09:彼の物語「再会」
2017.12/6・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。
他のタイトルも順次修正を行っていきます。
『
「――ゃん、……ィズちゃん! 目を覚ましてください、ディズちゃん!」
……なんだろうか、誰かを呼ぶ声が聞こえる。
二日酔いの後のようなズキズキと痛む頭に、誰かの名前を呼ぶ声が何度も木霊している。……まったく、質の悪い状態異常じゃないのだから、こういう地味にきつい感じの痛みは勘弁してくれないだろうか。今度は前とは違って酒なんて一滴も飲んでいないんだぞ。
「こ、ここはとりあえず、ウチが回復魔法をかけてみるのです」
なにやら聞き覚えのない声も聞こえてくる。
……聞こえてくる声の質からして、ピケよりも少しくらい歳が上の女の子だろうか。魔窟迷路に潜る探索者というには声の調子も随分と落ち着きのない感じがしているので、まだ駆け出しの新米探索者といったところだろう。
声の相手を見てみようかと思ったが、まだ頭がぼんやりとしているからか上手く身体が動いてくれないみたいだ。……まあ、仕方ない。せっかく回復魔法をかけてくれるというのだから、ここはじっとして回復させてもらうのを待つことにしよう。
「……では、『小回復――」
――パシッ……
「………………?」
……咄嗟のことに、何をしたのか一瞬わからなかった。
気付けば反射的に、こちらに伸ばされていた手を払い除けてしまっていた。
「…………えっと」
……なんとも気まずい空気が流れている。
改めて周囲の状況を確認してみるとそこにいたのは、無表情の中にほんのりと心配した表情を浮かべてこちらを見るピケと、驚いた顔をしている見覚えのない獣人の少女であった。……どうやら、この獣人の子が回復魔法をかけようとしてくれていたみたいだ。
「――あ、目を覚ましましたか?」
「……うん、ああ。おはよう、ピケちゃん」
相変わらず抑揚のない声で話しかけてくる彼女に安心し、とりあえず挨拶を返した。
うむ、相変わらずの無表情で何を考えているのかよくわからない。……しかし、なんだろうか瞳が潤んで、目元もほんのりと赤くなっているような気もする。これはもしかして、さっきまで彼女が泣いていたということだろうか? ……訊いてしまうのも野暮だな。
「大丈夫ですか。……えっと、ディズちゃん……ですよね?」
そんなことを考えていると、獣人の少女が心配そうにこちらの顔を覗き込んできた。
「ああ、心配してくれてありがとう。……それよりも、さっきはゴメンね。回復しようとしてくれていたのに、いきなり手を払い除けたりして。……えっと、君の名前は?」
「あ、謝らないでほしいです。……えっと、ウチはポッホ=シュピールって言うのです」
獣人の少女、ポッホは手と首をブンブンと振って、そう自己紹介をした。
「ポッホちゃんか。……君が掘り起こしてくれたんだろう? 助けてくれてありがとう」
「お礼なんてそんな、する必要なんてないです。こんなところに人が埋まっているなんて、知りもしなかったですし、考えもしなかったです。……ウチはただ宝箱を掘り出して、その中から出てきたピケちゃんにディズちゃん探しを頼まれて手伝っただけなのですよ」
どうしてピケが外に出ているのかと思ったら、彼女が宝箱を開けてくれたからか。
良かった。……あの時はいい考えだと思ったけれど。よくよく考えてみたら、宝箱は内側から開けられるようにはできていないのだ。誰かが外から蓋を開けてくれるまでは、永遠に止まった時の中で過ごさなければならなかったはずだ。崩れた土砂に埋まっていたのだとしたら、それこそ永遠に出られなかったかもしれない。
「なら、俺だけじゃなくてピケを助け出してくれたのも君だったのか。……それはもう、なんとお礼を言ったらいいか。命の恩人に対して申し訳ないことをしてしまった」
「顔を上げてくださいです。う、ウチはお礼も謝罪も感謝も結構ですってば!」
せめてもの感謝と謝罪の気持ちを込めて頭を深く下げたのだけれど、それを見た彼女は慌てたように動きを遮った。顔を上げてみれば、随分と所在なさげに困った顔をしていた。
「ごめんなさいです。誰かに頭を下げてもらうのって慣れていないんですよ。……ウチも手を払われて少しびっくりしたですけど、大丈夫です。……目が覚めていきなり知らない人が手を伸ばしてきていたら、ディズちゃんもそりゃ驚くですよね」
「それはまあ、そうかもしれないけど。……何か引っかかるんだよな」
驚いて手を払い除けてしまった、のか?
