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stage_05:speed option(その1)



stage_05

speed option(その1)



 そのベースとなった銃が何だったのかはっきりとは覚えていない。シブヤアームズの、グリップの太い1911系。今の銃と同じなら、パラオディフェンス45-14かFBIレスキュー。

 赤いG-MOREサイトが乗っていて、コンペンセイター、サムレスト、マグウェル。シブヤアームズといえば強烈な反動が売りだが、今思い出しても拍子抜けするほど反動を弱めてあった。

 赤いアクセントの効いた黒い銃。休日もどこかへ行く事の多かったイノがミチエを連れて行ってくれたのは、浅草の都立産業貿易センター。

 会う人会う人、イノに声をかける。会社から帰ってくつろいでお酒を飲んでいるいつものイノとは、まるで別人。

 五枚の丸い板を撃つやつ。映画や漫画のホルスターとは違う、銃をむき出しで腰の辺りにセットする装置。銃とおそろいの、黒と赤のストライプ。

 的を見つめるまなざしは、ミチエを叱るときにすら見せない真剣さ。

 もっとよく見ようと足を進めたところを、背の高い男の人に止められた。すいませんさかいさん、そう言ったイノの顔はちょっとだけ見慣れた顔に戻っていた。的に向き直ると、また誰にも見せない顔。

 手馴れた手つきで、信じられないほど速く、銃を抜いて、撃つ。撃っているのは小さな鉄板だが、アクション映画なら悪者がばたばたと倒れていくのが見えるようで。撃ち終えて弾を抜き、銃をしまう動作まで決まっている。


 ガンケースの中の、赤くて黒い銃。かっこいい。これなら私の銃みたいに、おもちゃっぽいとは言わせない。私がやって、パパがやってる、シューティングがかっこいいって、みんなわかってくれる。

 ほら、もってきたよ。これがパパのじゅう。これをつかってまとをうつきょうぎをやっててね。これはダットサイト。これがあるとはやくねらえるんだよ。

 へえかっけえな。おいいけだい!おいこっちむけよ!

 えっ。

……えっ。

 ばしん。

 すげえじゃんおおもり!これあたるよ!いっぱつでめぇあたったよ!め!

……えっ、なに。なにやったの。かおって、めって。

 ちょっとあんたたちなにやってるのよ!いけだいくん!いけだいくんだいじょうぶ?……いやぁっ!ち!せんせい!いけだいくんがめをうたれて!



 目が覚めても体が動かない。金縛りのように。あの時のように。体が動く前に、頭が回る前に、一瞬で起きたこと。

 速く回れるステージなら二秒を切るのも珍しくなくなったのに、その一瞬は永遠のように長く、泥……というより、固まりかけたコンクリートの中にいるかのように体がいうことを聞いてくれない。

 だいたいおとうさん、いいとししてこんなおもちゃであそんでいてはずかしくないんですか。きょうぎだなんだいっても、しょせんてっぽうなんてひとごろしのどうぐじゃないですか。

 悪いのはパパじゃない。悪いのはパパの銃じゃない。悪いのは、あいつらで、悪いのは……、……何も言えなくて、何もできなくて、今こうして夢から覚めても、何も言えなくて、何もできない。

 熱いものが目尻から耳のそばを通る。泣いてるんだ。そう感じた瞬間に、胸の中で煮えたぎっていたものが、嗚咽となって口からこぼれる。うつ伏せになって枕に顔を押し付け、泣き声も、涙も、枕に押し付ける。

 胸の中で煮えたぎるものが、出尽くすまで。それがどのくらいなのかはわからない。ただ泣きじゃくって、泣き疲れて、眠るまで。


 コンクリートが泥になって、泥水になって、泥水を浴びせられたような不快な感情がまだ体にまとわりついていたが、目がさめてしまってもう寝られる感じではない。

 時計を見るともう正午過ぎ……お盆休みで、PASカップも終わって、部活もちょっとの間休み。

「おはようミチエ。そろそろ起こそうかと思ってたところだよ……お昼はそうめんだって」ミチエが居間に行くと、イノは食器とめんつゆをテーブルに置いて薬味と水を取りに台所へ向かうところだった。

 台所の方を見るとミチエの母、ヨウコがゆで終わったそうめんを水で冷やして氷水の入った器に移していた。

 居間のテレビではニュース番組が終わって、地方の行事を紹介する番組をやっていた。居間のソファーに腰を下ろすとミチエは少しの間テレビを見ていたが、すぐに視線を落とした。

