stage 03:roundabout(後編)
stage 03
roundabout(後編)
2ステージ目。”木のステージ”。
ミチルはイザワに、撃ち終わってから残弾を撃ってクリップを排出ということにできないかと問い合わせたが却下された。
銃をひっくり返して振ったりトリガーユニットを外したりと苦労したが、かろうじて全回クリップの交換はやり終えた。
ノリコはまだ疲れが回復していないのか、ファーストランから射撃は遅く、確実だが緩やかにペースを落として撃ち終えると待機スペースのデッキチェアーに横たわり毛布をかぶった。
「お疲れ様です雑色さん。あの子病気か何かですか?」
リイサがノリコを送り届けてステージに戻るとセビオが話しかけてきた。
「ああいや、そういうのじゃなくって、あの子集中力が切れると眠くなるのよ。ミチルちゃんが気を利かせて用意してくれたんだけど……大げさだったわね」
ミチルはノリコの脇について時々頭をなでたりしているが、遠目には重病人を看護しているようにも見える。
「ところで天空橋くん。うちの子たちはどんな感じ?」
三人とも見るからに絶不調。この体たらくで何を言えと……少し当惑したが、セビオは言葉を選んで慎重に話しはじめた。
「……大森はいつも通りという感じです。プレッシャーに負けてつまらないミスを繰り返し本来の能力を出せない。今年は特にそれがひどい……仲間ができて、気負いすぎたんですかね。梅屋敷さんは……初心者にしては上出来なんじゃないでしょうか。銃の操作にもたついているだけで」
銃が決まったのは二週間前だった事。当日までリイサにも知らせなかったこと。
「なるほど。なんというか、梅屋敷さんらしい……予想外のことをして、周りがびっくりするのが好きなところがありますよね。トラブルがあっても銃口管理やトリガーコントロールができているのは、雑色さんのご指導のおかげかと」
次はノリコ。何を言えばいいのかセビオは少し考え込んだ。
「……雑色さん、北糀谷さんの1ステージ目のファーストラン。あれはいったいなんですか?」
そういうリアクションを待っていたと言わんばかりに、リイサはにやりと笑った。
「そう、あれよ。最初に見たとき私も驚いたわ……とんでもないポテンシャルを持ってると思うのだけど、いかんせん集中力が続かなくって」
自慢ですか。セビオが言うとリイサは笑った。
「そうだそれから……あのサブジャッジの子も、雑色さんのところでしたよね」
ちょうどイノが撃ち終わり、ウイカはスコアシートに記入するよう呼びかけて短い話をしていた。
「他のマッチで見た覚えがないので……あの子も初心者なんですよね?それがなんでROを、この大舞台でやってるのかって、それがまた、驚きです」
「スタッフ枠で撃てるからって飛びついたって話だけど、そうね……普通シューティングやってると、まず自分が撃ちたいってのが先に来て、ROなんて他にやる人がいなくて仕方なくってことが多いわよね。積極的にやってくれてるんで、助かってるわ」
「そうでしょうね。ああいう子がマッハ酒井アカデミーにもいてくれるとすごく助かるんですが……自慢ですか」
リイサは笑う。「ええ。うちの自慢の子たちよ。まだ一人都合が悪くて来てない子もいるんだけど、この子たちで、戦って行こうってね」
待機席で緊張して座っているミチエをセビオは見る。眠っているノリコ、そのそばにいるミチル。今のところの成績は、たいしたことはない。しかし。
「……憶えておきます。よく見て、酒井さんに伝えようと思います」
2ステージ目も、細かいミスが多くて思った以上にひどい成績だった。ミスがないというのがどれだけ大事なことか……ウイカの成績が、それを物語っているようにミチエには見えた。
ウイカがドヤ顔で説教している光景がありありと思い浮かび、それがちょっとムカつく。
実際には、ミチエの不調を察して声をかけずにいてくれてるのに。八つ当たりにもほどがある……
大会本部のノートPCから離れる。他の選手がスコアを確認するため表示を並べ替え、ウイカの表示が見えなくなった。
「はろーみちぇー」振り向くと、杖をついた背の高い男性……いや男じゃない。しかしジャージをラフに着ていると、女っぽくは見えない。
そうミチエが思っている間に、ケイはスタッフに呼び止められ会場内では眼鏡かゴーグルを装着するよう言われていた。
「借りたゴーグルはあとで返さないとね。忘れちゃうといけないから、ちょっと覚えていてくれないかな……それはともかく調子はどう?」
嘘を言ってもしょうがない。ノリコの集中力切れ、ミチルのガントラブル、ミチエも、細かいミスを繰り返して。
「そういえば羽田さんさ……陸上やってた頃大会とかにも出てたんでしょ?そんな時は、どうだったの?プレッシャーで、思うような成績をあげられなかったときとか」
「僕に聞いても、参考にならないかもよ……あんまり成績とか、気にしなかったし」
そうだった。良くも悪くも、細かいことを気にしない性格。
「……緊張は、してたんだろうね。僕は気にしなかったけど、記録には残ってるからね」
3ステージ目、”火のステージ”チューズデイ・マンダラ。点呼はすでに終わっていて、ミチエはそこをちょっと抜け出して成績を見ていたところだった。
今は二人目が撃ち終わり、次がミチル。すごい銃使ってるね、とケイが言った。
ファーストラン。撃ち終える。クリップ交換。またもたつく。
「部室の練習で使ってるピストルの方が、速くて楽そうだね。でもなんか、あれを選んだ理由があるんだろうね」
理由と言っても、変わった銃を使いたい、くらいのことしかミチエは思いつかない。そう口にする。
「そうなのかもね。なんていうか僕も、大会とか記録とか、誰かに勝ちたいとか、そういうはっきりしたものじゃなくってさ、全力で走ると気持ちいい、くらいな感じで走ってたなぁって。」
スタンバイ。ぴーっ。電動ガンや他のガスガンとはひときわ違う大きな作動音。跳弾がケイとミチエの間を勢いよく通り抜ける。
「なんで走るのかって言われたら、そんなふわっとしたもので……でも一生懸命走ってると、なんかそういうのがつかめたような時があって、なんで走るのかって言うと、そういう時なんだろうなぁって……それで足をやっちゃったんだけどね」
右足を軽く浮かせて、感覚を確かめるように足を振る。
「あの時僕は何かつかめそうだったのか、なんかこう見当違いだったのか、よく考えるけど全然わからないよ」
ミチルがセカンドランを終え、クリップの交換。
「そういうのが見つからない時って、つらいよね。まっすぐに進んでいるようで、道に迷っているんだよ」
ケイの言葉が自分に当てはまっているようには思えない。しかしそれは、不思議と心に引っかかる。
サードランを撃ち終えるミチル。クリップを取り出し、また弾が転げ落ちたのか銃をひっくり返して振っている。ため息をついて、ガンケースからクリップを取り出して装填する。
「あらケイちゃん来てたの?ちょうどよかった……ちょっとミチルちゃんに用があるから、ノリコちゃんの様子見ておいて。撃ち終わったらまた眠くなってるはずだから、席まで連れてって寝かせてやって」
「はあ」リイサはケイをミチルの座っていた席に座らせる。
「ミチルちゃん、撃つ方はまあいい感じだと思うんだけど……なんていうか、作業になっちゃっている気がするのよ。ミチルちゃんの撃つ楽しさって何だろうと思ってね、ちょうどいい人たちがいるのを思い出して」
ミチルが撃ち終えると近くにいたアツシにガンケースを持たせて、リイサはミチルを案内した。待機スペースではない。
水のステージ。今撃っているのは、Gスクワッド。ミチルたちが撃った時と違い、ステージの右側にギャラリーの方までネットが追加されていた。
「リボルバーやカウボーイと違ってひとつの部門にはなってないけど、これもアンリミならではの集まりよ。通称、ライブカートスクワッド」
今撃っている選手は、ショットガンを使っている。マルヨシのハミルトン870。BB弾を詰めた散弾型のカートリッジを一発ずつ装填していくものだ。
「あの人……新宿MMRの店長さんじゃないですか!ウイカとノリコちゃんとで行ったっていう」アツシも後日行ったのだという。
「ええ。ノリコちゃんが起きてたら会わせてあげたいんだけど、お昼休みにでも連れて行こうかなって思ってるわ」
MMR店長の射撃。銃自体の迫力のわりに頼りない発射音。しかし銃のフォアエンドをすばやく前後させると、気持ちのいい作動音とともに大人の親指ほどもある大きなカートリッジが排出されていく。
ぽん。がしゃん。ぽん。がしゃん。ぽん。がしゃん。ぽん。がしゃん。ぽん。がしゃん。手動だが、撃つスピードはミチルと同じか、少し速い。
