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10:彼の物語「鼠との再会」

2017.12/7・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。

他のタイトルも順次修正を行っていきます。


「早くソイツから手を離せ、ピケッ!」

「……はい? 慌ててどうしたのですか」


 咄嗟に手を伸ばすが、ピケはキョトンとしたまま動かなかった。


「ウチにはちょっとわからないんですけど、ピケちゃんは随分と厄介なモノを掘り出してしまったみたいですね。……その反応からして、ディズちゃんの知っている奴ですか?」

「知っているも何も……」


 その声に隣を見てみれば、ポッホは突然のモンスターの登場に少しばかり驚いた反応を見せながらも、すぐに対応ができるように既にしっかりと戦闘態勢をとっていた。


「俺がさっきまで戦っていた相手だよ。……正直、かなり厄介だ」


 戦っていたというか逃げていただけか。

 大揺れによって何とかうやむやなまま中断されたわけだけど。……結局さっきは戦いにすらならなくて、とにかく一撃でも喰らわないように必死で逃げるしかなかったからな。


「逃げ切れたら一番なんだけど、……さすがにもう逃がしてはくれないか」


 ピケを宝箱に詰めてからこの鼠達と嫌という程やり合ったわけだけれど、攻撃の手応えなんてまるでなかった。……こちらの攻撃力に比べて相手の防御の方が圧倒的に上回ってしまっているせいで、下手に手を出せば殴った拳の方が傷ついてしまうことだろう。


このレベル0の小さな体では、文字通り手も足も出なかった。


「ウチの見た感じではあまり強そうな感じはしないのですけど。……でも一体なんですか、あのモンスターは。どういうわけなのか、とても嫌な気配がしているのですよ」

「いい勘してるよ、ポッホちゃん。……野生の勘ってやつなのかな?」


 さすがは獣人(セリアンスロピィ)の子だ。……モンスターから感じ取れる気配がどんな類のものなのか、なんとなくでも掴めてはいるみたいだ。彼女も探索者としてはまだまだ素人みたいだけど、どうやら戦闘に参加する分には十分及第点であるようだな。


「女の子に向かって、その『野生』っていうのはやめてもらえないですか。……そりゃ、ウチは山奥の田舎の出身ですけど、野生なんて言われるほどじゃありませんですよ」


 どうやら随分と膨れさせてしまったようだ。

 獣人の子に対して『野生』って言葉を使うのは、いささか無神経だっただろうか。……そんなんだから、スパイトやマリスに『このニブちん』なんて言われてしまうのだろう。


「そりゃ悪かった。俺もまあ、ド田舎の出身だから人のことをとやかく言えるような立場じゃないわな。……で、話を戻すとだな。見ての通りこいつ自体はそんなに恐ろしく強いモンスターってわけじゃない。強さ自体は一角兎(ホーンラビット)くらいなものだ」


 一角兎は草原や人里近くにもよく出てくる低級のモンスターだが、子どもでも十分気を付ければ一人でも難なく退治することができる程度だ。……単純な強さだけでいうなら、この鼠はそれにも少し劣るくらいかもしれない。


「……それなら、ウチでも何とかなりそうですけど」

「だけどまあ、一匹ならまだ少しは可愛げっていうのもあるかもしれないけど、……残念ながらこいつらは一匹だけじゃ済まないからな。ピケの腕の中に納まっているような小さな奴だけじゃなくて馬か牛くらいの大きさはある一つ目の奴等が、視界全部を覆い尽くすくらいウジャウジャと次から次にこっちに向かって襲い掛かって来るんだよ」


 全方位からあの数の殺意を向けられる経験なんて、そうはないだろう。


 まあ、暗闇の中であの輝く瞳の奔流が流れ込んでくる様子はほんの少し綺麗だと感じたけれど、もう一度アレを味わいたいかと聞かれたら絶対にお断りするだろう。……何とかこうやって逃げ切れたからいいけれど、あんな経験は一度で十分だ。


「うわぁ……。それは厄介というか、気味が悪いです」


 そう言うとポッホは、身震いをするように嫌そうに顔を振った。

 そうか、獣人の子であってもこういうのが平気な野生児ってわけじゃないのか。……ああ、もしかしてこういった特定の生き物に対する女の子の嫌悪感というのは種族問わずある程度共通のものだったりするのだろうか?