確かにそういうこともあるのだろうが、さっきの動きはそれとも何か違う感じがする。……アレは多分、俺の『危機回避』の恩恵による回避行動だった。だがしかし、どうして彼女の『小回復』に対して回避行動なんて取ってしまったんだ?
「…………ディズちゃんは考え事でしょうか?」
「何か引っかかることがあるのですか、ディズちゃん?」
少し思案顔になっていたら、ピケとポッホが顔を覗き込んできた。
「……それと、俺の名前は『ディズ』じゃなくて、本当は『デューズ』なんだけど」
そう言うと、ポッホはキョトンとした顔でこちらも見てくる。
いや、今更だとは思うんだけど。……ちょっと気になっていたんだよね。さっきからどういうわけか『ディズちゃん』って呼んでいたけど、俺はそんな可愛らしい『ディズ』って女の子みたいな名前じゃないからね?
「それじゃあ、自己紹介が遅れたけど。俺の名前はデューズ。中央ギルド所属の冒険者、デューズ=ワイルドだ。これでも一応、ベテランの探索者だ。……って言ってみたけど、この姿じゃちょっと説得力はないみたいかな?」
「あ、すみませんです。ディ、……デューズちゃ、さん?」
「…………まあ、言いやすい方でいいよ」
「それでは、『ディズちゃん』にしましょう。……それがいいです」
突然ズイッと現れたピケがそう、短い言葉で熱く語ってくる。
さっきまでフラフラとして興味なさそうにそこら辺を歩き廻っていたのに、どうして急にこちらの会話に食いついてきたんだ? ……目がいつもより輝いている感じがするし、もしかしてその『ディズちゃん』っていう呼び方が気に入っていたのか。
「では、『ディズちゃん』って呼ぶことにするです」
「……呼びやすいのなら、それでいいよ」
やっぱり『ディズちゃん』の方が呼びやすいのだろうか。
そう言えば、ピケが俺のことを時折『ディズちゃん』と呼んでいたような気がするけど、この姿に対して『デューズ』の名前はあまり合っていないということなのだろうか。……まあ、仕方ない。しばらくの間は『ディズちゃん』呼びでも諦めることにするか。
名前が違っても俺は俺、……ということで納得しておこう。
◆ ◆
「そういえば、ポッホちゃんはどうしてこんなところにいるんだい? 見た所まだ駆け出しの新米探索者みたいだけど、いきなり未踏迷路の探索は早いんじゃないか?」
見当が間違っていないのだとすれば、ここはまだ探索の進んでいない未踏迷路だろう。
本来であればポッホのような新米の探索者は探索の経験を重ねていくために、もっと安全な初心者向けの魔窟迷路を目指すものだ。……だというのに、どうして彼女はこんな危険な未踏迷路に潜って探索を行っているのだろうか。
「……宝箱が、恩恵の巻物が欲しかったんです」
「ああ、アイテムが目当てだったのか。……それなら、未踏迷路を選ぶわけだ」
アイテム目当ての探索は、そう言えば一般的な目的だった。
確かに初心者向けとされる魔窟迷路ではどの宝箱も既に開け尽くされてしまっており、まだ中にアイテムが残っていることはよほどの幸運でない限りない。魔窟迷路でしか手に入らないアイテムを手に入れたいというのなら、まだ開けられていない宝箱が眠っている未踏迷路を選ぼうと思うのはある種の道理だろう。……けれど、
「でも、それは愚か者の考えだよ。……魔窟迷路を甘く見ている」
実力のないうちから一か八かの探索に出るなど、正しく愚の骨頂だろう。
勘違いしてもらっては困るが、無謀と勇猛は全く違うものだ。
探索者は無謀にも見える挑戦をしているけれど、勝算のない賭けはしない。未踏迷路の探索にしても、経験を積んだ冒険者達でようやく『一か八か』の探索になるのだから、駆け出しの素人独りでどうなるのかなど結果は端から目に見えている。
「はい、……ごめんなさいです」
叱られて落ち込んでしまったのか、小さな体が更に縮んでしまったように感じる。