「こりゃかっこいいですね。薬莢を使うエアガンってサバゲではほとんど見ないんで、たしかに、ならではって感じですね。……ミチルさんのM1も仲間入りできそうですね」
「仲間入りというか、使っている人もちゃんといるわよ」言いながらリイサはスコアシートを覗き込む。
「しもはゆはさんはもう撃っちゃったのね……どうしたのミチルちゃん?」
「あの、いえ……しもはゆはさんにお会いするのは……ちょっと」いつもらしからぬ、自身のなさそうな口調。
「せっかくなんだから操作のコツかなんか教えてもらいなさいよ。操作にもたついて、これ以上みっともない思いをするのもなんでしょう」
MMR店長が撃ち終わった。レンジイズセイフが宣言され両隣のステージが射撃していないのを確認してから、ROと一緒にステージ内に転がったカートリッジを拾い集めている。
「……はい、ですが……」ミチルはステージをまっすぐに見つめていた視線を足元に落とす。
「……撃っている際中は腹立たしい気持ちでいっぱいでした。たいして珍しくもない、取り扱いが面倒なだけの銃でこんな無様な立ち回りをするなんて、恥ずかしいと」
回収したカートリッジを数え終わり、MMR店長がスコアシートにサインする。ネクストシューター、アキナツさん。
「ですが冷静になって考えてみて、気付いたのです。変わった銃で出ることばかり考えてろくに準備も練習もせず、思いつきと思い上がりでこのような大舞台に臨んで、挙句の果てに銃に責任をなすり付けて……わたくしがこの銃に恥をかかされたのではない、この銃を辱めたのが、わたくしであったのだと。わたくしなんて、しもはゆはさんに会う資格がないのです」
「……いい心がけね。だけど、お通夜モードで反省会をするのは、まだ早いわよ。あなたにはもっと色々持って帰ってもらいたいのよ……しもはゆはさんもだけど、あなたに見てほしい人は、あの人なの」
ステージに立っている太った男性。どこかのチームのシャツを着ているわけでもない。銃も、さっきの発射音を聞く限り、おそらく電動のM4。サバゲーでは定番だしシューティングでも珍しくない。
「ミチルさん見ましたか今の?あれTOMのM4ですよ!電動でカートリッジを飛ばす奴!かっこいいなぁ……ウイカに動画見せてもらったりはしてたんですが、さすがにサバゲでは使えない銃なんで」
ぴーっ。ギアが甲高く鳴るぎっ、ぎっという発射音。BB弾よりも派手に銃から打ち出されるカートリッジが、弧を描いてステージの右側に落ちていく。
撃ち順はミチエに近い。左利き。撃つ速さは、ミチルより少し速いくらい。
サードラン。ぴーっ。ぎっ、ぎっ。三発目……引き金を引いたようだが、何の反応もない。次の瞬間にはチャージングハンドルを引いて、カートリッジを排出し次弾を装填する。四発目。ぎゅう……明らかに作動音がおかしい。またチャージングハンドルを引く。銃を構えようとして、動きが一瞬止まる。
「おっ、あれってまさか……ダブルフィード!」
よく見ると、ボルトが途中で止まっている。銃の左側面にあるボルトストップに手を伸ばし、押さえながらチャージングハンドルを引いて、弾倉を抜く。弾倉と一緒に、引っかかったカートリッジが落ちてくる。
その後何度かチャージングハンドルを引くと、さっきのとは別に銃に詰まったカートリッジが落ちてきた。
「こりゃすごいや!マグゴムのトレーニングビデオそのまんまじゃないですか!」アツシはうれしそうだ。ガントラブルなのに。
新しい弾倉を装着して最後のストップターゲット。撃ち終わって弾倉と弾を抜くと、アキナツは銃尾のプレートを取り外して中を覗き込む。何か苦々しい顔。ROと少し話をしている。
フォースラン。ぴーっ。一発目。……作動音がしない。チャージングハンドルを引いて次弾を装填する。二発目も、三発目も。
「ウイカのライトプロみたいにトム4はバッテリーが切れても手動で撃てるって聞きましたが、あれですかね」
そのままラストランも撃ち終える。カートリッジの回収とスコアシートへのサインを終えたアキナツにリイサが声をかける。
「おひさしぶりーアキナツさん。ガントラブル?」
待機スペースに戻りながら、アキナツはさっきの状況を説明した。サードランの三発目はおそらくBB弾がカートリッジに詰まって抜けなくなっての不発。それ以降は、ヒューズの根元の配線が切れてしまったとのこと。
「まあ作動不良のクリアも、手動で撃つのも、トム4の醍醐味ですから」とアキナツ。
アツシさんが興奮されていたのもそういうことでしょうか。ミチルが思ったことが思わず口をつく。
「トラブルが醍醐味というのが、今ひとつ理解できないのですが」
「せっかく変わった銃を使うんだから、変わったことが起こった方が楽しいじゃないですか。それにうまく対処できれば、それに越したことはないんですが……まあ今回はだいぶやられました」
アキナツは銃床からバッテリーを引き出して外し、配線をリイサに見せた。さすがにこれはどうしようもない。
「銃の構造やメカを理解して、撃ってみて特長やクセをつかんで、足りない分は腕でなんとかして、その銃で行けるところまで行って、遊び倒してやる。そんなシューターでありたいなとは、思ってます」
誰よりも速く撃つことが目的でなく。銃を理解し、遊び倒す。……そんなシューターがいるのを知っていたから先生は、ただの人数合わせでなく、銃が好きでも撃つことにあまり興味のないわたくしを。
……アツシに持たせていたガンケースを、ミチルは自分の手に持つ。
「うちの子に、ガントラブルにもめげない気持ちを教えてもらおうと思っていたんだけど、まさかこうもドンピシャのタイミングでやってくれるとはね。ところでこれからどうするの?配線が切れたんじゃ……最後まで手動で撃つの?」
それでも悪くないんですけど。言いながらアキナツは銃をガンケースにしまい、代わりの銃を取り出す。素のM4にダットサイトを載せたもの。TOMM4と見た目はほぼ同じ。
「まさか電動じゃないわよね……ガスブロで素のM4というと、マブイかSKC?」ヒント。言いながらアキナツは弾倉をガンケースから取り出す。普通のM4の弾倉ではない。横に何本か入ったリブ。マグゴムのPLマグじゃないですよね、とアツシ。
カナダ軍仕様。「……タニョじいさん」ミチルがつぶやくと、アキナツはうなずいた。
「タニョ・キバヤシ!こりゃまた珍しいものを!サバゲで見かけるガスブロM4って言うと、マブイか海外系、たまにシブヤアームズって感じですからね」
そろそろノリコが撃ち始める頃合なのでじゃあがんばってねーと話を切り上げようとリイサが思っていたが、ミチルがアキナツの銃に興味を示していた。
ちょっと持たせていただけないでしょうか、と、ミチル。アキナツは銃を渡し、その間に弾倉に弾をこめる。
「どうしたのミチルちゃん?珍しいって言っても、あなたのコレクションにもキバ4あるじゃない。モデルガンの方も」
「はい。ですが、他の方が使っているのは初めて見まして……タニョじいさんの、……大叔父の銃を」短い沈黙。
「大叔父?キバヤシ・タニオさん?ミチルちゃんの?」
「はい。色々ありまして梅屋敷の名は捨てたとのことでして、梅屋敷家の集まりにも顔は出してくださらないのですが、時々祖父の方から訪ねることがございまして。わたくしもそれに同行して、よくかわいがっていただきました。……わたくしのことをミチル”ちゃん”と呼んでくださるのは、先生を除いてはもうタニョじいさんしかいなくて」
梅屋敷さん、ミチルさん。ノリコがミチルをみちゅと呼んだとき興奮してたのは。
「……なるほどね。ところで、だったらどうしてマルカミM1なのよ?大叔父さんの銃だったら、キバ4もアメリカン22も、なんならMGMのシュヴァルツパンターだってあるじゃない」
「あの……候補には、ありました。ですがやはり」ライオン上等兵の話。ノリコがしていた。
「ノリコちゃんをびっくりさせたかったのね。思いつき、結構じゃない。……なら決まりね。残り2ステージをキッチリ撃ちきって、ノリコちゃんをびっくりさせる。それがミチルちゃん、あなたのアンリミでの勝利条件よ」
アキナツに軽く礼をすると、リイサはノリコたちのいるステージに戻った。
「ミチルちゃん、気が向いたらしもはゆはさんにも会っておきなさい。マルカミM1をうまく撃つやり方なら、しもはゆはさんの方が詳しいわよ……チーム秋葉原は見てわかるわね?その中で一人、赤いシャツを着ている人よ」
ノリコの成績は17秒を切った。少しペースが上がって、起きている時間もだいぶ増えた……羽田さんも来て安心して、少し緊張がほぐれたのだろう。
