12:彼の物語「鼠との決着」
『
……ガキンッ、ガキンッ、ガキンッ!
岩壁に反響し、何度も激しくぶつかり合う打撃音が周囲に響き渡る。
天井と地面にぽっかりと大穴が開けられた広い空間は、地面に転がるいくつもの蛍光石の欠片によってぼんやりと明るく照らされている。その開けた空間の中心では、巨大な影と小さな一つの影が激しくぶつかり合っていた。
『……ギュイキュッ!』
「…………何度も同じ手を使いやがって」
尻尾をしならせ、鞭のように打ち据えてくる。……それを手刀で正面から弾いた。
……ガキンッ!
《――引き分け……。連続攻撃に加点されます。》
続けて尻尾が横薙ぎに払われる。……それは爪先の蹴りによって弾く。
……ガキンッ!
《――引き分け……。連続攻撃に加点されます。》
『……ギュイ』
それからも尻尾による攻撃が続く。
……ガキンッ!
《――引き分け……。連続攻撃に加点されます。》
……ガキンッ!
《――引き分け……。連続攻撃に加点されます。》
……ガキンッ!
《――引き分け……。連続攻撃に加点されます。》
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……可怪しい。さっきから大鼠の本体が全く動こうとしない。
まるでこっちの様子を観察しているように、じっとその場から動かずに尻尾だけで攻撃を続けている。さっきまでのように正面から無策に飛び込んでくれれば簡単なのに、……こうも慎重に攻撃をされてはこちらからも中々手が出せない。
「……ダメだ、これじゃあ勝ちが見えない」
このまま『攻撃』に『攻撃』を当てるだけでは、どちらにもダメージはいかない。
こうして引き分けが続く限り、ひたすら膨れ上がるダメージはどんどんと蓄積されていき、それが次の敗者へとまとめて与えられることになる。その膨れ上がったダメージはすでに、現役の俺でもその生命力を半分は削り取るくらいの馬鹿げた威力はあるだろう。……これはいわば、いつ爆発するかわからない、火の点いた爆弾の押し付け合いだ。
絶対に自分のところでこんな危険なものを爆発させるわけにはいかない。
「……そのためには奴に、『防御』させなきゃいけないっていうのに」
奴は防御をせずに、ひたすら攻撃を続けている。
集まって大きな体になってからというもの、こちらの『攻撃』に対して全く『防御』をしなくなってしまった。……まあ、そもそも奴にしてみれば俺からの風に吹かれた程度の軽い攻撃など防御する必要は最初からありはしないのだから今更なのかもしれない。
だが、奴にしてみれば俺のその貧弱な攻撃によって、何体も鼠が消し飛んでいるのだ。……多少大きくなったとしても、俺の持つこの正体不明の攻撃に対して警戒をしていてもよさそうなものなのだが、防御をする素振りは全く見せない。
「余裕のつもりなのか。……いや、まさか既に仕組みがバレちまっているのか?」
残念ながらその可能性は十分にある。
知性があるかもしれないと思ったのは、他でもない俺自身だ。
思えば奴等の目は、こちらのことをずっと観察していた。……今更モンスターだからと侮るようなことはしない。こちらがこの恩恵の条件を推測することができているのだから、相手にもできていると思った方が良いだろう。
『……ギュイ、ギュイッ!』
やはり俺の言葉が理解できているのか、『その通りだ』とでも言いたげにその耳障りな甲高い鳴き声を飛ばしてくる。……人語を理解するモンスターは結構多くいるわけだけど、こんな面倒なモンスターにまでその知性が宿っているのは反則じゃないだろうか?
……いや、厄介なモンスターだから面倒な知性があるのか。
「ああ、もう。確かにさっきは千日手だろうと受けて立とうとは思ったけどよ、……本当にこいつとそんなに長い間やり合うのなんて、俺は真っ平御免だからなッ!」
俺の悲痛な叫びは奴に届いたのか、その大きな目を怪しく細め『……ギュイ』と小さく鳴いて見せた。……まあ、届いたところでその攻撃が止むはずなどないのであった。
……ガキンッ!
《――引き分け……。連続攻撃に加点されます。》
……ガキンッ!
《――引き分け……。連続攻撃に加点されます。》
……ガキンッ!
