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**:彼女の話「石ころの重さ」

2017.12/5・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。

他のタイトルも順次修正を行っていきます。



「だ、大丈夫ですか。ピケちゃん」


 そう呼びかけられた声に、ハッと意識が戻りました。


 心配そうに顔を覗き込んでくるポッホさんの顔を見上げると、ぼんやりとしていた頭が段々はっきりとしてきました。……どうやら私は、いつの間にか気を失ってしまっていたみたいですね。では、この後頭部に感じるふんわりと柔らかい感触はポッホさんの太腿ということでしょうか? ならば、せっかくですからじっくり堪能するとしましょう。


「はい、私は大丈夫です。……ああ、それよりもすみませんでした。……あの巻物の中に込められていた恩恵は、どうやら私が代わりに授かってしまったみたいです」


 頭の中に確かに残る、『三竦み(デッドロック)』の恩恵。

 どうやらこのような私でも、神の恩恵を授かることができてしまったみたいです。……それならば、あの頭の痛みは神の与えたもう試練だったということだったのでしょうか。大いなる力を得るための代償は、やはりこうも辛く苦しいものなのですね。


「どうも私の求めていた恩恵ではなかったようですし、もう良いんですよ。……それより、さっきまで意識がなかったみたいですけど。ピケちゃんは本当にもう、大丈夫ですか」

「ええ、少し頭がクラクラしますが……直に慣れると思います」


 情報の奔流に少し当てられてしまいましたが、体調を崩す程のものではないようです。……まさか、神の恩恵をこのような形で授かることになるとは思いもしませんでしたが、正しく巡る運命とは『神のみぞ知る』ものということなのでしょうね。ならば、こうして恩恵を得ることができたことを天上の神に深く感謝致します。


「…………」


 けれどまだ私を心配しているのか、ポッホさんの表情は暗いままです。


 仕方ありませんね。……少し名残惜しくはありますけれど、心配そうな目で見詰める彼女に大丈夫だということを見せるためにも柔らかな膝枕から体を起こすことにします。


「心配させてしまいましたが、体の方はこの通り問題ありませんよ」


 そう言いながら立ち上がって心配そうに見上げてくるポッホさんに手を差し伸べると、彼女も少しは安心してくれたのか表情を明るいものに切り替えて手を取ってくれました。……彼女の可愛らしい顔に浮かべるのは、やっぱり明るい表情でないといけませんね。


「よいしょっと。……あ、すみません」


 立ち上がらせようと手を引きましたが、逆に彼女の方に倒れ込んでしまいました。……つい、ポッホさんを安心させようと格好をつけてしまいましたが、こういう慣れないことはあまりしない方が良さそうですね。油断は失敗の元です。


「ほら、やっぱり身体がふらついてるじゃないですか。……そう無理して立ち上がる必要なんてないですから、もう少しゆっくりと休んでおいた方が良いですよ」


 倒れてきた私をそっと優しく受け止めながら、ポッホさんは再び私の頭を自分の太腿の上に寝かせました。その彼女の顔に心配する様子はありますが、とても優しそうな笑みも一緒に浮かべられています。……ああ、このような顔もあるのですね。


「……わかりました。では、少しだけ休ませてもらいます」


 そう言って私は力を抜き、彼女に体を預けました。


 ポッホさんが私のことを心配してこう言っているのですから、仕方がありません。……しばらくの間、彼女の柔らかな膝枕を存分に感じながらゆっくりと休むしかなさそうです。ええ、これも彼女の願いなのですから仕方がありませんね。



          ◆     ◆


「もう大丈夫です。少し騒がせてしまいましたが、ディズちゃん探しを再開しましょう。……確か、ディズちゃんが身に付けていた物なら良かったのでしたね?」


 小一時間ほどポッホさんの太腿の感触を堪能し、今度こそ心身共に完全回復しました。


「ええ、任せて欲しいです。これでも嗅覚には少し自信があるのですよ。本物の獣と同じように、……という訳にはさすがにいかないのですけど、探す手助けにはなるはずです」

「身に付けていた物と言うなら、……この装備品あたりが良いでしょうかね」


 宝箱の中をゴソゴソと探り、ちょうど良さそうな物を見つける。


 その中からディズちゃんが使っていたと思われる籠手を選んで取り出しました。……随分と武骨な作りをした鈍い光を放つ大きな籠手ですが、どういう訳か不思議とその見た目のような重さはあまり感じません。