「……またあのことを思い出したのか」うん。

 イノはめんつゆを水で割って薬味を入れると、ミチエのそばに置いた。

「……銃を学校に持っていったのは確かにミチエが悪かったな。でも事件を起こしたのは銃を勝手に使った子だ。ミチエはむしろ被害者だ……池台くんもそう言ってくれたじゃないか」

 ミチエは答えない。「あのレースガン結構お金をかけたからな……だけどそれよりも、あれからミチエが学校の子と口をきかなくなった事の方が、つらかったな」

 ヨウコがそうめんを持ってきた。イノは自分の分のめんつゆを用意して、少し多めにそうめんをよそる。ずるずるっ、と、大きく音を立てて麺をすすって、よそった分を二口で食べた。

「ミチエは何かもっと他の趣味を持ったほうがよかったんじゃないか……父さんが言える義理ではないな。だけど今でもそう思うよ」

 ミチエはまだ目を上げない。しかし少しだけ視線を上げて、そうめんを少し取る。一口、つるん。数本分を少し噛んで、飲み込んで喉を通っていくと、もうちょっと食べたくなる。

「酒井さんがジュニア向け練習会やマッハ酒井アカデミーをやってくれて、雑色さんが部活を立ち上げて、そのたびに普通の女の子みたいな事をさせてやれていないんじゃ……そう思ってた。だから雑色さんの同好会で、ミチエに友達ができたのは、本当にうれしかったんだよ」

 もう一口、つるんと数本、そうめんが喉を通っていく。こわばった喉からまだ声は出てこない。イノがずずっとそうめんをすする。もうちょっと多く麺を取る。つるっ、つつっ。

「ごはん食べ終わったら、撃ちに行こうか」ずずっ。ずるっ。



 サバイバルゲーム用のインドアフィールド、リーパールーパーは、大森家から歩いても20分はかからない。とはいえ近くの坂道は急で、昼下がりの強い日差しは玄関からイノの車までの間だけでもうんざりするほど強く、暑かった。

 電話で確認すると駐車場に空きがあったので、イノとミチエは車で向かった。受付を済ませるといったん建物を出て、駐車場の奥にあるシューティングレンジ入り口へ向かう。

「電話した時にも言われたんだけど、今日はハンドガンレンジに先客がいて、貸切状態だそうだ。なら行くのをやめようかと思ったんだが、話を聞いてみると、ひょっとしてと思ってね」

 フィールド内ではサバイバルゲームの真っ最中。どたどた、たたたた、ヒットぉ。

 人が少なくなり膠着状態になったのか、フィールド内は静かになる。銃声もまばらになったところで、涼しげな音色のメロディがかすかに聞こえてきた。

 きらきら星。この音は。

「……あ、こんにちはミチエちゃん。イノさんお邪魔してます」迷彩服を着ていて一瞬誰だかわからなかったが、声でマドカだとわかった。レンジに立って鉄琴を撃っているのは、ノリコ。奥の方でウイカが休んでいた。

「おはよーミチエー、せっかく近くにサバゲフィールドあるんで遊びに来たんだけど、18歳未満はだめだって。神奈川県厳しいねー……シューティングレンジだったら保護者同伴の貸し切りで、銃が10歳以上用ならオッケーって聞いてここに来たよ。撃てないよりはマシだけど生殺しだよー、サバゲしたいよー」

 それじゃ保護者は、イノが聞くとマドカが答えた。「二ゲームおきにアツシと交代、という感じでやってます。イノさんが来てくれたなら、わたしももうちょっと撃ちに行きたいな、と」

「わかりました。ウイカちゃんの分まで、サバゲを楽しんでってください」マドカは立ち上がるとガンケースを持ってシューティングレンジを出て行った。

 撃っていたノリコがアンロードしたのを確認すると、ミチエとイノでステージを組み始めた。

 まずはゴーゴーファイブからかな。そうイノが言うだけでミチエがプレートを用意して支柱にかけ、イノが床の目印に並べていく。

 ノリコどころかウイカが手伝うまでもなくあっという間にステージが組み終わり、イノがストップターゲットにマイクを取り付けコードをタイマーにつなぎ射座のそばのテーブルに置いた。