待機スペースに戻っても、寝ないで羽田さんと話をしている。ミチルさんは別の机で、他のシューターと話をしていた。たしかしもはゆはさん。
”火のステージ”、ウイカの成績は、12.94秒。基本三秒台前半で、安定している。……負けてられない。まずはウイカに勝つところからだ。
”火のステージ”はボックスが少し左寄り。その真正面に的が二枚。手前の的は、高さ60センチと低いところにある。右に二枚。左端がストップターゲット。
中央手前をすばやくしとめ、中央奥。右二枚を片付けたら、落ち着いてストップターゲットを撃つ。
ロードアンドメイクレディ。弾倉を装着する前に、弾倉を確認。弾はちゃんと入っている。
……毎回三秒を切れば、ウイカには勝てる。そのペースで最後まで撃てれば、今までの負けも取り返せる。難しいことじゃない。
ファーストラン。アーユーレディ、スタンバイ。ぴーっ。……2.65秒。思った通りに体が動いている。
セカンドラン。2.46。よし。だが、あわてるな……弾倉を抜いてBB弾を補充する。サードラン……2.81。
振り返ってウイカを見る。こっちの視線に気付いて、笑い返した……まっすぐに進んでいるようで、道に迷っているんだよ。羽田さんはそう言っていた。
そうだ。今私のちょっと先にはウイカが立っている。だからもう、私は迷っていない。
フォースラン。……2.44。弾を補充。勝ちは確定。ここで勝負に出てウイカを引き離し、負けを清算しておこうか。
ラストラン。アーユーレディー、スタンバイ……2.27。おおっ。周囲からどよめきの声。
アンロードアンドショウクリア。ハンマーダウン……銃をガンケースにしまう。早く撃ち終えたい。撃ち終えて、
「レンジ・イズ・セイフ」ボックスを出る。振り返り、サブジャッジの机。スコアシートにサイン。
「調子を取り戻すとすーぐドヤ顔だ。あとで鏡見てきなよ?すごいから」一番悪いサードランのスコアが消えて、タイムは10.02秒。
「1ステージであたしの勝ち分ほぼ帳消しにしやがってからに。このペースで最初から撃っていれば天空橋さんにも勝てそうだって……遅いよミチエ。みんな待ってたんだよ」
「うん」そうだ。これが私が手に入れた、シューティングスポーツ同好会の、”いつも”なんだ。
ノリコやミチルさん、先生、羽田さんがいて、ウイカがいて。その”いつも”が、今ここにあるんだ。
だから今、私は練習してるときと同じように、撃てているんだ。
視線を上げる。天空橋がこっちを見ている。なにをしていたんだって聞いたよね天空橋……これがその答えなんだ。
ラストシューター、天空橋くん。……レンジバッグを持ってセビオが立ち上がる。
ミチエの、自信にあふれた不敵な笑み。ビッグマッチで見ることのなかった、マッハ酒井アカデミーでもあまり見かけない。……セビオの顔にも、笑みが浮かぶ。
そうだ大森。俺はそういうおまえが見たかったんだ。
「おかえりーみちぇー。みんなそろったらごはんだって。おなかすいたよー」ミチエが待機スペースに戻ると、ノリコの隣に男の子がいた。中学生っぽい感じ。
「あ、……さっき来たんだって。ウイカちゃんの弟のダイキくん。ダイキくん……この子が、大森ミチエちゃん」
「あっ、あの……大森さん、さっき見てました。ノリコ姉ちゃんや姉ちゃんがやってるシューティングって、動画で見てもなんかぴんと来なかったんですが、大森さんが撃ってるのを見て、なんていうか、ノリコ姉ちゃんや姉ちゃんが言ってるのが、なんとなくわかった気がしました」
「うっ、あ、ありがとう。あの……おたくのウイカが、いつもお世話になってます」緊張しているミチエを見て、後ろでイノがこっそり笑っている。
「”おたくのウイカには、いつもよくしてもらっています”とか、”うちのウイカが”じゃないの普通?天空橋さんみたいなイケメンとタメ口で話したりできてるのに、シューターじゃない男と話すとなるとからきしダメだね」
「う、ウイカ!?なんでここにいるのよ?」
ウイカはダイキからコンビニの袋を受け取るとお金を渡した。来る途中で飲み物を買ってきてもらったようだ。
「なんでって、昼休みだから。スコアシートも本部に持ってったし、細かい連絡事項は、あれば後でイザワさんに聞くよ」
ノリコは調子どう?おなかすいた。呆れた顔をしながら、ウイカがダイキの方を見る。
「最初来た時びっくりしたよ。ノリコ姉ちゃんが奥のほうで寝てて……具合でも悪くしたのかって。姉ちゃんから聞いてたけど、集中力が切れると眠くなるって、本当だったんだね」
「うん。びっくりさせちゃってごめんね……今日はなんかすごく眠くて、午前中はずっと寝てた気がする」撃つ時以外はほぼ寝てたよ。ミチエが突っ込む。
「カウボーイ部門やライブカートスクワッドを見せたいって先生言ってたよ。昼休みの後Eスクワッドが空きの時間があるから、連れてってもらいなよ」
「お待たせいたしました皆さん。お食事に致しましょうか……そちらの方は?」弟のダイキ。ウイカが答える。
アツシもダイキに軽く声をかけると、折りたたみテーブルの奥の方に行って自前のクーラーボックスを取り出した。
「大人数になるとは聞いてたけど、こりゃ予想外に多いなぁ。足りるかな?軽くつまめるものがいいかなと思って……」
クーラーボックスを開けると、容器にサンドイッチがぎっしり詰まっていた。
「大会だけにテキにカツ、なんてね。トンテキサンドとトンカツサンドを今朝作ってきたよ」
「おおっ、穴守さんのうちが料理屋さんだって話は聞いてたけど、これはおいしそうだ……梅屋敷さんどうしたの?」
ケイの言葉も聞こえていないようだった。アツシより遅れてテーブルの上に置いたクーラーボックスを手に震えている。「テキに……カツ……ああ……」
みちゅ?ミチルちゃん?答えない。
ああ、神様……なにゆえわたくしに、かくも残酷な仕打ちをなさるのですか。
「……とりあえずトンテキサンドに関しては、ミチルさんの圧勝だね。いい材料使ってるし下ごしらえや筋切りも丁寧にやっててお肉も柔らかく仕上がってるよ。うちはこういうとこだってのもわかってるしムチャ言うなってのもわかるけど、お兄ちゃんのは材料費をケチってるのが丸わかりだよ」
アツシとミチルのトンテキサンドとトンカツサンド、四種類のサンドイッチがテーブルに並んでいた。
味の評価はミチルのトンテキサンドが一番よかったが、もうなくなりそうなくらい食べられているのは、
「だけどその安っぽさが、アツシさんのトンカツサンドのよさになっているね。叩いて伸ばした肉に薄いパンが、食べやすくてついつい手が伸びてしまう。トンカツの衣にタレがたっぷり染みていて、これはビールが欲しいよ」
「ずるいわよねぇ。スナックというか駄菓子的な感覚で食べられて、ミチルちゃんのトンカツサンドの品のいい味付けを圧倒してしまうわ」
アツシの用意した鳥のから揚げをつまみながらリイサが言う。
「もう、お父さんも先生も、昼間っから酔っ払いみたいな話はやめてよ。ウイカまで」そう言いながらミチエがアツシのトンカツサンドを取ろうとするが、もうなくなってしまった。
ミチルのトンテキサンドを紙皿に乗せて、ミチルはデッキチェアーに横たわった。
ミチルはトンカツサンドを持って、ライブカートスクワッドの方に行ってしもはゆはやアキナツと話をしている。北糀谷姉妹と穴守兄弟はMMR店長のところ。
ウイカは行かないの?とミチエが聞くと、そろそろイザワさんのところに戻らなくちゃいけないからとウイカは答えた。
「……そういえばウイカ驚いたよ。70秒切って67秒台とか。三秒台中半くらいで回れてる感じじゃん。”水のステージ”とか三秒切ったのあるよね?」
そりゃあたしは本番に強いタイプだから。ドヤ顔でウイカが言う。
「まあネタばらしすると、お兄ちゃんのM4使ったんだよ。たしか中身は手を入れてないんで、弾速チェックも通るなって。弾速速いんで一発一発当たったのを確認してから動きやすいし、ちょっと重いくらいの方が、あたしにはコントロールが効いて振り回しやすいんだなって思ったよ」
「そうだね……でも銃を変えたから、ってだけじゃないよ」ミチエはトンテキサンドを食べようとしたが皿に戻して皿をテーブルに置いた。
「最初に会って勝負した時。私が思っているウイカは、ずっとあの時のまんまだった。あれからもう、ふた月たってるんだよね。毎日練習して、毎日ウイカのタイム見てたのに。速くなったよ……うかうかしてたら、ウイカに尻を叩かれるんだって。目が覚めたよ」
そう言っているミチエのまぶたがどんどん重たくなっていった。
「食べてすぐ寝ると牛になるよ。牛みたいなおっぱいになって、あたしの替わりにノリコにいじられるようになっちゃうんだから……なんであの子は、あたしをいじる時はおっぱいネタなんだろうね」