『……ギ、ギュ』


 ……どうやらそうこうしているうちに、奴の意識が戻ってきてしまったようだ。


 彼女の腕の中で丸まっていたソイツは硬そうな毛並みを伸びでもするように一瞬大きく膨らませると、閉じていた一つ目をカッと見開き赤々と光る眼で周囲をグルッと見渡した。――一番近くにいる仕留められそうな獲物は、


「こんの、一つ目がッ!」

『ギュッ!』


 ピケに飛び掛かる前に回し蹴りを決める……が、手応えは当然のようになかった。


 鼠の奴が眼を開けてしまう前にその丸っこい身体に蹴りを喰らわせたつもりだったが、……どうやら奴は俺の足が届くより前に自分から腕の外へと跳び出していたようだ。……野生の勘というのなら、鼠の勘もかなり鋭いか。


「ッ、まだ眠っていればいいものを。……おいピケ、後ろに下がってな」

「えっと、……はい。わかりました」


 ピケはまたしばらくの間キョトンとしていたが、空っぽになった腕の中と毛を逆立てて威嚇する鼠を交互に見てからようやく納得したのか大人しく後ろに下がってくれた。


『ギュイ、ギュギュッ!』


 ……ではまあ、気は進まないけれどまた相手をすることにしよう。


「下手に逃げられて仲間を呼び寄せられでもしたら、またさっきの二の舞だからな。……どうにかして確実に、こいつをここで大人しくさせておかないといけないか」


 幸いなことに今回はピケを連れて逃げてくれる相手もいる。

 これならば最悪、二人が逃げるだけの時間さえ稼げれば後はどうとでもなるだろう。……大人しくさせるのなら、宝箱の中にでも詰め込んでおくのはどうだろうか? いや、次に取り出す時が怖いか。それならさっきまでのように適当に深く穴でも掘って、その下に埋めておいた方が時間はいくらか稼げるだろうか。あ、大穴に投げ込むってのもいいか。


 まあ、千日手でもするうちに何か上手い方法でも考えよう。


「それじゃあ、ここからは俺の――」

「――いいえ、ここはウチの出番です」


 そう言って、ポッホが俺と鼠の間に一歩割り込んできた。


「……大人しくさせるだけじゃなくて、仕留められたらそれで構わないんですよね?」


 何がそうさせたのか、彼女は随分とやる気になってしまっているようだった。


「ポッホちゃん、素人(ヤンガー)が無理しなくていいよ。……いいから、ここは冒険者(エルディスト)に任しな」

「無理じゃないです。……素人とか冒険者だからとか、そんなことは関係ないんですよ」


 ポッホを止めるように声を掛けたが、彼女は更に一歩力強く踏み出して鼠と向き合った。……そして、体勢を低くして拳を構えるその彼女の顔には、どういうわけかモンスターと戦う決意と共に悲しげな表情が浮かんでいた。


「……ポッホ、ちゃん?」

「ディズちゃんこそ無理をしないでほしいのです。……今までどうだったかなんて、ウチにはわからないです。それでも、ウチにとってディズちゃんもピケちゃんも小さな女の子なんです。……だから、大きな私が二人を守らないでどうするんですか!」


 彼女はそう言い放つと、獲物に飛びかかる獣のように鼠に鋭い拳を突き立てた。


『……ギギュ!』


 しかし、その拳は鼠が飛び退いた後の空を切った。

 そのまま鼠はギラリと光る一つ目の怪しい軌跡を残すと、意趣返しでもするかのように先程の大振りによって体勢の崩れたポッホの横っ面に飛びかかろうとしていた。


「危ない、ポッホ!」

「……大丈夫、問題ないです」


 こちらが口を出すまでもなく、彼女には次の対応ができていた。

 彼女は横目に飛び掛かってくる鼠を捉えると、大振りによって崩れてしまった体制を更に大きく崩し、もう半回転するように(・・・・・・・・・・)体を捻って裏拳を鼠の身体に叩き込んだ。