「はぁーっ、手慣れてますねぇ。やっぱ近所だし長くやってると違いますね」ウイカが感心して言う。

「近所と言っても、ここで撃つようになったのはほんの一、二年だよ。ミチエには赤羽や酒井さんのところで撃たせてたし、私も横浜で撃っていたからね」

 イノの行っていた横浜のレンジも2年前に店じまいして、機材をリーパールーパーに置かせてもらっているのだという。

 順番はミチエ、ウイカちゃん、ノリコちゃん、私でいいかな。はい。ミチエのやってるシャッフル撃ちは……今日はいいです。ライトプロしか持ってきていないんで。

「ケロックはまだ仕上がってないの?」ガンベルトを装着したミチエが、レギュレーターの準備をしながら言う。

「まだだよ。ミチルさんのおかげでかなり安くあたしの希望してた感じのコーデにできそうだけど、その分部品の調達が手間みたいで。平行して加工や調整をしてるって話だけど、まあ九月に入ってからだね」

「じゃあノリコもBoysスカールで……そうだそうじゃないんだ。前に言ってた奴が仕上がって、ミチルさんから預かってるよ。テストしようと思っていたんで、ちょうどよかった」



 七月中旬。期末テストが終わり夏休みも間近という頃。

「今のところPASカップに向けては順調な仕上がりね。ケイちゃんの銃口管理もだいぶよくなってきたし、ノリコちゃんも満射が出せるようになった。ウイカちゃんとミチルちゃんもいい線いくようになったわね」

 言いながらリイサはPASカップ用の銃をロッカーにしまって鍵をかける。「そろそろ下校時間よ……ところでみんなJSCのエントリーは準備できてる?」

 ジャパンスティールカップの優先エントリー権は前回の上位成績者に与えられており、かろうじてその枠に入っていたミチエは優先エントリーを済ませていた。

 ウイカは例によってサブジャッジとしてスタッフ枠での参加を考えており、だいたいの話はついているという。

「エントリーは各自がんばってもらうとして……みんなどの部門で参加するか、どの銃で撃つかは決めているの?ミチエちゃんは問題ないし、ケイちゃんはわたしが決めたからいいとして」

 ケイはミチルのRキャップを借りホルスターと予備弾倉はリイサに用意してもらって、タクティカル部門で参加することになっていた。

「あたしはバイト始めたからね。サバゲ用にSKCのケロック買ってカスタムするから、U18もマッチ用に買ってニコイチしようかなと思ってる……ブツが完成するまでは、ミチルさんのU18で練習させてもらうってことで話を進めてるよ」

 わたしはスカールで……そうノリコが言うと、リイサとミチエは困った顔をして、それからウイカを見た。

「え?なに?なんであたし?」あなたノリコちゃんの保護者みたいなものじゃないなにやってるのよ、とリイサ。

「JSCにライフル部門はないんだよノリコ」ミチエが言うとノリコは数秒間固まっていた。

 えーなにそれきいてないよいったよあたしあんりみのあととかにというかなにあたしだけのせきにんにしてみんないままでれんしゅうしててだれもなんともおもってなかったのはなしはきかせてもらったわじんるいはめつぼうする!

「要するに何も決まってないわけね……一応言っておくけど、保護者同伴でも18歳以上用の銃は使えないわよ。Rキャップはケイちゃんが使うことにしちゃったし、ミチルちゃんのU18をなんか使う?」

 リイサが言っている間にミチエは席を立ち、鍵のかかっていないロッカーを開けた。「あの、さ、ノリコ……まだ銃が決まってないなら、これはどうかな」

 ミチエが取り出したのは銃とガンベルト。銃は箱に入った新品と、ガンケースに入ったもの。

「10歳以上用電動ブローバックの、センチメーターモンスター……アンリミの賞品なんだ。これにしたんだ。ノリコにどうかなって」

 ガンケースに入っているのも同じ銃。しかしそっちには、ダットサイトが乗せられていた。

「こっちは、私がシューティング始めたばかりの頃に使ってたやつ。これと同じようにしようかって……足つきG-MOREのレプリカならうちにあるから。ホルスターは左利き用にしてあるけど、組み替えれば右利き用にすぐできるよ」

 ぱっと見は、ミチエが今使ってるレースガンに形はよく似ていた。ミチエの銃は黒くダットサイトが青なのに対し、こっちは銀の銃に、赤いダットサイト。

 手に取ると、軽い……安全装置のレバーに指をかけてみるが、動かない。撃鉄もダミーだ。スライドは引けるが、あまり後ろまで下がらない。

 ミチエが弾倉に弾をこめる。弾倉も割り箸のように細く、しかも前の方に曲がっていた……その間にウイカは席を立つとワイドレンジに行き、適当に支柱を配置して鉄板をセットする。

