11:彼の物語「試行錯誤」
2017.12/11・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。
他のタイトルも順次修正を行っていきます。
『
「……くッ、しまった」
ピケの知らせてくれた爆弾情報に、思わず集中が途切れてしまった。
そして奴は当然のように、その生まれた一瞬の隙を見逃すようなことはなかった。
『……ギギュアッ!』
攻撃を避けて体制が崩れた先の隙を狙って、鼠が飛び掛かってくる。
このタイミングでは避け切れない。いや、ここで無理矢理体を捻って体勢を変えればまだこの攻撃を避けることはできるだろうが、……それでは後二、三度避けているうちに致命的な一撃を食らうことになってしまう。そして、この脆弱な体では一撃でも喰らってしまえば問答無用で即天国への直行便をいただくことになってしまうだろう。
だから、ここで無理に避けるわけにはいかない。
「……………ッ!」
加速する思考の中で次の一手を考えるうちにも、鼠は目前まで迫ってきている。
無理をして避けるわけにもいかない以上、多少のダメージを覚悟して攻撃を受け流すしかなさそうだ。攻撃力と防御力に開きがありすぎるので、少しでもタイミングを誤って受け流し損ねれば過剰ダメージによって間違いなく即死亡となるだろう。……紙のようなペラペラの防御でどこまで堪えられるかわからないが、やらないよりはマシだろう。
胸の前で腕を交差させ、防御姿勢を――
「――ッだらァッ!」
……ガキンッ!
――取ったはずの腕で、カウンターを決めていた。
『……グ、ギュイア』
苦しげな鼠の唸り声が聞こえる。
思わぬ反撃を食らった鼠は飛び退きながらも岩壁に当たる寸前に体を軽く捻り、地面に難なく着地した。先程までと違った唸るような鳴き声と一つ目をチカチカと瞬かせている様子からして、今の突然の反撃にどうやらだいぶん驚いているようだ。
まあ、驚くのも仕方ない。……俺だって驚いている。
「……こいつは、どういうことだ?」
じっと、咄嗟に突き出していた拳を見詰める。
こちらの攻撃力よりも、あちらの防御力の方が圧倒的に勝っている。素手のまま攻撃を当てたのなら、本来ならダメージを受けるのはこちらであるはずだ。……だというのに、先程の攻撃でこちらにダメージを受けた感じはない。
『ギギュギュ、ギギ!』
鼠の奴は警戒するように毛を逆立てている。
攻撃力も防御力も、目の前の奴と今の俺の間には巨龍と芋虫程の巨大な差があるのだ。……それならば、たとえ先程のカウンターが綺麗に決まっていたのだとしても、こちらが受けるはずだったダメージを完全に相殺することなどできはしないはずだ。
……もしかして、そこに今の状況を打開できる方法があるのか?
「大丈夫ですか、ディズちゃん!」
後方から心配するようなポッホの声が聞こえてくる。
体勢を少し変えて視界の端にポッホを捉えてみると、彼女の背中には中身のぎっしりと詰まった鞄が背負われており、その両脇には……宝箱とピケがしっかりと抱えられていた。……その抱え方はどうかと思うが、どうやら逃げ出す準備は既にできているようだ。
「うーん? まあ、大丈夫。だからここは俺に任せて早く逃げてくれ」
そう言ってもポッホはまだ、首を横に振り逃げ出そうとしてはくれなかった。
「いいえ、まだです。ディズちゃんも一緒に逃げるのですよ」
もうすぐ近くの場所まで次の鼠達が迫ってきているというのに、彼女はまだ俺と一緒に逃げようなどと考えているようだ。逃げる準備が整ったのなら俺なんかに構わずさっさと逃げた方がいいのに、……その優しさがなんだか少し危なく思えるよ。
「二人が先に逃げていてくれた方がこちらとしては色々とやりようが増えるから助かるんだけど、……それが好意からの行動であるだけに何とも断りづらくはあるんだよな」
なんとも有難面倒な話だ。
だけど、そのことを何とも嬉しく感じて、思わず口元が笑ってしまう。
……二人が一緒に行こうと俺を待っていてくれているのなら、多少の無茶をしてでもその期待に応えてあげようと思ってしまうじゃないか。
《――……》
「ん、今何か聞こえたような――」
頭に何か、どこか聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。
……が、何の声だったかゆっくり思い出すこともできず、そちらに注意が逸れた間に、再びちょこまかと動き回る鼠との面倒臭い戦いの火蓋が切って落とされてしまった。
『ギュイッ!』
「まったく、どうして鼠っていう奴はこう次から次へと忙しなく動き回るのかね? ……少しは落ち着いて息でも整えて、ゆっくりと考えるくらいの時間を寄越せっての」
飽きもせずこちらに一直線に飛び掛かってくる鼠にやれやれと深い溜息を吐きながら、今度は意識してカウンターの一撃を喰らわせてみることにする。……どうやらこの無謀な動きにも『危機回避』は反応していないようだ。
さて、今度はどうなるか。
「――いよっと、……喰らいな!」
……ガキンッ!
