14:彼の物語「美味しい食事と」
2017.12/28・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。
他のタイトルも順次修正を行っていきます。
『
洞窟の中で美味しそうな肉を焼ける匂いがする。
「……まさか、魔窟迷路で羊肉を焼くことになるとは思わなかった」
串に刺した羊肉に軽く塩を振っただけだが、空腹も手伝ってとても美味しそうだ。
本来なら洞窟の中で火を焚くなんて自殺行為もいいところではあるのだけれど、都合の良いことにこの場所には階層をぶち抜く程の大穴が空いているので空気の流れに関してはさほど問題はないようだった。煙も上に空いた大穴に向かって昇っていっている。
……まさか、匂いにつられてモンスターが集まってきやしないだろうな?
そんな心配がふと頭をよぎるが、今の俺達の戦力を考えると多少モンスターが集まって来たところで、わりと何とかなりそうな気がしてくる。少し楽観的ではあるのだろうが、先程までの闘いを思えば自信過剰と言う程でもないだろう。
「さすがに魔窟迷路に野生の羊は現れないですからね。こんな偶然ではありますですけど、新鮮な肉が手に入って良かったですよ。なんだかピクニックみたいで楽しいですね」
血の付いたナイフを払いながら、ポッホは楽しげにそんなことを言う。
「この状況じゃピクニックというか、サバイバルだけどな」
「まあ、ウチの故郷だとどっちも似たようなものですよ。ピクニックの時の持ち物なんてナイフ一本だけなんですから、こうして味付けに塩があるだけ贅沢ってものですよ」
「……そんな特殊訓練とピクニックを一緒にしないでくれ」
あの羊を解体してくれたのは、笑顔でナイフを振るう彼女だ。
本当は俺がやれたら良かったのだが、あいにく今は解体用のナイフを装備することすらできない。……けれどそんな心配はよそに、ポッホも慣れたもので鼻歌交じりの片手間に手際よく羊を解体してしまった。さすがはサバイバル紛いのピクニックを楽しむ狩猟民族の出身と言ったところだろうか。
「染み付いた血の匂いをちょっとどうにかしたいところですけど、水は貴重ですからね。……今は浄化魔法でどうにかするしかないですよね。――『浄化』」
そう言ってポッホは、解体に使ったナイフと返り血に浄化魔法をかけた。
魔法の光りに包まれて、染み付いた赤黒い汚れがどんどんと落ちていっている。
多少の汚れはあまり気にしないが、水場が近くにあるわけではないので覚えておいて損はない。こういった水場が近くにない時には、この浄化魔法は必須の技術だろう。……そう言えばピケも年頃の女の子だからな。今はこういった浄化魔法を使うこともできないわけだし、早めに何か対策を見つけておいた方がいいかもしれないな。
「面倒な解体をしてもらって悪かったな。いい塩梅に焼けたから、たらふく食ってくれ」
「むぐむぐ、ありがとうございますですよ。……ああ、それと焼いた肉だけだとちょっと栄養バランスが悪いですから、お二人はこれでも一緒にかじってくださいです」
そう言ってガサゴソと鞄をあさり、中から取り出した物を投げるポッホ。
「よっと、これは? ……ああ、もしかしてスートの実か」
手にとって見てみれば、それは手のひらサイズの小ぶりな青い果実だった。
「ええ、そうですよ。ちょっと味に癖はあるですけど、その代わりに栄養たっぷりなので食べておくといいですよ。……ウチはこのままいただくので大丈夫です」
「ああ、……ありがとう」
彼女は新鮮なモツや肝を美味しそうに食い千切りながら、その口元を真っ赤に汚してしまっている。獣人とはいえ、いくらなんでも野性味が溢れすぎやしないだろうか? せっかく浄化魔法を使ったというのに、それではあまり意味がないような気がする。
「スートの実、……美味しいのですか?」
ピケは俺の持つスートの実を眺めながら首を傾げている。
「なんだ、ピケはコイツを見るのは初めてだったか? ……探索者や旅人なんかには必須の果物なんだけど、そうでもなきゃあまり目にするようなものでもないから仕方ないか」
旅での非常食みたいなものだから、あまり街中で食べる機会もないのだろう。
「まあ、そいつがどんな味なのかはかじってみればわかるさ」
そう言ってピケにスートの実を一つ渡してやる。
「? ……これ、甘酸っぱ苦い」
少し実をかじったピケの顔は、なんとも言えないような顔になってしまっている。
この独特の変わった味は人を選ぶからな。この味が好きで好んで食べる奴もいるけど、俺にとってはある種の薬みたいな感覚だったな。……というか俺も乾燥させたヤツはよく持っていたから知っているけど、生のスートの実を見るのは初めてかもしれない。
