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stage 03:roundabout(前編)

stage 03

roundabout(前編)



 多摩川を抜けて神奈川県。川崎を抜けると、ミチエの家のある一帯は拍子抜けするほど近い。

 いったんミチエとその父親を拾ってから浅草へ行くのだからと意気込んで早起きした自分がバカみたいにノリコは思えた。空はだいぶ明るい。

「たしかこの辺、ウイカの情報によるとサバゲーのインドアフィールドがあるって話だけど……あったこれか、リーパールーパー。こんな近くなのにサバゲーしないってもったいない話だなぁ」

 信号待ちの間にカーナビをチェックしながらアツシが言う。

「女子高も近くにあるじゃない。都内の学校に行くならもっといいところもあっただろうにわざわざ魚森女子なんて、ミチエちゃんってよっぽどシューティング?好きなのね」

 マドカが話している間にアツシの軽ワンボックスは信号待ちを終え走りだした。駅から少し離れた、坂道の多い住宅街。

 落ち着いた雰囲気の、結構大きな家の前に立つ親子連れ。子供の方がアツシの車を見つけると手を振った。

「おはよーみちぇー」車が止まるとノリコがドアを開けて奥につめる。

「やっ……やめてよその呼び方部活以外で」

 ミチエが乗り込み、少し奥へつめる。その後に、ミチエの父親。

「すいませんねわざわざ迎えに来てもらって……いつも車なんで、打ち上げの飲み会に参加できなかったものだから、本当ありがたいですよ。……申し遅れました。ミチエの父の、大森イノです」

「ノリコの姉の、北糀谷マドカです。こっちは……」ご主人で?それを聞いたアツシの顔が、俄然はりきったものになる。しかしそれも一瞬だった。

「……いえ。ウイカちゃんの兄の、穴守アツシさんです」

 これは失礼しました。と、イノ。

「すいませんお兄さん。ウイカがいないのにわざわざ車を出してもらって」

 ミチエの言葉は聞こえていないようだったが、車のドアが閉まったのを確認すると、アツシは車を発進させる。

 玄関にいたミチエの母に、ノリコとマドカが手を振った。

「いよいよだよ、アンリミットスチール。せっかくキャンセル待ちで来れたんだから、ウイカや羽田さんの分もがんばって撃とうね」

 うん。ノリコは抱きかかえたガンケースを少し強く抱きしめる。


 アンリミットスチールへの一般エントリーは結構な争奪戦になるとリイサやミチエから聞かされていたが、ノリコが寝過ごして申し込み開始から二時間後に公式サイトへアクセスした時にはすでにキャンセル待ちの状態であった。

 ウイカは開始直前から何度もアクセスしたが、つながらなかったという。ミチエは事前に開催された練習会で入賞し優先エントリー枠を確保していた。

 ケイはまだ銃口管理が怪しいということでエントリーを見送り、一般エントリーを取れたのはミチルだけだった。


「それにしてもウイカも薄情だよ。エントリー落ちたからって見送りにも来なかったんでしょ?昨日だって自主連に来なかったし……先生もいなかったから私一人でRO(レンジオフィサー。審判員)するはめになって。もっと撃ちたかった」

「ごめんみちぇ。でもみちゅも途中からやってくれたよね」

「う、うん……だからやめてってその呼び方」ミチエが恥ずかしがっているのをイノもニヤニヤしながら聞いていた。

「いいじゃないかミチエ、かわいいあだ名で。ミチエにもようやく、同年代の女の子の友達ができたんだな」

「ぱっ、パパまでやめてよ」パパ。あっ。

 真っ赤になって口ごもるミチエにマドカが声をかける。「ウイカちゃんがいたら、散々いじられていたわね」

「……ごめんミチエちゃん。いやならやめる」ノリコが言うと、ミチエはあわてて否定する。

「い、いや、その……そんな、嫌じゃないんだけど、同好会のみんな以外に聞かれるのは、あの、恥ずかしくて。あだ名で呼ばれたことなんて、なかったから……」

「わかりやすいし、かわいいし、いいあだ名じゃないミチエちゃん。これってノリコがつけたの?」ちょっと考えてから、ノリコは半分と答えた。

 半分?「あの……お姉さん。以前こういうことがあって……」


「はい競技終了。ノリコちゃん、まだ撃ってないのに時間切れで終了した時は?」手を上げて審判を呼んで、残弾処理の箱を持ってきてもらうまで待つ。

 よくできました。とりあえず簡易弾速計で代用。ばしん。

「はいオーケー。PASカップでもアンリミでも、実際の競技ではボックスに入ったらもう、一人だからね。わからないことがあったら、すぐ審判やスタッフに聞きなさいよ」

 うん。弾倉を外し、銃口カバー。

「五発中四発しか撃てなくて、28-1X。ノリコちゃんほんと、集中力はあるけどペース配分がへたくそで、スタミナとか持久力とかないわねえ。見る見るスコアが雑になっているわよ」