もう聞こえていない。まったくめんどくさいったらありゃしないねうちのツンデレちゃんは。思いながらウイカは席を立った。
試射用レンジは、各ステージが組まれたエリアの隅にあった。幅は狭く、置いてある的も小さいのが二、三個くらい。銃の作動チェックなど、競技以外で銃を発射する必要がある時のために用意されている。
アキナツがスペア銃の弾速チェックを終えた後、ROに許可を取ってミチルはM1のクリップ交換の練習をしもはゆはに見てもらいながらすることとなった。
M1は重いから銃を支えるのに工夫がいること。オープンレバーの位置を指で確認し、直しておくこと。クリップラッチの角度も目安になる。
左手は銃を支えたまま、少し腰を落として腰に銃を乗せるようにしてから右手を離す。ボルトハンドルを引いて押さえたまま右手の親指で左側面のクリップラッチを探し、押す。クリップを取り除いて排夾口を確認。
ボルトハンドルを引いたまま右手の人差し指でオープンレバーを操作。そっと手を緩めてボルトが閉じないのを確認したら、クリップを拾って、装填。
「だいぶスムーズにできるようになったじゃないですか。最初見ていたときは、危なっかしくて銃を落としてしまうんじゃないかと心配してたんですよ」
見ていらしたんですか。クリップを取り外し銃に残った弾を撃って処理しながらミチルが言うと、しもはゆははうなずいた。
「ガンチェックの時にマルカミM1を使ってる人がいたとチーム秋葉原のメンバーが言っているのを聞いたので。最初のステージだけでしたが」
最初のステージ。最初調子に乗って舞い上がって、クリップの交換すらしなかったせいで慌てて取り乱すはめになって。
「最初のランはすごく見ていて気持ちよかったですよ。M1の豪快なブローバックを気持ちよく撃っていて、ターゲットもクリーンヒットで。何より堂々としていた」
銃口カバーをつけて銃をガンケースにしまうと、ミチルはしゃがんでクリップを拾い集める。
「恥知らずにも調子に乗って、驕りたかぶっていただけですわ」
「たしかに自信過剰で実力がなければ、しっぺ返しが待っています。だから試合に臨むまでは自分を疑った方がいいんです。銃は大丈夫か、練習は足りているか。……だけどステージに立ったその時は、自分を信じましょうよ。たぶん梅屋敷さんは、自信が力になるタイプです。自分の信じたものを、ぶつけましょうよ」
クリップを全部しまい終えたことを確認すると、ミチエはガンケースを閉じた。ガンケースを持ち上げ、その重みを確かめ、噛み締める。
「わたくしのしてきた事は、信じるに足ることなのでしょうか。……いえ、ここはそれを試す場でもあるのですね。やってみますわ。本当に、ありがとうございました」
「みちゅ試射レンジもう使っていい?」ミチルが振り返るとノリコがガンケースを手に立っていた。ガントラブル……にしては、ついてきている人が多い。
ウイカにイザワ、マドカ、アツシにダイキ、MMR店長。それにつられてライブカートスクワッドの人たちや他のシューターも集まってきている。リイサとイノも、ケイとミチエを連れてやってきた。
「店長さんとの話の流れでさ、あれをやるんだって。そういややってるところ見るのは、マドカさんと穴守家以外は、初めてだね」
ウイカが予備の支柱を立て、ノリコの鉄琴を吊り下げる。
ミチエが移動したのを見てセビオも来た。ウイカが試射レンジに鉄琴を吊るし、ノリコがガンケースから銃を出すのを見て目つきが真剣になる……
「なーにーなーにー天空橋くん。マッハ酒井のあれに挑戦する子がいるの?……見ない子だけど、マッハ酒井アカデミーの秘密兵器?」
セビオに話しかけてきたベテランシューターに礼を返してからセビオが言う。
「違うんですよニシジマさん。雑色さんが学校で立ち上げた部活の子だそうで……大森もそこに。今セッティングしているROも雑色さんのところの子だとか」
「へえ、リイサちゃんが先生になったとは聞いてたけど、部活!ミチエちゃんも?じゃああの子ミチエちゃんの友達なんだ。へえ……そういえば天空橋くんEスクワッドってことは、あの子たちと撃ったんだよね。どんな感じ?」
「いや……午前中は、みんな調子が悪かったようで、なんとも。ただあの子は、一度だけものすごいスピードで撃っていたので、今が彼女の実力を測るいい機会なのかなと思っています」
セビオがものすごいスピードと言う。ほう。
弾倉のぜんまいを巻ききったところでノリコが振り返ると、思った以上に見ている人が増えていた。驚いて反射的に向き直ろうとするところを、ウイカが銃を押さえて止める。
「あ、あの……そんなにすごいことするわけじゃないんで。マッハ酒井さんがやってるのを、まねしてるだけだし、えっと……うまくいくかわからないけど、練習はよくしてると思うので、……よろしくお願いします」
「Boysなんで音が小さいので、静かにしてくださーい。……大丈夫ノリコ?いける?」ノリコの顔を覗き込む。
「うん。ウイカちゃんが声をかけてくれると、やっぱり落ち着く。やっぱりウイカちゃんがいいよ」
「あんがと。でも午前中の体たらくまであたしのせいにしないでよね。……ロード&メイクレディ!」
スカールを手に取り、弾倉を装着。一、二発撃って弾を銃に送る。コールした方がいい?ウイカが聞くと少し考え、ノリコは首を横に振った。
「えーと……それじゃぁ、まずはチューリップから。……行きます!」
チューリップ、さくらさくら、こいのぼり、われは海の子。……そろそろ弾倉の弾がなくなりそうなので弾倉を外す。沸きあがる拍手。ウイカがアンロード&ショウクリアの指示を出す。
「えへへ……うまくできたよウイカちゃん。だけどすごく疲れた。もう寝る」しまった、遅かった。
幸い昼休みの直後がEスクワッドの射撃がない時間帯で、ノリコも程なく目を覚まして他のスクワッドの射撃を見学しだした。
ミチルもしもはゆはの射撃とアキナツのタニョ・キバヤシM4を見てから場内を見て回った。
「西部劇みたいな早撃ちはやらないんですね」カウボーイ部門の射撃を見ながら、ノリコと話をしていたカウボーイ部門の選手にダイキが言う。
「そこはしょうがないね。ルール上、サイトを使って狙う形じゃないとだめなんだよ。腰で撃つと当たらなかったのと暴発と区別がつかないからね」
西部劇の格好をして、古いリボルバーで一発一発撃鉄を起こして撃っている。少なくない選手が腰の両脇にホルスターを下げて、二丁拳銃にしていた。
二丁同時に撃つわけでなく、古いリボルバーは再装填にとても時間がかかるので、カウボーイ部門限定で予備銃の使用が認められているのだという。
「”俺のレボリューショナリーリロードを見ろ”ってわけにはいかないんだ」ダイキが言うとカウボーイ部門の選手は笑った。
「そりゃあれはレボリューションだから。簡単にできるわけじゃないよ。制限時間だってあるし。そうそうレボリューションといえば……」
「ノリコちゃん大人気じゃない。昼休みの演奏は効果大だったみたいね。先生として鼻が高いわ」ケイと一緒に会場を見て回っていたリイサが声をかけてきた。
「カウボーイシューティングに興味があるならチラシをもらっときなさい。吉祥寺じゃ……もうやってないんだっけ。ところでこれはダイキくんの方が詳しそうだけど、この人……」
「……リボルバーヤガランデのモーションアクターを担当している、トルメンタ石田です」華麗なガンプレイとレボリューションの台詞が印象的なリボルバー使い。人気ゲームの特徴的な敵キャラ。
ダイキの目が一瞬で輝く。「モデルガンを持ってきているから、あとでガンプレイを披露してみようか。ノリコちゃんの演奏に負けていられないからね」
「懐かしいわね。昔は集計に時間がかかったから、待ち時間の間にトルメンタ石田さんのガンプレイを実演したりしていたのよ。今は集計が楽になって待ち時間はリザルトを印刷する間くらいになったからね。便利になったけど、淋しくもあるわね……今から大会本部にかけあってみます?」
「へえーなるほど。鰻ヶ原の機材どこへ行ったのかって気がかりだったんだけど、リイサちゃんが持ってってたのか。ずいぶん周到に用意してたんだねぇ、偉いねリイサちゃん。学校の部活でシューティングとなると、練習も捗るでしょミチエちゃん?」
「はい。授業が終わったら移動時間もなしに毎日撃てるのはすごくいいです。部活なので、お金も弾代だけで済むのはお父さんも助かるって」
レンジフィー無料で毎日撃てるってオイ、ニシジマが振り返ってセビオに話しかける。リイサちゃんも理想的な環境を作ったものだ。
「ミチエちゃん、おじさんもそこに通って撃っていい?……って女子高かぁ。都内のレンジで鰻ヶ原の機材があって、女子高生に囲まれて撃てるっていうんなら、一日五千は、払っても惜しくないなぁ」
