stage 02:five to go
stage 02
five to go
先生床のテープは全部はがしちゃうんですか?
ええ。いい方法を教わってね……床にブルーシートを敷いて、そこにプレートの位置をバミッておくのよ。それならシートを畳めば、BB弾も楽に回収できるって話だったわ。……ところでこのワイドレンジだけど。
はい?
横向きにするのはいいんだけど、それだと10メートルレンジとかぶってちょっと奥行きが足りなくなるんじゃない?たしかに狭いステージなら二面できるのはいいんだけど、こっちも7メートルは欲しいのよ。
先生ダンボールはどこに寄せればいいんですか?
中央のちょっと奥側に置いとけばいいわ。重いから気をつけてね。
わかりましたー。ノリコそっち持って。かなり重いよ。
うん。
10メートルレンジとワイドレンジをわざわざ仕切る必要はないのではと思いまして。
ああそうかこの部分は重なるのね。アクション系をやる時以外は、この辺に人が入ることもないか。
はい。ネットの裏側、壁際にポリカプラ段を置いて保護しておけば、もう何十センチか余裕ができるのではないかと。それも用意してあります。
あれ結構安くないじゃない。助かるわ。
ああっちょっと待ってよ穴守さん。まだそこのテープはがしてない。
はやくしてーおもいー
それで入り口周辺とワイドレンジの間は、ロッカーと食器棚で仕切ってしまおうかと。あとはバリケードやプレート台もこちらに置いて、ポリカプラ段で仕切ってしまえば。
はい終わったよ。北糀谷さんお疲れ。
うえ~つかれたー
家具で仕切ってしまうのね。それは考え付かなかったわ。
先生なんか聞いているとちょくちょく変なワードが入ってるのが気になるんですが。
なに?
変というか……食器棚とか、冷蔵庫とか。
先生ここに住むんですか?
いいわねそれ。宿直とかの時にはここで一晩中撃ってようかしら。
ええ、あの、ほら、食器乾燥機とかはガスガンのマガジンを暖めるのに使いますでしょ?
ああ冬場のインドアフィールドにはよくあるね。前にお兄ちゃんがセーフティーの焚き火で暖めてたら、中のBB弾が熱で変形して、詰まって撃てなくなったことがあったって。
ガスガンのマガジンを火にかけるのは危ないよ。パッキンも溶けそうだし。
先生この機械はどうするの?
コンプレッサーね?それは窓側の奥に置いといて……防音対策はどうしようかしら。結構うるさいのよね。
ダンボールの内側にスポンジでも貼ってかぶせてしまうのはどうでしょう。とりあえずは。
それね。まあ今のところ使うのはミチエちゃんくらいだろうから、それでいいわね。
何に使うの?
外部パワーソース。グリーンガスのかわりにあれにつなげば、ガス代がかからないでしょ。
そうね……あの辺に冷蔵庫置くのよね?パワーソースついでに、充電地用の充電器もその上あたりに置いとこうかしら。
充電地使えるんですか?
推奨はされてないけどね。ざっと調べて負荷の少ないと言われてたのをさっきのBoysでテストして今のところ問題はないけど、自己責任ってことになるわね。
難しいね。自腹でアルカリ電池を買い集めろってそう簡単には言えないからね……練習するとなると、結構撃ち込むし。
言っとくけど、持ち出してサバゲーに使うのはナシだからねウイカちゃん?
えーマジですか?部でサバゲもしましょうよー
少なくとも秋までは、部活としてサバゲーまでやってる余裕はないのよ。6月にはアンリミットスチール、8月にはPASカップ、9月か10月にはジャパンスティールカップ、予定しているのだけでもこれだけあるのよ。それに向けて練習するんだから、結構忙しいわよー?
先生バリケこの辺でいいですか?
いいわよー。あとはBB弾とホコリをほうきで掃いてやれば、だいたいいいかしらね。
そういえば先生、廊下に出してあったお酒と割れたビンですが、用務員の方を呼んで処分してもらってあります。
あらありがとう。面倒になるかもしれないからあとでわたしが行っておこうと思っていたのだけど。
……で、ところで冷蔵庫って?
そうねちょっとその辺聞かせてもらおうかしら、……梅屋敷さん?
十数分前。
「さあ。プランはあるって話だから、それは後で見させてもらうわ……シューティングスポーツ同好会立ち上げにあたって、わたしもあちこちに声をかけて、今のところ二人からいい返事をもらっているんだけど……そのうちの一人のプランよ。そろそろ来てもおかしくない頃、なんだけど」
ウイカが入り口に目を向けた時、開いた引き戸の隙間から覗き込んでいた人影がさっと隠れたのを見逃さなかった。
「ふうん……実はもう、来てたりして?」
「変なこと言わないでちょうだいウイカちゃん。殺人事件はなかったし、お祓いも済ませたって言ったでしょ」
リイサが言うとウイカはハッと気付く。
これはノリコがあれを。ひらめいた。
「もう来てるけどここにはいない……ハッまさか、受怨の那耶子!?」ノリコが言うのを聞きながら、ウイカが忍び足で手近な机を持ち上げると入り口近くに運んでいった。
「それはもっとないわね」怪訝な表情のリイサ。
ウイカはノリコの手を引いて、机のそばに連れて行く。リイサの方を向き、入り口を指差す。悪い笑顔。
「幽霊部員だけに!」ノリコが机の上に乗り、引き戸の窓から外を見る。わかった。
「ノリコあんた他の部員の子が来たら謝っておきなさいよ」一緒に謝ろうね。すごく。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。
「あら似てるわね」ウイカが机を支え、ノリコが引き戸の開いた隙間から顔を出す。
「怖いよ北糀谷さん」ミチエはまだ状況を把握していない。待ち伏せしていたずら?もう顔を出して。
「というか、何やってるのあんたたち」
「ふうん……実はもう、来てたりして?」
……ハッ反射的に隠れてしまいましたが、べ別にやましいことをしていたわけではありませんし、部室に入る正当な理由もあるのですから堂々と入るべきでしたわ!