『ギギュァア!』


 鼠は地面に勢い良く叩きつけられ、毬のように一度大きく跳ね上がった。


「ね、心配しなくても大丈夫ですよ? ……でも、少しやりすぎましたですか」

『……ギ、ギギュ』


 鼠の大きな一つ目は大きく見開かれ、ビクビクと痙攣している。……彼女の打ち込んだ体重と回転の籠った渾身の裏拳は、見事に鼠の横っ腹に大きな風穴を開けていた。


「違う、そうじゃないんだ。……ソイツに打撃は効かないんだよ!」

「それは、どういうことで――」


 彼女が尋ねるよりも早く、答えが姿を現した。


『ギュ……ギ、ギュギュ』


 先程までの鼠の姿が、ドロリと崩れた。


 闇に溶け込むような漆黒の身体が本当に闇に溶け込むように広がり、何事もなかったかのようにそこには一つ目の鼠が姿を表していた。……こちらと対峙するその身体にはどこにも風穴の跡などなく、まるでダメージなど負っていないようであった。


 実際、ダメージなど負っていないのだろう。


「たぶん物理攻撃無効化、だよ。……もしかして俺がレベル0だから攻撃が通ってないんじゃないかと思ったんだけど、現実はそんなに甘くはなかったみたいだ」


 何度か攻撃はしてみたけど、下手に攻撃したらこっちがダメージ受けそうだったからな。……これまでの経験から何となくそんな予感はしていたんだけど。まさか本当にこいつが物理攻撃無効を持っているとは、信じたくないな。


「で、では物理攻撃が駄目なのでしたら、――『雷槍(ライトニング)』……魔法攻撃なのです」


 ポッホは即座に対応を切り替え、今度は魔法攻撃を試した。魔法を唱えると虚空を掴むようにして大きく振りかぶり、その手から青白く輝く雷撃の槍を力一杯放った。


――バリバリバリッ……


『ギ、ギギギュ!』


 鼠はカッと目を見開き、悶えるような声を出した。


 放たれた雷槍は轟音を立てながら大気を斬り裂き、鼠の大きな一つ目に突き刺さった。……鼠の周囲には幾つもの紫電が飛び散り、その身体はピクピクと痙攣でもしているかのように小刻みに震えていた。


「……どうです、今度はやりましたですか?」

「いや、やってない。……ゴメン、どうやら魔法吸収も持っているみたいだ」


 ……鼠は一度ビクンと大きく震えると、先程よりも更に一周り身体が大きくなった。


「まさか、物理攻撃無効に加えて魔力吸収まで持っているとはね。……熟練の冒険者ならともかく、今揃っているこちらの戦力だけでコイツを倒しきれるとは思えないな」


 少し前だったら余裕で相手もできたんだけどな。


 こういった面倒臭い能力を持つモンスターを倒す時の鉄則はいくつかある。


 まず簡単なのは、『倒さない』こと。

 さっきまで考えていたように拘束するか、逃げ切ることが一番楽だ。


 そして倒すには、『最大火力で押し潰す』か『限界まで攻撃する』と言ったところだ。……まあ、もしくは『特殊能力で消し去る』というような手もあるが、そんな使い勝手の良い特殊能力は生憎持ち合わせてはいない。


 よって、一番簡単で現実的なのは『倒さない』ことだ。


『ギュギギュ、ギュイァ!』


 毛を逆立て、耳を塞ぎたくなるような喧しい鳴き声を上げた。


「……ったく、うるさいな。少し大きくなったからって喜んでるんじゃねえよ」


 このモンスターの小さな脳味噌にそんな知性が詰まっているとはあまり思いたくないが、その鼠の不愉快な鳴き声はまるでこちらのことを嘲笑っているようにも聞こえる。


「そ、それじゃあ、ここはウチに任せて二人は逃げてくださいです。……こちらの攻撃が通らなくたって、二人が逃げるまでの足止めならウチにだってできるのですよ」

「………………」


 獣人は人と比べて戦闘力が高く、感覚もとても鋭い戦闘に適した種族だ。


 ……だが、戦闘に適していることと戦闘に慣れていることは同じというわけではない。恐らくポッホはこれまで野生動物を狩ることはあっても、こうやってモンスターと戦った経験は殆どないのだろう。――俺を庇うようにして立つポッホの足は震えていた。