 安全装置はグリップの後ろにあるグリップセフティだけ。弾倉を抜く時は、ただ引き抜けばいい。念のため一発送るのと、弾倉を抜いて空撃ちしてアンロードするのは、電動ガンと一緒。簡単な説明が終わるとミチエもワイドレンジに行き、ノリコに弾倉を手渡した。

 弾倉をセットして、一発弾を送る。鉄板にダットサイトの光点を合わせる……引き金の感触は、Boysスカールとだいたい一緒。ぽこっという発射音の後、ぎゅっとモーターが鳴ってスライドが下がる。

「長ものかハンドガンかの違いはあるけど、撃つ感覚はBoysと変わらないと思う。その方が、Boysに慣れたノリコにはいいんじゃないかって思って」

 ノリコが何発か撃つと、ウイカがスマートフォンを取り出した。タイマーアプリを立ち上げたのを見て、ノリコがうなずく。

「それじゃローレディ(銃を持って下ろした状態)からスタートで……アーユーレディ、スタンバイ!」ぴーっ。ぽこっ、ぽこっ、ぽこっ、ぽこっ、ぽこっ。

「1.63秒。ハンズアップからドロウしたわけじゃないし、適当な的を右から左に撃っただけだから額面通りには受け取れないけど……いいんじゃない?」

 ノリコは小さくうなずく。銃を下ろした手にはまだ力が入っていて、息は少し荒くなっているが、その顔は満足げな笑みを浮かべていた。

「うん。すごくいい。軽いし、なんかかわいくて。……ほんとにこれ使っていいのみちぇ?」ミチエがうなずく。「銃自体は賞品でもらった奴だし、ホルスターやダットサイトも安いレプリカだからね。ベルトも小学生の頃使ってたものだし……気に入ったなら、使ってよ」

 ノリコとミチエをニコニコしながら、しかし物欲しげに見つめているミチルにケイが話しかけた。

「そういえばミチルさんはどんな銃使うの?またなんかすごい銃使ったりするの?」

「すごいかどうかはわかりませんが」そう言うミチルは鼻高々であった。

「ジャパンスティールは真剣勝負の場とお聞きしておりますので、わたくしもレースガンで出てみようかと思いまして」

「へえ、ミチルさんがレースガン組むんだ」ミチエが言うと、謙虚に振る舞っているつもりだがより鼻高々にミチルが言った。

「今から組むのでは時間がかかってしまいますので、先人の知恵を学ぶ意味を込めて、カスタムを依頼致しましたの」

「ベースは何?やっぱミチルさん的には、マルカミのマイザーとか?」今度はウイカ。

「レースガンの何たるかを知るためにも、スタンダードなものにしておりますわ。もちろんただ普通のレースガンでは面白くありませんので……SKCの、SDIポテトマッシャーU18。これでしたらデチューンする必要もございませんし1911系ですのでカスタムの部品やノウハウもそこそこあるかと。SDIエックスをデチューンするプランと迷ったのですが」

 ウイカとリイサは感心したような顔。ノリコとケイは、銃のことは詳しくないが考え抜かれたチョイスであることは、わかってもらえたようであった。

 ミチエは真顔。すごく微妙な表情。

 あまり言い出したくなさそうに少し迷ってから、ミチエは口を開いた。「ミチルさん、その、……今から考え直すって、できない?」

「?」

 ミチエは続ける。「天空橋がさ、夏休みになるとフィリピンでWPSC撃ってくるんだけど、あっちに置いてある銃がSDIなんだって。だからデチューンしたSDIエックスを使ってるんだよ……オーブンガンにリミテッドガン、プロダクション部門向けにガワがノーマルの奴。それぞれ予備銃も持ってる」

 いえあの、ですからエックスのデチューンは。言おうとしたが、

「で、エックスを使うまではU18ポテトマッシャーを使ってたんだよ。無料練習会では18歳以上用をデチューンした奴は使えないから、そういうところでは今でも使ってる。ポテトマッシャーのレースガンと言うと、私はその印象がすごく強い」