「変なこと言わないでちょうだいウイカちゃん。殺人事件はなかったし、お祓いも済ませたって言ったでしょ」
まだ穴守さん以外は気付いておられないのでしょうか。落ち着いて、ここは襟を正して。
「もう来てるけどここにはいない……ハッまさか、受怨の那耶子!?」
ジュオンノナヤコ……さん……?変わった名字ですが聞き覚えがありませんね?雑色先生がお声をかけられたもう一人かしら?A組でないのは確かですが、呼び捨てとは、ずいぶんと親しい仲なのでしょうか。
「それはもっとないわね」
そうですわ仮にナヤコさんがシューティング部員候補でしたら、北糀谷さんにもお話をされているでしょうからこのような行き違いはなかったはずですわね。ナヤコ……ジュオ……たしかそのような映画が、
「幽霊部員だけに!」
あぶないあぶない。とんでもない勘違いをしておりましたわ。先ほどまでの皆さんのやりとりをお聴きして、気分が高ぶって冷静さを失っているに違いありません……そのような心持ちでは、雑色先生や他の皆様に失礼です。
のりこあんたほかのぶいんのこがきたらあやまっておきなさいよ。
落ち着いて、襟を正して。雑色先生や穴守さんの夢、大森さんの居場所、北糀谷さんの部活への憧れ。シューティングスポーツ同好会の志に恥じぬような態度で、皆様に……
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。
……!何ですのこのうめき声は!?中から聞こえている感じではありませんわ!どこから?不審者?……見あたりませんわ!まさか、いや!幽霊など!
あらにてるわね。
こわいよきたこうじやさん。
周囲には誰もいない。ですが声は非常に近くから……上!?
うえ……
その顔はドアの隙間から、真上からまっすぐに見下ろしていた。能面のように表情はなく、見開かれたその目もまるで穴のように。いや、底のない、無限の暗黒が口を開けているかのようであった。
落とし穴と振り子。ギロチンの刃。銃殺者の銃口。それはいつ、
というか、なにやってるのあんたt
すっ。
「……!」
「あーあのシーンね。あれは見たときびっくりしたわー。こっちからは見えないけど、反応の様子からするとかなり再現度高そうじゃない。ノリコちゃんってホラー映画好きなの?」
「いやどちらかというと嫌いな方ですよ。ただ、昔このビデオ借りてうちでみんなで見て、そのあとノリコDVDを自分のうちに持って行って一日中何度も繰り返し見てたらしいんですよ。あの集中力で」
あの集中力で。ホラー映画を。その光景を思い浮かべるだけで十分ホラーだ。
「ノリコのお姉さんが心配になって電話してくれて、ご両親もどうしたらいいかわからなくて……あれって結局、あの家に関わった人は誰一人助からないじゃないですか。それがすごくショックだったらしくて、それでその、目を離したら那耶子が現れてみんなを襲うと思いこんでて」
「なるほどねえ。普通お寺か病院に相談するところよね。信頼されてるのねあなた。……ノリコちゃんもういたずらはやめて、梅屋敷さんもこっち来て……梅屋敷さん?ノリコちゃんどうしたの?」
「腰が抜けて立てないって」ほんっっっっとごめんなさい!ウイカが入り口に駆け寄る。
「……えー、コホン。先程はお見苦しい所を見せてしまって……それでは改めまして。わたくし、1年A組出席番号4番、梅屋敷ミチルと申します。大叔父……祖父の弟がモデルガンの会社におりまして、その縁でトイガンに興味のあったところを雑色先生にお声をかけて頂き、入部致しました」
淀みなく自己紹介を言い終えるとミチルは頭を下げる。姿勢がまっすぐで、接客マニュアルの見本のような礼。丈を短くしていないスカート。ブラウスの色は淡い紫。落ち着いた佇まいは、一年生とは思えない。
「梅屋敷さん、ちょっと聞いておきたいんだけど……」
ウイカが口を開く。気のせいか少し慎重になっているようにも見える。
「うちの土地の一部を駐車場にした時、お世話になったのがたしか梅屋敷不動産で……梅屋敷グループっていうと、この辺一帯の……まさか」
「はい」ウイカの顔色が変わったのを見ると、悪い笑顔を浮かべながらリイサが言った。
「勘がいいじゃない。あと肝心なのを忘れてるわね。……帰ったら魚森女子のパンフレットかホームページを見てみなさい」
ウイカがポケットからスマートフォンを取り出す。素早いドロウ、とミチエがちょっと感心する。
……魚森女子ホームページ。学園構成。法人データ。学校法人梅屋敷育英会。理事長、うめや……し……き。
「見落としがちだけど、常務理事がミチルさんのお母さんよ。いやあ噂には聞いていたけど、理事長のお孫さんがいきなりわたしの前に現れて、この実習室について話があるなんて言ってきたときはどうなるかと思ったわよ」