「来るのがおじさんばっかりじゃ、さすがに問題があるでしょ。正直私も行きたいですけどね、五時には学校が閉まってしまうので、仕事の後には行けなくて残念です」
イノが話しているのをニシジマの後ろでセビオは聞いていた。
「大森……学校で毎日撃って、家ではどうしてるんだ」なんでそんなこと聞くのよ、言ったあとちょっと自慢げにミチエは返した。
「帰ってからは、……父さんが撃ちたいって言うときは、一緒にリーパールーパーで撃ったりしてるけど、宿題やって、テレビ見たり。あとは寝る前にドロウの練習かな」
セビオはミチエの話を聞いて感心し、何か考え込んでいた。何か言おうとしたがいったんやめて、また少し考えてからミチエに話しかけた。
「学校で思う存分撃って家では勉強できるのか。いい環境だな。……毎日撃った成果はさっきちょっと見せてもらった。午後もその調子でいけるんだろうな」
「当然よ。今回は出遅れたけど、私たち、……雑色先生の、魚森女子シューティングスポーツ同好会が、あんたを脅かす存在になるって事、見せてやるんだから。私が遊んでたわけじゃないってこと、酒井さんにもちゃんと伝えといてよね」
大宮から少し離れたところにある、少し大きな一軒家。梅屋敷家と天空橋家で天空橋エレクトロニクス本社移転に当たっての大事なお話ということで、車で行けて一日遊ぶ時間があると聞いてミチルが真っ先にそこを指定したとき、セビオが呆れていた記憶がある。
事務所の壁一面にかけられたトイガン、事務所内には届けられた部品を組み上げ出荷を待っている銃が所狭しと並べられていた。
仕事は休みであったが、ミチルはタニオに助言をしてもらいながらモデルガンを組み立てる。セビオもそれを見て、モデルガンの組み立て作業を手伝っていた。
「梅屋敷さんは、銃のどんなところが気に入ってるんですか?……いや、女の子が銃が好きって、珍しいから」面白い道具。セビオの問いにそう答えた記憶がある。
電気や薬品を使わないで、ここがこう動くからこういう動作をする。そういうのがわかるのが面白くて。それを説明して、その手で生み出すタニョじいさんが、まるで魔法使いのようで。
アメリカで銃乱射事件のあった数日後に、タニョじいさんの工房を訪れた時。テレビや新聞の報道に感じた、言いようもない憤りをぶつけたことがある。
世に問うまでもなく正しくないのはわかっている。でも。
「……まあ、どうやっても銃そのものは、撃って当たったものを、壊してしまう道具なんだよ。なにが撃っていいものなのか、壊していいものなのかは、正解なんてそうそう出るもんじゃない。銃を持って力を使いたいというのは、今の世の中ではまず、間違っていることなんだよ。ガンマンの時代は終わったんだよ」
そんな顔をしないでくださいタニョじいさん。わたくしはなんというか、悔しくて。タニョじいさんが生涯をかけて追っている夢が、忌むべき人殺しの道具でしかないなんて。そんなことは、いやなのです。
「ミチルちゃん……そうだね。銃は人を強くする道具で、強くなることに、人は憧れるものだよ。実際に力を使わなくても、自分が強いという自信が持てれば、周りに負けないで、自分らしく生きることができる」
タニオはテレビを消して、少し考えてから言葉を続けた。
「たとえおもちゃでも、いやむしろ本当には力のないおもちゃだからこそ、銃のそんな力が人を支え、前へ進ませることもある。そう信じてきたから、僕はここまでやってきたのかもしれないねぇ」
「みちゅ?……みちゅ?泣いてるの?」
こちらを心配そうに見つめるノリコの顔。目じりから頬を伝っている熱いもの。
「あっ。……いえ、わたくしも少々眠っていたようで。なにやら夢を、見ていたのでしょうね」
テーブルに残っているのはアツシのトンテキサンドだけだ。それを取って、ノリコの口に押し込む。うれしそうにもぐもぐ食べるノリコから視線を離し、M1の入ったガンケースを見つめる。そして会場全体を見回す。
……思えばタニョじいさんは、このような場があることを知っていたのですね。銃を持つのが困難な日本で、おもちゃの銃を持ち寄って、ガンマンの夢を託す場所。そこにわたくしがいると知ったら、タニョじいさんはどんな顔をなさるでしょう。
”土のステージ”サイレンス・サタデー。
真正面にストップターゲット。少し離れた両脇に的が一枚ずつ。ステージの両端、ちょっと手前に、大きい鉄板が各一枚。
ネクストシューター、梅屋敷さん。
ガンケースを持ってステージに向かうとき、撃ち終わったしもはゆはが来るのが見えた。いったん止まって礼をして、ステージに向かう。
人に向けて銃を撃つことができない時代のガンマン。速さ、個性、何らかの形で、強く、自分らしくありたいという人たち。
すべてかどうかはわかりません。でもきっと、ここにはそれがあって……
ガンケースの脇にクーラーボックスを置く。ガンケースを開き、クーラーボックスの上にクリップを並べる。これであまり姿勢を崩さずに、クリップを交換できる。
……その中にわたくしがいる時、わたくしは大好きなタニョじいさんの描いた夢とともにあるのだと、そう思えますの。
サイトチェック。やや右を向いて立ち、右奥の的を確実に撃つ。左右両端を勢いで。左奥、ストップターゲット。速く撃てるステージだが、今回は慎重に。
ロードアンドメイクレディ。ボルトを開き、クリップを手に取る。
「……ノリコちゃんが、しもはゆはさんやアキナツさんが、見ております。私立魚森女子高等学校シューティングスポーツ同好会、反撃の一番槍!……共に参りましょう、マルカミM1!」
ネクストシューター、北糀谷さん。
「あ、そうだダイキくん……」ノリコはポケットに手を突っ込むと、入れっぱなしだったダイキの予備弾倉を取り出した。
「お守りで持ってたんだけど、まだ使ってなかったなって。せっかくだから、これにパワー入れてよ」
はい!?「さっき演奏してて思ったんだけど、みんながいると、緊張しても落ち着いて撃てるんだなって。でも、ボックスに立つと、一人なんだって、先生が言ってた。ウイカちゃんも審判だから、手助けするわけには行かないんだって……だから、これ。やっぱりわたしは、ひとりだと、だめだから。一緒にいてよ。ダイキくん」
予備弾倉を手渡されても、どうすればいいかわからない。「……念じればいいんじゃないかな。ノリコが安心して撃てますようにって」ミチエがダイキの肩を叩く。
「ノリコがうっかりミスをしませんように」ウイカが付け加える。
ミチルが続く。「悔いのない射撃ができますように」
「余計な心配はしないで集中できるように」ケイが言う。
ダイキが繰り返しつぶやく。……ノリコが予備弾倉を手に取る。「じゃあ、行ってくるよ。ダイキくん」
サイトチェック。右奥に向き合うくらいでちょうどいい。右端から撃って、右から左にばーっと。ストップターゲットは最後に撃つ。
ロードアンドメイクレディ。M4の弾倉はスカールにはちょっときつい……叩き込む。
その時、その衝撃のようなものがノリコの体に響いて、腹の底から何か力が沸いてくるのを、ノリコは感じた。
「みんながいるんだ。いつもみたいに。いつものように撃てばいいんだ。……行くよ、Boysスカール!」
ネクストシューター、大森ミチエさん。
「ミチエもなんかお守りいる?なんもないけど」ウイカになんか変な念を送られたら、逆に調子狂っちゃうよ。
「へいへい。……参考までに今のところ天空橋さんのタイムは、30.13秒。ざっと五秒半くらい差をつけられてるね」
天空橋がよほどのヘマをしない限り、この差はもう覆らない。さらに引き離されるかもしれない。
……だけど、縮めてやる。できるはずだ。私のやってきたことを、天空橋にぶつけてやるんだ。
レンジバッグを置き、ガスと弾倉を取り出す。緊張してギクシャクしているわけでも、上の空でフワフワしている感じでもない。
部室で自分の番が来て、準備している時と変わらない。部室で練習して計ってきたタイム……それができれば、天空橋との差は、縮められる。
サイトチェック。中央よりやや右寄りを向いて、最後の二枚、右奥とストップターゲットをちゃんと狙えるように。そこからほんの少し左側に開いて、勢いで撃つ左手前をしくじらないように。左奥から両脇、右奥、ストップターゲット。
ロードアンドメイクレディ。……私は何かを背負って撃つのが、苦手なんだ。理由とかを考えるとろくなことにならない。ウイカを追って、天空橋を追って。迷わないように。まっすぐに。
「速く撃つんだ。できる限り。私ができるのは、結局それだけなんだ。……力を貸して、私のレースガン!」
アー・ユー・レディ?スタンバイ!
