**:彼女の話「面白い話を聞いた」
2017.11/30・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。
他のタイトルも順次修正を行っていきます。
……とまあ、ここで終われば良かったのですけどね。
ところがどっこい、そう綺麗に話は終わってはくれなかったわけなのです。
ご覧の通り、探索者の素人が着の身着のまま必要な装備だけを鞄へと突っ込んでいき、こうして後先考えぬまま魔窟迷路へと潜ってしまっているわけです。……性格故に仕方がないとは言え、どうしてこうも後先考えずに突っ走ってしまったのですかね。
「そんな上手い話があるわけないですのに、ウチはこんな所で何をやってるのですかね」
……あの時ちょっと耳を傾けて、その気になったのが間違いだったのですかね。
みんなに笑顔で見送られた後、道端で出会ったあの人の口車にヒョイッと喜び勇んで飛び乗ってしまい、こうして魔窟迷宮へとやって来てしまっているわけなのですよ。……いや、これもあの人の口車に乗せられたのではなくてウチが自分で決断した結果なのだと思いたいのですが。どうにも、騙されてしまったような気がしてならないのですよね。
――最後までウチのことを見もせず、手元の本から目を離さなかったあの変人さんに。
◆ ◆
「おや、そこのお嬢さん。空はこんなに晴れ渡っているというのに、そんな先行き不安などんよりとした曇り空のように辛気臭い顔をして、どうしたというのですか?」
陽が高く登り、今日も活気溢れる街中の大通り。
木箱に腰掛けてお弁当のベーグルサンドを頬張り、『さて、これからどうしますかね』とぼんやり考えていると、後ろからのそんな声が耳に入ってきました。……いや、まさかとは思いますですが、その『お嬢さん』というのはウチのことなのでしょうか?
「……もしかして、ウチのことですかね?」
ベーグルサンドを口から離し、声のした方を恐る恐る振り返りました。
「はい、そうです。こんな道中で木箱に腰掛けてベーグルサンドを頬張りながら、そんな辛気臭い顔をしているお嬢さんなんて、ここには貴女の他にいらっしゃいませんよ?」
するとそこには、紳士然とした風貌の人物がピンッと背筋をまっすぐに伸ばして立っていました。「誰だったかな?」と記憶を軽く探ってみましたが、どうもウチの見知らぬ人のようです。……直感ですが、これからも知り合いになりたいとは思えない感じの人です。
具体的には、道端で会ったら目を逸したくなる感じの人ですね。
「……『辛気臭い』という部分を、そう何度も繰り返さないでもらいたいです」
「おっと、失礼。ベーグルサンドのお嬢さん。……そうですね。『辛気臭い』なんて言葉を何度も口にしていては、その辛気臭さが体から滲み出るようになってしまいますね」
「……滲み出たりなんてしませんですよ」
いや、それよりベーグルサンドのお嬢さんってなんですか。
しかし、道端で『お嬢さん』なんて呼ばれたのは初めてですよ。……紳士的な物言いですが、言っている内容がアレなので丁寧に扱われている気は全くしないのですが。
「何かウチに用ですか? 仕事の勧誘なら絶賛受付中ですけど、違ったのなら見ての通りベーグルサンドのお嬢さんはベーグルを食べるのに忙しいので後にして欲しいです」
「お食事中に申し訳ない。私はただ、お嬢さんのことが気になっただけなのです」
「……へえ、そうですか」
この街も治安が悪いわけではありませんが、怪しい人には関わらないのが吉です。
ウチは目の前に立つ怪しい紳士を無視して、再びベーグルサンドを頬張るため大きく口を開けました。うん、程良い硬さに焼き上げられたベーグルとシャキシャキとした野菜。それから甘辛いタレの付いた香ばしいお肉。これは病み付きになる美味しさですね。
「――まるで、ようやく勤めることのできた工房をクビとなり仕事を失ってしまったか、それとも故郷にいるみんなのために錬金術師になるという長年の夢に破れてしまったか。或いは、その両方共であるような随分と途方に暮れた顔をしていらっしゃるようですが。……どうしたというのですか、獣人のお嬢さん?」
