01:彼の物語「レベル100」
2017.11/14・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。
他のタイトルも順次修正を行っていきます。
『
「よし! これでレベル100だ」
――チャポン……
巨体の倒れる轟音と共に、『聖杯』を満たす雫の音が体の奥底で静かに響いた。
経験値を満たしたことにより、血潮と共に体の奥底から溢れ出てくる膨大な力の流れを感じた。ぐっと拳に力を込め、小高い山程はある古代竜の背中に深々と突き刺さる大剣を引き抜いて、そう仲間へと高らかに自らの進化を宣言した。
「何? もう溜まっちまったのか。くそ、やられたな。……すぐに追いついてやるつもりだったのによ。結局引き離されたままアイツに先にゴールされちまったか」
そう言いながら、無骨な棍棒のように見える巨大な僧杖で近くの双頭竜を殴り殺す筋骨隆々な偉丈夫の祈祷師。ゴシャンと大岩にでも潰されたかのような音と共に返り血が顔や服に飛んでくるが、まるで気にした様子もない。
「まあ、そんなに不貞腐れないでよ、ドゥラーク。私たちのレベルも90代に入ってからはカンストした伝説級や神話級のモンスター達を倒さなきゃ、まともに経験値を溜められなくなったんだし、そう開いたレベルの差は埋められないわよ」
会話の片手間に空を覆い尽くす翼竜の群れを広範囲魔法で一掃しながら、線の細い女の魔術師は祈祷師のドゥラークをなだめた。彼女に撃ち落とされた翼竜達がボトボトとすぐ近くに落ちてきているが、独自の強力な防御結界を展開している彼女には怪我らしい怪我どころか土汚れや返り血一つ付いていなかった。
「けどよ、……お前は違うのか。やっぱり悔しいものは悔しいだろ、プリミエラ?」
僧杖に付いた双頭竜の血を払い、ドゥラークは魔術師のプリミエラに問いかけた。
「いいえ別に? 悔しくはないわよ。それでも、やっぱり彼のことを羨ましくは思うわね。……とは言え、これで彼もはれて伝説や神話の中の人ってわけなのよね」
そっと目を細めながら、プリミエラは古代竜の背中で余韻にひたる彼の姿を見上げた。満足そうにしている彼の顔は、まるで駆けっこで一番になったことを喜ぶ子どものように無邪気でとても嬉しそうな顔だった。
「歴史に名を残す偉業だね。……まあ、あたしらはそこそこの有名人で満足だけどねぇ」
「だよねぇ。古代竜や巨人とボコスカ殴りあうなんて、乙女のすることじゃないっての」
そう言って、鏡合わせのように同じ動きで肩をすくめる魔物使いと死霊使いの双子。
「……おい、スパイト&マリス。そうやって暇してんなら、この辺りにある邪魔な奴らをさっさと片付けておいてくれよ。そこら中に転がっていて歩きにくいったらねえぞ」
ドゥラークは足下に転がっていた翼竜の頭を邪魔そうに蹴飛ばした。
そして、周りにゴロゴロと転がっている瀕死の生き残りや竜の死骸の山を僧杖で指し、手頃な大きさの大岩に背中を合わせて腰掛けているスパイト&マリスと呼んだ魔物使いと死霊使いの双子に、ぶっきらぼうにそんな指示を出した。
その言葉に大岩に腰掛けていた双子は、不機嫌そうに振り向いた。
「暇じゃないわよ、筋肉バカ。それから一纏めにして呼ばないでくれる!」
「忙しいわよ、脳筋バカ。こっちはあんたと違って頭脳労働主体なのよ!」
ドゥラークにそんな悪態をつきながらも、双子の手元は忙しそうに動いていた。
魔物使いのスパイトは杖をかざして瀕死の生き残り達を操って、同士討ちや共食いをさせて徐々に数を減らしている。そして死霊使いのマリスは大鎌を振りかぶり、転がっている死骸達を操って細々した残骸を一纏めにして取り込み、テキパキと彼らの周囲に山のように散らばっていた残骸を綺麗に片付けていっていた。
「何だと、このチビ助共。神の御前まで二人仲良くぶっ飛んでみるか? 今なら一発ずつ、特別に片道特急券を無料でくれてやんよ」
ドゥラークは近くにいた最後の一体を振り向きざまに殴り倒し、二人の方を向いた。
「やってみなよ、『筋肉ダルマ』。返り討ちにしてあげるわ」