がしゃっ、がしゃっ、がしゃっ、がしゃっ、がしゃん。クリップが宙を舞う。
「あれは!……ラストランでウケ狙いにやることはあるけど、最初からやるのか!」アキナツが言ったのを聞いて、ミチルは次のクリップを拾い上げ、内側を見せる。自信に満ちた微笑を浮かべながら。
「間違いない……梅屋敷さん、クリップに五発しか入れていませんよ。毎回クリップを飛ばすつもりみたいですね」しもはゆはが言う。
新しいクリップを押し込む。かちっとクリップがはまる音。オープンレバーを確認……解除されている。ボルトハンドルを押さえる手に力が伝わる。
クリップのフォロワーから突き出している突起。弾がいっぱいに入ってフォロワーが一番下にある時以外は、これがオープンレバーを解除するようになっているようだ。
そうでなくっては、射撃中にオープンレバーが作動してしまう可能性もあるわけで、考えてみれば当たり前のこと……ぱっと手を放すとボルトが前進し、クリップから抜き出されたBB弾が、長い給弾ルートを走ってチェンバーに送られていく。
わたくし、あなたのことをまた少し、理解できたような気がいたしますわ。
ぴーっ。銃を構える。構え終わる前に、ダットサイトの光点はもう大きな鉄板に収まっている。撃っていいのかな……撃っちゃえ!
次!光点は重なった。でも構えが決まるまで、がまん。引き金を引く。ぎゅっ。弾が出るまで、がまん。ぱん。次!……これじゃない!その次!ここからは、むずかしいことは考えなくていい!次!その次で最後!
撃ち終わった。イザワを見る……タイマーを見て驚愕した顔。ウイカを見る……笑顔で親指を立てる。よかった。いつも通りに撃てた。
セビオがスコアシートを見に来た。言葉を失う……ウイカを見る。すごいドヤ顔。これがノリコだと。
セカンドラン……酒井さんのまねと照れ笑いした、子供のような幼い顔。しかし。
「どうだったどうだった?天空橋くん。タイムは?」待機席に戻るとニシジマが聞いてきた。
「ファーストが1.88。セカンドが1.87。僕が前に見た時は、ファーストでミスをしてペナルティがついたのですが、今回は残りますね、この数字が」
「マッハ酒井のまねか……できるわけだよ。しかもBoysであれって……リイサちゃーん、とんでもない子見つけてきたね」
サードランで疲れが出てきたのか、ノリコはペースを落とし始めた。
未完成で荒削りな子。どう育てていけばいいか見当もつかない。
「運がよかったんです」部室に現れた時から。ミチエとの勝負。暴発事故。アンリミのエントリー。
「本当に……運がよかった。だけど。その幸運をつかむための努力は、してきたつもりです」
弾倉のぜんまいを巻いている間に、イザワが大丈夫かと声をかける。返事をして、振り返ってウイカを見る。
イザワやウイカがちゃんと見ているが、銃口の向きは的の方を向いたままで、指は引き金から離れている。ちょっと見ただけでは気付かない、そんなささいなところにこそ。
「そうだね。運がいいだけでは、あの子はこうして立っていられなさそうだ。……次世代のシューターを育てる役目に、マッハ酒井に続いて名乗りを挙げるところが出てきたのはうれしいねえ。これからに期待してるよリイサちゃん」
……はい。
セカンドラン。ファーストは2.23秒。いいペースでミスなく撃てている。……ノリコのファーストランは気にするだけ無駄だ。パパまでノリコにあてられて、飛ばしてミスを増やしている。
だけどノリコもミチルさんも勢いがついてタイムがいい具合に伸びている。私もその勢いに、乗っているんだ。みんなで一緒に撃っていて、みんなで走っている。……その勢いは、止めたくないな。
いや余計なことを考えちゃいけない。でも、”勢い”その一言が、心に引っかかる。
アーユーレディ。スタンバイ。ぴーっ。初弾は、外さない。二発目は速く撃てるが勢いをつけて大きく振るので、少し慎重に。そこから三、四発目……三発目が当たってない!
こんな時に!こんなところで!さまざまな思いがミチエの脳裏をよぎる。しかし次の瞬間には、ひとつの思いが言葉となってミチエの頭をいっぱいにした。
止まるな!止めるな!
ブレーキをかけようとした体に、逆に走れと声にならない意思が叫ぶ。だがこのまま三枚目を無視して撃てば、ノリコと同じうっかりミスになる。
四枚目を撃つ。勢いは殺さない。思い描いたラインの通り撃てなかったなら、……勢いを受け流し、向きを変える。勢いを三枚目に導いて、三枚目をしとめたところで勢いを跳ね返してストップターゲットをとらえる。足や胴体に、意思が伝わる。
思い描いたラインの通り撃てなかったなら、新しいラインを描くんだ!新しいラインはできた!走れ!
三枚目、ストップターゲット……イザワがタイマーを見て、感心したような顔をする。ミチエの視線に気付くと、笑顔でうなずいてタイマーの表示を見せた……2.3秒。ミスなく撃った時とそれほど変わっていない。
ミチエを見ていたセビオとミチエの目が合う。互いに気付いてはいなかったが、二人とも同じような顔をしていた。今何が起こったのか説明できない顔。だがそれは大事なものを含んでいるのだと、理解した顔。
自分が何を考えどう動いたのか、一瞬の事だったのでミチエ自身にも言葉にできなかった。……的に向き直って弾倉にBB弾を補充する。
勢い。止まるな。新しいライン。覚えているのはそれくらいだった。
余計なことを考えるのはやめておこう。撃つ時は撃つことだけ考えるんだ。私は今、答えをつかんだ。それを言葉や具体的なやり方にできないだけで。
それを確かなものにするには、撃つしかないんだ。撃っていく中で、答えをまた見つけるしかないんだ。
勢い。そう。ノリコとミチルさんが作ったこの勢いに、身をゆだねていこう。ノリコは今寝てるけど。「サードラン!アー・ユー・レディ?」
”金のステージ”クレッセント・フライデー。
中央より少し奥にストップターゲット。その手前両脇に二枚。左右両端一番奥に、少し大きい的。
右手前から奥の左右、左手前、ストップターゲット。ミチルはそう撃つ。ノリコは右端から左端へ。ストップターゲットは途中で撃たずに、最後に撃つ。ミチエはミチルの左右逆に練習では撃っていたが、左右手前から右奥、左奥を片付けてストップという撃ち順に変更した。
練習してきた撃ち順をよりにもよって撃つ直前に変えるなんて非常識もいいところだ。
だけどこの場で、この勢いを借りないとつかめないものがある。それを持って帰るんだ。ステージの後ろで何度も繰り返し、銃を持たずに撃ち順をなぞる練習をしながらミチエは思った。
フォースラン。三枚目を外した。落ち着いて三枚目、四枚目。がしゃん。クリップが排出される。脇に銃床を挟み、胸ポケットに入れておいた予備のクリップを取り出す。オープンレバーの位置を確認……銃を降ろして腰に当て、排夾口にクリップを当てて一気に押し込む。
かちっ。クリップのはまる音。オープンレバーが解除されボルトハンドルが手に当たる。手をいったん放してグリップを持ち、銃を構え直してストップターゲットを撃つ。
……タイムを確認したら、ボルトハンドルを引いてクリップラッチを押す。クリップを取り除いて、オープンレバーを押してボルトハンドルをそっと戻す。
クリップを二個拾い上げ、一個は胸ポケットに、もう一方は銃に。
……変わったことをするのなら、変わったことが起きた方が楽しい。まさにそうですわアキナツさん。
苦痛でしかなかったクリップの交換が、コツを教わり自信がついたことで、まさにその自信が銃を、射撃を、このステージを楽しむ力になっているのですわしもはゆはさん。
ラストラン。やはり最後はキッチリと。がしゃっ、がしゃっ、がしゃっ、がしゃっ、……がしゃん。
最後の一発は極めて慎重に。引き金を引けば当たることは確実な状態に。そして……撃った次の瞬間に銃を降ろし、右手を離してクリップを目で追う。だいたい予想通り。クリップの落ちる先に手をかざす。
ストップターゲットのランプが点灯しているのが視界に入る。よし。……一度手のひらに当たって飛び出しそうになるクリップを、しっかりと握り締める。歓声が上がる。「アンロードアンドショウクリア……は、もうできてるね」
ハンマーダウン。マルカミM1は、ガスタンクやバルブ、撃鉄も内蔵されているので撃鉄を降ろせばバルブを叩いて発射されてしまう。
……ミチルはトリガーガードを引いて起こし、トリガーユニットを取り外す。これで、ガンクリアですわね。
銃口カバーをつけ、銃とトリガーユニットをガンケースにしまう。レンジ・イズ・セイフ。
クリップを拾い集めガンケースにしまい、ガンケースを閉じてスコアシートにサイン。その間ギャラリーからの拍手がずっとミチルに聞こえていた。
最終ステージを撃ち終え、イザワと握手。