攻撃が弾かれた。……攻撃を弾くことができた。
いや、違う。なぜか奴の攻撃を弾くことができてしまっている。
どれだけ綺麗に決まったとしても、全くダメージを受けないカウンターなど起こらない。本来ならカウンター攻撃を当てた時に、俺が突き出した拳が相手の防御力に堪えきれずに押し負けてしまうはずなのだ。それなのに、特に何かダメージを受けるようなこともなく奴の攻撃を弾くことができている。……加えて、あれだけの勢いでぶつかったというのに、こちらへの反動が不自然なほどなかった。
《――引き分け……。連続攻撃に加点されます。》
そして、さっき攻撃を弾いた時にも聞こえてきた頭の中に直接響いて聞こえてくる、どこかで聞き覚えのあるようでない不思議な言葉。その言葉に覚えはなくても、この声の感じはよく知っている。……ああそうか、なるほどね。
「これは、俺の知らない『恩恵』か」
既に二つ揃ってしまっている俺の恩恵がこれ以上増えることはない。しかし――、
「……………」
そっと、首元に嵌められている鈍色に輝く無骨な首輪に手を伸ばした。
この神話級の連動装備によって、ピケと恩恵まで共有されているというなら話は別だ。最初にあの大鼠と遭った時にはこんな恩恵は持ってなかったはずだから、取ったとすればその後だろう。……どういった経緯でそうなってしまったかはわからないが、おそらくはピケが宝箱の中に入っていたあの恩恵の巻物を読んでしまった、といったところだろう。
となれば、……問題はそれがどんな恩恵なのかだ。
「おい、ピケッ! 俺が埋まっちまってる間に何か変わった恩恵を手に入れただろ。……ちょっと、そいつがどんな恩恵なのか大至急教えてくれ」
されるがまま、ポッホに抱えられているピケにそう問いかける。
「……勝って負けての組み合わせがあるみたいで、勝ったら勝ちです」
「そうか、なるほど。…………全然わからん」
ピケの説明だけではどんな恩恵なのか見当もつけられないが、……ともかくこの恩恵を使うには何かしらの条件があるということだろう。今はそれがわかっただけでも十分だ。
「となれば、……答えが出るまで試行錯誤だ」
◆ ◆
……ガキンッ!
岩壁に反響し、幾重にも攻撃を弾く音が聞こえてくる。
《――引き分け……。連続攻撃に加点されます。》
この頭の中に告げられる言葉も、既に何度聞いただろうかだろうか。
『ギュ、『ギギュ『ギュイァ『ギギギィ!』
耳障りな鼠達の鳴き声が四方八方から聞こえてくる。
……このやかましい鳴き声は仲間を呼ぶ呼び声だったようだ。
一匹目の相手をしているうちに後方から集まってきていた鼠達も合流してしまい、既にごちゃごちゃとした泥試合のような有様になってしまっている。……どうやら鼠の注意は全てのこちらに集まってくれているようだが、夥しい数の鼠達にぐるりと周りを囲まれているこの状況では一瞬も気を抜くことはできない。
それでもどうにかなっているのは単に、この変わった『恩恵』のおかげだろう。
《――勝利……。連続攻撃がダメージに追加されます。》
攻撃の当たった鼠の一体が、影すら残さず跡形もなく消し飛んだ。
『ギュッ!『ギギュイァ『ギギギュッ!『ギギギィ!』
鼠達の間に動揺が走る。
「……そりゃ、恐ろしいよな。明らかに格下の相手に消し飛ばされるのは」
獣のように何も考えない愚直さがあればこうして動揺することもなかったのだろうが、残念ながら奴等にはこの異常さを感じるだけの知性を持ち合わせてしまっているようだ。……でも、今更この異常に気付いても遅い。
……ガキンッ!
《――引き分け……。連続攻撃に加点されます。》
攻撃力も防御力も物理攻撃無効も関係はない。この恩恵の前では、全てが同じ条件の下で平等に戦うしかないのだ。……そして、この条件の下でなら脆弱な今の俺でも十二分に怪物共の相手をすることができる。――いや、俺だからこそ戦うことができる。
「『三竦み』の恩恵。……本当に、滅茶苦茶な恩恵だよ」
この『三竦み』の恩恵は簡単に言えば、究極の属性攻撃だ。
全ての戦闘行動は強制的に『攻撃』、『防御』、『魔法』の三つの属性に分類されてしまう。……それは厄介なことに打撃だろうが斬撃だろうが一括りに『攻撃』であり、攻撃魔法も付与魔法も、恐らくは回復魔法であろうと同じ『魔法』として分類されてしまっている。
《――勝利……。連続攻撃がダメージに追加されます。》
そして、三つの属性にはそれぞれ相性がある。
「………………」
丁度良いところに視界の端に、動きが止まっている鼠を見つけた。……いい獲物だ。
「……せいやッ」
その鼠との距離を詰め、思い切り足を踏み下ろす。
『ギ、ギュィ』
本来ならば守る必要すらないこちらの『攻撃』に、奴は思わず『防御』してしまった。
《――勝利……。連続攻撃がダメージに追加されます。》
頭に響くその宣言と同時に、踏み潰された鼠は跡形もなく消し飛んだ。
……と、まあ。このように『防御』に対し、『攻撃』でダメージを与えることができる。
色々と試してみた所、この属性攻撃は『攻撃』は『防御』に効き、『防御』は『魔法』に対して効くということがわかった。……今は魔法が使えないので試すことはできないが、法則としては『魔法』は『攻撃』に対して効くのだろう。
先程のポッホの回復魔法に対して『危機回避』が反応していたので、あながち間違ってはいないだろう。……まったく。俺を助けるつもりの回復魔法で止めを刺してしまったら、ポッホにとんでもないトラウマを刻み込むところだったぞ。
『ギュイギャアッ!』
また鼠の一匹が煌々と目を光らせ、こちらに飛び掛かってきた。
「――っよっせい」
その『攻撃』に手を振り上げ、『攻撃』を当てる。――すると、
……ガキンッ!
