15:彼の物語「拒む力」
2017.12/30・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。
他のタイトルも順次修正を行っていきます。
『
「……あの宝箱は軽く背負えたのですけど、どういうことでしょう?」
ピケは変わらぬ無表情のまま、その細い首を傾げた。
いくらピケが無表情でいるとは言え、そういった疲労のあるなしくらいは隠そうとしても見分けることができる。……石ころすらまともに持てないような虚弱な女の子に重たい宝箱を背負わせていたのだろうかと若干肝が冷えたけれど、少し思い返してみれば一緒に歩いている時に苦しそうにしている素振りはなかったように思う。
「そうだな。……とりあえず、もう一度そいつを背負ってみてくれないか?」
「宝箱をですか? はい、……わかりました」
ピケが宝箱に括り付けてある肩紐に腕を通すと、軽く背負うことができた。
「背負いました。……ですが、特に重くは感じません」
顔色は相変わらず読み取りづらいが、その表情に無理をしている様子はなかった。
「どうもそうみたいだね。……じゃあ、飛んだり跳ねたりしてみても変わらないかな?」
「わかりました。……やってみます」
そう言うとピケは、宝箱を背負ったまま跳ねたり動き回ったりしてくれた。
その様子を見る限り、特に苦にしているようには見えなかった。……そもそも宝箱は背負うための物じゃないし、紐も突貫で括り付けているだけなのでかなり背負いづらいと思うのだけれど、それもあまり気にはなっていない様子だ。
「やっぱり、問題なく動けているみたいだね。……あ、宝箱はもう下ろしていいよ」
そして、ピケの下ろした宝箱を彼も背負ってみた。……何の違和感もない。
ポッホにも一応背負ってもらったけれど、それで何かがわかるということはなかった。……いや、宝箱に何か仕掛けがしてあるというわけじゃないということはわかった。
「……そりゃ、ただの宝箱だもんな。変な仕掛けなんてあるわけないか」
仕掛けがないとすれば、何か他に理由があるはずだ。
「ピケ、持てないのは石ころだけなのか?」
「……どうなのでしょう? 神殿にいた頃は何かを手に持つ機会があまりなかったもので、残念ながらこれまでにフォークの一本も手にしたことはありませんね」
「フォークの一本も?」
何かの例えだろうかと思ったけれど、そういったわけではないらしい。
「ええ、持ってはいませんでした。……パンくらいはちぎって口にしていましたが、食事はいつもわたしのお付きの方が食べさせてくれていましたから」
「そいつはまた、……凄い生活だな」
本当にフォークの一本も手にしたことがなかったとは、驚きだ。
確かに『高貴な方は重たいものを手に持たない』という話を耳にしたことはあるけれど、まさか個人のお付きが食べさせてくれるとはどんなお嬢様暮らしだったのだろうか。……いや、ピケは神殿暮らしなのだからそれは高貴さ故のものではないだろう。
「色々としていただいて申し訳なく思いましたが、それも仕方なかったのだと思います。……そうしなければ、どの食事も手掴みで食べることになってしまいますから」
「手掴みで? ……それはどうして」
「何が起きたのか、わかりません。……持つことができなかったのです」
そう言いながらピケは自分の小さな手をじっと見つめ、続きを話した。
「ある時お腹が空いてしまっていてお付きの方を待たずに自分でフォークを手に取ろうとしたことがあるのです。……ですが、どういうわけか不思議な雷に弾かれてしまいました。驚いて取り落としてしまっただけかとも思いましたが、何度試してみても無理でしたね」
「雷に弾かれる。……そうか、レベル0」
装備レベルが足りていない武器は紫電によって弾かれる。
……生まれたばかりの赤子にすら劣るレベル0では、日々の食事に使うだけのただのフォークすらもまともに持つことはできないというわけか。松明にしていた木の棒が紫電に弾かれることは体験済みだったが、まさかこれ程だったとは。
「………………」
いや、問題は食事だけじゃない。
例えばの彼女の服装。今思えば、ピケがそんなツギハギだらけで服の形をなしていないボロ切れのような服装でいるのもそのためだろう。普通の服装では紫電に弾かれてしまい、身に着けようと思ってもまともに服を着ることができないからなんじゃないだろうか。
下手をすれば寝る時の毛布だって纏えないのかもしれない。
……あの鼠との闘いで辛さは身に染みて感じていたはずなのに、レベル0がどういうものなのかまだ理解なんてできていなかったみたいだな。
「…………ん、違うな?」
手にした石を見ながら思い至る。
……それなら、どうして俺は石を持つことができているんだ?