「あっ。あの……梅屋敷さん、ごめんなさい。腰が抜けるくらいびっくりさせちゃって。ウイカちゃんは謝ってたのに、まだ謝ってなかった」
「お気になさらずに。迫真の演技でしたわ」ミチルはノリコのそばまで歩み寄ると、手を伸ばしノリコの頬にそっと触れた。
「でもできれば、ずっとこのかわいい顔のままでいてくださいな」
すりすり。指先でそっと頬をなぞり、ぷにぷに。頬を指で押し、むにむに。指でつまんで頬の柔らかさを確かめる。
凛とした顔をほころばせた笑顔はいつの間にか顔いっぱいにだらしなく広がっていた。
「えー、先生そろそろ部室の片付けを」ミチルはハッと我に返り、凛とした顔に戻った。「そうですわね。お手伝い致致しますわ」
「そうねちょっとその辺聞かせてもらおうかしら、……梅屋敷さん?」
「えっ。あ、いえ……先ほど皆様のお話を聞かせていただいて、……あの、わたくしが着いた時には皆様の勝負が始まっておりましたので、入っていける雰囲気では、なかったものでして……その、皆様の部活にかける情熱をお聞きした後では、お恥ずかしい限りですが」
ミチルは少し迷っていたようであったが、意を決すると顔を上げ、ウイカやミチエらの目を見て話し始めた。
「家にいると学業や習い事に忙しくて、なかなか自分の時間がとれずにおりまして……それにわたくしの部屋に銃を置く許可がいただけないので、クラブ活動と称して、趣味に打ち込んでくつろげる場所を作ろうと思っておりましたの」
ウイカとミチルの目が合う。こちらが覗き込むまでもない……要するにサボる場所が欲しかったということなのだからか気後れはしているが、堂々としていて、真剣だった。
「こちらの実習室が使われていないことは入学前から知っておりました。一人で過ごすには少々広いですがモデルガン同好会を設立しようかと思っておりましたところ、下見に来てみればこのような品が置いてありまして、雑誌等でエアソフトガンの射撃競技については多少知識がありましたからすぐにわかりましたわ」
「ここおばけが出るって噂だったけど、一人でいようって怖くなかったの?」ミチルはにっこり笑った。
「過去にここであった事件についても、存じ上げております……母が在学中に起きた事件とのことで、母からも聞かされておりましたわ」
スピーカーから、下校時間を告げるメロディが流れてきた。
「さあ、もう下校の時間よ……このくらい片付いていれば明日荷物が来ても大丈夫ね梅屋敷さん?」短くうなずくミチル。
ミチエがシューティングバッグにガンケースやタイマー、シューティンググラスなどをしまっていく。ホルスターのついたベルトも外す。
ウイカも机の上に置いてあった銃を取り、干してあったガンケースの匂いを嗅ぎ、困った顔をしながら銃や装備品をしまっていった。
ノリコのガンケースはBoys向けの小さなものであったが、銃床を折りたたむまでもなくスカールが入る。弾倉、BB弾のボトル、シューティンググラス。
「……あ。先生、このダットサイト」
「それでよかったらつけておきなさい。いいもの見せてもらったからね。プレゼントよ」
あたしにも何かプレゼントは。ないわねぇ。えーっ……ガンケースを閉じようとして、忘れていたものに気付く。
「ウイカちゃん。……これ」ウイカの元に駆け寄るノリコ。ウイカが貸した、ダットサイト。
「……そうだね。返してもらわないと」
ノリコの手から渡されたダットサイト。重いよ、と言って渡した時と変わらない重さ。しかし不思議と、手応えを感じた。
「……サバゲー部に、モデルガン同好会、か。先生……みんなシューティング部に、託しちゃっていいんですよね?」
「もしミチエちゃんがノリコちゃんに負けてサバゲー部になっていたとしても、ミチエちゃんはシューティングをやったしわたしもみんなにシューティングをやらせるつもりでいたわ」
リイサは準備が終わった部員を準備室から出していく。ミチル、ノリコ、ミチエ。
「競技の練習は、やってもらうわよ。でもそれ以外は、みんなそれぞれ持ち寄った夢を、追いかければいいのよ。若いうちから託すとか言ってないで」
翌朝。
「おはよー。ゆうべ眠れた?あたしはなんか、ちょっと眠れなかった」
ウイカがノリコを迎えに行く時間も早かったが、ノリコももう起きていて、着替えも朝食も済ませていた。
「うん。帰ってごはん食べて、お風呂入って、すぐ寝ちゃった。……でも四時くらいに目が覚めちゃって、それからずっと起きてた」
昨日がんばったからね。お疲れ……ガンケース持った?うん。ウイカちゃんのはちゃんと洗った?なんとかね。まだ生乾きだけど、匂いは取れた。授業中部室に干しておけば乾くよ。……部室かぁ。梅屋敷さんがいろいろ運び込んでるんだよね。冷蔵庫とか。まず冷蔵庫かよ!
