**:彼女の話「獣人の少女」
2017.12/4・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。
他のタイトルも順次修正を行っていきます。
「結局、ピケちゃんとディズちゃんは双子ってことですかね? ……その子が姉なのか妹なのかはちょっと知らないですけど、酷いことをする子ですね。こんな危険な魔窟迷路で宝箱にピケちゃんを押し込んでどっかに行ってしまうなんて、悪戯じゃすまないです」
ポッホさんは頬を膨らませながらディズちゃんのことを憤慨しています。
頬を膨らませた姿も可愛らしいですね。おっと、そうではありませんね。……どうやらポッホさんは先程の私の話を聞いて、ディズちゃんを悪い子だと思ってしまったようです。しかし、ディズちゃんのことを悪く言われるのは悲しいです。
「いきなり宝箱に押し込まれた時は私も少し驚きましたけど、それが酷いことだったとは思いません。……ディズちゃんはいつも、最善を尽くそうと頑張っていました。ですから一言文句は言いたいですが、彼女の行いを悪く言うことはできません」
……ディズちゃんはあの小さな体で私を守ろうとしてくれました。
小さな彼女にばかり守られてばかりいるのは心苦しいですが、外のことを何も知らない私にできることなんてとても限られてしまっています。……この私にできるのは今も昔も、きっとこれからも変わらず、天上の神に祈り続けることだけなのでしょう。
そう言うと、ポッホさんはバツの悪そうな顔をしました。
「あー、ごめんなさいです。ディズちゃんのことを悪く言うつもりはなかったのですよ。……その、なんだかディズちゃんのことをろくに知らないくせに、少し話を聞いただけで勝手に酷いとか決めつけてしまったのです」
窘めたつもりはなかったのですが、今度はポッホさんが落ち込んでしまいました。
彼女は私のことを思って憤ってくれたとのに、なんだか悪いことをしてしまいました。……落ち込んだ顔もとても愛おしいですね。それにポッホさんのくるくると変わる表情に合わせて頭の耳がピクピクと動くのは、見ていてとても癒やされます。
「…………?」
そして、ふと思いました。
……そう言えば、頭に可愛らしい耳が生えているのは良いとしてポッホさんのその耳はどういうことなのでしょう。神殿にいた頃には周りにそのような耳をした方はいなかったように思いますが、外の世界ではよくいる方なのでしょうか?
神殿の生活を大変だと感じたことはありませんでしたが、こういった時には自分の世間知らずさを少しばかり疎ましく思いますね。……この世界はディズちゃんやポッホさんのように可愛らしい方や物で溢れているのかもしれないというのに、それをこれまでずっと知らずにいたということは一つの悲劇ではないでしょうか。
ああ、もっと世界のことをよく知りたいですね。
それからしばらくポッホさんの可愛らしい耳を見つめていましたが、彼女は私の視線に気付いてしまったのかパッと頭を抑えてしまいました。……ああ、なんてことでしょう。そのピクピクと動く可愛らしい耳を隠されてしまいました。こうなってしまってはもう、後はポッホさんの可愛らしい仕草を見つめるしかありません。
なんてことを考えていますと、ポッホさんは探るようにその小さな口を開きました。
「えっと、……この耳が気になるですか?」
「はい。とても、気になります」
私が期待を込めてそう即答すると、なぜか溜息を吐かれてしまいました。
そして俯いた顔に浮かんでいたのは、どこか諦めたようなとても悲しげな表情でした。……どうして彼女はそんな悲しげな顔をなさっているのでしょう?
「はぁ、やっぱりそうなのですよね。……ウチはこうして見ての通り、獣人なのですよ。さっきまでピケちゃんと普通に楽しく話をしてましたから、ついフードが取れてしまっているのを忘れて少し浮かれてしまっていたのですよ」
そう言うとポッホさんは申し訳なさそうに顔を俯けたまま、フードで頭をすっぽりと隠してしまいました。……どうして、そうやって頭を隠してしまうのでしょう? せっかくの可愛らしい耳なのですが、何か人目に晒したくない理由でもあるのでしょうか。
「獣人、とはなんですか? ……それが、耳を隠す理由なのでしょうか」
「ピケちゃんは獣人のことも知らなかったのですか? ……それなら、仕方ないですね。獣人っていうのは、その身に獣の血を引いている人達のことです。獣人はモンスター達と同じように人々から避けられている存在なのです」
「どうして避けられるのですか?」
獣の血を引いていると、どうして魔物と同じ扱いを受けるのでしょうか。
なんとも不思議な話です。そもそも獣と魔物では生まれの理由も存在する意味もまるで違っているというのに、どうして人々の間でそのような無知な勘違いが起こっているのでしょう。……もしかして、世間ではあまり知られていないことなのでしょうか?