――が、その後に続けられたその言葉に手を止めるしかありませんでした。
「………………」
振り返り、改めて声の相手を観察します。
しかし、観察するとは言ってもさっきから何のつもりなのかずっと顔の前で本を開いて持っているので、表情どころか性別もよくわかりません。格好は紳士然とした服装をしているのですが、体格は男性にも女性のようにも見えるのです。……その声も改めて聞いてみると、若いようなはたまた年老いているような、どちらともつかない不思議な響きの声をしているようです。……何なのですかね、この人。
「まるで、ウチのことをずっと見ていたようですね。……ストーカーさんですか?」
「いえいえ、ストーカーさんなどではありませんよ? 真面目な顔で『汝の隣人を愛せ』なんてとんでもない不埒なことを唆す輩の言葉になんて私は惑わされません。そんな、『愛』だの『恋』だのという感情を免罪符にして振りかざして、相手のことをコソコソとこそ泥のように荒らし回る下賤な輩に私が見えるというのですか、お嬢さん?」
「…………見える」
「おや、見えるというのなら仕方ないですね。結果というものは観測する対象によって、いかようにでもその姿を変容させるものです。……それが真実ではありませんが、あなたの意見は尊重しましょう。人の意見を否定していては円滑な人間関係は構築されません」
……どうにも信用ならないです。
不思議な響きの声でそう言いますが、そもそもそう『見えるか』『見えないか』なんて、……手元の本に隠されてしまって見ることなんてできないですし、怪しさ満点です。
「なに、簡単な話ですよ。――まだあまり染み付いていない独特な素材の香りから貴女が錬金術師の卵であるということは直ぐにわかりますし、その腰掛けている木箱に仕事道具がまとめられているということから工房から出てきたということは容易に想像できます。それから、貴女が目深に被っているフードは獣人の方が獣の耳を隠すのによく使っている服装です。……では、なぜ手先があまり器用ではないはずの獣人の貴女が錬金術師の卵であるのか? ――と、まあそれに至るまでの貴女の物語も少々気にはなりますが、以上のことから先程の質問へと繋がるわけです。おわかりいただけましたか、お嬢さん?」
予想以上の答えが返ってきて気味が悪いです。
それにしてもよくもこんなにも流暢に舌が回るものですよ。……ウチだったらあっという間に舌を噛んで、今頃悶絶しているところです。
「えっと、確か『探偵』って言うんですっけ? 手元の少ない手がかりからピタリと正解を当てられる人のこと。……ストーカーさんじゃなくて、探偵さんだったんですか? ウチは無実です。捕まるような悪いことはしていませんですよ」
ウチは探偵に調べられるような後ろめたいことに手を染めてはいない、……はずです。ストーカーも探偵もやっていることの根底は変わっていない気がしますですが、どちらであった方が精神衛生上マシかと問われたならギリギリの僅差で後者なのですよ。
ですが、その問いもまたもや見当違いであったようです。
「おやおや、まさか『探偵』などと間違われるとは光栄の至りですね。まるで自分が物語の登場人物にでもなれたかのようで、とても嬉しい勘違いです。……ですが、物語の中にだけ存在するような、本物の『探偵』という存在を実際にお見かけしたことはまだ私にはありませんし、私も残念ながらその探偵さんではありませんね。……ふふふ、いいですね。ああ、なんとも愉快です。これはとても愉快な気分というヤツですね」
今の言葉の何がツボに嵌ってしまったのか、ウチのその一言を聞いてとても愉快そうに笑いました。なんだか気味が悪い笑い方なのです。……それからしばらく笑い終えた後、ようやく自分が一体何者であるのか応えてくれました。
「……あなたは、何者なんですか?」
「私は貴女のストーカーでも、雇われた探偵でもありません。この私はどこにでもいる、