ノリコの家から魚森町駅へ。商店街を通って魚森女子高等学校へ。話したいことは色々あるはずなのに、言葉が続かない。昨日のできごとと、これからへの期待で、胸がいっぱいで。
校門。西校舎。一階奥。部室。わたしたちの。シューティングスポーツ同好会の。
がらっ。「あ、北糀谷さん、穴守さん、おはよう。なんかすごいことになってるよ部室」
部室に入っての最初の印象は、”明るい”だった。明かりがついているからだけではない。窓に沿って張られていたネットがなくなっている……
「窓を背にして撃つことになりますので、跳弾対策だけならカーテンで充分なのではないかと思いまして。二重になっておりますし使うのは基本的に10歳以上用ですからね」
入り口の真横に、プラ段を使った仕切り板が置かれている。片手でも持てそうなくらい軽い……どかすとそこから、射撃場の奥まで覗くことができる。
突き当たりに置かれた支柱には、的が下げられていた。こっちは縦に長い射撃場のようだ。
部室に入って真っ先に目につくのは、この部屋を大きく仕切っている金属製のロッカーだ。思った以上に大きく、圧迫感がある。ウイカが開けようとするが、鍵がかかっている。
「こちらはガンロッカーになります。主にわたくしの……大叔父のコレクションなどを。18歳以上用のものがほとんどで、貴重なものもありますので、鍵は雑色先生に預ける予定です。18歳以上用のエアガンを扱うには、指導員である雑色先生の立ち会いが必要ですから」
言いながらミチルは机の上に積んであったダンボールをロッカーのそばに運んだ。
「手伝ってくださいます?大森さんは銃を出すといちいち喜んでくださって、嬉しいのですがおかげで作業が捗らなくて」
「だって……これすごいよ!私も詳しくは知らないけど、トイガンの歴史そのものって感じだよ!マブイのsw59とか、カート式stp5とか!MGMブレラ93用のエアタンク式マガジンとか、そんなのあるなんて知らなかったよ!」
さもありなん。ウイカはニヤニヤ笑いながら銃をテキパキとロッカーにしまっていく。
銃はほとんどが箱に入っておりいかにもビンテージものといった雰囲気を漂わせているが、状態はよさそうだった。箱に入っていないものも、丁寧に梱包されていた。
「大森さんいい顔してるよ。笑ってると、かわいいじゃん」たちまち真っ赤になるミチエ。
「だけど話してる内容がこれじゃあ、中学時代友達がいなかったってのもわかるわー」
「うっ、うるさいなあ」言いながらミチエは手元のエアガンの箱を閉めてロッカーに収める。
ふくれっ面もかわいいじゃん、と言おうとウイカは思ったが、先にミチルが言ってしまった。
ノリコも手伝う。どの箱のものをロッカーのどこに入れるかはすでに決まっていて、ノリコがひと箱分しまう間に、ウイカとミチエで残りを全部しまい終えた。
「終わりましたら、お茶にしましょうか」ダンボールを置くために机を集めていた所にミチルがティーカップを並べてティーポットに電気ポットのお湯を注いでいた。
「部室でお茶会とか、……漫画かっ!魚森女子はいかなるシューティングをしようとカップのお茶をこぼさない伝統かっ!」ミチルから預かった鍵でロッカーに鍵をかけつつウイカが突っ込む。
「……で、ケーキとかもあったりするの?」
「いつもというわけには参りませんが、手に入りましたら、皆さんで。今日は冷蔵庫を運び込んだばかりですし、クッキーで……と言いますか、まだ朝ですわね」まだ八時であった。
「……じゃあ。乾杯とか、どうかな」ミチエがカップを手に立ち上がる。
まだ熱いですから一気に飲まないようにしてくださいね、とミチル。
「えーそれでは……」とん、とん。誰かが部室のドアをノックしている。
「はーい?」ウイカが答えると、部室のドアがそっと開いた。
リイサではない。魚森女子の生徒。リボンの色から見て、たぶん一年。そのわりには背が高い……髪も短めで、制服を着ていなければ男と間違えそう。
ドアの開いた隙間から顔をのぞかせて不思議そうに部室を見回している。「あの……すいません。ここは、何の部活?」
ミチエの顔が強ばる。それを見たウイカがカップを机に置いて、背の高い生徒の方に向き直った。
「えーと、ここは、……この春から活動予定の、シューティングスポーツ同好会。エアガンでの射撃競技をやるところだよ。顧問は英語の雑色リイサ先生」
雑色先生。その名を聞いて少しほっとした様子であった。
「じゃあ、ここでいいのか……僕は一年C組、羽田ケイ。中学まで陸上をやってたんだけど、ちょっと転んじゃって……リハビリの間することがなくて、雑色先生から、近代五種とかでも射撃やってるからって……」
がらがらっ。もう少し引き戸を開けて、ケイが部室に入ってきた。ブラウスは薄い緑。ウイカが白で、学校指定のブラウスの色が全部揃った。
引き締まった足。軽く日に焼けた褐色の肌に、白いオーバーニーソックス。
もう一歩部室の中に足を進める。
かつん。
右手に持っているのは、杖。何かのファッションで持っているわけではなく、杖をつく時は体重を預けている。