「どうしてって、それは……。こうして見た目も普通の人間達とはちょっと違っているのですし、きっと急にモンスターみたいに暴れられたり、襲われたりするのが恐ろしいからですよ。……人はそうやって自分と違うものを怖がって、避けてしまうものなのですよ」
まだ俯いたままのポッホさんは、まるで自分にそう言い聞かせているようでした。……彼女のそんな言い訳ばかりの苦しそうな言葉なんて、聞きたくはありません。
「普通の人間、とは一体なんなのですか。……見た目が同じ人など、そうおりませんよ? 人は皆異なり、全ては唯一にして無二の存在であるはずです。違うのは当然でしょう」
この世にあるのは、唯一にして無二のものばかりです。
同じ神の被造物たる同胞であっても、その肉体も精神も魂も全ては個人のものであって何者であろうと代えられるものではないはずです。……それを怖がるというのでしたら、人はずっと独りで怯えながら誰とも会わずに生きていくしかないはずです。
……そんなの、寂しいじゃないですか。
「それに、暴れられたり、襲われたりすることが恐ろしいのは魔物だけに限ったことではありませんし、それが避けられてしまう理由になるとはとても思えないのです。……私は何も知りませんが、あなたが恐ろしい存在でないということはわかります。だから――」
「………………っ」
俯くその顔を見上げるように、私はポッホさんに伝えました。
「だから、あなたであることを隠そうとしないでください。ポッホさん」
ポッホさんはびっくりした顔でこちらを見返して、嬉しそうに微笑んでくれました。
「ありがとう、ピケちゃん。……その言葉は、ウチが一番聞きたかった言葉なのです」
ああ、やっぱりそうですね。ポッホさんのころころと変わる表情はずっと見ていても飽きませんが、そうして笑っている時の顔が一番素敵だと思います。願わくは、その素敵な笑顔を私のこの網膜と脳髄にいつまでも鮮明に焼き付けていたいです。
ふぅ……つい、柄にもなくたくさん話してしまいましたね。久しぶりにこんなに声を出しましたので少し疲れてしまいました。早くポッホさんで癒されないとといけませんね。……それでは、早速可愛い成分を補給しなくては。
「……せっかくですから、その素敵な耳を隠さないでもっと見せてください」
彼女に近寄って手を伸ばし、その頭を隠すフードをそっと取り去りました。……はい、これで良いです。これでポッホさんの可愛い耳がよく見えるようになりましたね。では、たっぷりと可愛さ成分を補給することにしましょうか。
「…………なんだか恥ずかしいですよ」
そうやって少し照れたような顔は、なお可愛らしいです。
私が正面からその照れた顔をじっくりと堪能していると、ふと彼女は何かに気付いたように私の手を取りました。……おや、じっと見すぎてしまいましたでしょうか。
「……どうしましたか?」
「うーん、やっぱりです。……よく見たら、ちょっと怪我をしているみたいですよ。顔や手だけじゃなくて、足とかもなんだか擦り傷だらけになっているじゃないですか」
ポッホさんは私の手や顔なんかをじっと見回しながら、そんなことを言いました。
「そうなのですか? ……気にしたことはありませんでしたね」
確かに、言われてみればいくつか怪我をしてしまっているようですが……普通に生活をしていれば、手足に擦り傷の一つや二つ付いてしまうのは当たり前ではないでしょうか。ですから、それ程気にするようなことではないと思うのですが。
「もう、ピケちゃんも女の子なんですから、そんなに怪我ばかりしちゃダメなのですよ。……あ、なんだか服の下にも――」
ポッホさんは服の袖を少しめくった所で、なぜかその手を止めてしまいました。
「…………?」
そんなに私の腕をじっと見つめてどうしたのでしょうか。
「…………この傷、――いえ、このツギハギは一体どうしたのですか?」
ポッホさんを見るように、私の繋ぎ目を見ます。
……ああ、ポッホさんは私のこの繋ぎ目のことが気になっていたのですね。
「ツギハギですか? これが私の体ですよ。……どうした、と言われても困ります」
三十二体の同胞から生まれたこの身体。
嵌めて解体して、揃えて崩して、繋いで外して、切って貼って、盛って削いで、……そうやってみんなを纏めてできたのが、この私だと聞かされています。記憶のある時からこの体なのですから、このツギハギのことを『どうした』と聞かれましても、私に分かるはずもありません。……でも、このことをどう言ったらいいものか言葉に困りますね。
……まあ、話すも疲れましたから言わなくてもいいでしょう。
「また余計なことを言ってしまったのです。『小回復』……ごめんなさい。魔法はあまり得意じゃないので、ウチの回復魔法じゃ擦り傷を治すくらいしかできないのです」
私がそんなことを考えていると、ポッホさんが手をかざして怪我を治してくれました。
「どうしてポッホさんが謝るのですか? あなたはこうして私の傷を癒してくれました。……それならここは、私があなたにお礼を言う場面なのではないのでしょうか」
「気にしないで欲しいのですよ。……これはウチが謝りたいから謝ったんです」
「…………そう、ですか?」
ポッホさんはなんだか不思議なことを言いますね。
……それから、何か悲しいことでもあったのでしょうか。なぜなのか、その瞳に少し涙が浮かんでいたように見えました。理由はわかりませんが、せっかく笑顔になった彼女をまた悲しませてしまっては大変です。どうにかしないといけません。
「……あの、ポッホさん――」
「それでは、気持ちをバッチリ切り替えることにするのです。……ウチも魔窟迷路の探索は素人なのですが、ここは年上として少しは頼りにしてもらうのですよ」
驚きました。ポッホさんは私が何をするでもなく、また元気な笑顔となりました。
「ええ、わかりました。……では、どうしましょう?」
ポッホさんが大きく胸を張ります。……どうやら張っても大きさは私やディズちゃんとあまり変わらないようですね。それでは私はポッホさんが頑張ってお姉さん振るところも可愛らしいと思いますので、ここは全力で甘えることにします。
「うーん、それではどうするのが良いですかね。……ひとまずは、そのはぐれてしまったディズちゃんっていうお友達と合流することを第一目標としますですかね?」
「そうしましょう。……一緒にディズちゃんを見つけましょう」
そういえば、ディズちゃんは私のお友達なのでしょうか?
