきところじゃないかと思うのだけれど……。


「いやいや、中身はれっきとした四十六のおっさんだからな?」

「……面倒臭い子ですね。気にするのならそちらが勝手に目を反らせればいいのです」

「……そういう、問題なのか?」


 ……二人の『女の子独自の感性』では、これはセーフということなのだろうか。

 普通の乙女の感覚として、それはちょっとどうなんだろう? ダメだ、乙女の感覚がよくわからない。というか、俺の周りにいる女性陣が割と特殊過ぎてこういう時にあまり参考になってくれない。……ああもう、それなら普段通りに振る舞うしかないのか。


「まあ、こんな歳になって子どもの裸に興奮するようなことはないけどな」

「もう、ディズちゃん。そんな言い方はレディーに向かって失礼ですよ」

「……だったらせめて、素肌を晒さないように気を付けたりそこの岩陰まで行って着替えたりするとか、そっちも少しくらいは淑女(レディー)らしい恥じらいを持ってくれないか?」


 こんな時はひたすら平常心。

 親戚の子どもに対するように注意をしつつ、右へ左へと受け流すのが一番だ。


 これ以上色々と余計なことをぐだぐだ言っても要らんお世話となってしまいかねない。ここは黙ってこちらが紳士的に振る舞うのが吉ということだろう。……そう言えば五人で探索をしていた頃にも男女間のそういった余計な気遣いは別に必要なかったし、女の子の感覚などそんなものなのかもしれない。


「……もう脱ぎ始めちゃってるのですから、後ろでも向いていてくださいです」

「はいはい、それならさっさと着替えてくださいね」


 そう溜息混じりに言いながら、着替えを見ないように二人に背を向けた。

 それからしばらくの間、ビリッビリッという衣擦れとは随分とかけ離れた音を背中に聞きながらピケの着替えが終わるのを大人しく待った。……というかそんな脱ぎ方だと、試着じゃなくてもうあのローブを着るしかないんじゃないだろうか?


 そんなことを思いながら、適当な岩陰へと引っ込んでいく。




「わりと悪くないセンスだと、俺は思うんだけどな」


 岩陰でもう一着あるローブをしげしげと眺めてみる。


 シンプルながらも、それが逆にいいデザインとなっているんじゃないだろうか。

 あの双子が着ていた物なので、当然ながらローブは二着ある。同じ装飾具(エッセンスアイテム)を揃えるのは中々に大変なはずなのだが、双子としてそこは譲れないものがあったのだろう。……そう言えば、この服を着ているのを見たのはいつの頃だっただろうか。


「ああ、そうだ。……これは、みんなで泥の軍勢(マッド・レギオン)の討伐に出掛けた時に着ていたんだった。気に入った装備だからって、あの討伐依頼の時に着ていかなくても良かったのにな」


 二人が『やっぱり行きたくない!』と駄々をこねていたことを思い出す。

 倒した端から復活して次から次へと迫ってくる泥の軍勢達を相手に、それこそみんなで泥に塗れながら奮闘していたからな。二人共泥の飛沫が飛ぶたびに涙目になっていたけど、あんな闘いの中じゃ泥だらけになってしまうのは当然だろう。……まあ、それでも何故か当然のようにプリミエラは、泥の飛沫一つ浴びてはいなかったようだったけど。


「なんだか懐かしいな。……それほど昔ってわけでもないはずなのに」


 ローブを見ていたら、ついそんなことを思い出してしまった。

 ……この魔窟迷路に迷い込んでから、そんなに時間は経っていないはずなんだけどな。こんな風に感傷的になってしまうのは、やはり歳だからだろうか。こうしてあいつらとの遣り取りをあれこれ思い出してみると、なんだか不思議と懐かしく感じてしまうな。


「……せっかくだし、俺も着替えてみるかな」


 岩陰に隠れ、お揃いのローブに着替えることにした。



          ◆     ◆


「お待たせしました、です。ディズちゃん」


 岩陰でゴソゴソやっていると、ピケの着替えも終了したようだ。

 着替えを手伝っていたポッホの顔色が若干悪くなっていることが少し気になるけれど、どうやら問題なく着替えられたみたいだ。……何かあったのだろうか?


「おお、そうか。……どうだ、気に入ってもらえたか?」

「ええ、実際にピケちゃんに着てもらってみるとなんだか想像していたよりも――……、って、ディズちゃんもその格好はどうしたんです?」

「…………似合わないか?」


 ピケの着替えを待っている間に、俺も同じローブを纏ってみたのだ。


 けれど、ポッホの顔は驚きで固まっていた。……これは、やってしまったか?

 確かにいざ我に返ってみると、なんだか随分調子に乗り過ぎてしまったような気はする。

中身が四十六歳であるおっさんが女児用のローブを身に付けているということもそうだけれど、こうやって仲間の服を楽しげに着ているというのもなんだか危ない感じがする。……ああ、これは変態の誹りを受けても仕方がないかもしれない。


 けれど、彼女のは違う驚きのようだった。


「とっても、似合ってますですよ。……ほら、ピケちゃんもそう思うですよね?」


 そう彼女に手招きされながら姿を表したのは、……たぶん(・・・)ピケだった。


「………………」

「……二人共(・・・)ぽかんとしていないで、感想くらい言ったらどうなのです?」

「いや、すまん。……服装が変わるだけで随分と見違えるものだな。中々の美人さんだ」


 気を取り直して素直な感想を口にする。


 自分も同じ姿をしているのだから、もしかしてこの場合は自画自賛ということになるのだろうか? ……いや、それにしても。あの歩く雑巾のようだったピケが着替えるだけでこんなにも印象が変わるものなのかと少し驚いた。