右足の動きはぎこちなく、少し引きずっている。とたんにニーソックスが、包帯かサポーターのように見えてくる……
「あ、いや……気にしなくていいよ。杖がなくても歩けるし。あったほうが楽、って感じかな」
ケイが机のそばに来るまでの間に、ウイカが椅子を運んで近くに置く。ミチルはロッカーの隣の食器棚からカップを用意して、お茶を注ぐ。
「悪いね。先生からは部室の準備ができる今日の放課後来てくれって言われてたんだけど、やっぱりちょっと気になって来てみたんだ……邪魔したかな?」
「ちょうど準備が終わったところですわ」ミチルは言いながら市販のクッキーを皿にあけて机に置く。
「おそらく羽田さんが使うであろう銃は先生から預かっております。18歳以上用の銃なので、残念ながら先生が来るまではお出しすることができませんの」
「そうなんだ。……ところで僕は一体何を撃つことになるのかな?オリンピックの競技みたいな奴?」
オリンピックみたいな?鉄板を撃つ速さを競うのとはまた違う?説明しようと思ったウイカが戸惑っていると、ミチエが立ち上がった。
「そんな感じかな。たぶん先生は、PASカップをやらせたいんだと思う」
ミチエが入り口脇の仕切りをどかす。ケイが立ち上がってそこを覗き込むと、ミチエは奥にある的を指差した。
「今はちょっと遠くに置いてあるけど、ああいう感じの的を狙っていくのが基本だよ。オリンピックのピストル射撃に近いけど、撃つペースはもっと速いよ」
「へえ……」ケイは杖を左手に持ち替え、指鉄砲で的を指差す。
「難しそうだね。オリンピックのピストル射撃もちょっとテレビで見たくらいでよくわからないんだけど。そうか、こういうのをやるのかぁ……」
「なんか色々やるんだね」クッキーを食べ終え次の一枚に手を伸ばしながらノリコが言う。
「基本ここでやっていくのは、私のやっているスピード系と、たぶん羽田さんがやる精密系になるんじゃないかな。他にも色々あるんだけれど、さしあたってこの二つが、夏ごろに大会があるからそれに向けての活動になると思うよ」
「大会かぁ。いいねそういうのがあると」ケイが椅子に戻って座り込む。
皿のクッキーは全部ノリコが食べてしまっていた……ミチルがさらに追加のクッキーを出してケイの方に差し出す。
「大会ってどんな感じ?誰か出たりしてるの?」
マッハ酒井アカデミー出身。ウイカらの視線がミチエに集中する。
「えっ、あ、うん……人がいっぱい来るよ。百人から……二百人くらい。私も、出てるけど……その、そんなにいい成績じゃない」
「ミチエちゃんあんなに速いのに……まだ見ぬ強敵がいっぱいいるって事だね!」
そりゃすごそうだ。ノリコの言葉にケイも興味が湧いてきたようであった。あいまいな笑顔のミチエ。
わかりやすい……ウイカとミチルはお茶を飲みながら見守る。昨日のリイサの言葉にも見受けられたが、プレッシャーに弱く本番で力を出せないタイプなのだろう。
「……う、うん。射撃競技って、身体の衰えとかが他のスポーツほどには影響しないからね。ベテランシューターはみんな速いよ……身体が健康で、練習を続けていれば、ずっと撃ち続けていられる……上位陣の層は厚いよ」
ずっと撃ち続けていられる。その言葉がノリコとケイには何か感じるところがあったのか、二人がクッキーをつまむ手が止まった。
「ずっと続けていられるのか……いいね、そういうの」
穏やかな沈黙を破ったのは始業のチャイムであった。
「……もうこんな時間!?羽田さん足大丈夫?」
「気にしなくていいよ。急ぐけど、間に合わなかったら間に合わないで」最後にもう一枚クッキーを口に放り込むと、杖を握る手に力を込めてケイは勢いよく立ち上がった。
「皆さん銃はここに置いたままで!最後にわたくしが鍵をかけますので!かばんは忘れないようにお気をつけください!」ミチルは急いで食器をまとめて射撃場の方に持っていった。
ブレザーを羽織りシューティングバッグと学校指定のかばんを間違えていないか確かめると、ミチエも部室を飛び出す。「じゃあ!……みんなまた放課後!」
「ノリコガンケースこっちへ!かばん忘れないでよ!」ロッカーの前に自分とノリコのガンケースを置いて自分のかばんを持つと、かばんを持ったノリコの手を引いてウイカも部室を飛び出した。
「ミチルさん悪いね!後よろしく!」
ウイカに手を引かれて部室を出る直前、ノリコは一瞬振り返った。ロッカーの鍵を確認するミチル。前に目をやると、ミチエはもうすぐ曲がり角に達しそう。杖をついているのに、ケイは大きな歩幅でもうかなり進んでいる。
そして。
「急ぐよノリコ!ホラ走るよ!」ウイカが手を離す。まっすぐ前を見る。
「うん!」みんなでいっしょに行くんだ。前に進むんだ!廊下は走っちゃいけないけど、走りたい!みんなのワクワクがあそこにはあって、それが背中を押しているみたい!
同じ夢を見て、夢に向かって走って。リイサ先生が言っていた場所って、きっとこういうことなんだ!