手の中にある石を弄びながらしばらく考え、……その石を壁の方に向けて思い切り投げつけてみた。――いや、正しくは投げつけようとしてみた、だ。
――バチッ……
壁へと投げつけようとした石は紫電によって弾かれ、スッポ抜けるようにしてそのまま見当違いの方向へ飛んでいった。……成る程、投げて武器にしようとすると駄目なのか。
「あれ? ……では、どうして宝箱は背負うことができたのです?」
ポッホは宝箱とピケを交互に見ながら、そう疑問を口にした。
確かに、それだけではピケが宝箱を背負えていた説明にはならない。ピケの装備レベルが足りていないことが原因であるならむしろ、宝箱だって同じように触れた時点で紫電によって弾かれてしまうはずだ。
「……そう言えば、あの時の羽ペンは弾かれずに持つことができました」
ピケは思い出したようにそんなことを言った。
「あのペンって、……それはどんなペンだ?」
「確か、神殿長様が久しぶりに部屋を訪ねて来てくださった時のことです。……本来は巻物を作る時に使うペンらしいのですが、『それはお前に触れられたのだから』と特別に私にくださりました。今、手元にはないようですが、……とても大切なものです」
……レベル0と装備レベル。紫電に弾かれるフォークと弾かれない羽ペン。それから、重たくて持てない小石と軽く背負える宝箱。――そこから考えられるのは?
「だとしたら、もしかして…………。あった、これだ」
宝箱を漁り、その中から目当ての物を見つけた。
「それは鐘……、ですか?」
中から取り出したのは、銀に空の青を混ぜたような不思議な色をした少し大きめの鐘だ。頭程の大きさのあるその鐘には細かな装飾がされており、鐘のてっぺんには雄鶏を模した両手で握れるような持ち手がついている。
「こいつは『目覚めの鐘』っていう鐘だ。……ピケ、これを持ってみてくれないか?」
「? はい、……わかりました」
そう言ってピケを手招きすると、いつもの無表情で近くに寄ってきた。
「ちょ、ちょっと待つのですよ。ピケちゃんにそんな重たそうなものを持たせちゃったりしたら、その細っこい腕が今度こそポッキリと折れちゃいますですよ。それにただでさえ、ピケちゃんのあの腕は……」
「大丈夫、問題ない。……そんな無茶はしないさ」
ポッホが何か心配しているようだが、大丈夫だ。
ピケの伸ばした手にその鐘を持たせてやる。……俺の予想通りなら、たぶん。
「……持てました。思ったより、重たくないのですね」
ピケは頭程もある大きな鐘を、軽く片手で手にしていた。
「……やっぱりな」
「嘘、……これって、どういうことなのです?」
目を白黒させながらポッホが慌てている。……表情がくるくる変わって見ていて本当に飽きないな。ピケがいつも無表情だから、余計にそう感じるのかもしれないけど。
「ああ、これは魔道具だよ」
魔力の込められた道具を総称して『魔道具』と呼ぶ。
燃える剣や凍りつく槍、攻撃を通さない盾や自然治癒を促す首輪などそれぞれの道具の持つ効果は様々だが、どれも闘いにおいてこそ猛威を奮っている貴重な道具だ。
「確かに、魔道具を装備したら体の一部のように違和感なく扱えるっていう話ですけど。……でもやっぱり装備レベルが足りていなかったら、魔道具だって他の装備と同じように紫電に弾かれてしまうんじゃないのです?」
「ああ、きっとバチッと弾かれちまうだろうさ。装備レベルが足りなかったら、な。……この『目覚めの鐘』にはそういった面倒な装備レベルは存在しないよ」
ポッホの指摘する通り、魔道具にもレベルによる装備制限というものは当然ながらある。むしろ、強大な力を秘めている魔道具にこそ装備のために幾重にもそういった厳しい制限が掛けられている。……だが、中にはそうではない魔道具もある。
「この『目覚めの鐘』の効果は、『鐘の音を耳元で響かせる』っていうものだ」
「……それって、どうやって闘いに使うのです?」
鼓膜を破るくらいの音は出せないけど、……敵の集中を乱すくらいの効果はあるかな?