――ただの熱狂的なファンです。……貴女の、というわけでは残念ながらありませんが」
……ああ、わかりました。この人は変人です。
どこの誰かは知りませんが、この変人さんに好かれてしまった人はご愁傷様です。
「それで、その熱狂的なファンがウチに何の用なのです?」
なんだかウチも色々と思考を放棄しました。
なんか色々と変なことを言う人ですが、変人は変人なので変なことを言っていても別に変じゃないですね。そして変人が変なことを言うのは至極当然のことですし、変なことを言わない変人もまた変人です。……つまり、この人は変人で決定です。
「おやおや、随分とお嬢さんの心の中で『変人変人』と執拗なまでに連呼されている気がしますが、そこはオトナな対応としてあまり気にしないことにしておきましょうか。……ふむ、そうですね。用というのなら、用件は特にはないのですが。強いて言うのでしたら、私は先程も同じように尋ねたように貴女に少しお訊きしたいのですよ」
「ウチがどうしたのか、ですか? ……それならもう、十分以上に知っているようなものじゃないですか。それを今更、他に何を聞きたいって言うんですか」
これ以上ウチのどんな個人情報を手に入れようって魂胆なのですかね、この変人さんは。ストーカーや探偵でもないのに、ウチのことを滅茶苦茶知っていたじゃないですか。……ここは今後のためにも衛兵さんに突き出してしまった方が良いのですかね?
――というかですよ。この人、先程からずっとウチと話をしているのに手元の本から目を離そうとしないというのはどういうつもりなんですかね。まったく、『話をする時は相手の方をしっかりと見て話す』とお母さんから教わらなかったのですか。
じろりと睨んではみますが、本に阻まれて相手に視線が届くことはないようです。
「いえ、私はストーカーや探偵ではないので貴女の個人情報を手に入れようなんて考えてはいませんよ。私が貴女にお訊きしてみたかったのは、これまでにあったことではなくてそこから先のことなのですよ。……どうなのでしょうか。こうして職と夢を同時に失ってしまったわけですけれど、貴女はこれからどうしたいですか?」
「これから、どうしたいか……」
それは今、まさしく悩んでいるところです。
お世話になった工房を勢いのまま飛び出しては来ましたが、これからどうすればいいかなんてわからないです。……これまでずっと錬金術師になるという夢だけをがむしゃらに追いかけてきましたから『錬金術師になれない』という現実を見せつけられてしまった今、他にどうすればいいかなんてすぐに思いつかないのですよ。
応えられずに俯いていると、『ああ、そう言えば』とわざとらしい声がしました。
「他にも少し気になることといえば、貴女の恩恵のことなのですが。……その服装を少し拝見させていただいた限り、随分と変わったモノを授かっていらっしゃるようですね? あなたお話にさほど興味はわかないのですが、興味があるとすればあなたのその変わった恩恵でしょうかね? ……面白い登場人物になれそうです」
「服装からして、変わった恩恵。……変人さんじゃなくて、変態さんですか?」
どうやらこの人は変人なだけではなく、変態でもあるようです。
確かにウチは『復元』というちょっとばかし変わった恩恵は持っているわけですけど、そいつをどうしてこの変人さんは『服装からして』わかると言うのですかね。……ああ、またアレですか。変人故の、――変態故の観察眼っていうやつなのですか。
まったく、これだから変人というやつは油断ならないのですよ。
「またしても要らぬ誤解を招いてしまっているようですが、気にしないでおきましょう。私は変人さんでも、ましてや変態さんなどではありませんので。――貴女のその服装なのですが、実は随分と型の古いデザインなのですよ。……ですが、そうであるにも関わらず生地は新品同様で傷んだ箇所どころか古びた様子も見当たりません。新しい生地で仕立て直したと言うには使われている材料が全く一緒であるというのも奇妙です。ならばそれは貴女の恩恵によるものではないのか……といった、ただの当て推量ではありますが」