放課後。
ぴーっ。かんかんかんかんかん。西校舎一階は人気がなく静かなせいか、けっこう遠くからでも音が聞こえてくる。
軽やかでリズミカルな、ミチエの奏でる音。それだけで、最初に来たときの薄気味悪い雰囲気が薄らいでいるようだ。
「ちぃーっす。やってるねえ大森ちゃーん」ウイカが言うが、ミチエはロッカーの向こう側のワイドレンジだ。
ミチルは朝使ったティーカップなどを洗い終えたらしく、食器乾燥機にしまっていた。
「なによそれ……こっち来るならちゃんとゴーグルしてよ」ウイカとノリコは、ガンケースからシューティングゴーグルを取り出した。食器棚の向こう、窓側からワイドレンジに入る。
窓を背にするようにミチエは立っていた。足元には塩ビ管で作られた枠があって、その中にミチエはいる。
ホルスターに収まった銃の弾倉から伸びたホースは途中からエアツール用のホースに接続され、窓側奥、冷蔵庫の隣にあるダンボールまで延びていた。
そばに置かれた机の上にはタイマーと筆記用具。ミチエがタイマーを操作して手を上げると、数秒後にはブザーが鳴る。撃つ。タイマーを確認してメモを取る。
「それタイマーなんだ……そのケーブルは何?」ノリコが聞く。新宿のサバゲフィールドの話。スマホのタイマーアプリ。
「なるほど……元々このタイマーもタイマーアプリも実銃用だからね。本来は銃の発射音を拾うものなんだよ」
ミチエはタイマーからケーブルを外すとウイカのスマートフォンのイヤホン端子につないだ。
「エアガンは実銃と比べると発射音が小さいからね。それに合わせて感度を上げると、話し声や拍手まで拾っちゃうから」
言いながらミチエはタイマーアプリの感度を調節する。
「だから最後に撃つストップターゲットにマイクをつけて、当たった音を拾うようにしてるんだよ」じゃあ試しに一発。
ぴーっ。ばん。ぱちん。よし。
「ミチエこの、最初の抜き撃ちが速いよねー。一秒かかってないよ……って、なんであたし?」
「できるんならやってよ。雑色先生もいないんだし、私が撃ってる間くらい……タイマーと合図だけでいいからさ……元気のいいやつ、頼むよ」
昨日のみたいな奴?うん。次がサードラン。アーユーレディの後、こっちの準備がいいことを確認して。……オッケー。
アー・ユー・レディ?うん。……スタンバイ!
えーと、終わったらなんか言うよね。
「イフ・ユー・アー・フィニッシュド、アンロードアンドショウクリア。もし撃ち終わったなら、弾を抜いて銃が空であることを見せて。競技や計測方法によってはシースファイア、撃ち方やめ、とかもあるけど、アンロードアンドショウクリアだけはまず覚えといて」
「いやあそっちはわかるんだけどさ、イフユーアーの方がわかんなくて」
ウイカが言っている間にミチエはテキパキと弾倉を抜きBB弾が落ちてくるまでスライドを引き、ウイカが確認するまでその状態で待った。
「中学校の英語でしょ」ハンマーダウン。ホルスター。そこはわかる。
「銃や射撃場が安全になったら、レンジ・イズ・セイフと宣言して……よくできました」
「どっちが審判だか、わかんないね」ノリコが言う。
「まだ撃つ方もちゃんと教えていないからね……でも穴守さんのコール、ハキハキしていてすごくやりやすかった。私もできるだけフォローするからさ……やってほしいな」
「所々で持ち上げるのがうまいねえこのツンデレちゃん」
べっ別にそんなんじゃ。ますますそれっぽい。ニヤニヤするウイカ。
「オッケーじゃあノリコ次撃ってよ。それで手順を一からやってくってことでどうよ?ミチエ一度に二人見るのは大変だろうけど、あたしもノリコの方ばっちりチェックするからさ。そんじゃよろしくー」
がらっ。「ちぃーっす。やってるねえ大森ちゃーん」
「先生それ穴守さんと丸かぶりですよ」しかも撃っているのはノリコであった。
一瞬愕然とした表情を見せたリイサだったが、すぐに気を取り直した。
「まあその、もう紹介する必要はないわね?……五人目の部員、羽田ケイさん」
アンロードアンドショウクリア。ノリコに小さく告げてから、ウイカがケイに向き直る。
「えっと……自己紹介、まだだったっけ?あたしはB組の穴守ウイカ」北糀谷ノリコ、梅屋敷ミチル、大森ミチエ。
「よろしくー。そういえば僕も聞くの忘れてたね。なんて呼べばいいかわかんなくて……えーと、大森さん?かっこいいベルトしてるね」
「そうそう。ここに銃をつけて、すごい速く撃つんだよ。これつけるためにスカートにベルトループつけててねえ、それすっごく気になってた!」
誉められ慣れていないところにノリコの追い討ちが入って、ミチエは真っ赤になって口ごもる。
「これは……スピードシューティング用で……いちいち着替えてる時間が、もったいないと、思って」
「ああいうのも使うんですか先生?」ケイが言うと、リイサはロッカーに歩み寄って鍵を開けた。
「羽田さんにやってもらうのでは使わないわね。代わりに、かっこいい銃を使ってもらうわよ」
リイサが取り出したガンケースは二つ。一つはミチエのもののようだ。もう一つの方を開ける。
ピストルとしてはかなり大きく、スライドやリボルバーのシリンダーのようなものがない。細長い銃身の下に筒があって、そこに大きめのレバーがつけられている。
「これが競技専用銃、マルヨシPAS-3。わたしが自腹を切って購入した、シューティングスポーツ同好会の備品よ。興味があったら、ノリコちゃんたちも使ってみなさい」
