**:彼女の話「錬金術師とか」
2017.11/28・・・タイトルなど、色々と修正を行いました。
他のタイトルも順次修正を行っていきます。
真っ暗な魔窟迷路の中、ぼうっと光る明かりがあった。
その仄かな明かりに照らし出されるのは、厚手のフードを被った迷宮に潜るには随分と不釣り合いな小柄な少女の姿だった。周囲に少女の仲間らしき姿は見えない。地面に残る小さな足跡からしても、どうやら彼女は単身でこの迷路へとやって来ているようだ。
彼女は辺りを見回しながら、何度も手元を確認していた。
「……どうも、完全に迷っちまったみたいですかね」
携帯用の灯火で手元を照らしながら、手元の地図をくるくる回して確認する。
……可怪しいです。この地図によるとそろそろ広い場所に出ていいはずなんですけど、さっきから延々と続く曲がりくねった岩壁が見えるばかりで、そういった感じの場所へと出るような気配が一向にありませんですよ?
「やっぱり、さっきの分かれ道を左に行っておくべきだったですかね。……うう、こんな危ない所にいつまでも居たくないです。早く宝箱を見つけて地上に帰りたいですよ」
どうしてウチは、こんな場所で彷徨うことになってしまったんでしょうか。
……まあ、こうなってしまったのもウチがそもそもの原因ではあるんですけどね。
でもそれにしたって、今回ばかりは無茶がすぎるんじゃあないでしょうかと、ウチは思ってしまうわけですよ。……だからこんな目に遭っているんです、少しの愚痴くらいは言ってもバチは当たりませんですよね?
◆ ◆
「おい、ポッホ。ポッホ=シュピールはいるか?」
「はーい、はいはい! ポッホならここにいますですよ、どうしましたですか?」
自分を呼ぶ声に素材を調合していた手を一旦止め、声のする方を振り向いた。
声の主が誰なのかは振り返らなくてもわかっています。お世話になっているこの工房の親方です。作業用のゴーグルを額にズリ上げて親方の方を向いてみれば『こっちに来い』と、小さく手招きをしている姿が目に入った。
「何か御用ですか、親方?」
「ちょっとお前さんに話がある。こっちに来な」
何の用だろうかと慌てて駆け寄ってみると、親方の使っている奥の工房へと招かれた。
そういえば、親方の工房に入るのは今日が初めてです。錬金術師にとって工房とは研究室であり、資料室なのです。なので、一流の錬金術師の研究の成果が詰まっている工房は、滅多に見られるものじゃないのです。……なんだか緊張してきたのですよ。
石造りの階段を降り、重たい鉄の扉を開けて工房へと入る。
「……わあ、凄いです」
思わず声が出てしまいました。
工房に入って始めに目に飛び込んでくるのは、天井まで届く高さの大きな資料棚です。壁を埋め尽くしている棚の中はびっしりと、調合するための細微な道具と観察するための特殊な器具。それから、ウチが図鑑くらいでしか見たことがない珍しい素材の入った瓶や箱で埋め尽くされていました。……まさしく錬金術師にとって宝の山です。
キョロキョロと工房を見渡していると、コホンと親方の小さな咳払いが聞こえた。
そうでした、今は親方の工房に見惚れている時じゃなかったのです。……まだどんな話なのかちょっとわからないですけど、こうして親方の工房にまで呼ばれる程の内容なんですからしっかりと聞かないといけないのです。
姿勢を正し、親方の方を向き直った。
「まあ、こいつにでも座りな」
親方は部屋の隅にあった古びた椅子に乗っていた資料を机の上へと乗せると、椅子の上に積もっていた埃を軽く払い、ウチに腰掛けるように勧めてくれた。机の上には資料の紙束が山のように置かれ、今にも雪崩が起きそうになっていた。
「あ、ありがとうございますです」
椅子を親方の方へ向くように直し、壊れないようにそっと腰掛けた。
ウチが椅子に座ったのを見ると、親方も資料の山の奥にあった椅子に腰掛けた。
……机の上にある資料に埋もれてしまいあまり顔が見えなかったですが、山になっている資料を机の端へと寄せると、どうにか顔を合わせることは出来るようになりました。親方は少し疲れたように深い息を吐くと、そのまま溜息を吐くように口を開いた。
「あー……、ポッホ。お前さん、今日からクビな」
「はい! …………はい? って、ちょっと待って下さい。どうしてクビなんですか!」
いきなりのクビ宣言に親方に詰め寄った。
……苦労に苦労を重ねて、ようやく就くことの出来た工房の仕事なのです。
それをいきなり『クビだよ』と親方に言われたからといって、『はい、わかりました』なんてウチが簡単に引き下がれるはずがないのですよ。何か深いわけがあるというなら、ウチがしっかりと納得するものを聞かせてもらいたいです。
「どうしてなのかと聞かれれば、その理由はいくつかあるんだがな。……時にお前さん。お前さんが今月壊してくれた素材の数を、しっかりと覚えておるか?」
親方は詰め寄るウチを邪魔そうに押しやりながら、そんなことを聞いてきた。
壊した素材の数、ですか? ……そういえば、今月はいつにも増してたくさん失敗して色々と壊してしまったような気がするのですけど、今月はいくつ壊したんですっけ?