「それにしても、生のスートの実は珍しいな。これもポッホの恩恵の力かい?」
「ええ、干しスートもいいんですけど、やっぱりウチは『復元』して新鮮な状態で食べる方が好きなのですよ。……あ、食べ終わった後の種は捨てないで残しておいてほしいです。そこからまた実を『復元』するですから」
「……この実といい、羊といい。何でもありだな、『復元』の恩恵は」
そう言ってチラッと横を見れば、そこには今食べている羊がメエメエ鳴いている。
どうしてこうなったのかと言えば、――物は試しということで解体して残った羊の骨に対してポッホに『復元』を行ってもらったのだ。その結果、なんとも信じられないことに解体して分けておいた羊肉とは別に再びこの羊が五体満足な姿で蘇ったのだ。
古びた羊皮紙から生きてる羊に戻って、屠殺されて肉に解体された後に蘇って元気な羊に戻るなんて、……もう自分でも何を言っているのか頭がこんがらがってきそうだ。
「この羊には感謝しているですよ。……これでいつでも肉が食べられますですね!」
「……ほら、ポッホ。涎が垂れているぞ」
ポッホは口の端の涎をコートの袖口で拭いながら、羊を熱い目線で見つめている。……きっと彼女には、この眼の前にいる羊がただの美味しい肉の塊にしか見えてないのだろう。どうやら彼女はその可愛らしい見た目と違って、リアル肉食系女子のようだ。
「メェ~……」
そんなこと言われていると知ってか知らずか、当の羊は暢気に骨を食んでいる。
はじめはどこにでもいるただの羊かと思ったが、どうやらこいつも一応はモンスターの一種であるらしかった。……とは言えこの暢気な羊は害のあるようなものではなく、その主な特徴としては草の代わりにバリバリとその辺に転がっている骨を食んでいるくらいだ。能力も特に何かあるわけでもなく、敵意の欠片も見当たらない。
ちなみに肉は癖もなく結構美味しかった。
「…………ああ、そうだな」
しかしポッホはそう暢気に言っているが、――これはとんでもない力だ。
本人にその自覚はないのかもしれないが、彼女のやっていることは神の奇跡の再現だ。死者であろうと失われたものであろうと、全て際限なく彼女の望むまま何度でも繰り返し蘇らせ元に戻すことができる。……それこそ万能の神にでもなったようじゃないか。
勇者や魔王なんて存在はお伽噺の中でしか見たことはないけれど、もし彼女がこの力の使い方を自覚してしまったら、そんな超常の存在になってしまわないとも限らない。……ならば道を踏み外してしまう前に、いっそ彼女を――
「……お腹が空きました。お代わりをください」
そんなピケの声に、考えに没頭していた意識が戻ってきた。
「串は山程用意してあっただろ、それはどうしたんだ? ……って、おい」
振り返って見てみれば、いつの間にか結構な量があったはずの羊肉は――誰の仕業とはあえて言わないが、食べ盛りの彼女によって跡形もなく食べ終えられてしまっていた。……あの体のどこにその量がはいるんだ、俺もまだ一串しか食べていないんだぞ。
神殿は確か、節制と節約を是としているんじゃなかったか?
「はあ、仕方ない。……こいつにはもうひと頑張りしてもらうことにしよう」
そう言いながらちらりとポッホに目配せをすると、彼女は再び鋭く輝く解体用のナイフを鞄から取り出しながら、その眼をナイフ以上に怪しく輝かせた。……暢気にメエメエと鳴く羊を見る彼女の目は既に、完全に獲物を見る肉食獣の眼そのものであった。
「ウチもまだちょっと小腹が空いていますですし、もう少しお肉があってもいいですよね。……それでは、そのお命美味しくいただかせてもらいます」
「メェ~……?」
羊に迫るポッホの怪しい影。これから幾度となく屠殺される運命にあるのかと思うと、こいつには同情してしまうな。……短い命だろうけど、何度でも強く生きるんだぞ。
◆ ◆
「さてと、……お腹も結構膨れたことだし、それじゃあ先に進むことにしようか」
それでは、……すっかり羊肉を堪能し、体力も回復したところで魔窟迷路からの脱出を進めていきたい。さすがに食べ切れなかった分の肉は煙で軽く燻して簡単に燻製肉にした。これでいちいち羊を解体しなくても、次からはすぐに食事をすることができるだろう。
……食事の度に解体されるのは、いくらなんでも可哀想だからな。
「それもいいですけど、ピケちゃんからは話を聞かないのですか?」
立ち上がって、『支度も済んだことだし、そろそろ出発しようか』なんて感じのことを思っていたところにポッホからそんな言葉を投げかけられた。……ピケの話だって?