「おう、珍獣『脳筋猿』。見世物小屋に叩き込んであげるよ」
二人は腰掛けていた岩を飛び降り、ドゥラークの方へと駆け寄った。
「「「あぁん? やんのかこら!」」」
三人は声を揃えてガツンと音を鳴らし、手にした僧杖と大鎌と杖を突き合わせた。
呆れながらも仲裁には入らないプリミエラの前で、双子と一人の間で馬鹿だのチビだのといった罵詈雑言が飛び交い、いよいよ戦いの火蓋が切って落とされようかといった頃、ようやく古代竜の背中を存分に堪能した彼が戻ってきた。
「まったく、何をやっているんだか。……相変わらず三人は仲が良いよな」
「ええ、オルトロスとイエティのようにとても仲が良いですわね。……それで、デューズ。念願のレベル100になった感想はどうなの。何かこれっていうのはないのかしら?」
デューズと呼ばれた彼は腕を回したり、剣を振ったりして少しの間考えを巡らせた。
「感想? 感想って言ってもねえ……正直、よくわからん」
「わからないって、……随分と適当なのね」
あっけらかんと答えるデューズに対し、プリミエラは呆れた顔を向ける。
「いや、適当って言われても、そんなものだからな。……それに、『最後の聖杯』はこうやって全て満たしたけど、聖杯の交換は神殿まで行かなきゃ出来ないからな。それだから、まだ本当の意味でレベル100になったってわけじゃないし」
「……ここまで来て『レベルアップできませんでした』じゃシャレにならないわよ」
プリミエラは剣呑な表情でデューズを睨んだ。
「まあ、そうなったら泣いちまうかもな。……けど、そうだな。それでも念願があと少しで達成される感想を、っていうんなら『やったぜ!』ってところが正直な感想かな?」
「何なのよ、その子どもみたいな感想は? ……あなたらしいですけど」
「……だろ?」
そう言うとプリミエラは剣呑な表情を崩し、呆れたように少し笑った。
「ったく、あのチビ助共は頭も舌もよく回るからっていつも調子に乗りやがってよ。……おいデューズ、この野郎。よくも先にカンストなんてしやがったな」
ドゥラークが何や不機嫌そうにこちらへと歩いてきた。
あの二人に口喧嘩では敵わなかったのか、双子の方をイライラとした顔で睨んでいる。その後ろをよく見てみれば、勝ち誇ったように笑みを浮かべている双子の姿が見えた。
双子は軽い足取りでプリミエラの元へと駆け寄り、自慢気に先ほどの口喧嘩でのやりとりを報告しているようだった。……歳はそこまで離れてはいないはずなのだが、まるで姉妹か、それとも年の近い親子のやり取りでも見ているようだ。
「おう、なんだか抜け駆けしたみたいですまんな、ドゥラーク。それよりさっきはお前の支援魔法があって助かったよ、ありがとう。今度酒場で好きな酒でも奢ってやるよ。……ああ、プリミエラにももちろん何か奢ってやるからな」
そんなデューズのあっけらかんとした言葉に、ドゥラークは頭を掻きながら答えた。
「ったく、文句に対して爽やかにお礼なんて言いやがってよ。調子が狂っちまうだろうが。……奢るっていうのは当たり前だが、今度はお前が俺のレベル上げを手伝えよな」
「それこそ当たり前だ。俺たちは伝説のパーティーになるんだからな」
そう言って二人はカチンと剣の柄と僧杖を軽く打ち合わせた。
「……なるほど、そうですか。奢ってもらえるなら、この辺りで一番高いお酒を見つけることにしましょうか。いや、いっそ取り寄せるっていう手もこの際ありですかね? いや、それならいくつか樽ごと頼んでしばらく楽しむって言う手も――」
「えっと、……プリミエラさん?」
プリミエラがブツブツと呟きながら何やら良からぬことを企んでいる横で、スパイトとマリスがぴょんぴょんと跳ねながら頬を膨らませて文句を言っていた。
「私らは? ねえ、私らには何か感謝とかお礼とかないのかよ!」
「酒なんかいいから食い物奢れよな。何か美味いもんをよこせ!」
「ああ、わかったわかったよ。ありがとう、もちろん二人にもちゃんと感謝してるって。……それじゃあ、折角だからこれからみんなで、古代竜の討伐終了と俺のカンスト達成を祝って打ち上げに行くってことにするか。今日は当然、俺の奢りで!」