「……またしても正解ですね。確かにこの服は恩恵で直して使っているものです」
変人なのか変態なのかよく知りませんけど何でもお見通しなのですね、この人は。……もうここまで来てしまったら、『貴女の全てを既に知っています』と言われてもそんなに驚きませんですよ。深く考えたりとか頭を使ったりすることは、そもそも苦手なのです。色々と面倒なことはもう、スッパリ考えるの止めてポイッとどこかに放り投げます。
「いやはや、恩恵というものは本当に素晴らしいですね。才能や可能性が欠片もなくとも、労せず恩恵によってそのように超常の才覚を得ることだってできてしまうのですからね。まったく、忌々しくもなんて安っぽい神の奇跡なんでしょうかね。……いえいえ、まさかそんな。今の言葉は嫌味などではございませんよ? 私はただ、本人の望んだ恩恵を手に入れられたのなら、叶わぬ夢も叶えることができるだろうと考えただけです」
「望んだ恩恵を手に入れられたら……?」
この変人さんの言うことに納得してしまうのは癪ですけど、確かにそうですよ。
ウチに錬金術師の才能がなかったのだとしても、この世界には『恩恵』があるのです。幸いなことに二つ目の恩恵はまだ授かっていませんから、どうにかして『錬金術』の恩恵を授かることができれば、錬金術師になる夢だって叶えることができるはずなのです。
――今にして思えば既に、手の上で見事に転がされてしまっていたのでしょうね。
「ええ、そうですね。目当てのモノを手に入れることができたなら、ではありますけれど。……おっと、そう言えばこれは偶然なのですが。なんと丁度いいことに私の手元に、まだ探索のあまり進んでいない手付かずの魔窟迷路の地図があるのですがどうでしょうか? 今のところ見つかっている宝物にはなんと、神話級の装備が一品あります。他にはどんな宝物が出てくるのか、とても楽しみですね。――ああ、ところでどこかのどなたかが偶然、そんな魔窟迷路の地図が必要になっていたりはしませんかね。今でしたら特別に、お安くお譲りすることができるのですが?」
「その地図、買わせてもらうのです!」
「……ご購入ありがとうございます、素敵なお嬢さん。さあさあ、これであなたの物語は新しく始まります。私はそんなに興味はありませんが、世の中にはそれを楽しむ方もいることでしょう。あなたの話をどうか楽しんでください」
変人さんはそう言うと結局、最後まで顔を本で隠したまま去っていきました。
そして、気付いてみれば有り金の詰まった革袋は大幅な減量に見事成功してしまい、ウチは古びた地図を握り締めたまま道端に立ち尽くしていました。
◆ ◆
その後、探索に必要な物を残りのお金で買い揃えたのですよね。
それから中央ギルドの人にこの古地図に描かれた場所を尋ねて。……なぜだか受付のお姉さんに全力で行くのを止められたのですけど、なんとか紆余曲折あってこの魔窟迷路までやって来たのでした。……ああ、我ながら思えば無茶をしたものです。
ウチはこれでも立派な獣人ですし、小さい頃から山育ちで方向感覚は十分鍛えられているわけですから、そこら辺にいる駆け出しの探索者達よりも上手く探索できるだろうと思っていたのですけど。……ごめんなさい、魔窟迷路の探索を甘く見ていました。
「でも、諦めませんですよ。……『錬金術』の恩恵の巻物を手に入れるまでは!」
じわりと目元から零れそうになる涙を袖で拭い、力強く足を踏み出します。
――すると、
「……へ? あれ、これって地揺れじゃないですか!」
突然の大きな地揺れに、踏み出した先の地面がパックリと開いていました。
「――ひゃぁああ! 一歩踏み出した先から何なんですか、これはもぅ!」
踏み出した足から真っ逆さまに、体勢を崩して裂け目へと落ちていってしまいました。……残念、ウチの冒険はここで終了なのです。これまで応援ありがとうございましたです。
登場人物が揃ってまいりました。
……次回投稿は年明けになるかと思いますが、
お待ちしていただけると幸いです。