 リイサは電子ターゲットの電源を切る。

「ケイちゃんの次はミチルちゃんとミチエちゃん、どっちが撃つのかしら……ノリコちゃんちょっと聞いてきて」

「はーい」10メートルレンジを出て銃をケイに渡すとノリコはワイドレンジに向かった。

「ミチエちゃんミチルちゃん。ケイちゃんの次どっちが撃つのかって先生が聞いてるよミチ……」

 タイマーを持っている、髪の長い。髪が短かったらウイカ。いつもならミチエ。ウイカは奥で銃の電池を交換している……

 ミチエほど長くはないが、艶のあって、少し硬そうな髪質。紫のブラウス。ベルトをしているがホルスターは右。

「……ゆ。」

 噛んだな。噛んだ。噛んだわね。あ、噛んだ。

「……北糀谷さん」ミチルのタイマーを持つ手が震えている。

「……もう一度、わたくしの名を呼んでくださいます?」

「ミチル……さ」遮るようにミチルが指を突き出す。少しおいて、ノリコに突き付けた指を左右に振った。

「ノンノンノンノンノンノンノンノン……先ほどの、大森さんを呼ぼうとしてROに声をかけたらわたくしで、言い直そうとして噛んだ時のような、感じで」

「え!?え……み、ミチ……ゆ」ミチルはタイマーを机に置くとノリコのところに歩み寄り、ノリコの頭を両手でがっしり押さえると顔を覗き込んだ。「プリーズワンモアタイム」

「ミチ、ユ……みちゅ」長い沈黙。

 ミチルさんがキレるトリガーって、こういうのなの?とウイカが思っていると、唐突にミチルがウイカの方を振り向いて指差した。

「貴方!……穴守さん!」なぜこっちに飛び火!?「これは……いいものですね!とても!……よいものです!」

 さっきの。ノリコの顔を覗き込むやつ。ウイカのまねをして。うん。他は一切理解できない。

「貴方!北糀谷さん!今後あなたは、わたくしのことをみちゅと呼ぶようにしていただけると、とても!わたくしは!」

 興奮するミチルにされるがままに頭を振り回されていたノリコだったが、よくわからないがとにかく本気なさまを見て取ると、ミチルににっこりと笑いかけた。

 うん、わかった。みちゅ。

……えー、最初からやり直すわよケイちゃん。BB弾も補充しといて。……あー、はい。あと罰金100円ね。

「みちゅって方が言いやすくていいね。そうだミチエちゃんもみちぇって方がいいな。みちゅと、みちぇ」

 ご機嫌にノリコの頭を揺すっていたミチルの手がハタと止まる。「……マーベラス」

 がたっ。貴方大森さんあなたは今日から大森みちぇです改名なさい役所はまだ開いておりますわさあ今すぐただちに!

 ダメだこいつ。今度はミチエの頭を掴んで振り回すミチルを見ながらウイカは思った。


「……ウイカが言ってたけど、普段は抑えているけど感情の熱量が高い人で、たぶんかわいいものとかに免疫がなくて、それでそういうのを見たりした時にリアクションがおかしくなるんじゃないかって。いつもはほんとまともで、頼りになる人なんだけど」

「ひでえなウイカも。うちもお世話になってる梅屋敷グループのご令嬢に……しかしほんと面白そうな子だねえ」アツシの横でマドカも声を殺して笑っている。

「まあ、ウイカがついてるとはいえ、ノリコちゃんもうまくやってけてるみたいで安心したよ。楽しそうで何より」

「そうだよそのウイカがいないんだよ」不満げに座席にもたれかかりながらミチエが言う。

「金曜までは普通に練習してたのにさ。羽田さんだって応援に来てくれるって言ってたのに。一人でサバゲーでも行ったのかな」

「?……ウイカの奴昨日撃ってましたよ」撃って?どこで?

「浅草で……アンリミットスチール。土日の二日間開催で土曜日の方。保護者がいるってんで俺も一緒に。マドカさんもやったっていうクイズもやってJTSKの会員になって」

 キャンセル待ちの枠が空いてノリコが参加できることになってリイサに言われたのがそれだった。18歳未満はアンリミットスチール主催であるJTSK会員の保護者が同伴する必要があると。

 マドカが同伴することになり、入会時に安全ルールに関する簡単なクイズもあった。

「アンロードした銃を落としたら失格になった。○か×か」マドカが聞いた。

「えーと……×。弾が入っていなければ警告、だったっけ」

「落とした銃を自分で拾うのは?」今度はノリコ。

「×。スタッフが拾ってくれるのを待つ」

 両方とも正解。顔を見合わせるノリコとミチエ。「聞いてないよ。ウイカちゃんが出るなんて」

 信号待ちで車が止まると、アツシは自分のスマートフォンを取り出して操作した。

「動画も撮ってあるよ。先生が撮ってくれたんだけど。安定して撃てているって先生もほめていたし、あいつがんばっているんだなぁって」

……先生?怪訝な顔をしながらミチエがスマートフォンを受け取る。再生。

「!……ちょっ……あの子これって!」



 カーナビの地図で見ると、ちょうど浅草寺の真横。土産物屋の前でアツシの車を降りると、信号の向こうが都立産業貿易会館。信号待ちの間にも、ガンケースらしい大きな荷物を持った人が建物に入っていった。

 会場は五階。他の階では物産展などのイベントをやっている。大森さんおはよう。ミチエちゃんおはよう。エレベーターを待つ間も、他の参加者がミチエとイノに挨拶をしてくる。

 エレベーターを降りると、通路は人でごった返していた。会場となる展示場はまだ準備中で、入り口のドアはまだ閉まっていた。

 見回すと年齢はたしかに幅広いが、比較的年齢の高い人が多いようにノリコには見えた。感じる熱気は、最初にウイカにサバイバルゲームに連れてってもらった時のことを思い出す。

 最初にサバイバルゲームに行った時、ちょっと感じた不安感。自分はここに入っていいのか、場違いなんじゃ、よそものなんじゃないか。

 あの時は、ウイカちゃんが手を引いてくれた。今日、ウイカちゃんは……

 ミチエちゃんおはよう。あれそっちの子は?