「……これって、どう見ても男性向けの装備ですよね? それに、サイズもピケちゃんが言っているディズちゃんの姿と合っていないように思うんですけど」


 渡した籠手を持ちづらそうに両腕で抱えながら、ポッホさんは首を傾げています。


「ええ、私もそう思います」


 やっぱり、こんな無骨な装備はディズちゃんには似合っていません。

 ……どうしてディズちゃんは他の装備もそうですが、どれもサイズが大きくて宝箱にでも入れておかなければとても嵩張ってしまうような物を持っていたのでしょう。それにどれも男物の装備ばかりで、可愛らしいディズちゃんにはまるで合っていません。


「それに見たところ、これって伝説級(レジェンド)のめちゃくちゃ良い装備じゃないですか。これ一つで国が買えるような一品ですよ。……もう、ディズちゃんって一体何者なんですか?」

「ディズちゃんはとても強くて可愛い女の子です」


 私は胸を張ってそう答えます。

 ディズちゃんについては、それ以上の説明なんて必要ありません。彼女の魅力はとても一言で語り尽くせることではありませんが、ここはあえて『とっても可愛い』という簡潔で的確な説明だけで十分じゃありませんか。……それにしても、こんな少し変わった籠手なんかで買えてしまえるなんて、『国』とはけっこう安いものなのですね。


 とか、そんなことをふと考えたりしましたがどうでもいいですね。


「はあ……、まあ話は本人に会ってから訊いてみることにするのですよ」


 ポッホさんは呆れた調子でそう言うと、クンクンと籠手の匂いを嗅ぎました。


「どうですか?」

「……ふむ、…………うん? けっこう近くから同じ匂いがしているみたいですよ」


 目を瞑って匂いに集中すると、すぐに何か感じるものがあったようです。


 彼女は匂いを辿りながらゆっくりと、壁際の崩れた石塊の方へと近づいていきました。……そうして目を閉じて鼻をヒクヒクと小さく動かしている姿というのもまた、なんとも言えない趣があるような気がしますね。ふむ、新しい発見です。


「ふむふむ、…………どうにも、匂いはこの辺りからしてるみたいですね」


 そう言って、一度掘り起こされたような跡のある壁際の一帯を見渡します。


「……ディズちゃんの姿は見当たらないですよ?」


 けれど、そう言われてポッホさんの示した岩場の辺りを見回してはみますが、そこにはディズちゃんのあの小さくて可愛らしい姿は見当たりません。……キョロキョロと近くを見渡してみても周りにあるのは、転がる岩と崩れた石塊の山があるばかりのようです。


「あれ? そう言えばこの場所って、さっきまで宝箱が埋まっていた所ですよ。……なら、ディズちゃんも生き埋めになっているってことじゃないですか。た、大変ですよ!」


 ポッホさんは思わず籠手を放り投げて、その壁際まで駆け寄りました。

 そうして慌てながら彼女は、急ぎながらも慎重にその近くを手早く掘り進んでいきます。……ふむ、そうですね。ここで下手に手を出してもかえって邪魔をしてしまいそうですし、私はこの近くで腰掛けて待っていることにしますね。


「では、頑張ってください」


 私にできることは、頑張るポッホさんを応援するくらいです。


「……えっと、ピケちゃんは手伝ってくれないのですか」


 私が近くにあった手頃な岩に腰掛けていますと、ポッホさんは掘り進める手を休めないままそんなことを尋ねてきました。……確かにできることなら手伝いたいと思うのですが、どうしても私にはその作業を手伝うことはできそうにないのです。


「すみません。私はとても脆弱なのです。……ポッホさんがそうして軽々と手にしているその石ころですら、持つことに苦労してしまうでしょう。なので残念ですが、私がここで手伝えることは特になさそうです。……申し訳ありません」


 私は丁度その時にポッホさんが手にしていた拳大の石を指しながら、そう伝えました。


「この小石をですか? ……脆弱って言っても、それはちょっと大袈裟ですよ」


 手元の石と私を見比べながら、ポッホさんはなんだか怪訝そうな顔をしています。


 疑っている訳ではないでしょうが、冗談だろうと思われているような感じがします。……私も嘘を吐いているわけではないのですが、確かにいきなりそんなことを言われてもすぐには信じてもらえないのでしょうね。