 というよりも、これは――


「ピケちゃんもディズちゃんも同じ格好なのですから、これでますます双子みたいですね。……でも、これだとどっちがどっちなのかわからなくなりそうです」


 服を揃えれば双子以上に、鏡合わせのそっくりさんの出来上がりだ。

 この魔窟迷路に潜っている探索者は今のところこの三人だけなので、別にどちらかを見分ける必要はないと思うのだけれど、確かに多少ややこしいことにはなるかもしれない。……とはいえ、それについての対策はすでにしてあるので問題はない。


「いや、それなら大丈夫だ。……そろそろこのローブに馴染んだ頃かな?」

「馴染むって、何がです――」


 ポッホが疑問を口にする前に俺の着ているローブに変化が現れた。


「ディズちゃんのローブの色が、……赤色? いえ、金属のような輝きも混ざったような不思議な緋色になっているのです。……これは、いったいどういうことなのです?」

「へぇ、俺の魔力ってこんな色してるのか……ってああ、ゴメン。えっと、見ての通りにこいつがこの『魔染めのローブ』の持っている効果なんだよ」


 使われている技術だけで言えば伝説級(レジェンド)のとんでもない装飾具だ。

 このローブには魔力を吸収してその性質に準じた色に変化する特殊な布が使われており、着た者の魔力によって色が変化する。魔力は人によって性質が異なっているので、ローブの色はその人にしか出せない固有色に染まるというわけだ。


 以前は二人に頼んでもこのローブを着させてもらえなかったので、こんな機会になってようやく自分の魔力の色を知ることができた。これは思わず、くるっと回って裾を翻してみたくなる。……うん、中々カッコイイんじゃないか?


「中々、その服装も似合っていますね」

「おう、ありがとう。俺らしくてカッコいい色だろ?」


 確かスパイトは赤みの強い赤褐色で、マリスは青みの強い紫紺色だったはずだ。

 俺の場合は袖口に近い方が緋色が濃く、胴体へ近付くにつれて金色が濃くなっている。そういえば普段、魔法を使う時に無意識のうちに腕の付近に魔力を集中させて使うようにしていたので、この色の変化はひょっとするとその影響があるのかもしれない。


「な、これなら自分に合った色を楽しむことができるから地味じゃないだろ?」

「確かに、自分色に染まるというは中々面白そうなのです。力強いディズちゃんにその色はとっても似合っているのですよ。……ピケちゃんはどんな色に染まるのですかね?」


 ポッホはワクワクした様子でピケのローブを見詰めている。


 魔力の色はいわゆるその人らしさというものがよく滲み出ているものだ。魔力は個人を表すものなので、一生涯変わることはない。だからさすがに俺とは違う色のローブになるはずだけれど、……この神話級(ゴッデス)連動装備(リンカー)がどれだけ滅茶苦茶なのかによるだろうな。

 首元の枷を触りながらそんなことを考えていたけれど、結果は奇妙なものだった。


「これは、……ツギハギ模様ですか?」


 ピケのローブにじわりと浮き出てきたのは俺のローブのように一色だけで染まったものではなく、様々な色を切り貼りして繋いだような不思議な模様の色だった。……いったい、どうしたらこんなローブの色になるのだろうか。


「ディズちゃん、……あの、これはですね――」

「ローブの色までツギハギになるとは……、とことんピケはツギハギの服に気に入られているみたいだな。いや、だけど良かったな。今度のはカラフルで可愛いじゃないか」


 ポッホのご誤魔化そうとする言葉を遮って、俺はそんな感想を言う。


 いくら鈍い俺だって、ポッホの様子からして何かあるということは十分察せられる。

もしかすると彼女はピケについて他に、何か知っていることがあるのかもしれない。……着替えに付いて行ってからのあの彼女の暗い表情からして、おそらくはそのローブに隠れているピケの身体に何か――。


 だけど、別にそれを突き詰めるのはたぶん今じゃなくてもいいはずだろう。だって今は彼女も生まれて初めての晴れ着で、思いっきり浮かれてもいいはずの時なんだから。


「ピケ、その服は気に入ったかい?」

「………………はい」


 彼女にそう尋ねると、ピケはほんのりと頬を緩めるように微笑んだような気がした。


「それなら、それはもうピケの物だ。スパイトとマリスの二人には、……俺が後で言っておいてやるから心配すんな。……さあ、ピケ。――これからもよろしくな!」


 たぶんここから改めて物語は始まる。

 今までがずっと長い長い序章で、これからようやく大きく初めの一歩目を踏み出すことになるのだろう。……あいつらと紡いできた物語のように、忘れられない物語を刻もう。


                                       』


 新しい仲間と主人公の新たなる旅立ち。……やっぱりいいものですね。

 ここで「俺達の冒険はこれからだ!」といった感じで無理矢理にまとめられてしまうと興醒めもいいところです。「これからだ」というからには最後までこの物語をしっかりと続けてもらわないと。……そう、だから彼の物語はまだまだ終わらせはしませんよ。


 さあさあ、打ち切りなんてありえません。いつまでも楽しませてもらいますよ。




更新は亀の歩みで頑張っていきますので、気長にお待ちくだされば幸いです。

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