「いや、使えないことはないけどこれといって特別な効果は何もないよ。……だってこれは闘いに使う魔道具じゃなくて、ただの装飾具だからね」
装飾具とは、『戦闘に関係のない』効果を持つ魔道具だ。
その多くは古代の魔導士によって書き上げられた魔導書、……の走り書き部分にあった魔術を独自に解読して生まれた新造の魔道具だ。走り書きの呪文にどんな効果があるかもわからず適当に魔道具を再現したため、魔道具としては不良品ばかりだった。
攻撃力や防御力が上がるわけでも、毒に強くなったりするわけでもない。
中には使える便利な魔道具ができたりもするのだが、そのほとんどはガラクタ揃いだ。どれもキラキラと輝いたり不思議な音がなったり、ぐるぐる回ったり伸び縮みしたりするだけの使い道がよくわからない奇妙なものばかりなのだ。
そんな背景があるため装飾具に装備レベルは設定されていないが、基本的に一品物の高価な魔道具であるために広く出回ってもいない。たまに金の使い方を間違えたどこかの変わった道楽者がいくつか買っていくくらいのものである。
「ピケが神殿長様からもらったっていうその羽ペンも、何かの装飾具だったんだろうな。……凄く高かったはずなんだけど、さすがあの神殿の長をしているだけはあるよ」
巻物を作れる羽ペンなんて、下手したら伝説級の魔道具じゃないのか? そんな貴重なものをピケにポンとあげるだなんて、……あのおっさん、やっぱり凄い金持ちなんだな。もしくは、これも神殿が何か悪どいことをして稼いでいるという証拠なのか?
「ちなみに、俺が着てるのも『白の衣』っていう装飾具ね。効果は『汚れがすぐ落ちる』っていう便利なものだけど、その防御力は枯草も同然なんだよね」
ピケと連動して同じレベル0になっているはずの俺が、どうして装備に弾かれて素っ裸になっていないかといえば、下に着ていた服がこの装飾具だったからだ。普段から装備の下に着ていたのだけれど、こんな所で役に立つとは思わなかった。……そうだ、ピケにも早く何か着るものを渡してあげないと。
「ちょっと待ってな。ピケにもすぐに何か着るものをあげるからな」
「……えっと、ありがとうございます」
「装飾具、ですか。そんな変わった魔道具があるのですね。……あれ? でもそれじゃあ、ピケちゃんが石ころを持てないのはどうしてなのです? 同じレベル0のディズちゃんは問題なく持てていましたですよね」
宝箱を漁って何か良い着るものはないかと探していると、後ろからポッホのそんな疑問が聞こえてきた。……そのことについてもとりあえず仮説は考えてある。
「ああ、それはただ単に筋力不足。……生まれてから魔道具の羽ペンくらいしかまともに手にしたことがなければ、重い物を持つどころか腕の使い方だってわからないだろうさ」
「なるほど、そういうことですか。……やっぱりピケちゃんは虚弱体質なのですね」
「……虚弱っていう範囲を超えてるけどな」
ちなみに石が弾かれなかったのは、装備として意識していなかったからだろう。
鼠と闘っていた時は『武器にならないか』という思いで色々と手にしていたから、全て『装備』として紫電に弾かれてしまったのだろう。今なら木の棒くらいは手にできるかもしれない。……もちろん、振り回そうとしたら弾かれてしまうのだろうが。
しかし、この辺の判断基準はどうなっているのだろうか?
使い手の意思によって制限がかかる。……こうも厄介だと、もはやただの呪いだな。
』
ええ、まさしく飼い犬に首輪をつけるための呪いでしょうね。
この世界には永遠の平穏なんていう甘ったるい夢物語を本気で実現しようとしているやけに突き抜けた御方がいらっしゃいますからね。……それも能力がないならまだしも、それを実現できるだけの力があるというのだから始末が悪いです。
この世界が狂気と混沌に満ち溢れ、その場に立ち止まっていられない位滅茶苦茶に動き回っているからこそ物語はこうも愉快に楽しく紡がれていっているというのに、どうして硬い頭で理路整然と整えてしまおうとするのでしょうかね。
世界に手を出すのなら、平穏でなく混沌のためにこそ力を貸すべきでしょう。
しばらく投稿が疎らになりますが、根気よくお付き合いいただけたら幸いです。