……まあ、叱られて反省ができるのだから心配しなくてもポッホは大丈夫だろう。
反省できずに過ちを繰り返す愚か者の探索者は魔窟迷路の中で淘汰されていき、どうせ自然と消えていなくなる宿命なのだから。……だから、そんな程度の失敗なんて恐れずにどんどんとして経験からしっかりと学んでいけばいいのさ。
「来てしまったものは仕方ないし、せっかくだから予定通り目当ての巻物を見つけられるように頑張ろうか。……ところで、そこまでして手に入れたい恩恵って何なの? 目的の恩恵を探すとしても、見つけるのは大変だよ」
「えっと、それは……」
言い淀むということは、よほど珍しい恩恵の巻物なのだろうか。
いくら未踏迷路にたくさん宝箱があるとはいえ、広い魔窟迷路の中で宝箱を探し当てるだけでも苦労するだろう。……加えて言うなら、その見つけた宝箱の中に必ず恩恵の巻物が入っているというわけではない。果たして目的の巻物に辿り着くまでに、一体いくつのハズレを引き当てることになるか。……こりゃ、気の遠くなる作業になるだろうな。
そんな心配をしていると、ポッホが決意の籠った顔で恩恵のことを教えてくれた。
「『錬金術』の恩恵、です」
「……『錬金術』、か」
「……ついこの間、弟子入りしていた錬金術工房の工房長からついに解雇通知を渡されてしまったんです。みんなを助けられるような立派な錬金術師になるのが小さい頃からの夢だったのですけど、ウチにはその才能がなかったみたいなのです」
「………………ポッホちゃん」
一言口に出して勢いがついたのか、それから彼女は堰を切ったように話し始めた。
「でも、夢を諦めてしまったわけではないんです。どうしていいかわからず途方に暮れてしまっていた時に、声を掛けられたんです。……とても変な人でしたけど。でも、その人に才能がなくても恩恵なら夢も叶えられるんじゃないかって教えてもらったんです。……だから、こうしてウチは『錬金術』の恩恵を探すために未踏迷路までやって来たんです。ウチも未踏迷路の探索が危険なことだってわかってはいましたですけど。……それでも、ウチはもう『恩恵』っていう希望に縋るしかなかったんです。だから――って、あれ? ちょっと、ディズちゃん。そんな顔をしてどうしたのですか?」
「あー、ゴメン。……気を悪くしたら申し訳ないんだけど」
ここまでじっと聞いていたけれど、あまりのことに思わず頭を抱えてしまった。
ポッホに何と声を掛けてあげるのがいいのだろうか。……必死の覚悟でこの未踏迷路まで潜ってきた彼女に、こんな真実を伝えてしまうのは酷かもしれない。だけど、現実を受け止めてもらうためにもここはしっかりと教えてあげなければいけないだろう。
「その『錬金術』の恩恵って、――お店でも売ってるよ?」
「はい? …………え、それってちょっと待ってどういうこと、です?」
あまりのことに理解が追いついていないのか、目を白黒させながら混乱している。
何ていうか、さっきから表情がくるくる変わるから見ていて飽きないよな、この子。……そしてピケは長い話に退屈してしまっているのか、さっきまで俺が埋まっていた穴の中をじっと覗き込んでいるようだ。ああ、この子も本当に目が離せないな。こっちは見ていて飽きないからじゃなくて、危なくて目が離せないって感じの子だけど。
「あー、やっぱり知らなかったか。……えっと、ポッホがなりたい錬金術師の『錬金術』や祈祷師の『祈祷』、召喚士の『召喚術』みたいな特殊な職業や役職に深く関係している恩恵だと、神殿にある『転職の間』でその巻物が売っていることがあるんだよ」
「『転職の間』? え、そんな簡単に錬金術師や祈祷師になれるんですか」
まあ、普通はポッホみたいに弟子入りや親の家業を継いで職に就いていくわけだから、転職の間のことなんてよく知らないのも当然か。……色々と探索者基準で考えてたけど、あまり馴染みのない店なら知らなくてもそりゃ仕方がないとも言えるか。