「」先にプランBを潰されてしまっては、「……みちゅ?」

 へんじがない。ただのしかばねのようだ。



 お盆休み。リーパールーパー。

「ちょうどミチルさんからできあがったって預かって、試射しようと思っていたところだったんだ。ミチルさんの力作だよ」

 ミチエがガンケースを開ける。銃にはダットサイトが取り付けられ、ダットサイトやダミーの安全装置などが桜色とサーモンピンクに塗装されていた。

 そしてガンケースの中には銃の先端のパーツが3つと、何か電気部品のようなものが、同じく3つあった。

「先端のコンペンセイターは金属製だったから、ノリコには重いんじゃないかって、ミチルさんが型取り複製してプラ製のを作ったんだって」

 手に取ってみると、一つはずっしりと重い。二つ目はやや重く、三つ目は軽かった。

「オリジナルの金属製のと、中までプラが詰まっている奴と、釣り用の重りを入れて少し重くした奴、……今銃についてるのが、中を中空にしてある一番軽い奴だよ」

 銃に触って持ち上げようとした時点で、この銃の軽さがわかる。ダットサイトが乗っているのに、ノーマルの銃より軽く感じる……重心が手元に近くなって、取り回しが格段に楽になったようにノリコには思えた。

「ここまで軽いと私には制御できないよ。安定しないなと思ったら、他の重いのも試してみるといいよ……それと、電池もリチウムポリマーバッテリーにしてあるから、乾電池四本よりは軽くなってるって」

 ミチエがグリップ底の蓋を開け、そこから引き出したコードをどうやら電池らしい部品につないだ。

「ネットにやり方は書いてあるって言ってたけど、配線を引き直したりしたんだって。……すごいよね。私は電動ガンの事は全然わからないよ」

 バッテリーをグリップに収めると、ミチエは銃をノリコに手渡した。

「リポバッテリーの充電器はアツシさんが持ってるんだっけ?充電はウイカがやるってことで話はついてるって聞いたよ……注意書きのメモを預かってる」



 ゴー・ゴー・ファイブ。

 左端手前から右奥に向かって四枚のプレートが並べられており、四枚目が一番奥。一転ストップターゲットである右端は一番手前に置かれている。

 各プレートの距離感はそれぞれ違うが、ストップターゲットが途中になく左から右に撃っていけばいい所がノリコは気に入っていた。

 迷彩服のズボンに締めたインナーベルトの上からガンベルトを装着する。ホルスターの位置と角度は、お盆休み前までに大体の位置は決まっていた。ベルトにつけた目印に合わせれば、位置は決まる。

「それじゃあまずはノリコちゃんの試し撃ちからにしようか……メイク・レディ!」

 タイマーを持ったイノがコールする。弾倉を装填して一発送る……ギアの鳴る音が、キッと少し甲高い音になっていた。

 銃をホルスターに収める。センチメーターモンスターは実銃より少し厚みがありそのままでは入らないため、ホルスターの部品の間にプラ板が挟み込まれている。

 銃がひっくり返らないように裏側にネジ留めされた小さい鉄板。左利きのミチエが使っていたため、その反対側である表側にもネジ穴が開けられている。

 銃から手を離し、ふと気付いていったん銃を握り直す……グリップセフティのバネが、少し軽くなっている。グリップセフティ自体にも、緩く握っても確実に解除されるよう突起が設けられていた。


「手を上げた時、後ろから両手が見えていること、ドロウした時左手が銃口を横切らないこと。それさえ守っていれば、手を下ろした時自然と銃を握れるよう手の位置や角度を工夫するといいわ」

 ミチエの銃で練習していた時の、リイサのアドバイスをノリコは思い出していた。

「ライフルはストックを肩に当てて安定させることができるけどハンドガンではできないからね。だからちゃんと銃を握ってしっかり構える。まずはその基本をキッチリ練習すること」

 ただ速く銃に手をやるだけでは、銃に手をぶつけて痛かったりちゃんと銃を握れなくて構えられない。銃を落としたこともあった。ケイも何度か銃を暴発させていた。

 注意してミチエのドロウを見ていると、叩きつけるように手を下ろしているようで手がグリップをしっかりとつかんでいて、そうなるように手や腕を調整しているのがわかってきた。

 夏休みに入ってからも、ノリコとケイは確実にドロウできるフォームを探して、それをゆっくりと繰り返す練習を続けていた……一日の終わりには百本ドロウをするのだが、まだ合格点はもらっていない。


 合格点はまだもらっていない。けど。ノリコのガンケースに鉄琴とスカールをしまいながらウイカは思った。

 ガンケースの中にはミチエのセンチメーターモンスター。グリップ底の蓋が開いて空になった電池がその周囲に散乱していた……持ってきた電池を使い切ったのだ。


 手を上げて、力を抜くと手のひらがグリップの上に落ちるような。力を抜くのは腕全体でなく、肘から下くらい。そのくらいが、安定して銃を”拾える”。なんとなくわかってきた。

 手を上げる。落とす。微調整。上げる。落とす。手首を少しひねる。よし。これで、「アー・ユー・レディ?」うん。そうなんだ。

「スタンバイ!」

 ぴーっ。落とす。グリップをぎゅっと握り、ちょっと手を引くとホルスターのロックが外れる。左手はへその上あたりに触れ、銃を抜いて上げた右手を追うように。

……あれ?