 ミチエがノリコのそばに寄って、肩に手を置く。

「友達の!……友達の、北糀谷ノリコさん。いっしょの部活で、今日……一緒に撃つんです」

 肩に置かれた手にだいぶ力が入っていて、少し痛い。緊張してるんだ。

 ミチエが話を終えたところで、ノリコはミチエの手にそっと手を重ねた。「緊張するね……でもみちぇがいて、安心した。いっしょにがんばろうね」

「う、……うん」ノリコの肩から手を下ろして、改めてノリコの手を握る。ノリコの手は柔らかくて、緊張しているミチエの手では握り潰してしまいそうに思えた。

 手を動かせないでいると、ノリコの手がミチエの手をふんわりと包んだ。

「あ……来たのねミチエちゃんノリコちゃん。こっち来なさい」

 通路の外れ、階段の方にリイサとミチルがいた。ミチルは結構な大荷物で、折り畳み式のテーブルまで用意して自前の台車に積み込んでいた。

 みちゅおはよー。おはようございますノリコちゃんミチエさん。雑色さんお久しぶり、ミチエがずいぶんとお世話になってるようで。お久しぶりです、やっと来れましたよ大森さん。お二人ともよろしければ荷物はこちらの台車に。ありがとう助かるよミチルさん、ずいぶんと大荷物だね。始めましてマドカさん、シューティングスポーツ同好会顧問の雑色リイサです。始めまして、ノリコの姉の北糀谷マドカです。

「そうだ先生。昨日会場にいたって聞いたんですが」ミチエが聞くとリイサはあっさり答えた。

「ああ昨日撃ってきたのよ。エントリー申し込んだら通っちゃって……てへっ」

 呆れ顔のミチエ。「てへっじゃないですよ先生。ウイカは落ちたしノリコもキャンセル待ちでかろうじてって感じだったのに先生だけ撃ってるって」

 ぐうの音も出ない正論に、リイサの返事もぐずる子供のよう。

「いいじゃないわたしが撃ちたくて同好会を立ち上げたんだしミチエちゃんさえ出ていれば体面は保てるんだから。……いやまあちょっとは申し訳ない気持ちもあったんで言い出せなかったのはごめんね?」

「謝るんならノリコとウイカに謝ってくださいよ。……そうだよウイカだよ!先生いったいあれは……」

 展示場のドアを開けて会場側から一人出てきた。リイサとミチルがここにいることを知っていて近寄りながら、マドカに話しかける。

 お兄ちゃんは?安い駐車場をミチエちゃんのお父さんに教えてもらって停めに行ったわよ。

「ウイカ!ちょっとこれはどういうことよ!」会場はまだ準備中。そこから出てきた。

 ミチエはウイカの着ている緑色のTシャツを脱がせんばかりの勢いでつかんで引っ張る。ピンと張られたTシャツの胸には。

「ちょっと説明してよ!この……」

「おっぱい」


「お二人とも、なかなか息の合ったツッコミでしたわ」

 容赦ないウイカとミチエのツッコミを受けたノリコの頭をさすりながらミチルが言った。

「ともあれ、わたくしも先程会場に着いて驚いたのですのよ。ウイカさんがスタッフをされていたのには」

 ウイカの着ているTシャツの胸には、JTSKのロゴ。スタッフ証も首から下げている。

「いやぁ、スタッフ募集の告知を見かけてさ、スタッフ枠で撃てるって話だったんで即申し込んでアピールしたのよ。先生の名前を出して、雑色先生の部活でROの練習していますって言ったら、話は早かったよ」

 頼もしいやら呆れるやら。微妙な顔をしているのはミチエもリイサも同じだった。

「わたしも昨日来てびっくりしたわよ。引率までお兄さんに来てもらって、これじゃなんか教え子を働かせてわたしが遊んでるみたいじゃない」

 客観的に見て概ねそうです。その場にいた者はみんなそう思っていた。

「せっかく土曜に好きに撃って、日曜はミチルちゃんの引率とみんなの指導に専念しようと思ってたのに……撃つだけでなくサブジャッジまでやるとか気が気じゃなかったわよ」

「そうそう。あたしがサブジャッジだから……みんなの撃つ、Eスクワッドの。メインジャッジはイザワさんだから安心してよ。じゃああたしはちょっとトイレ。じゃあねー」

「……あの子がウイカちゃんか。ずいぶんしっかりした子だね……ユニークな人材が揃ってるじゃない雑色さん」ウイカ、ミチル、ノリコ、ミチエ。見回しながらイノが言う。

「ミチエが帰ってくるたびに同好会でこんな事があったってうれしそうに言うんですよ。マッハ酒井アカデミーでもそんな事はなかったのに。中でもウイカちゃんの事となると」

「そっ、そんなには言ってない」真っ赤になるミチエ。

 数分後、車を停めてきたアツシが戻ってきた。会場入口周辺はだいぶ混み合ってきたのにあっさり見つけられたのは、ノリコたちが階段のあたりにいると、ウイカからメールが来たからだという。


「そろそろ開場の時間ですわね。ノリコちゃんミチエさん、先に入って待機スペースの一番奥を確保していただけますか?」

 がってん。開場内ではゴーグル着用が必須だから、今からつけとこう。うん。

 入口のドアは四つあるが三つは閉め切られている。入口として使われるドアは一つ。おはようミチエちゃん。おはようございます。そっちの子は?お友達?はい。北糀谷ノリコです。