《――引き分け……。連続攻撃に加点されます。》
このように同じ属性同士は弾かれ、どちらにもダメージはいかないようになっている。
……そして、この『三竦み』の恩恵にはこの滅茶苦茶な属性攻撃だけではなくもう一つ、連続攻撃というとんでもない効果がある。その効果とは『連続して引き分けか勝利を続けると、その度に与えられるダメージが上乗せされていく』というものだ。
この効果により、俺のそよ風に撫でられたくらいのダメージしか与えられない脆弱な攻撃力であっても。何度も何度も連続攻撃を繰り返し、塵山を作り上げるが如くコツコツとダメージを積み上げることによって、鼠を消し飛ばすほどの力となる。
だがしかし、
「……それにしても、キリがない」
倒しても倒しても、湧き出る水のように次から次に鼠達が押し寄せてくる。
……滅茶苦茶な力を持つこの恩恵だが、弱点は『決して負けてはならない』ことだ。
一度でも負けてしまえば今までに積み上げてきた力は、全てまとめてこちらへと返ってきてしまう。『先読み(プリフェッチ)』と『危機回避』の恩恵もあるが、それを扱っているのはあくまで俺自身だ。……戦いが終わるまでは、絶対に集中を切らすわけにいかない。
……ガキンッ!
《――引き分け……。連続攻撃に加点されます。》
とは言え、その弱点がなかったところで一撃も当たるわけにはいかないということは同じなので、結局のところ俺のしなければならないことは前回とさほど変わらないだろう。
……今はまだ大丈夫だが、段々とこの体にも疲れが出始めてきている。
これ以上体力を減らさないように『先読み』と『危機回避』の恩恵を使い、最小限の動きで戦わなければいけない。……しかし、それにも限界はある。
「ああ、もう面倒だ。……ちまちまとやってないで、まとめてかかって来いや!」
まさかこんな挑発に乗るとは思えないが。……このまま一体一体で俺に向かって行っても埒が明かないということは、鼠の奴もしっかり理解しているはずだ。それなら、ここで全力を持って一気に勝負を決めようとしてきてくれ。
『………………』
その大きな一つ目でこちらをじっと見つめた後、鼠達の動きがピタリと止まった。
『ギュアッ!『ギュイア『ギュウイ『ギュイェア『ギュイ!『ギギュ『ギュッ!『ギュ『ギュイ!『ギギュ『ギギギ『ギュアッ!『ギ『ギッ!『ギ『ギギ『ギ『――……』
周囲を埋め尽くしていた鼠達の体が、闇の中に紛れていくようにボロボロと崩れていく。……いや、煌々と光る瞳だけを残して次々と闇に溶け込むように輪郭を崩していった。
「……よう、また逢ったな」
闇に溶けていた身体が再び実体を表すと、目の前には大きな鼠がいた。
その大きな体表は相変わらず、キョロキョロと辺りを見回す大小様々な眼でびっしりと覆いつくされていた。……心なしか前の時よりも目の数が減っているような気がするが、それでもまだ膨大な数の眼が今もなお文字通り目を光らせている。
『ギギュ……』
瞳は全て開いていた。
その一つひとつの眼が、敵意と殺意と憎悪を持ってこちらを見つめてくる。
「そう、あまりじっと見つめないでくれよ。照れちまうだろ」
よし、……勝った。
この恩恵に大きさや強さは関係ない。ただ、条件によってのみ勝敗は付けられている。……あのままじわじわと体力を削られていたら危なかったのかもしれないが、こうなればもう勝負は既に決まったようなものだ。
』
まさか、あの忌々しい恩恵がこんなところで彼の役に立つことになるとは、世の中何が起こるかわからないですが、……それがなんとも愉快で見逃せないものですね。
さあさあ、奴との闘いもこれでようやく決着がつきそうですよ。
ひとまずこれで一区切りです。
またしばらく更新が開きますが、よろしくお待ち下さい。