「……やってみせた方が早いでしょうか。貸してください」


 腰掛けていた岩から降り、実際にポッホさんからその石を受け取ることにします。……このことに関しては、下手に言葉にするよりもその方が確実かもしれません。


「ん? はい、……どうぞです」


 近くへ来た私の掌の上に、ポッホさんはその石を軽く載せてくれました。が――、


「――ん、ぁっと……」

「うわ、ちょっと大丈夫ですか!」


 あまりの重さに、声にならない声を漏らして崩れ落ちてしまいました。

 ああ、想像以上の重さに腕がもげてしまうかと思いました。体勢が崩れてしまった時に手から石が転がり落ちて本当に助かりました。……あのままでは石の重さに堪えきれず、骨がポッキリと折れてしまっていたかもしれません。


「ふう……。こんなものを軽々と持てるなんて、ポッホさんは力持ちなのですね」

「いやいや、これってただの石ころですよ!」

「…………まさか、そんなはずは」


 石ころとはこんなにも重たいものだったのでしょうか。


 確かに神殿ではペン以上の重さの物を手にしたことはありませんでしたが、それでも路端にあるような小さな石がこれ程までに重いはずがありません。……先程宝箱から取り出した籠手も重さをあまり感じませんでしたし、何か仕掛けがあるのでしょうか?


「……その脆弱っていうのは、誇張でもなんでもないみたいですね。こんな石ころ一つでひっくり返ってしまうなんて、あまりの貧弱さに思わず驚いてしまいましたですよ」


 そう言ってポッホさんは驚きながら私が地面に落としてしまったその石を軽く拾い上げ、そのまま何回かヒョイッと上に投げてお手玉してみせました。……とんでもない怪力です。私の周りには可愛くて強い人しかいないのでしょうか。いえ、それとも可愛さと強さとは切って離せないものだということなのでしょうか? 謎は深まります。


「……やはり、可愛さとは強さなのですね」

「ああ、これはまたなんだか変なことを考えている顔です。……もう、ウチの手には負えないです。ディズちゃん早く出てきて、このピケちゃんをどうにかしてくださいです!」


 ポッホさんは再び撤去作業に戻りました。


 心なしか先程までよりも作業のスピードが上がっているような気もします。……やはり、ポッホさんも早く可愛いディズちゃんに会いたいということなのでしょうか。それならば仕方がありませんね。『可愛さ』とは何物にも代えられない力の源と成り得るということなのでしょう。……それでは私も、再び頑張るポッホさんを応援することにします。


「頑張ってください、ポッホさん」

「…………ああうん、頑張るのですよ」




「……あ、下から何か音がしたみたいです」


 暫くの間、黙々と掘り進めているとポッホさんが何かを見つけたようです。


「……それって、もしかしてディズちゃん、ですか?」

「まだ、本人かはわからないです。それでも匂いはだいぶ強くなっているみたいですし、近くにいるのは確かだと思うですよ。……もっとも、結構な時間この石塊の下に埋まっていたんですから、無事であるとは思わないほうが良さそうです」


 ポッホさんは尋ねる私に声の調子を落として、そう教えてくれました。……そうでした、いくら強いと言ってもディズちゃんはまだ小さな女の子なのです。こんなにもたくさんの石塊に飲み込まれてしまっていては、彼女も無事では済まないのかもしれません。


「……それでも、私は彼女の無事を祈っています」

「そう、ですか。……それなら、ピケちゃんはそこで祈っていて欲しいのですよ。ウチも、もっと頑張って早くディズちゃんを助け出すことにしますですよ」


 そこから彼女は更に手早く、その近くにある石塊を取り除いていきました。


 この私にできることは、ここで彼女の無事を祈ることだけです。他には何もできず、じっと彼女が助け出されるのを待っていることしかできません。……ああ、悲しいです。脆弱なこの体をこれ程までに疎ましく感じたことは、これまでありませんでした。


――ガラガラ、ガラッ……


 大きな音がし、何かが石塊の中から引っ張り出されました。


「ああ、見つかったのです! ……この子が、ディズちゃんで間違いないですか?」

「…………っ!」


 慌ててポッホさんの元へ駆け寄ると、そこには彼女に抱きかかえられて静かに目を瞑るディズちゃんの姿がありました。




ようやくディズちゃん、・・・もといデューズさんの救出です。

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