「えーっと、そうですね。……確か二十個くらいでしたかね?」
「いいや、それは今週壊した分だ」
親方は呆れた顔で数を訂正してくれた。
ああ、今週だけでもう二十個も壊してしまっていましたですか。……ううむ。こんな記録ばかり更新してしまっても周りから白い目で見られるだけですのに、我ながらとんだ新記録の樹立ですよ。お願いですから、誰か代わってくれませんですかね?
「それじゃあ。……今月では六十個くらい、ですか?」
「今月はもう、わかっているだけでも九十個以上の素材を壊しておるだろうが。……まだ、貴重な素材はなかったとは言え、どれだけの損害になっておるか少し考えてみてくれ」
「うぐっ……」
親方の言葉がウチの胸に鋭く突き刺さった。
……わかってます。壊した素材が貴重な物じゃなくても、素材はただじゃないのです。
大概の素材は魔物達の棲息している場所から採取して来なければならない。そのため、素材を手に入れるには、探索者達が卸した品物を商会から買うか、探索者達に直接採取を依頼するか。それとも、危険を承知で同じ物を自分で素材を採りに行くかしかない。
素材を壊した弁償は給料から天引きということになっていますけど、今はただの下っ端の見習いなので、給料の天引きなんかで支払いが間に合っているはずがないのです。……つまり、不足している分は工房の赤字として迷惑をかけているってことです。
……確かに、それならクビにするには十分な理由ですよね。
「……わかりました。ごめんなさいです」
これまで溜まりに溜まった謝罪も込めて、親方に深く頭を下げる。
「まあ、素材をよく壊すことについてはいいんだ。……いや、良くはないんだが。それは反省して弁償すれば解決することだ。だから、……確かに一つの困り事ではあるんだが、お前さんをクビにする程の問題ってわけじゃない」
「……それなら、何が問題なのです?」
頭をゆっくりと上げながら親方の顔を伺う。
ウチの失敗を気にしないようにと言ってくれる親方ですけど、……いつにも増して深くなった眉間の皺からして、『そう言ってくれるけど。やっぱり、原因の一つなのかな?』とも思うのです。……赤字という形で工房に迷惑をかけてしまっているわけですし。
でも、それが問題でないのだとすれば他に何が問題なのですかね?