 開場の時間。ノリコとミチエが先に入って待機スペースの一番奥に向かう……椅子とテーブルは参加者分の用意はあるが、ウイカがテーブルの間隔を少しずつこっそり詰めて、ミチルの折り畳みテーブルが入る余裕を作ってあった。

「……そういう事でして。皆で一緒に撃てないとノリコちゃんやミチエさんを心配させた分くらいの働きは、して頂かないと」

 悠々と台車を押し運びながら、リイサとイノにミチルは言った。

 やっぱ梅屋敷グループを敵に回しちゃいけねぇな。思いながらアツシはキャンプ用の折り畳みテーブルを台車から降ろして展開させた。

「終わりましたら、お茶に致しましょうか」

 そう言うミチルの荷降ろしを手伝いながらリイサが言った。「その前に銃と装備の用意をしておきなさい。受付とガンチェックを早めに済ませたら、お茶にしましょう」

 ノリコは特に装備を用意する必要がない。スカールに新品の乾電池を入れて、弾倉にBB弾を入れる。給弾用のぜんまいも忘れず巻く。

 ダイキから預かった予備弾倉。弾を入れてぜんまいを巻いたら、ポケットにしまう。お守りだね。

 ミチエはレンジバッグからガンベルトを取り出し、インナーベルトに巻き付ける。グリーンガスのボンベは昨日新品に交換した。弾速チェックに備えてベルトに装着する。ホースでつながった弾倉も。

「そういえばミチルさんの銃は?ライフルでエントリーしてたけど」

 待ってましたとばかりに、ミチルがガンケースをテーブルに置く。たぶん立てればノリコの首くらいまでありそうな、大きいもの。

「せっかくですので、何かちょっと変わったものをと思いまして」

 ガンケースの中にあったのは、銃床が木製の古そうなライフル。機関部の底からホースが伸びて、グリーンガスのレギュレーターにつながっている。

「おおっ、M1ライフル。渋いねぇ……ノリコちゃん、ほらあの、ライオン上等兵でみんなが使ってた奴だよ」と、アツシ。

「えーとあの……撃ち終わるとなんかチーンって出る奴?」

 ガンケースに一緒に収められていた、クリップ型の弾倉をミチルはノリコの前に置いた。「そうそう、こういうの!へえ……これが飛び出すの?」

 ノリコとアツシ、マドカの反応はよかったがミチエやリイサの反応は今ひとつだ。「ちょっと残念なことを言っていいかしらミチルちゃん」

 保護者同伴なら18歳以上用の銃で出場できるはずだし初速もレギュレーションの範囲内。8ミリ弾禁止のルールもないはず。

「チーム秋葉原のしもはゆはさんがここ二,三年使ってるわよ、マルカミM1。その前にも使ってた人がいたわね……たしかアキナツさん」

「」言葉を失うミチル。

「あーいや、ミチルちゃんのコレクションから見るとわりと普通で新しめな感じじゃない?周りをびっくりさせようって言うのなら、もっといいビンテージ銃はいっぱいあるじゃない……ミチルちゃん?」

 ノリコ絡み以外で、ミチルが自信にあふれ凛とした顔を崩すのを見るのはリイサも始めてであった。涙目、というよりもう泣き出しそうな顔でリイサを見ている。

「まあ確かに、かなりのじゃじゃ馬らしいけど作動や命中精度は充分だし、8ミリは珍しいし、セミオートで撃てるから、……そういう計算だったの?」声もなくうなずく。

「まあ……なんていうか、ネタ銃で勝負するのなら、悪いけどちょっと考えが甘かったわね。たとえばリボルバーを使うシューターは少なくないし、アンリミといえばカウボーイ部門もあるじゃない。ガチの競技志向じゃないシューターも結構いるごった煮なマッチなのよ」

 ノリコがミチルの顔を見ている。心なしか、笑いをこらえているようにも見える。「……わたくしをお笑いになるのですかノリコちゃん?」

「あの、いや、そういうのじゃないんだけど……でも、いつもしゃんとしてるから、ちょっと涙目のみちゅって、ちょっとかわいいなって」

 ミチルの顔がたちまちいつも通りの顔に戻った。いつもの、ノリコ絡みのちょっとおかしいテンションの。

「さあ皆さん準備がよろしければ参りましょうか。受付とガンチェック、それからちょっとお茶を入れたら、いよいよアンリミ本戦ですわね」



「……えー、皆さんこんにちは。わたしがEスクワッドのメインジャッジを務めます、イザワです。今日一日、よろしくお願いします」サブジャッジの穴守でーす。ウイカが口を挟む。

 ネットで正面と左右を囲ってあるステージ。床に敷かれたブルーシートの上に、支柱が置かれ鉄板がかかっている。射手の入る塩ビ管の枠。会場全体は広いが、ステージ自体は部室と変わらない。

