**:彼女の話「変わった恩恵」
2017.11/29・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。
他のタイトルも順次修正を行っていきます。
……そんな感じで、ウチはクビになってしまったわけなんですよね。
まだ、『使えない奴は出て行け!』とでも言われて工房から叩き出されたというのなら『いや、まだまだやれるぞ!』といくらでも反骨精神で喰らいついてやるのですけどね。……そうやって『スマナイ』と頭を下げて謝られてしまったら、ウチだってもうどうしていいのかわからなくなってしまいますよ。
たった一つの夢だったのです。
村を一人で飛び出して、立派な錬金術師になるって夢のためにこれまで色々と頑張ってきたわけなのですが、それがみんな水の泡になるって聞かされてしまったわけです。……なんだかもう、胸の奥が空っぽになってしまったように感じたんですよ。
◆ ◆
陽も斜めに傾き、道を歩く人影が長く伸びていく。
みんな、仕事帰りなのですかね。足早に暖かな明かりの灯る家々へと入っていきます。そんな疎らな人混みの中を小さく肩を落としてトボトボと歩いていると、いつの間にやらウチが下宿をしている親方の娘夫婦の家の前へと着いてしまっていました。
コンコンコンッと軽くノックをし、扉を開けて中に入る。
「……ただいま帰りましたです」
帰宅の声も思わず元気がなくなってしまう。
あれから続きの作業に戻っても失敗ばかりしてしまって、いつも以上にみんなに迷惑を掛けてしまいました。……工房にもうこれ以上迷惑を掛けたくないのに、今日は研究に使っている貴重な素材までぶつけて壊してしまったのです。
「おかえりなさい、ポッホおねぇちゃん! ……ねえ、何か悲しいことでもあったの?」
トテトテと小さな足音をさせ、奥から親方の孫娘のポッヘンが出迎えてくれた。
「ううん、大丈夫ですよ。今日も少し疲れてしまったんです」
心配をかけないようにいつもの笑顔を作ると、心配そうに見上げてくるポッへンを抱き上げて家の中へと入りました。……遠回りをして帰ってきたつもりはなかったのですけど、居間にある机にはすでに作業着を脱いで寛いだ服装になった親方の姿がありました。
「ああ、おかえり。ポッホ」
「……はい、ただいま戻りましたです」
……こんな時でもいつも通りに出迎えてくれるのですね。
いつもより口数の少ない食事を終えた今、食卓にはウチと親方だけが座っています。
机を挟んで向かい側の椅子には、静かにウチへと視線を向ける親方が座っています。いつもは楽しげに今日あった出来事を話してくれるポッヘンも、今日は何も言い出さずに静かにしているようです。……彼女も家に帰ってきた時のウチの表情から、漂ってくる何かしらの不穏な空気を感じとっているのでしょうかね。
「……………」
カチャカチャと洗い物の音だけが聞こえていました。
夕食に使われた皿が片付けられた後の机の上には、娘さんが淹れてくれた温かい食後のお茶が置かれています。……ポッヘンは娘さんの隣で洗い物を手伝いながら、こちらの話が気になるのですかね。時折チラチラとこちらを振り返っているようです。
「こうしてお前さんをクビにした身で口にするのも変なものだが、私はお前さんのことを大切な弟子だと思っている。……工房で仕事をしてもらうことは出来ないが、お前さんの生活の面倒くらいはみてやりたい」
親方はお茶を一口飲むと、そう切り出しました。
「ありがとうございます、親方……いえ、ホープ=ジュリアス工房長。……でも、ウチはその優しさに甘えてしまうわけにはいかないんです。だから名残惜しくはありますけど、ウチは明日にでもここを出ることにします」
嬉しいけれど、ウチはその申し出は断るしかないです。
迷惑ばかり掛けている癖にこのまま優しさに甘えてしまっていたら、自分の情けなさにもう立ち直れなくなってしまいます。……ここのみんなはウチに優しすぎるんですよ。
「……お前さんがそう言うのなら、私は止めないがな」
親方は寂しそうに片目を瞑ると、流しの方をちらりと見ました。
どうしたのですか、とウチが視線を追って流しの方に目を向けると、泡のついたままの皿をギュッと握り締めたポッヘンが泣きそうな顔でウチのことを見つめていました。
「ポッホおねえちゃん、……出て行っちゃうの?」
「……ポッヘンちゃん」
涙交じりの声でそう言われると、ウチも胸がギュッと苦しくなります。
「クビとは言え、他のところに頼れるような奴もいないだろうし、ここを出ていく必要はないんだぞ。……お前さんが出ていったらポッヘンも悲しむだろうし、しばらくはここで娘の仕事の手伝いでもしてくれればいい」