《――引き分け……。連続攻撃に加点されます。》
これも、これで何度目の引き分けになるかわからない。
一息吐く隙すら与えるつもりはないのか、絶え間なく尻尾からの攻撃は続いている。
『ギュギュ、ギギギッ!』
気のせいかもしれないが、奴の鳴き声がニヤリと笑っているようにも聞こえた。
……詳しい恩恵の条件までは把握されていないようだが、こちらの『攻撃』に対して『防御』をしてしまってはいけないということはどうやら学習されてしまったらしい。
「…………ヤバイな」
このまま戦い続ければ先に体力が尽きるのは、間違いなく俺だ。
……千日手など考えてはみたものの、今の俺の状況では無理な話だったのだ。
そうでなくても、針の穴に何度も紐を通すような精密な作業を延々とこなしているのだ。まだしばらく体力は持ちそうだが、……体力が尽きる前に俺の集中力が途切れてしまえばそれでもう詰みとなる。奴にしてみれば色々と余計なことを考えずとも、こちらが倒れるまでじっくりと体力を削っていけばいいわけなのだから随分と簡単だろう。
……なんとか倒せるんじゃないかと欲をかいたのは、とんだ慢心だったな。
こんな面倒なことになるなら、こんなことをしていないでさっさとあの大穴に思い切り蹴りこんでおけばよかった。……『後悔先に立たず』と古い言葉ではよく言うようだけど、せっかく『先読み』の恩恵を持っているのなら後悔を先に立てておきたかったところだ。
なんてことを考えていると、後ろから声がした。
「……ディズちゃん、これを使うのです!」
――ビュンッ……
鋭い風切り音と共に、その名前を呼ばれた。
「…………え、ポッホ?」
声のした方を咄嗟に振り向くと、ポッホがこちらに何かが入ったガラス瓶を投げたのが目に入った。風を切るように勢いよく投げられたガラス瓶は大きく放物線を描いて、俺の手元……を大きく通り過ぎて大鼠の身体にぶち当たった。
『ギ、ギュイァァッッァア!』
耳を塞ぎたくなるような絶叫が響き渡った。
身体に当たって瓶が割れ、中身が降りかかるとその部分がグズグズに焼け爛れていき、大鼠の奴は悶えるようにとても苦しみ始めた。……まさか、今ポッホがこちらに投げたのは何か強力な毒薬の入った瓶だったのか。あれが俺にかからなくて良かったと内心ほっと胸を撫で下ろしながら、彼女の方を振り返った。
「ありがとう、ポッホ! なんだかわからないけど、どうやら奴に効いたみたいだ」
ポッホの方に手を振りながらお礼を言うが、彼女は少し戸惑ったように喜んでいた。
「えっと、……やりましたのです?」
奴の身体に当たったのは想定外だったのか、挙動不審に視線を泳がせている。
……え、じゃあ本当はどうする予定だったの? 結果的になんだか良かったわけだけど、具体的にはあれを俺にどう使う予定だったのかすごく気になる。
『ギギギュ、ギギッ!』
――しかし、そのせいで大鼠の注意がポッホ達へと向いてしまった。
鼠の体表を覆い尽くす幾つもの血走った眼が、一斉に彼女達の方を向いた。
「ポッホ、ピケッ! 早くそこから逃げろッ!」
「……え、ああ。わ、わかりましたですッ!」
ポッホも大鼠の眼が自分達の方を向いているのに気付いたのか、慌てて足元に下ろしていた宝箱とピケをまた担ぎ直して駆け出した。手間取ってしまったが、さすがは獣人の子といったところだろう。肩に担いだ重さを物ともせずに全速力で脇に見える横穴へと駆けて行った。……けれど、なんだか大鼠の様子がおかしい。
『ギュ、ギュギイ、ギギギ、ギュイ』
体の周りに幾つもの紫電が走り、バチバチと激しい音をさせている。
「おい、まさか――」
……大鼠の周りに幾つもの雷槍が浮き上がり、その先はポッホ達の方へと向いていた。
「『雷槍』だとッ! ……こいつ、魔法まで使えるのか」
さっき受けたポッホの魔法を見て覚えたのか、それとも初めから魔法が使えていたのか。……いや、どちらにせよこの状況は最悪だ。全速力で駆け寄ったとしても、この場所からでは奴の放つ魔法をどうにかすることはできそうにない。
『……ギュイ』
ニヤリと笑ったような気がした。
まるでこちらを嘲笑うように、奴の口元が醜く歪んだように見えた。
「や、やめろッ!」
……周囲に浮かぶ幾つもの青白く輝く雷槍が、逃げる二人の背中に向かって放たれた。
――バリバリバリッ……
放たれた雷槍は轟音を立てながら大気を斬り裂き、眩い光を周囲にバラ撒いた。
「……っぐ、ポッホ、ピケッ!」
その眩しさに、思わず目を強く瞑ってしまった。
◆ ◆