 違うのは、その少し後ろに長机が置かれ、集計用のノートPCが置かれていること。そっちはもう一人のサブジャッジが扱い、ウイカはスコアシートの筆記。

 そしてその後ろに人数分の椅子が置かれ、選手が待機している。さらにその後ろにギャラリー。

 ステージ前に集まっているか点呼が始まった。撃つ順番で呼ばれる……ミチルが三人目、ノリコは六人目。その次、七人目にイノが入り、少し下ってミチエが十二人中十一人目。

「……天空橋セビオくん」はい。十二人。

 最後に呼ばれた男が、ミチエのところに歩み寄る。ケイよりも背が高く、体つきは普通だが引き締まった印象を受ける。

 それを見るミチエの目つきは、うれしそうではなかった。しかし警戒しているという風でもなかった。

「久しぶりだな大森。新学期になってから酒井さんのところに来なくなったんで、シューティングをやめたんじゃないかって心配したんだぞ……いったい何してたんだ」声のトーンも口調も、落ち着いた感じだ。

「あんたの知ったことじゃないでしょ。わたしがシューティングやめるわけないじゃない」

 結構なイケメンさんにタメ口で話している。友達いなさそうなミチエがいったいどこで知り合ったのか……ウイカは思ったが、答えはすぐわかった。

 酒井さん。マッハ酒井アカデミー。

「雑色さんが先生やってるのは知ってるでしょ。それで先生が学校で同好会を立ち上げて、そこで撃ってるのよ」

 セビオが驚いた顔をする。学校で同好会。シューティングの。

「学校で撃てるのか。それはうらやましいな……そうすると、そちらの皆さんも、同好会の……あっ、梅屋敷さん?」

「お久しぶりです天空橋さん。わたくしも縁あって雑色先生の同好会に所属して、今日始めて大会で撃ちますのよ?……わたくしの名が呼ばれた時も知らんぷりでミチエさんの事を見ていらして、ずいぶんと仲がよろしいようですのね」

「そっ、そんなのじゃないから!」あわててミチエが否定する。

「こいつとは、マッハ酒井アカデミーで一緒で、ライバルみたいな感じで……というか、ミチルさんなんて天空橋のこと?」

「ミチエさんもご存知でしょう?天空橋さんのお父上の職業は……天空橋エレクトロニクスの旧本社ビルは舵羽根にありましたから、その縁で」

 引っ越してから疎遠になってしまい申し訳ありません。セビオが言う。

「昔は時々、梅屋敷さんと一緒に遊びましたね。キバヤシさんの工房に連れて行ってもらった時の事はよく覚えています……あれで銃に興味を持って、酒井さんの練習会に」

「酒井さんのシューティングレンジ、青山のマンションを借りて使っているんだけど……こいつ歩いて通ってるのよ。家が近くだからって」ミチエがノリコに言う。

 ノリコはきょとんとしているが、マドカは大体わかったようであった。

「要するに、ミチルさん並みのお金持ちで、ミチエちゃん並みの経験と実力のあるスーパーエリートって事みたいよ。これはミチエちゃんも大変ね」


「ネクストシューター、梅屋敷さん。インザホール(次の次)、イシヅカさん」二人目が撃ち終わった。

 ミチルがステージ後方の待機席を立ち、端の方に置いておいたガンケースを取る。「……行って参りますわ」

 イザワに軽く挨拶をして、枠に入りその前にガンケースを置く。ガンケースを開ける。おおっ、マルカミM1。

 イザワとウイカが反応した以外は特に反応はない。……銃を取り、銃口カバーを外す。クリップを手に取り、ボルトハンドルを引く。

「サイトチェックしなくていいの?」イザワが聞く。

「あっ、はい……サイトチェック致します」しゃがんでクリップを置き、ターゲットに向き直る。

 照準や構えのチェック……だけでない。撃つ順番、スタンス。リイサの言葉を思い出す。


「……さっきから見てると、ノリコちゃんミチルちゃん、ミチエちゃんの撃ち順を単にそっくりそのままマネしているだけでしょ。それだとダメよ……何がだめって、まずミチエちゃん左利きなのよ?」

 部室のワイドレンジには、アンリミットスチールの”木のステージ”シュープリームサーズデイが組まれている。

 ステージ中央の少し奥にストップターゲット、他のターゲットは左右に二つずつ置かれているが、左側の一枚だけ近くに置かれていて他は一番奥の方に置かれている。近くの的は小さい鉄板。

「近くにある小さい的と、遠くにある大きな的、どっちが撃ちやすいと思う?銃を右に振るのと左に振るのとで、どっちがやりやすい?撃ちにくい的は先に片付けとく?撃ちやすい的を確実に撃ってからにする?そういうの考えたことないでしょ」

 ミチエはまず左手前を撃って、次に左奥。それから右奥から中央に撃っていく。ノリコたちがまねをすると、左奥から右奥を撃つ時どうももたつく。

「プレートはだいたい、気持ちよく撃てないように配置されてるものよ。気持ちよく撃ってると罠にはまるようなね……罠を避けて、一番気持ちよく撃てる撃ち方というのが、たぶん一番速い撃ち方になると思うの」

 たとえばわたしはこう。リイサが自分の弾倉から延びるホースをコンプレッサーに接続して枠に入る。ROのウイカに確認を取って銃に装填。

 リイサは正面より少し右を向いて立っている。ミチエとは正反対だ。スタンバイ。ぴーっ。

 リイサが銃を抜いて真っ先に狙ったのは、右奥。そこから奥側の的を手早く撃っていき、左手前、最後に中央のストップターゲット。

「ミチエちゃんの撃ち方はミチエちゃんが自分の体や撃ち方に合わせて出した、ミチエちゃんだけの答えなのよ。絶対の正解はない。そこは自分で考えて、試行錯誤していきなさい」