確かにポッヘンと別れることになるのは少し寂しいですね。
彼女と出会って、もうかれこれ一年半くらいですかね。ウチも故郷にいる妹達のことを思い出して何かと彼女には世話を焼いていたような気もするのですが、どうやら随分と慕われていたのですね。……でも、だからこそ迷惑なんてこれ以上掛けられないですよ。
「クビになったのに、そこまで世話になるわけにはいかないですよ。……それに、ウチはただでさえ迷惑を呼び込んでしまう疫病神なのですからね。このままずっとみなさんにお世話になってしまっていたら、今よりもっと迷惑を掛けてしまいますよ」
「そんなこと言わないでよ、ポッホおねぇちゃん! ……疫病神だなんて、言わないで」
そう言ってギュッと皿を強く握りしめるポッヘン。
……ポッヘンは優しい子ですからね。もし自分が先に泣いてしまったら、きっとウチも一緒に泣いてしまうとわかっているのでしょう。彼女の顔は今にも零れ落ちてしまいそうな涙の粒を瞳に浮かべ、それでも決して零すまいとグッと涙を堪えていました。
「ここにずっと居ることは出来ないですけど、またきっと会いに来ますよ。……これまで溜まってしまっている宿代のツケも、しっかり返さないといけないですからね」
「おねぇちゃん。……うあぁああん、いっちゃやだよぉ!」
ああ、ついに泣き出してしまいました。
そう茶化してみても、一度決壊した涙は止まらないようですね。
「……これが今生の別れというわけではないですし、気楽にしてくださいよ」
もう後は泣き疲れるまで、ギュッと彼女を抱き締めるしかありませんでした。
……強く抱き締めすぎて一緒に挟んでしまっていた皿からパキッと音が聞こえた気がしましたが、気のせいだったということにしておきましょう。
「さて、……もう終わってしまいましたですね」
一度そうと決めたら、早速荷造りを始めました。
そう思って泣き疲れて寝てしまったポッへンを寝床に寝かせた後、借りている屋根裏にある部屋に戻って荷物をまとめましたが、ものの半刻も経たないうちに部屋と工房を出る準備は終わってしまいました。
元々あまり物を増やす性分ではありませんでしたが、工房の道具と日用品、それから生活衣料品などを合わせても木箱二つにすっぽりと収まってしまったというのは、女の子として少々問題なのかもしれませんですけどね。
「……そうですね。後は少し部屋を綺麗にしておきますか」
これまでお世話になった部屋をぐるりと見回します。
扉の蝶番や窓枠、寝具の脚など、よく見れば随分とガタが来てしまっているようです。もともと古びた部屋ではありましたけど、どうやらウチがここに住むようになってから更にボロボロになってしまっているようですね。……これまでの感謝の気持ちを込めて、隅々まで綺麗にしていきましょう。
壁についてしまったシミや汚れを消し去り、柱についていた無数の傷跡をなくして、ひび割れた窓硝子を新品の頃にまで戻していきます。――すっかり元の通りに。
「あと、今日割っちゃった皿も戻さないといけないですね」
ウチは荷物をまとめた木箱を抱えると、寝ているみんなを起こさないようこっそりと、音を立てないように気を付けて部屋を抜け出しました。……階段を降りる時に床が軋む音が少し響いてしまいましたし、階段も綺麗にした方が良かったですかね。
「えっと、この皿だったかな?」
屑置き場の中から二つに割れた皿を見つけると、欠片を持って恩恵を使います。
すると手に持った欠片の輪郭が一瞬崩れ、次の瞬間には傷一つない皿が現れていました。……いつも目にしている光景ではありますけど、何が起こっているのかウチにはさっぱりわからないですね。やっぱり恩恵というのは不思議なものです。
「……これで大丈夫ですね」
ウチはホッと一息吐くと、食器棚を開けて皿をいつもの場所に戻しました。
ウチには錬金術師の才能はなかったですけど、ちょっと変わった恩恵があるのです。
何度も失敗ばかり繰り返してしまっているうちに、いつの間にか授かってしまっていたこの恩恵は『復元』と言って、壊れたモノや欠けてしまったモノなどを元通りに戻すことができるとても便利な恩恵なのです。
この恩恵があれば、割れた食器も壊れた家具も新品同様に元通り。破れても汚れてもすぐ綺麗にできるのでウチの持っている服はあまり増えないのですが、ボロの古着を新品にすることだってできます。それに、壊してしまった瓶や素材もあっという間に元通りに戻せるので、工房ではとても助かっていました。
まあ、それでも親方にはウチが壊したという破損報告は毎回しているのですけどね。……恩恵で元通りになっているとはいえ、壊れて使えなくなっているはずの素材を再利用しているなんて大きな声では言えないですから。これも機密事項って奴です。