 もうターゲットにダットサイトの光点が乗っている!左手は追いついていないけど、もう撃てる!

 撃てる!撃つ!

 ぽこっ。ぎっ。スライドが後退して戻れば、次が撃てる。そこはスカールよりわかりやすい。それが、早くなっている。

 撃てる!撃つ!次を!もっと速く!はやく!つぎを!


 ぽこっ。ぎっ。ぱちん。

 沈黙。

 イノはタイマーの数値を見たまま呆然としている。見慣れているはずのミチエが、さっきまで見ていたウイカが、驚いた顔のまま動きが止まっている。

 ノリコの銃を持つ手が震えている。引き金に指がかかったまま……数秒おいてようやく、引き剥がすように指を離した。

「……ノリコ、アンロードアンドショウクリア!」ウイカが言うとノリコは弾倉を引き抜き、しかし取り落とした。

 ぽこっ、ぽこっ。弾が出ないことを確認。銃をホルスターに収める。

「ガンクリア。ホルスター……レンジ・イズ・セイフ」イノが宣言するとすぐに、ノリコはその場に座り込んだ。

 ウイカがノリコを後ろから抱きかかえて、隅の方に敷いてあるマットレスまで引きずっていった。寝かせる前に、ホルスターから銃を外す。

「大丈夫ノリコ?」ミチエが聞く間にも、ウイカはテキパキとノリコの服を緩めクーラーボックスの氷水をかけてやり、少し起こしてスポーツドリンクを飲ませた。

「大丈夫……だよ、みちぇ。ちょっと、びっくりしちゃって。……この銃、すぐ撃てるから。なんか、変なスイッチが入っちゃったみたいで」

 ノリコの手がホルスターの近くをさまよっている。ミチエが銃をノリコに持たせると、このまま死んでしまうんじゃないかと思えるような満ち足りた笑顔を浮かべていた。

「すごいね、これ……なんにも持ってないみたい。撃とうと思ったら、もうダットサイトが乗っかってて、次!って思ったらもう撃てて。自分でも、びっくりしちゃって……」

 スポーツドリンクをもうひと口。呼吸はだいぶ落ち着いた。

「これみちゅが塗ってくれたんだよね。かっこよくて、かわいくて、みちぇががんばって取ったマッチの賞品、……こんないいもの、わたしが使っていいの?」

 タイマーの数値は1.43秒。ここまで飛ばすとは思っていなかったから目では追いきれなかったが、プレートへの着弾は音で確認できた。

 他に誰がこの銃をここまで使いこなせるものか。うれしそうに銃を眺めるノリコを見てミチエは思った。

 だけど、

 もしこの銃を使うのに、何か資格があるというのならば、それはきっと、

「……うん。ノリコの銃だよ」

 満面の笑顔。

「えへっ、ありがとうみちぇ。みちゅにも、ありがとうって」

 ノリコは全部持っているよ。私が持っていてほしいと思っているもの。あの時の、あの時からずっと、私がほしかったもの。私の好きなシューティングをわかってくれて、私の銃をバカにしないで、一緒に撃ってくれる、わたしの、

 わたしの、

 そこから先の言葉を口に出すよりも先に、胸を突き上げたものに押し流されたものが目からあふれて頬を伝わるのがわかった。

 朝に見た夢と同じものが胸をよぎっているのに、それは熱くて、暖かで、まるでシャワーで泥を洗い流しているような。

「どうしたのさミチエ」大げさだよとつなげようとしたが、ウイカの口からは出てこなかった。イノの方を見ると、昔あったいやなことを思い出したのだと言っていた。

 まだキョトンとしているノリコを少し引き起こして、ウイカはミチエの方に手を伸ばすと服をつかんで引き寄せた。力なく倒れこもうとするミチエを、ウイカは支えて抱きとめた。

 まったく、うちの子はめんどくさい子ばかりだね。小さくつぶやく。

 ミチエは聞いていなかった。体を支える必要もなく、涙を拭う必要もなく、ウイカの肩に頭を預けて声をあげて泣きじゃくっていた。

 ずっとほしかった、

 わたしの、

 ともだち。



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