「……こいつに何か、心当たりはないか?」
そう言って親方は、見覚えのあるガラス瓶をコトリと机に置いた。
「それって回復薬、ですよね? ……その瓶についてるラベルからすると、うちの工房で先週納品したやつだと思いますけど」
なんだか瓶に入っている中身がよく知っている回復薬の色とは少し違っているような気もするのですが、その通し番号からして先週作られた回復薬で間違いはないはずです。
「……こいつを作ったのは、お前さんじゃろ?」
「えっと、そうですね。……ラベルの下一桁にある番号からして、それは先週ウチが担当した回復薬で間違いないです。はい、ウチの初めて調合した回復薬です!」
工房では日がな一日、錬金術の実験ばかりをしているわけではありません。
普段はお仕事として近隣の町や村の住民に販売している簡単な常備薬や、探索者向けに販売する効果の高い非常用の傷薬や回復薬、解毒薬などを調合しているのです。
……お医者様の貴重な世の中ですから、錬金術師はとても重宝されています。
深刻な怪我や病気になると医者に診て治してもらうしかありませんが、簡単な怪我や風邪くらいなら錬金術師の作った常備薬で大概はなんとかなるものなのです。
「普段は手伝わせてもらえないんですけど、確か先週は納期がすぐそこまで迫ってるってことでウチも調合を手伝ったんですよ。……でも、それがどうかしたのですか?」
回復薬の調合は、錬金術師の初歩中の初歩となる調合なのです。
市販に売りに出す商品を調合するのはこれが初めてでしたけど、先輩方に教えられた手順通りに素材を調合できていたので問題ないはず、……なのですけど。どうして親方は『やっぱり、お前さんだったか』と痛そうに頭を抱えているのですかね。
「これが『回復薬』か?」
親方はガラス瓶の蓋を開けると慎重に瓶を傾け、中の液体を薬品皿に一滴垂らした。
すると、落ちた雫は皿にぶつかると同時にボワッと小さく音を立て、小さな赤紫の炎となって燃え上がった。炎は一瞬で消えてしまったが、結構な火力がありそうな感じだった。……ええっと、これは一体何なのですか?
「こんな、触れるだけですぐに燃え上がるような薬品のことを回復薬とは言わんよ。……お前さんは松明人間のための回復薬でも作っておったのか?」
確かに、松明人間や火蜥蜴がその薬を使えば回復もできそうですけど、……彼らのために特別な回復薬を作ったつもりはないのです。ウチは町や村にいる人達のために一般用の回復薬を作ったつもりなのです。……なのにそれが、
「……どうして燃え上がってるんです?」
「私にわかるわけないだろ? むしろ、どうやったのか教えてもらいたいくらいだ」
瓶に封をすると、親方は溜息混じりに小さく肩をすくめた。
「製品の確認のために調べておいてよかった。他とあまりに色が違ったから区別も容易にできたが、……一歩間違えたら回復するつもりで火達磨の出来上がりだ」
「………………」
焦げ跡の残る薬品皿を見て、先程の光景を思い出しました。
一滴垂らしただけであれだけの威力なのです。もし回復するつもりで瓶一本分を飲んでしまったら、果たして火達磨になるだけで済むのか、……恐ろしくて考えたくないです。
「ご、ごめんなさい。……そんな恐ろしいものを作るつもりはなかったんです」
「まあ、新しいものを作り出すのは錬金術師の性分ってやつなんだろうが。……それでも、そいつは『何をどうしたら何が生まれる』っていう基本がしっかりとあるからこそだってことを忘れちまったらいけない。そいつはお前さんにもわかるよな?」
「…………はい」
親方、ウチは新しいものを作ろうとしているわけじゃないのです。
ウチが本当に作りたかったのは、『基本』の回復薬や解毒薬なのですよ。……それは、基本のものを作ろうとしても作れずに生まれてしまった、ただの『失敗作』なのです。
「運や偶然、勘や閃きっていうやつも大切なことなんだろうが、お前さんはそいつに頼り過ぎてしまっているんだよ。……それも種族ゆえの特性なのかもしれんがな」
「………………ッ」
ウチは膝の上で拳をグッと強く握り締めた。
「私はお前さんが夢に向かって人一倍努力しているってことをよく知っている。研究熱心じゃし、人の話にも素直に耳を傾けている。周りの奴らも、お前さんのその姿を見習ってもらいたいといつも思っておる。……だがな――」
親方は椅子から立ち上がって机を周り、ウチの前へとやって来た。
「スマンな、ポッホ。……私じゃ、お前さんの才能を開花させてやることは出来ない」
「――――――」
親方のその悲しむような言葉が、酷く遠くの方で聞こえたような気がした。
……ああ、そっか。ウチには錬金術師の才能はなかったのか。
そう自覚してしまうと、悔しくてすぐそこまで出てきたはずの涙も奥へと引っ込んでしまっていた。そうして涙が引っ込んだ後に残っていたのは、ずっと目指していたものがポッカリと綺麗になくなってしまった喪失感だけでした。
ヒロイン候補ですが、この話は殆どラブコメ要素がないと思われます。