その結果として、どうやらウチが壊してしまった素材の数と減っているはずの素材の在庫数が合わなくなってしまっているらしいですけど、……少しくらいは誤差の範囲だと考えてくれているはずです。ほら、錬金術では大量に素材を使いますからね。
「……ああ、それならせっかくですから工房へも足を運んでおきますか」
部屋の窓からは、月明かりに照らされた工房の屋根が小さく見えます。
辺りが暗くなるのも気にせず黙々と荷造り作業をしていたので、既に夜もだいぶ更けてしまっています。……ですけど、明日になればウチはクビとなって工房へは顔を出し辛くなってしまいます。なら、用事は今のうちにパパッと済ませておくのがいいですね。
「そうと決まれば。……よいしょっと」
再び荷物の詰まった木箱を抱え、月明かりが照らす暗い街中に出ました。
けれど向かいの通りを見てみれば、工房のある職人街はしんと静まり返っていますが、こんな夜更けであっても飲み屋街の方では明かりが煌々と灯っているようです。
『俺の伝説はこれから始まったばかりだッ!』
夜に紛れた明かりの中で、元気な酔っ払いさんが何か叫んでいる声が聞こえてきます。
……子どもは眠る夜中ですが、大人達にとってはまだ宵の口ってことなんですかね。酒場から丁度出てきた歩く女性の魔術師さんは「それでは、次の店に行きましょうか」と、涼しい顔で言っていますし。その後ろから出てきた、肩に子ども二人を乗せて歩く偉丈夫の祈祷師さんは「今晩はこいつの金庫を空にするまで飲み歩くぞ!」とその更に後ろから続けて出てきた男の人に笑いながら話しています。……探索者ってお酒が好きですよね。
そういえばウチはまだ飲めないですけど、親方も周りのおっさん方も『酒が美味しく飲めるようになると人生は倍以上に楽しくなるぞ』と言っていましたね。お酒の匂いだけでもうお腹いっぱいな気分なのですが、美味しく飲めたらそんなものなのでしょうか?
理屈はわかりませんが、……確かにそういうものなのかもしれません。だって最後に出てきた男の人は騒ぐ四人のことを見ながら、とても楽しそうに笑っていました。
「……お酒が飲めるようになったら、ウチもあんな風にみんなと楽しく飲みたいです」
次の酒場へと歩いて行く五人の姿を横目に見ながら、ウチは工房へ駆けていきました。
◆ ◆
鳥もまだ鳴き出さないような、まだ薄暗い早朝。
結局あれから部屋には戻らず、明け方になるまでずっと工房で過ごしてしまいました。……まあ、そのおかげで工房までウチを探しに来た娘さんとポッヘンには「もう、部屋にいないから心配したじゃないの!」と泣きながら怒られてしまったわけなのですが。
恩返しをするつもりが、最後まで迷惑を掛けてしまったようです。
「全く、心配掛けおって。……お前さんは、最後まで騒がしい奴だな」
「あれ、みなさん。……もしかして、見送りに来てくれたんですか?」
休憩室で娘さんに工房に届けてもらった朝食を食べ終えた後、木箱二つの荷物を抱えて工房を出ると、みんなが工房の前に並んで待っていてくれていました。
「騒がしいお前さんがいなくなると、この工房も寂しくなるな。……お前さんの変わった失敗作でも買い取ってやるから、気が向いたらいつでも工房に顔を出してくれ」
「とはいっても、あまり変なモン作って爆発させるなよ?」
「へへへ、大丈夫ですよ。……たぶん」
親方やお世話になった先輩達も忙しい調合の合間にわざわざ出てきてくれました。
始めはちょっぴり気になっていましたが、工房のみんなに染み付いているこの色んな素材の混ざった独特の香りもしばらく嗅げなくなるかと思うと少し寂しいですね。
「ポッホねえちゃん、元気でね。……絶対に遊びに来てね!」
「うん、また会いに来るよ。ポッヘンも元気でいてね」
木箱を降ろしてポッヘンをギュッと抱きしめました。……彼女からふわりと漂う、この花の蜜のような香りがウチは好きでした。絶対にまた彼女に会いに来ますね。
「これ、お弁当ね。元気が取り柄だからって、あまり無茶はしないでね」
「ありがとうございます。……また美味しいご飯を食べに来ますね」
そして、娘さんからお弁当の入った包みを受け取りました。……包みの中からふわりと漂ってくる香りがとても食欲をそそります。娘さんが作ってくれる料理は、いつだって美味しいですからね。絶対にまた食べに来ますよ。
「短い間でしたが、お世話になりました。……それからみなさん、ごめんなさい。いつも迷惑を掛けてばかりいましたけど、今まで本当にありがとうございました!」
そしてウチはみんなに見送られながら、元気に工房を離れていきました。
チートスキルなはずですが、残念ながら本人はよくわかっていません。
次回は胡散臭い変人の登場です。