 ミチルたちEスクワッドは”水のステージ”ウェンズデイ・スプレーからスタート。左手前から右奥まで、斜めに4つの的が並べられ、右奥が大きく四角い鉄板。そしてその流れから外れて、左奥に一枚。

 ストップターゲットは中央。ノリコがたまに、4枚を流れで撃ってつい間違えて撃ってしまう。気持ちよく撃っていると罠にはまる。まさに。

 射手の立つ枠は少し左に寄せられている。ストップターゲットに向き直ると、右奥の的が少し撃ちにくくなる。……しかし鉄板が大きい。

 ストップターゲットより心持ち右寄りを基準に立つ。右から2番目を最初に、次に右端。銃が重いので大きく振ったら慎重に銃を止めて左端奥。一番近い左手前、そしてストップターゲット。

 銃を降ろす。「ロードアンドメイクレディ」

 ボルトハンドルを引き大きく開いた排夾口に指を入れ、オープンレバーを操作する。ボルトが下がったままになったところで、クリップを装填。ボルトハンドルを軽く引いてホールドオープンを解除。安全装置をかけ、グリップを腰の辺りに。

「ファーストラン!アー・ユー・レディ?」

 レディと言うにはいささかじゃじゃ馬ですわよ?手を上げて、うなずく。「……スタンバイ!」

 ぴーっ。重い銃を持ち上げ、しっかりと銃床を肩につける。トリガーガードの前にある安全装置を解除。リアサイトから的が見え、フロントサイトも合っている。

 よし!引き金を引く……がしゃっ。巨大なボルトが勢いよく後退し、その衝撃がミチルの肩を打つ。

 ランプが点灯する。跳ね返った8ミリBB弾が顔をかすめる。体を外側にひねり、右奥の大きな鉄板をとらえる。がしゃっ。点灯。体をひねった反動で左端を狙い、的をとらえたら勢いを殺して少し慎重に狙う。がしゃっ。点灯。そこからは、手前の的、そしてストップターゲット。

「ナイスラン!」どこからか声が上がる。

 ヒットぉ!聞き慣れた声。……振り返ると、ノリコがあわてて口を押さえている。周囲から笑い声。「ノリコ、ヒットコールはしなくていいから!」

「いやいや、跳弾でもちゃんとヒットコールするのはいいゲーマーだって事だよ」ミチルが的に向き直るまで銃口の向きから目を離さずにイザワが言う。タイマーの表示を見て、サブジャッジに見せ記入し終えたのを確認する。

「セカンドラン!アー・ユーレディ?」

 落ち着いて撃てている。銃の作動も万全で、マッチプレッシャーなどどこ吹く風といったところですわ。

「スタンバイ!」ぴーっ。がしゃっ、がしゃっ、がしゃん。……目の前を黒い影が跳ね上がる。4発目……撃てない。からん。足元に何かが落ちた。

 おおっ、あれが。ノリコの声。

 ふと我に返る。そうだM1のクリップ。装弾数は、8発。二回撃つには、足りないのだ。

 腰を落としてガンケースのクリップを一個取り、銃に装填……クリップを入れようとしたところでボルトが前進しクリップが挟まれる。クリップを引き抜く。ボルトハンドルを引き、オープンレバー。クリップを装填。ボルトハンドルを引く。引きすぎた。クリップが飛び出す。やり直し。

 何とか再装填が終わる。近い的……点灯しない。外した?落ち着いて、もう一発。がしゃっ。点灯。ストップターゲット。がしゃっ。……点灯。

……そうですわ一回ごとにクリップを交換しなくては。ボルトハンドルを引き、……左側面のクリップラッチ。クリップを排出。新しいクリップ。ボルトハンドル。オープンレバー。クリップを。また挟まる。やり直し。……完了。

「サードラン!」グリップを腰に。手を上げる。……今度は銃口から弾がこぼれ落ちる。いったいなんだって、こうも何もかもうまくいかなく。

「先にチャンバーにあったBB弾が押し出されただけだね。落ち着いて」

 はっ。あっ、ありがとうございます。準備、よろしいですわ。「アーユーレディ、スタンバイ!」

……撃てた、はす。どう撃ったか、思い出せない。ボルトを引いて、クリップラッチ。クリップを排出。新しいクリップ……排莢口。

 クリップから薬室までBB弾を送るフィーディングランプに、クリップからこぼれ落ちたBB弾が残って転がっている。

 転がって、落ちた。クリップが取り出されて大きく開いた機関部に。銃をひっくり返して振ってみるが出てこない。

 どこかに挟まってしまった。……試しに新しいクリップを入れてみるが、入らない。

 銃が重い。支える左手が震えてきて、銃がふらつく。クリップが入らない。またボルトが閉まって挟まれる。また!やり直し!もう……!