「おめでとう。初参加だとは思えないくらい堂々と撃てていたね。M1はアキナツさんも使っていたししもはゆはさんが今も使っているけど、なんていうか、ミチルさんらしい撃ち方ができたんじゃないかな。そう思えたよ」
「!……それは……」元から撃つことにあまり興味はなく、スピードではミチエさんやノリコちゃんにかなわない。
変わった銃で出てみても、しもはゆはさんやアキナツさんに先を越され、あげくの果てに準備不足、練習不足で失態を晒した。そんな自分が。
「もったいないお言葉……ありがとうございます」……わたくし、梅屋敷ミチルが梅屋敷ミチルらしく、シューターとして、いやガンマンとして、撃ち終えて、認められたのですね。
やはりノリコの勢いはセカンドランまでが限界だった。サードランでまた、途中でストップターゲットを撃ってペナルティが課せられた。
ウイカがミチエを見る。ミチエがうなずく。「ノリコ、少し深呼吸……落ち着いて撃っていこう。すぐに次を撃とうとしないで、30秒……20秒、休んでも大丈夫だから。ペースを落とさないように撃てば、さっきのミスは潰せるよ」
深呼吸をして肩や胸が大きく動いているが、ノリコが小さくうなずいたのはわかった。
ミチエがイザワを見る……イザワは指を二本立ててうなずく。20秒。ウイカがスマートフォンを取り出し、時計を見て秒数を数える。
深呼吸の間隔が長くなり、最後の一回は深呼吸というより長いあくびのようだった。
「時間だよノリコ……さっさと準備して。あと二本撃ったら、ごはん食べて一緒に帰ろう」
ごはん。うん。ノリコは眠そうに目をごしごしこすって、弾倉のぜんまいを巻いた。
「アー・ユー・レディ?」安全装置。グリップを腰に。右手を上げる。ゆっくりとした動きだったが、上げた右手はすっと止まった。短くうなずく。今までの、ペースが落ちてるのを何とか持ちこたえている状態とは違う。「……スタンバイ!」
ぴーっ。頭の奥はまだぼやけていてはっきりしない。そのせいでどんどん速く撃っていきたいという気持ちもそんなにない。
だけど眠くて寝たいという感じともちょっと違って、不思議と落ち着いていて、……ぎゅっ。ぱん。当たった。次。
二枚目。近いので撃ってすぐ当たる。三ま……黄色い的はストップターゲット。まだ撃っちゃいけない。こっちが、三枚目。ちかい。あたる。四枚目……最後にストップターゲット。
安全装置をかけるとギアがむにゅっと鳴って戻る。スカールが眠たそうにしているみたい。いっしょだね。
「ノリコ、深呼吸して20秒休んで」ウイカはスコアシートを見返す。
3.66秒。今までだとフォースランまで行くと5秒前後までタイムは落ち込んでいた。
……練習だとさっさと撃っていたし試合での持ち時間の使い方とか考えてなかったからなぁ。これからのノリコにはこういう練習が必要だね。
18、19、20。「はいノリコ起きて。これで最後だよ」
ノリコはまた大きなあくびの後、ウイカを振り返ってにっこり笑う。
最後だよ。思いっきりやってみようか。うん。
ウイカちゃんが、いてくれる……スカールの弾倉の底を叩き、ちゃんとはまっているか確認する。弾倉に注入されたパワーが、スカールに、そしてノリコ自身の体にも広がっていくようにノリコは感じた。
ダイキくんが、ここにいる。みんなが力を、分けてくれてる。だから最後の一回、もうちょっと、がんばってみる。
「アー・ユー・レディ?」うん。
「スタンバイ!」ぴーっ。なんか思ったよりも早く、一枚目の的にダットサイトが合っている。ぎゅっ、ぱん。当たり。二枚目、三枚目。四枚目。ぎゅっ、ぱん。当たり。ストップターゲット。ぎゅっ、ぱん。これでおしまい。
「アンロードアンドショウクリア!」弾倉を引き抜くと、一気に力が抜ける。
空撃ちして弾が出ないことを確認。安全装置。銃口キャップをかぶせて、ガンケースにしまう。
「レンジ・イズ・セイフ!」
ガンケースを持って立ち上がると、ギャラリーから拍手。イザワが握手を求めてきた。
「いやぁ最後よくがんばったよノリコちゃん。飛ばしすぎて見ていてヒヤヒヤしてたけど、安定して撃てるようになったって感じだね。最後のタイムも2.60秒。いやお見事!これからもこんな調子で、がんばってね」
はい。……スコアシートにサイン。
「おつかれーノリコ。最後まで一人でよくがんばったよ。よくがんばったよ……」ウイカが席から飛び上がるように立ち上がってノリコを抱きしめる。
「ひとりじゃなかったよ……疲れたとき、みちゅが寝るところを用意してくれたし、先生やみちぇが、アドバイスしてくれたり、ケイちゃんが応援に来てくれて、ダイキくんが一緒にいてくれて……ウイカちゃんがずっと見守ってくれていた」
ウイカは顔を起こさない。肩のあたり、ウイカの顔がある辺りに、熱いものがじわっと広がっていくのがノリコにわかった。
「だからがんばれたよ……がんばったよ。ウイカちゃん」
ネクストシューター、大森ミチエさん。インザホール、天空橋くん。
セビオが待機席から離れて、ステージを見渡せる位置に移動する。スマートフォンを取り出し、カメラをミチエに向けた。
「あら記念写真?やっぱりミチエちゃんは、撃ってる時が一番かっこいいからね」
冗談はよしてください雑色さん。動画撮影を開始しながらセビオが言った。
「……撃ち方やフォームが変わったわけではありません。マッハ酒井アカデミーにいた時と、特に変わった様子はないように伺えます。しかし……」
セビオの鋭い視線にミチエが振り返る。怒るでも笑うでもなく、ミチエは小さくうなずいて的に向き直った。
「……以前アメリカのサメズさんがブログで書かれていたエントリーを思い出しまして。現在アメリカでトップを独占している三強シューターは、ミスが少ないわけではないと。ミスがあっても、タイムが速いと……」
ファーストラン。アーユーレディ、スタンバイ……ぴーっ。
「……速いシューターはリカバリーも速いという理屈でもないようで、技術的なヒントがあるわけでもなく、僕にはいまひとつピンと来ませんでした。ですが大森は、さっきのステージで、何かをつかんだ。そのように思えました」
ファーストランは慎重に、ミスなく撃ち終えた。それはいつも通りの大森。
「このステージ、この土壇場で、大森は撃ち順を変えてきました。さっきまで練習していましたが、付け焼き刃なその場の思いつきでなんとかなるものではない事くらい、大森はわかっているはずです。むしろあえてミスが出るような。何かをつかむために。自分を変えるために」
セカンドラン。二枚目を外した。そのまま三枚目、四枚目と撃っていき、ミチエはストップターゲットを撃つ直前に二枚目をしとめた。
「たしかにミスのリカバリーが格段にうまくなっているわね。ミスをしたらそこでつまずいちゃうのがいつものミチエちゃんだけど、迷いがなくなってる」
サードラン。フォースラン……今度は四枚目を外した。次を撃って戻ることはできない。ミチエの銃口が円を描くように動いているようにセビオには見えた。すばやく切り返し、四枚目をしとめて、ストップターゲットへ。
「あれがその、アメリカ三強の撃ち方ってやつ?」セビオが返事をするのに少し時間がかかった。
「わかりません。ですがあれがきっと……何かをつかんだ大森の撃ち方なのだと、確信しています。大森自身確かなものにはしていないのかもしれませんが……僕もこの動画をよく見て、僕も何かをつかめないものか、後でじっくり考えてみたいと思います」
ラストラン。アンロードアンドショウクリア。
「お疲れ様ミチエちゃん。ようやくミチエちゃん本来の力が出せるようになったって感じだね。リカバリーもうまくなってる……小さなミスがあったのに、タイムはそう変わってないよ。プレッシャーに負けないようになったって気がするけど、やっぱり部活の友達のおかげかな?」
考えるまでもないこと。しかしミチエは目を閉じ、今日一日を思い返す……
ケイの助言。ノリコとミチルの勢い。声にはしていないがミチエを叱咤激励し、見守っていたウイカ。そして敵であり目標である、セビオ。
「はい……ひとりでは得られなかったものを、色々とつかめたような気がします」
ラストシューター、天空橋くん。ミチエと入れ替わりにセビオがステージに向かう。
「次のアンリミ……いや、今度のJSCが、楽しみだ。おまえが力をつけていき、その力を発揮できるようになるのがな。そして俺は、いつでもそれを受けて立ってやる……そう簡単には、勝ちを譲ってやらないぞ。このステージもだ。見てろ大森」
望むところだ天空橋。
銀色のリボルバーが、トルメンタ石田の手の中でくるくる回る。前に、後ろに。すとんとホルスターに収まったかと思ったら、次の瞬間にはホルスターを離れて手の中で回っている。目にも止まらない、速くて滑らかな動き。
ノリコがきらきらした目でミチエを見る。
「さすがに無理だよ。銃を回して銃口が横や後ろを向いたら即失格だし。ガンプレイはまずああいうシングルアクションのモデルガンで練習しなきゃ……いいからちゃんと撮影しなよ。あとでウイカに見せるんでしょ」