「気持ちは嬉しいけど交代だ、ポッホちゃん。ここの出番は俺に譲ってくれないか。……残念だけど、こういう格好つけられるところを見逃さないのは冒険者の性なのでね」

「ディズちゃん……」


 震えるポッホの肩に手を置き、再び俺が鼠と対面する。

 ……少し背伸びをしながら手を置いているのであまり締まらない感じがするけれど、別に気にはしない。こんなチビ助が格好つけようとしているのだ。下手に真面目になんかするよりも、こうやって少し冗談なようなくらいで丁度いいだろう。


「よう、またせたな。……楽しく第二戦といこうじゃないか」



          ◆     ◆


『……ギュイッ!』


 まさかこちらの会話が終わるまで待っていたというわけじゃないだろうが、ポッホとの話が途切れると同時に鼠は一直線に飛び掛かってきた。……わかりきっている正面からの攻撃なので、これを避けるのは容易い。


「ま、攻撃が単調なのがまだ救いだよな……っと!」


 体を半分だけ捻り、最小限の動きでその攻撃を避ける。

どうせまた、こいつとの長ったらしい持久戦になるのだ。それならできるだけ無駄な体力は使わないようにしていこう。……二人が逃げたら適当なところであの大穴の近くにでも誘い出して、思い切り蹴り入れてやればいいかな。


――ビュン、ビュ、ビュンッ!


『ギュ、ギギュ、ギュッ!』


 毬のように岩壁や地面を跳ねながら、間髪を入れずに攻撃を繰り返してくる。


 俺の持つ『先読み(プリフェッチ)』と『危機回避(リスクヘッジ)』の恩恵(スキル)もあるが、攻撃が直線的なおかげで紙一重で避けるのもそう難しくはない。……ただ、ここで少しでも集中を切らしたりすればあっという間に八つ裂きになってしまうことだろう。


「ほぉ……、すごいです」

「見蕩れるのは分かるけど、さ。今のうちに、ほっ……っと。二人は、早く逃げな」


 執拗な鼠の攻撃を避けながら、こちらをポケッと見ている二人に声を掛ける。


「で、でもやっぱりディズちゃん一人に任せてはおけないです」

「せっかく時間を稼いで、いるんだから……っと。さっさと、逃げてくれなきゃ」

「そう、ですけど……」


 残念ながらこれは戦いではないのだ。……戦いにはなっていない。

 これは相手に一度でも攻撃されれば負けという、超至近距離の鬼ごっこだ。


 こちらには勝利条件はなく、ただ負けないように避け続けるだけというとんでもないルールであり、敗者にはもれなく『死』の一言が贈られるという楽しむ要素が欠片もないとてつもなく迷惑な遊び(・・)なのだ。

 ……まあ、遊びの中断方法がわかっているだけさっきの戦いよりはましだろう。


「……すみません、ディズちゃん。少し気になっていることがあるのですが」

「うん? どう、したの……っと」


 攻撃を避け続けていると、今度はピケが何か尋ねてきた。

 声のする方に視線を少し向けると、彼女は暗い道の奥を指差しながら、


「あの道の先にいくつも光る眼が見えるのですが、この子のお仲間なのでしょうか?」


 ――というとんでもない情報を教えてくれた。


                                       』


 やっぱり、こういった闘う場面があった方が物語は盛り上がってくるものだね。

 変な横槍が少し入ったみたいだけど、それも彼の活躍を盛り上げてくれるために必要な演出だと思えばなんとか飲み込めるというものです。……少し余計な気はしますけど。


 さあさあ、状況は更に悪くなりそうだが、彼はどうやって乗り越えてくれるのか。




どういうわけか、常に悪い方向に話は転がります。

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