「ガントラブル?……それならいったん中止して。五分以内に直して戻ってこれる?」答えられない。

「それじゃあとにかく、安全装置をかけて、銃口カバーをつけて、ガンケースに……レンジ・イズ・セイフ。戻ってきたらフォースランから再開するよ」

 一礼をすると、ガンケースを持って逃げるようにミチルはその場を離れる。ミチルが落としたクリップをイザワが拾い、ウイカのそばに置く。

「後で渡しておいて。……あの子大丈夫かな?」

 ウイカが振り返ると、ちょうどリイサがノリコやミチエとの話を終え、ミチルを追って待機スペースに向かうところだった。

「あんだけショックを受けたミチルさん見たことないんで、なんとも。でも先生が引率でついてるから」


 折り畳みテーブルの上にガンケースを置き、開く。工具箱とマニュアルを取り出したところでリイサが来た。

「ミチルちゃん……M1で行こうと思ったのはいつからなの?ライフルでエントリーした時から決めてた?」

 ミチルは首を横に振る。トリガーガードを引いてロックを解き、引き起こしてトリガーユニットを取り外す。

 ころん。外したとたんに挟まっていたBB弾がこぼれ落ちる。ドライバー一本使う必要すらなかった……ミチルはそのBB弾を、しばらくの間じっと見つめていた。

「……二週間前でした。いくつか候補があって決めかねていたのですが、雑談をしていてノリコちゃんがライオン上等兵の話題を口にされていて」

 Eスクワッドは4人目が撃ち終わった。制限時間は一人だいたい二分半。次の次、ノリコが撃ち始めるまでには戻らないといけない。

「部室から家に持ち帰って、起床後と就寝前の時間を利用して、外部パワーソース化と、ツイスターバレルへの交換を。自宅ではあまり撃てないので試射と照準合わせくらいしか。装填の手順は充分うまくできたはずでしたのに」

「使い慣れた銃でも不測の事態というのは起こるものよ。レースガンだって、組み上がれはハイ完成ってわけじゃなくて、練習で撃ち込んで、ローカルマッチで使ってみて、それでもトラブルがあったりね。ミチルちゃんがんばったのだろうとは思うけど、充分ではなかったわね」

「……はい」トリガーユニットを戻し、ガンケースを閉じる。

「試射レンジに行って動作チェックをしましょう。終わったらここに戻ってクリップに弾を入れて少し休んでなさい……銃が直ったことを報告して、Eスクワッドの最後に撃たせてもらうよう頼んでみるわ」


「ネクストシューター、北糀谷さん。インザホール、大森イノさん」

 ノリコが席を立つ前に、リイサがサブジャッジの机に来て状況を報告した。銃は直った。撃ち順はスクワッドの最後。

「ミチエさん大丈夫みたいだね。……ノリコ、安心して撃ってきなよ」

 うん。ノリコがステージに入り、枠の中に立つ。枠の前にガンケースを置き、開く。スカールと弾倉を取り出す。その下には。

「……鉄琴?どうしてそんなもの持ってきたの?」イザワだけでなく他の選手やギャラリーも何人か、ノリコのガンケースを覗き込む。

「マッハ酒井さんの動画をまねして、うちで時々やってるんです……サインしてもらおうかなって、思って」

「あれをやってるの?まねしようってなかなかできるものじゃないよ……あ、サイトチェックはいい?」ダットサイトのスイッチを入れる。立ち位置は、ミチルよりやや右寄り。

 ロードアンドメイクレディ。スカールに弾倉を装填し、イザワの許可を取ってから一,二発撃って確認。安全装置。

 ファーストラン。「アーユーレディ、……スタンバイ!」

 ぴーっ。……最初の一発は、みちぇにかなわない。急いで、でもあわてないように。撃ちやすい大きな鉄板。そこから斜めに並んだ鉄板を、一気に。左奥を撃って、ストップターゲット。

 ぱちん。……できた。安全装置をかけ、銃を下ろす。周囲からどよめきの声。

 イザワを見る……タイマーの数字を見て呆然としている。イザワが振り返ってウイカを見る。ウイカは椅子にもたれかかって、顔に手を当てる。声は聞こえないが、口の動きはなんとなくわかる。

 やっちまった。その口はそう言っていた。

「……えー、ノリコちゃん」ノリコに向き直ったイザワが申し訳なさそうに言う。

「……右から左に撃っていく時、真ん中のストップターゲット撃っちゃったよね。最後にも撃っていたけど」

 あ。「申し訳ないけれど……最初にストップターゲットを撃った時間に、左二枚はミスになってペナルティがそれぞれ三秒になるよ」

 イザワがタイマーを操作して、履歴から最初に撃った時間を呼び出し、ノリコに見せてからサブジャッジに見せる。

「大森……なんだ、あれは」セビオがミチエに話しかける。

 ミチエは答えない……悪い意味でいつも通りの、うっかりミス。見ているこっちが恥ずかしくなる。

 セビオは席を立ち、サブジャッジの席に向かう。記入されたノリコのスコアを覗き込み、サブジャッジに話しかけて六枚撃ったタイムを聞く。

 セカンドラン。アーユーレディ、スタンバイ。ぴーっ。初弾は遅い。二発目は速い。次、またストップターゲットを撃ちそうになって銃が止まる。左手前を撃つ。左奥。……初心者らしい、ゆっくりした射撃。

 ストップターゲットを撃ち、イザワの方を向いてちゃんと撃ち終わったと確認してにっこり笑う。その目は少し眠そうだった。

 サードラン、フォースラン……見るべきところは何もない。セビオは席に戻った。

 ラストラン。アンロード&ショウクリア。ゆっくりとだが淡々と確実にこなす。銃をガンケースにしまい、重そうにガンケースを持ち上げる。

 席に戻ろうとしたところでウイカに呼び止められ、スコアシートにサイン。

「……えへへ、またやっちゃった」席に戻ると、ノリコはミチエに話しかけた。

「緊張はしなかったんだけど、なんかすっごく疲れた。でもミスしたのは最初だけだよ?一番悪いスコアがナシになるんだから、最初のがなくなるんだよね?」

「うん。そうだね」ミチエが言う。セビオはまたサブジャッジのところへ行きノリコのスコアを見る。

 17秒台。初心者にしては上出来だ。スコアシートを見ると、見る見るタイムが遅くなっているのが一目瞭然だ。

 最初のがなくなるんだよね。ノリコの言葉を思い出す。……三枚しか撃たなくて、6秒のペナルティがついて、7秒半。初弾の遅さを考えると。

……六枚撃った時間。一枚余計に撃って、2.18秒。たとえバクチでかっ飛ばしたからと言って、初心者に出せる数字ではない。しかも、一発も外していない。

 振り返る。……ノリコはミチエにもたれかかって、今にも眠りそうになっている。リイサが立たせて、待機スペースに連れて行こうとしている。その様子とあのファーストランの姿が、どうしても一致しない。