……ともあれ、彼女はああ見えてとても強い方なので大丈夫だとは思います。
ですが、もしあの可愛い顔のどこかに小さな怪我でもしていたら大変です。……ああ、どうしましょうか。そう考えたら、なんだかとても心配になってきました。――早くあのちっちゃくて可愛くてとても強い、私のディズちゃんに会いたいです。
「教えてもらったディズちゃんの見た目の他に、何か探す手がかりになるような物とかはないですか? ……これでも獣人ですからね。何か身に付けていたような物とかがあれば、その匂いで少しは探せるかもしれないですよ」
「それなら、この宝箱ですね。……中にディズちゃんのも物が色々と入っています」
私はそう言って、後ろを振り向いて宝箱を開けました。
蓋を開けると、仄かな光が中から溢れ出してきます。……ただの古めかしい木箱にしか見えませんのに、『宝箱』というのは何だか不思議なものですね。
「そうだ、宝箱です! ……ねえ、ピケちゃん。どうしてこの中に入っていたのかは話を聞いてもよくわからなかったのですけど、これは元々宝箱だったのですよね? それなら、この中に何かお宝は入っていなかったですか?」
ポッホさんはそんなことを、目を輝かせながら聞いてきました。
「宝箱の中身ですか? ……確か、恩恵の巻物が一つ入っていました」
「恩恵の巻物ですか! それで、そこに込められている恩恵の名前は分かるですか?」
とても興奮した様子でポッホさんはそんなことを聞いてきます。これで尻尾でも生えていたら盛大に振られていることでしょう。……そう言えば獣人とおっしゃっていましたし、もしかしたら本当に生えているのかもしれませんね。
「恩恵の名前ですか、ちょっと待ってください。……えっと、これですね」
宝箱の中に腕を突っ込み、ガサゴソと奥の方に仕舞ってあった巻物を取り出しました。ポッホさんにそれを見せると、獲物に飛び掛かる猛獣のように巻物を取っていきました。……ああ、なんだか獣人さんの野生を少し垣間見たような気がします。
「えーっと、なになに。…………うん? ……全然読めないのです」
しばらく広げた巻物を回しながら難しい顔で眺めていたのですが、どうやら読むことはできかったようです。……がっくりと肩を落としているところはちょっと可哀相ですが、落ち込んでちっちゃくなっているのもこれはこれで可愛らしいですね。
「あの……。よろしければ、私が読んでみましょうか?」
「……ピケちゃん、これが読めるのですか?」
ほんのりと涙目になりながら、ポッホさんが縋るように私を見てきます。……なんだか、ダメダメなポッホさんも本当に愛おしいですね。ああ、新しい世界が開けてくるようです。……これが神殿の皆さんがおっしゃっていた『母性』というものなのでしょうか。
「あまり得意ではないのですが、神聖文字や神代文字でしたらある程度は読めます。……ああ、これでしたら私にも読めそうですね」
ポッホさんから受け取った巻物の中身に目を通すと、そこに記されている文字は神殿で読み慣れた神代文字のようでした。今では統制文字が主流だと耳にしていましたが、宝箱に入っているようなものだと、まだ古い神代文字が使われているのですね。
「それなら、なんて書いてあるか読んでもらってもいいですか?」
「わかりました。えっと、この恩恵の名前は『三竦み』――……」
そう、私が恩恵の名前を口にすると、
「え、ちょっとどうして燃えているんです!」
手にしていた巻物が黒い炎を纏って燃え上がり、灰の一欠片すら残さず消えてしまった。
その様子を見てポッホさんは慌てふためいていたようです。……けれど、そんな様子を悠長に見ていることは私にはできませんでした。
「あ、頭に……言葉が、知識が流れ込んで……!」
その力の使い方、有り様、本質。私の小さな頭がはち切れそうな程に膨大な知識と経験の濁流を、必死に歯を食いしばりながらこの身に全て受け止めました。そして、
「……『三竦み』」
どうやら新しく恩恵を授かってしまったようです。
ピケちゃん暴走中。
……主人公の影がどんどんと薄くなってまいりました。