ケイが銃を手に取る。巨大に見えるグリップは、握ってみると握り自体は手になじんで、他の部分が手を覆って支えるようになっている。
「銃は人に向けないようにね。あと、引き金から指を離して」銃の右側面にある小さな弾倉を外すと、リイサはそこにBB弾を入れた。銃に戻そうとしたが、少し考えてそのままにした。
「じゃあまずは簡単な操作説明から。銃の上にあるレバーを起こして、閉じると発射の準備ができるわ。銃の下のレバーを起こして、戻すと空気が圧縮され……」
ぱすっ。
えっ。
リイサが銃を少し傾ける。ケイの指は、まだ引き金を引いたまま。
「……まあ、銃っていうのはグリップを握れば、引き金を引きやすい位置に指が来るものだからね。撃つ直前までは、意識して引き金に触らないように注意するのよ」
「あっ……はい」ちょっと手順を変更。
上面のレバーを起こしたまま、下のレバーを起こして、戻す。それから上面のレバーを戻す。中指の付け根あたりにあるボタンが、安全装置。かけて、撃つ時は外して、ばすっ。
「緊張するね」銃から手を離してガンケースに置きながらケイが言う。
「ちょっとは緊張した方がいいのよ。この銃かなりパワーのある方だから怪我につながりかねないしね。それも自分だけでなく、他人にも」
「ミチエちゃんの銃って、羽田さんの銃とちょっと違うね。ダットサイトついてるし」
ノリコが練習を終えミチエたちの方に来た。ケイもひとまず操作方法と撃ち方を教わり、椅子に座ってミチエの射撃を見ている。
「あ、うん……私のはPAS-1。古いモデルだよ……トリガーの感触は3の方が好みだけど、性能は充分だし、安くて軽いし、いいよ」
スピード系とは違い横向きに立ち、まっすぐに的を見据え、素早くなめらかに、銃を上げる。
銃を上げた手が止まる。短い沈黙。ばしん。
「かっこいい!なんていうか、弓道部みたい!」
「ノリコちゃんもやってみる?」横で見守っていたリイサがノリコに話しかける。ノリコはミチエの銃を見ながらワクワクしている。
「えー、言っておくけど、ノリコちゃんも部のPAS-3を使ってね……というかミチエちゃんの銃、左利き用のグリップに交換してあるから」
ミチエが撃ち終わった。弾倉に残っているBB弾を取り出し、銃口にカバーをかぶせる。
「PASカップではあれで終了としているわね。撃つとき以外は銃口カバーをつける……不十分だという意見もあるけど、シンプルでわかりやすい方法ね」
ミチエとケイが交代する。杖をつかないと、ケイの歩きはぎこちない……射座に着くとケイは銃口カバーを外し、リイサに手渡す。
リイサが弾倉をケイに渡し、ケイの装填作業を見守る。「指は引き金から離して……まだちょっと危なっかしいわね」
奥に置かれている的からはケーブルが延びており、それがつながっている箱に点数が表示されるようになっている。
「準備はいいわね?距離は五メートル。制限時間は二分。その間に五発。スタンバイ。レディ……ゴー!」
的に向き直ったケイの表情は、ミチエに負けず劣らず真剣だった。姿勢もまっすぐでまったくぶれない……銃をスッと上げ、その手がピタッと止まる。
狙いを定める時間はミチエより短く、躊躇なく引き金を引いた。ばしん。
「10点。いいわねえ。迷いがない」二発目の用意。指。よし。
「ポンプ操作の時ちょっと体を的側にひねってくれるとよりいいわね。銃口が横や真上、真下を向かないように。跳弾で蛍光灯を割ってしまう事故を見たことがあるわ」
蛍光灯。ふと気になってノリコが天井を見ると、天井に埋め込まれた蛍光灯にビニールで蓋をして保護していた。
「へえ……ちゃんと蛍光灯が割れないように工夫しているんだ」
「えっへん。どうよこの気配りの細かさ」ワイドレンジの方も銃声やかけ声が止んだ。天井を見ているらしい。
「……えっ、天井がどうなっているって?」
顔をのぞかせたケイに、ノリコが天井の蛍光灯を指差す。「すごいね。そういうところまで気を使っているんだ」
「おもちゃとはいえ、銃を扱うスポーツだからね。実銃なら取り返しのつかないことになる、っていうのをおいとくとしても、エアガンで壊せるものって意外に多いものよ」
「そういえばウイカちゃんの弟が、家で撃っててテレビ撃っちゃったって……」
視線を降ろす。まだ天井を見上げているケイ。体の向きは、ノリコの方を向いて、
「!……ちょっ……羽田さん!」ミチエが叫んだ。
背の低いノリコが椅子に座って、背の高いケイが立って、手に持った銃は、銃口は。
「あっ」
「えっ」
ばしん。
「えっ、あ……ヒットぉー!」
「本当に、お顔にお怪我はございませんの?」ノリコの顔を隅々まで撫で回し傷がないか確かめながらミチルが言う。
「うん。当たったのは一発だけだし、ゴーグルに当たったから大丈夫だよ」
ノリコのシューティングゴーグル。よく見ないとわからないくらい小さいが、ケイのBB弾が当たった痕跡が、確かに残っている。
「ゴーグルって大事なんだね。つけてなかったら、たぶん目に当たってた」
ノリコの集中力なら間違いなく見たのだろう。目に向かって飛んでくるBB弾を。
場の空気が一層重いものになった。
ケイは申し訳なさそうに席に座っている。ミチエは沸き起こる怒りをどこにどうぶつけたらいいかわからず机をにらみつけている……
リイサは今まで見たことのない深刻な顔つきで、誰とも目を合わせないようにしている。
「お茶が入ったよー」別の机でお茶を入れてきたウイカが、みんなのところに配って回る。ティーカップの受け皿に、クッキーを何枚か。