そうデューズが言い終えると、四人の瞳が怪しく輝いた……ように見えた。
「よっしゃ、こいつの全財産空っぽにしてやろうぜ!」
「骨までばっちり喰らい尽くすぞー!」
「尻の毛までがっつり毟り取るぞー!」
先程までしていた激しい口喧嘩は何だったのか。
共通の獲物を見つけたことで意気投合でもしたのか、回転するドゥラークの太い両腕にスパイトとマリスの二人がぶら下がり、ぐるぐると回って楽しそうにはしゃいでいた。
「お、おい。お前ら、手加減はしてくれよな?」
「あらあら、やってしまいましたわね。……一度出た言葉は元には戻せませんよ?」
「はあ、迂闊だったな。……プリミエラは加減してくれる、よな?」
淡い期待を込め、デューズはそっとプリミエラの顔を伺う。
「はて、なにを言っているのやら。私も当然全力で臨ませていただきますが?」
「…………勘弁してくれよ」
その晩、仲間たちの連携によってデューズの財産は極限まで削られることとなった。
◆ ◆
この世界にはレベルというものが存在する。
レベルは努力や鍛錬のみではどうにもならず、モンスターを狩ることでのみ上昇する。そして、到達したレベルに応じてあらゆる能力が上昇し、多彩な技術や多様な魔法などを覚えることができるようになる。それこそ別の存在へと『進化』するように。
これが遺伝による進化の可能性が尽きたこの世界の生命の、新たな進化の形だった。
だが、誰でも簡単にレベルを上げられるわけではない。
モンスターを狩らなければ、どんな屈強な戦士であってもレベルは変化しない。
レベルとはその身に宿った聖杯であり、存在の階級と経験の器の総量を表している。
聖杯はモンスターとの戦闘経験によって次第に満たされていく。そして、これまでの聖杯が満たされた時、神殿へと赴き『進化の祭壇』にその体に宿した聖杯と中身を供物として捧げることで新たな力と次のより大きな聖杯が与えられる。
けれども、始めのうちは俗に『雑魚モンスター』と呼ばれるモンスターを狩るだけでもすぐに満たされていた聖杯も小さな匙ですくう水で湖を作るのが困難であるように、次第にそれだけでは十分に満たされなくなる。その為、レベルが上位に上がるにつれ高レベルで危険なモンスターの相手をしなければレベルが上がらなくなってしまうのだ。
そんな制約のこともあり、城を護る兵士であってもそのレベルは強くて10そこそこ。レベルが30もあれば達人、50あれば豪傑と言っても違いないだろう。80以上のレベルであれば、十分に武神などと言われるような存在となる。それが90レベルという大台に入ってしまえば、多くが物語として人々から語り継がれていく存在となるだろう。
それ程、上位のレベルを有する者は極めて稀有なのだ。
……そんな中、人類で初のレベル100となってしまった規格外の存在に対して人々は、一体どんな反応をすることになるのだろうか?
例えば彼の栄光を羨望し、崇め奉るのか?
例えば彼の偉業を尊敬し憧れ、背中を追うのか?
それとも彼の存在に嫉妬し、怨嗟の声を上げるのか?
最後の聖杯が満たされていない人々は、一体どんな反応を示すのだろうか?
』
ああ、これから人類最強となった彼の物語が始まるのですね!
……けれど、どうしたことでしょう。どうにも困ったことに、彼の目指すべき目標にこうして手が届いてしまったことで、折角の素敵な物語がこのままではすんなりと終わりを迎えてしまいそうです。塩味のない塩のように、それではあまりにも物足りません。
私はまだまだ彼の物語を楽しみたいのです。
どんな物語にも終わりというものはあるのでしょうが、お気に入りの彼の物語がこのままあっけなく終わってしまうのは残念です。仲間達と共に紡ぎあげられてきた彼等の壮大な物語でしたが、終わってしまえば話の続きを楽しむことはできません。
……仕方ありません。ここは私がどうにかすることにしましょう。
さあさあ、観客の一人として彼の更なる活躍を応援しましょう。
まだ、タイトルの内容には追いついてませんが気長にお待ち下さい。