「ああ、そう言えばすっかり忘れてたよ。……とは言っても、ピケの話ねぇ」
そう言いながら彼女の方をチラッと横目で見る。
……思えばピケには聞きたいことがかなりあったような気がする。
それは彼女の生まれや育ちのことであったり、レベル0のままでいる理由であったりとそれこそ気になることは山程ある。……けれど、それらを彼女自身に尋ねてしまっていいものなのだろうか。今更赤の他人でいるつもりはないけれど、彼女に踏み込んでしまってもいいものなのか今更ながらに悩んでしまう。
「なあ、ピケ。……君のことをちょっと教えてもらえるか?」
とは言え、……復活してまた骨を食んでいる羊(三匹目)のことをさっきから興味深げにじっと見つめている――この世間知らずの箱入り娘に、そういったことを尋ねてみても果たしてまともな返事が返ってくるのだろうか?
「わたしのことですか? ……と言っても、話せるようなことはそれほどありませんよ」
ピケは首を傾げ、羊から目線は離さないまま聞き返してきた。
「難しいことなんてよくわからないだろうし、ピケの話せることだけでいいからな。……それに考えてみたら、俺もまだピケの名前くらいしかまともに聞いてなかったからな」
その『ピケ』という彼女の名前ですら俺が命名したようなものなので、今にして改めて思い返してみれば、彼女が珍しいレベル0であるということ以外は、他に性別くらいしかろくに知らないと言ってもいいだろう。……そんなのは何も知らないのと同じだ。
「そうだったんですか? ……と言うか、なら二人はいったいどんな関係なんですか? あまりにも自然にピケちゃんのことを紹介してたので、ウチは二人が姉妹か、そうでなくても親戚か何かなのかと思っていましたですよ」
ポッホは驚いたようにそんなことを言う。
……まあ、見た目がそっくり同じだからな。ピケに対しては歳の差が結構あるということもあってついつい色々と世話を焼いてしまっていたし、連動装備の話を聞いても普通にただの双子の姉妹だと思ってしまっていても仕方ないのかもしれない。
「血縁関係とかはないな。関係で言うなら、俺達はこの魔窟迷路の中で初めて会った他人同士だ。気付いたらこんな風に身体が小さくなっていて、近くにピケが倒れていたんだ。……いや、状況からして俺がピケを巻き込んじまったんだと思う」
「……それは、違いますよ」
ピケは羊から目線を外し、俺の方を振り返った。
「わたしは、ディズちゃんに巻き込まれたわけではありません。……わたしはこの場所に在るべくしているのです。だから、あなたが気に病むことではありませんよ」
「……何を言っているのかわからないけど、きっと君は――」
そんな俺の言葉を遮るように、ピケは更に一歩近付いて言葉を続けた。
「それはあなたの考えで、あなたの想像に過ぎません。……真実がわからないのでしたら、『もしかしたら』のことに責任なんて感じないでください。この今のわたし達はいわば、運命共同体? ……という奴なのですから」
「………………」
彼女を『守る』だ『助ける』だなんだと腹を括ったつもりでいたけど、……実のところまだ腹を括れていなかったみたいだな。なんだかんだと理由をつけて肝心なところで一歩踏み出さずに、なあなあなままで済ませようとしちまっていたようだ。
……いい加減、目を逸らしたままじゃいられないな。
「こうやって聞くのも今更だけど、……ピケのことをなんでもいいから教えてくれ」
「わかりました。……まず何から話しましょうか、このわたしのことを」
そう言って彼女は、淡々と語り始めた。
』
ああ、またヒロイン(仮)の話ですか。……正直、主人公の話以外は読み飛ばしたい所なのですが、彼女も何か物語に食い込んできそうな気がするんですよね。彼女の話はこれまで少し読み飛ばしてしまいましたけど、少しは把握しておくことにしましょう。
さあさあ、彼女は何を語ってくれるのでしょうかね。
……何度も殺され続けるとか、どんな等活地獄でしょうか。
不定期更新続きますが、よろしくお付き合いください。