まだ終了していないステージもあるが、撃ち終わったステージの片付けはもう始まっていた。的や支柱を片付け、ステージを囲うネットを外し、床に敷かれたシートを折りたたむ。ウイカは解体した支柱をまとめて大会本部まで運んでいた。
「撮影はわたくしもしておりますのでご心配なく」いい位置に三脚を据えて陣取っているミチルが言う。
「うん。でもすぐ後でウイカちゃんに見せたいから」
ケイも携帯電話を向けて撮影している。ガラケーだしカメラとか使った事ないけど大丈夫かなと言っていたが、なんとか撮影できているようだった。ミチエもスマートフォンで撮影している。
回転させた銃をトスして、受け止める。右手から左手へ。背中越しに。西部劇でおなじみの、銃の上を払うような動作。そのひと払いで何度も撃鉄を起こし、マシンガンのような速度で連射する。トルメンタ石田の手の中で、リボルバーが止まっている時がほとんどない。
興奮しているダイキを落ち着かせるアツシ。その脇でマドカも、トルメンタ石田のガンプレイを熱心に見つめている。
リイサはほうきを持って床のBB弾を掃くのを手伝っていた。気付いたウイカが驚くとリイサは言った。教え子を働かせて遊んでるってわけにはいかないからね。
トルメンタ石田のガンプレイが終わる頃には、ステージはあらかた片付いていた。誰が言うでもなく、参加者とスタッフが入り混じって、待機スペースや大会本部の机や椅子の片付けが始まった。BB弾を拾い集めてコンビニのゴミ袋に捨てている人もいた。
ミチエやケイ、イノ、アツシやダイキも率先して片付けを手伝う。セビオにイシジマ、しもはゆはやアキナツ、トルメンタ石田にMMR店長も。
所在なさげにオロオロしていたノリコにミチルが声をかけ、ミチルの大荷物を片付ける手伝いをすることになった。
会場があらかた片付いたところで記念写真のあと、表彰式が始まる。一位のマッハ酒井は土曜日参加でこの場にはいない。
ジュニア部門一位はセビオ。総合八位。ミチエは総合三十位。ジュニア部門は四位で入賞できなかったが、レディース部門で一位を獲得した。
リイサがレディース部門二位、総合三十二位、ウイカが九十三位。ノリコが百三十四位。ミチルが百五十三位。
「こうして見るとノリコちゃんの、記憶には残るけど記録には残らない感ハンパないわね」印刷された結果を見ながらリイサが言う。
「ミチルちゃんも、銃の扱いはともかく射撃の方は安定してたわよ。銃の扱いも、午後からは持ち直して最後はきれいに終わらせたじゃない」
表彰式も終わり、ぞろぞろと会場から人が出て行く。後はスタッフが大会本部を片付け荷物をまとめ、床のBB弾を片付けているだけだった。スタッフの一人が園芸用のリーフブロワーを用意して、広い範囲のBB弾を一気に吹き飛ばして隅にまとめていた。
「正直今回一番驚いたはウイカちゃんね。まさかROやってるとは思わなかったわよ……みんなも見ての通り、サブジャッジをこなしていたし、撃つ方もミチエちゃんを除けば一番だったわね。ミチエちゃんは、プレッシャーをはねのけるやり方がわかってきたようね。天空橋くんがすごく高く評価していたわよ」
ミチエが真っ赤になって目をそらす。会場の中を見れば、ウイカがほうきを手に会場の隅を掃除していた。ウイカが一緒だったら、今日はどれだけいじられていただろう。
「……さて、とりあえずアンリミは終わったわけだけど、8月にはPASカップがあるわよ。参加希望者はちゃんと練習して、エントリーの告知に備えること。ケイちゃん……あなたがうちの、PASカップの秘密兵器なのよ」
はい。ケイが答えると、リイサはノリコたちと別れてエレベーターに向かった。
「それじゃあわたしは打ち上げの飲み会に行ってくるから、みんなもごはん食べたら寄り道しないで帰るのよ。じゃあまたあしたー」
会場前はすっかり静かになっていた。
「……搬出が終わったら穴守さんもこちらに合流するとのことですので、とりあえず下に降りましょう」台車を押しながらミチルが言う。
「もうアンリミ終わったんだから、ケイちゃんゴーグル外していいんじゃない?」ノリコが言う。ケイが笑いながらゴーグルを胸ポケットにしまおうとしたところで、ミチルが思い出した。
「羽田さんそのゴーグル……会場で借りたやつ!」あ。
「そういえばアツシさんとマドカさんは?」ミチエが言うと、台車を押して外へ出たはずのミチルが手ぶらで戻ってきた。
「わたくしの方から、お食事の席を用意させていただきました。JTSKの会費もお安くはなかったでしょうに、わたくしだけが先生に引率していただく形になって……少なくともその分のお礼は、させていただきたいと思いまして」
それとわたくしの荷物を家まで運んでいただこうと、そのお礼も。言い終わるとアツシとマドカが入ってきて、ミチルにお礼の言葉を伝えていた。
ノリコのガンケースとウイカの荷物を受け取ると、二人はノリコたちに挨拶して帰っていった。
「で、この子はどうするんだい?」ケイがダイキの頭に手を乗せて言う。
「一応マドカさんとお話いたしまして。いい雰囲気のお店なので、ダイキくんは皆とワイワイ騒いだりできるところのほうがよいのでは、と。……皆様とのお食事の席も用意しようと思っていたのですが、穴守さんがすでに予約をしておりまして」
「さすが穴守さん手回しが早いね。どこを予約したって?」ケイが聞くと、ミチルはちょっと困った顔をしながら答えた。
「わたくしとしてはいささか不本意ですが、焼肉食べ放題のカルネ・スタツィオーネ浅草店とのことです。お肉でしたらもっとおいしいところで頂きたかったのですが」
「でもカルスタでいいよ。わたしもおこづかいそんなに持ってきてないし」
がしっ。ノリコの頭をつかんで顔を覗き込む。「そういうことではございませんのノリコちゃん。お金はわたくしが出しますので、よい雰囲気で、わたくしのお肉が、ノリコちゃんのかわいいお口の中でとろけるところを」
「絶好調だねぇミチルさん。今から歩いていけばちょうど予約の時間にカルスタに着く頃合いだからそろそろ行こうか」搬入口の方からウイカが歩いてきた。
「梅屋敷グループに借りを作るのは怖いしね。奢らないと気がすまないって言うなら、カルスタにもカニ食べ放題コースとかがあるから、その分出すってことでだめかな?」
ミチルはまだ不満そうだった。
「ノリコと水入らずで食事するのはさ、あとでいいんじゃないの。今はさ、みんなでごはん食べようよ。気兼ねしないでワイワイとさ」
がしっ。ミチルのまねをして、ウイカがミチルの頭をつかんで顔を覗き込む。少し当惑して目が泳いでいたミチルだったが、ウイカの瞳を覗き返すのは早かった。
「ずるいですわ穴守さん。わたくしに是も非も言わせていただけないのですね」
少しだけウイカから視線をそらし、目を閉じてからまたウイカの瞳を見つめ返す。
「ですがそうですわね。この大会で得たものはそれぞれ違うのかもしれませんが、共にあの場所に立ち、共に撃った、その気持ちをもう少し、皆さんと共に持っていたい気持ちもございます。それが一番の調味料ですわ」
よし。ミチルの頭から手を放すと、ウイカはみんなに声をかけて都立産業貿易センターを出た。空はまだ明るいが、もう五時過ぎだ。浅草寺の近くを歩くと、もう人気の食堂には行列ができたりしていた。
「まあでもごめんねミチルさん。今度みんなでなんか食べようって時は、ミチルさんにも相談するよ。だけどあんまり高いところだと、ミチルさんにも悪い気がしてさ」ウイカがミチルのそばに来て話しかけた。
「ご心配なく。わたくしもお小遣いは人並み程度しかもらっておりませんが、必要であると両親に申請すれば、必要な分のお金は出していただけるので。部室の資材も、そのように申請致しましたの……レポートを提出する必要はあるのですが、今日ならわたくし、よいレポートを書けるような気が致しまして」
「そういうことなんだ……まぁ次も、ミチルさんがいいレポートを書けるようないい内容の試合にしたいね。その時はミチルさんに遠慮なくたかるから、覚悟しといてよ」
「はい……お任せください」成績は下から数えた方が早い。頼みの綱のミチエも午前中は調子が出せなかったという。しかし”記憶には残るが記録には残らない”そのようなものを多く持ち帰れたようにミチルは思った。
土産物屋の珍しい品を見てはしゃぐノリコとダイキ。それに突っ込むミチエとウイカ。少し離れてそれをにこやかに見つめるケイ、そしてミチル。そうきっと誰もが、あの場から価値あるものを持って帰ってきたのだ。
夢を持ち寄って集う場所。そしてそこから、夢を手に帰っていくのだ。
[stage_03 finished]
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