「そう簡単にポンポンなられても困るんだが、基本的な能力と見た目だけで構わないっていうのなら一日や二日で転職できるぞ。……まあ、お金はかなりぶん取られるけどな」
そんなことだから、神殿の稼ぎの半分は『転職の間』だと言われるのだ。
本来は長い年月と研鑽によってその職業や役職に就くのだが、転職の間ではその努力の過程を金によって強引に解決させている。極端な話、金さえ用意できればどんな特殊な職業や役職にもすぐに転職することができるのだ。……まあ、そんな付け焼き刃によって量産されているので、その技術までは保証できないわけだが。
「……あ、ピケが穴に飛び込んだ」
とか何とか言っているうちに、ついにピケが覗き込んでいた穴に飛び込んでしまった。……覗き込んでいるうちに落ちてしまったという感じではなく、自分から穴に飛び込んだようなので心配することはないとは思うけれど、一応声は掛けておくことにしよう。
「おーい、ピケ! あまり危ないことはしないようにね」
「……はい、わかっていますよ」
……彼女は本当にわかっているのかね? そんなに深い穴じゃなかったから大丈夫だとは思うけど、あんまり思いつくまま行動してどこか怪我したりしなきゃいいけど。
「……と、まあ大丈夫。『錬金術』の恩恵なら転職の間でも手に入れられるよ。そりゃ、あの店で買うとなったら多少値が張ることになるのは覚悟しなきゃいけないだろうけど。……でも、このまま未踏迷路に籠って宝箱を探し続けるよりは安全だと思うよ」
「……でも、もうお金なんて殆ど残っていないですよ」
そう言ってポッホは、離れた場所に置かれている自分の荷物を振り返る。
彼女の揃えた真新しい装備を見れば大体の予想はつく。大方、今回の一か八かの探索のために有り金叩いて探索用の装備を買い揃えたという所だろう。……いったい誰の口車に乗せられてしまったのかは知らないが、随分と思い切りの良いことをしたものだ。
とは言え、それこそ何の問題もない。
「ここをどこだと思っているのさ、ポッホちゃん? たくさんの宝箱が眠る未踏迷路だよ。……お金がないというのなら、ここで稼いでいけばいいっていうだけの話じゃないか」
未踏迷路に眠る手付かずの宝箱は、一攫千金を狙うには丁度いいだろう。
そう言われてポッホは一瞬キョトンとし、ハッと気付いたように手を打った。
「そっか、……それもそうですね。こうやって色々苦労して、こんな危ない未踏迷路までやって来たんです。それだったら、たっぷり苦労した分ここでしっかりと稼いでいかないといけないですよね。はい、頑張りますですよ!」
そう言って、やる気に満ちた顔で腕をぐるぐると回すポッホ。……色々と彼女にも思うところがあったみたいだけど、どうやら色々と吹っ切れることができたみたいだ。
「……話は終わりましたか?」
いつの間に穴から出てきたのか、ピケが戻ってきたようだ。
「ああ、ポッホちゃんとの話は一段落ついたよ。――……なあ、ところでピケちゃんや。その手に持っているものは、何だね?」
穴から戻ってきた彼女が抱きかかえるようにしていたものは、
「あの下に埋まっていたようなので、助け出しました」
――一つ目を瞑る、大きな鼠であった。
』
なんだか少し目を離しているうちに、随分と話が進んでしまったような気がしますね。
登場人物も増えているみたいですし、奴との熱い闘いも丸々すっ飛ばしてしまっているようです。……肝心な場面をどうにも色々と見逃してしまっているような気がします。
ですけど、どうやら奴とはここでリベンジマッチの機会がやって来たようです。
さあさあ、彼は一体どんな闘いぶりを見せてくれるのでしょうね。
色々やらかしますが、ピケちゃんに悪意はないのです。