「……あ、すみません。眩しくて、つい」
雷槍の瞬きに目が眩む中、ピケの声が耳に入ってきた。
……良かった。声の様子からして、どうやら二人共無事なようだ。
ゆっくりと目を開けて二人を見るとそこには。ポッホの肩に荷物のように担がれながら、飛んでくる雷の眩しさに思わず顔を手で覆って――守っていたピケの姿があった。
《――勝利……。連続攻撃がダメージに追加されます。》
『…………ギュ?』
何が起こったのか、よく理解できていないような声だった。
そんな小さな鳴き声だけを残し、大鼠は何が起こったのかもわからないまま跡形もなく消し飛んでいった。……後に残ったのは大量の経験値と、途轍もない疲労感だけだった。
「はあ、良かった。…………ピケにはなんだかんだと言って、見事に一番美味しいところを取られたような気がするな。まあ、そこがピケらしくはあるわけだけど」
問題の種を蒔いたのはピケだけれど、最後にそれを摘み取ったのもまた彼女であった。……彼女が直接の原因じゃないと十分理解はしているつもりだけれど、その疫病神(レベル0)の名はどうやら伊達じゃないみたいだな。
「…………ああ、今回はさすがに疲れた」
気が抜けたせいか、思わずベシャリとその場に崩れ落ちる。
「大丈夫ですか、ディズちゃん!」
荷物の山とピケを担ぎながら、ポッホがこちらに駆け寄ってくる。
「うん、大丈夫。……随分と心配をかけ過ぎているのかな? なんだかポッホちゃんには、出会ってからずっと『大丈夫』って聞かれてばかりいるような気がするんだけど」
そう言って、両手両足を大きく広げながら地面に寝転がる。
「そうですか? ……そうですよね。もう、そう思うのでしたらウチに『大丈夫』なんて聞かれないように、今度からは心配を掛けないで欲しいです」
「それは、どうもすみませんでした。……とはいえ、これで一段落だな」
俺達が魔窟迷路にいる以上まだまだ安心なんてできないけれど、心配はしていない。
ここが何処かわからない。ここにいる理由もわからない。こうなった原因だってまだわからない。この先のことだって何にもわからないけど、……それでも心強い仲間がいる。
「……ディズちゃん」
少し顔をあげると、珍しくとぼけた様子でないピケが近くへやってきた。
「うん? どうしたんだ、ピケ」
「わたし、……今度は役に立ちましたか?」
箱入り娘のレベル0で勝手気ままな自由人だけど、頑張り屋のピケがいる。
「ああ、もちろん。……大活躍だったぞ」
ホッとしたピケの顔にほんの少し笑顔が浮かんだような気がするが、……瞬きをすれば、そこにはいつも通りに無表情な彼女がいた。たぶんただの気のせいだったのかもしれない。
「ええ、何があったのかはよくわからなかったですけど、……大活躍ですよ」
強くて真面目で色々とできる獣人のポッホがいる。
「さっきは助けてくれてありがとうな、ポッホ。……ああ、そういえば。あの瓶の中には何が入っていたんだ? やけに鼠が苦しんでいたみたいだけど」
「……回復薬です」
「アレが、回復薬だとッ!」
そして、元レベル100の冒険者の俺がいる。
新しい冒険のメンバーは揃っている。……さあ、俺達の冒険はこれからだ!
』
いやはやこれは驚きました。……まさか最後に止めを刺したのがあの小娘であるとは、思いもしませんでした。守られるだけのヒロインなのかと思いましたのに、こんなところでまぐれ当たりとは言え奴を仕留めることになるとはなんという番狂わせでしょう。
この番狂わせには私も思わず奴に同情してしまいそうになってしまいますが、予想外の展開が中々面白いのでみんなで爆笑させてもらうことにしましょう。この小娘はヒロインとしては役不足のようですが、良い具合に物語を転がしてくれる鍵となってくれそうです。……いやいや、これは面白くなりそうです。
おや? どうしたことでしょう、他の役者も動き出しているようですよ。
主役の物語だけをひたすら追っていきたいところですが、こういった脇役の動きなども時々把握しておかないと物語はしっかりとつながっていきませんからね。……面倒ですが、一応は目を通しておかないといけないでしょうか。ああ、本当に面倒です。
大切なのは彼の物語なのですから、――余計な話は読み飛ばしていきましょう。
久しぶりの更新ですが、過去分の加筆修正となっています。
これまでの投稿も遡って加筆修正していますので、よろしくお願いします。
しばらくは説明不足な部分の追加と修正となりますが、どうかお付き合いください。