「そうだ。北糀谷……さん」呼び止められてノリコがセビオを見る。

「酒井さんは昨日撃って、今日は私用があるので、来ていません。申し訳ありません……北糀谷さんのことを話したら、たぶん酒井さんは喜ぶと思います」


「ネクストシューター、大森ミチエちゃん。インザホール、天空橋くん」

 ミチルはまだ待機席に戻ってきていない。ノリコは、ミチルが持ってきたデッキチェアーに寝そべって眠っている。ノリコは緊張していないと言ったが、集中力が切れて眠くなるのが早すぎる。やはり緊張していたのだ。

 ミチルのガントラブル、ノリコのミス、みんなの雰囲気が重苦しくなっている。私が、がんばって雰囲気を盛り上げないと……ミチエは席を立ち、ステージに入る。

 イザワに一礼し、レンジバッグを置いて弾倉とレギュレーターを取り出す。BB弾は入れてある。

 ガンケースからレースガンを取り出し、いったんホルスターに収めてからイザワの許可を取ってサイトチェック。

 一番近い左のターゲットを、まずはすばやく確実に。その勢いで、左奥のターゲットもいける。ストップターゲットをいったん飛ばして、右の二枚。落ち着いてストップターゲットを撃つ。

 左奥とストップターゲットの間くらいを向いて立ち、少し体をひねって左手前に向き直る。

 ロードアンドメイクレディ。ファーストラン。アー・ユー・レディ?よし。……スタンバイ!

 ぴーっ。一発目は確実にヒットした。二発目。当たったのを確認したら、ストップターゲットを飛ばして、……当たってない!三枚目を狙うために動き出していた体に、ブレーキがかかる。二枚目に戻り、撃って次……当たってない。

 10歳以上用の遅い弾速がもどかしい。アンリミは18歳以上用が使えるんだから、そうするべきだった。落ち着いて、二枚目を確実に当てて、確認してから、……三枚目。四枚目を当てて、急いでストップターゲット。

 タイムは……3.74秒。ミチルの調子がいいと、だいたいこのくらい。だけど……そうじゃない。せめて三秒を切っていないと!

 セカンドラン。ぴーっ。左の二枚をすばやくしとめて、……二枚とも当たってない!1,2……二枚目だけ当たってる。外すたびに、体にブレーキがかかり、心の勢いが削がれる。タイム……3.53。

……落ち着いて。まずはミスのないように撃っていこう。サードラン……2.88.とりあえず三秒は切れた。もう少しペースを上げる。フォースラン。……2.58。

 落ち着くんだ。ミスさえなければ、二秒台はいける。ペースはだいぶ取り戻せてる。10秒台は……無理でも、他のステージで挽回すれば。

 ラストラン。ぴーっ。ドロウからの初弾は、うまくいった。二枚目。落ち着いて。当たったのを確認。三枚目。よし。四枚目……

 ばっ。

 手に伝わる反動の感触が違う。スライドストップがかかった……弾切れ。

 弾倉を抜いて、いったん銃をホルスターに収める。BB弾のボトルは、ベルトのポーチにある……弾を押し上げるフォロワーを降ろして、弾倉の前面にドリルで開けた穴からBB弾を流し込む。あと二発!あと二発でいい!

 BB弾ボトルを放し、弾倉を右手に持ち替える。銃を抜いて、装填。スライドストップ。四枚目……ランプは点灯している。さっきのが当たっていた。撃たなくてよかったのに!……ストップターゲット。タイムは、……見たくない。

 アンロード&ショウクリア。BB弾ボトルを落としたことに気がつく。あとで拾わないと。ハンマーダウン、ホルスター。……ホルスターじゃない。ガンケースにしまわないと。

 レンジイズセーフを宣言しようとしたイザワに待ってもらい、ホルスターから銃をガンケースにしまう。

  BB弾ボトルを拾い上げる……ノリコやウイカと初めて会った日、あの日の勝負を思い出す。

 あの時ミチエが勝ったのは、ノリコが弾切れしたから。自分がこまめに、弾を補充したから。”誇りなさいミチエちゃん、あなたが掴んだ勝利よ”

 スコアシートにサイン。タイムは、12.73秒。スコアシートの記入を担当しているウイカが話しかけてこなかったのは、少しありがたかった。

 待機スペースに戻る前に、ふと気になって大会本部に足を向ける。妙に気まずそうなウイカの顔が、気になる。

 プロジェクターに接続されたノートPCから、集計されたタイムが見られるようになっている。たしかウイカはスタッフ参加して、昨日撃ったと。

 ジュニア部門。アナモリウイカ。ライフル部門で撃っている。”水のステージ”はステージ5……11.87秒。

 うそ……ウイカに、負けた。



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