「はいーミチルさんもそろそろノリコの顔をいじるのをやめる」ミチルとノリコの間には、クッキーを山盛りにした小皿。
え~、と、少し不満げな声を上げるミチル。
「えーじゃないよえーじゃ。まったくノリコ絡みになると途端にだらしなくなるねこの人は」
言いながら最後に、ケイの前にカップを置く。
「……ケイさんもさあ、案外ぼーっとしてるよね。ノリコみたいにいつも、って感じじゃないけどさ。なんかそういうので面白エピソードとかあったりする?」
「面白……ねえ」少し考えてから、ケイは口を開いた。
「そうだね……うちの近所に、銭湯があるんだ。ビル銭湯って奴で、三階に露天風呂があって……お湯も結構ぬるめで、走り込んで汗かいた後とかは、水風呂で体を冷やして露天風呂にゆっくり入るのが気に入ってるんだ」
リイサはクッキーを一口かじり、お茶に口をつけた。ミチエはまだカップに手をかけたまま動いていない。
砂糖足りなかったらここ置いとくよー。ウイカが砂糖の入ったポットを机を集めた真ん中に置く。
「だけどそこ、月の前半と後半で男湯と女湯、露天風呂のある所とない所が入れ替わるんだよね。時々それに気付かないでさ、走ったー疲れたー露天風呂ーって、ぱーっと服脱いでザーッと体洗って、入ってしばらくしてから男湯だったって気付いて……僕もこんな体つきだからさ、気付かれないことも多くて」
時々、とか。ことも多くて、とか。それってひょっとして。
「お風呂間違えた時って、恥ずかしくないの?」ノリコが聞く。
「まあお風呂なんだから素っ裸なのはしょうがないよ。騒ぎになったことはないし周りもそんな、気にしてないと思うよ?……最近は銭湯の人や常連さんも顔を覚えてくれて、間違って男湯に行きそうになったら注意してくれるんで、そういうのもなくなったよ」
それは根本的な解決にはなっていないと思いますの。ノリコにクッキーを食べさせながらミチルが思う。
ぼーっとしてるのはノリコも大概だと思ってたけど、こいつは別次元のひどさだ。紅茶に砂糖を入れてかき回しながら、ウイカが思う。
「……まあ、身についてしまった癖というのはしょうがないとは言うものの、これはちょっと注意してもらわないといけないわね」
リイサがお茶を一気に飲み干し、ウイカがおかわりを注ぐ。
「いい事思いついたから、ケイちゃんの処遇については、明日。悪いようにはしないわよ?リハビリだと思って、がんばってもらおうかしら」
翌日、放課後。
「ちぃーっす。やってるねえ大森ちゃーん」今回は当たりだ。
ミチルははっきり遅い方だしウイカもそんなに速くない。ノリコは速いが、ブザーが鳴ってから初弾までが遅い。
部室に入ってみると、入り口脇の10メートルレンジ周辺を仕切るプラ段が増えていた。それも普通のプラ段でなく、ポリカプラ段になっている。
「10メートルレンジ射座周辺の囲いが不充分だったのは、わたくしの設計ミスでした。昨夜自腹を切って、用意致しましたわ」
「毎度すまないわねえミチルちゃん」ケイを連れて部室に入ると、リイサはロッカーの鍵を開けた。
「練習は今までどおり続けてもらうわ。ミチエちゃんやみんなも、先生がいる間だったらこっちで練習していいわよ……そしてケイちゃんには、練習してない間はこれを持っててもらうわ」
リイサがロッカーから取り出したのは、一挺のガスガン。何の変哲もない銃だが、よく見ると銃口が塞がれている。
「……ガスガン。マブイの1911」ミチエが手にとってみる。
弾倉を抜き指で軽くバルブを押す。ガスは入っているがBB弾は入っていない。スライドを引く。これは……
「さすがミチエちゃん一発でわかったわね。インナーバレルとチャンバーは抜いてあるわ」空撃ち専用銃。でもなんで。
ミチエは10メートルレンジに入ってから、空撃ち専用銃に弾倉を装着し、スライドを引く。
弾が入っていないのでスライドストップがかかる。戻す。一応的に向けて照準を合わせ、引き金に指をかける……ぱん。
「……!……なんですかこれは先生」
「前にレースガンを組もうとして失敗した奴よ。ちょっとシアの周りを詰めすぎちゃって……ファーストステージの遊びのあとは、問答無用にハンマーが落ちる仕様になっているの」
リイサはミチエから銃を受け取り、スライドストップを戻し、ケイに手渡す。
「要するに、引き金に指をかけたら即発射されるわ。触らないように気をつけてね」
ケイが今度は10メートルレンジに入って、空撃ち。ぱん。
「触るって……ほんとに触っただけで撃てちゃいますね!」下がったままのスライドを軽く叩く。引き金の上のレバー。降ろす。戻る。
「で、これね」メモ帳とボールペン。
「暴発させたらこれに記入しなさい。一回につき、罰金10円」
「えーっ!?」ぱん。
ハイ10円。
「……まあ一回50円とか100円にしなかっただけ、わたしにも仏の心があるのだと思いなさい。銀行でもらった貯金箱がたしかうちにあるから、明日持ってくるわ」
ノリコとウイカ、ミチエはもう帰った。ミチルも洗い終えた食器を食器乾燥機から出して、食器棚にしまい終えたところだった。
リイサは空撃ち専用銃の箱に今日の分の罰金と銃をしまう。
「あの……先生。それを、持って帰っていいでしょうか。家でも、これをやってみようと、思って」
食器棚に鍵をかけつつミチルが言う。「大丈夫でしょうか。一応18歳以上用のモデルですし……こういう用途であれば、マルカミのハイブリッドモデルガンがありますが。あるいはRキャップやSKCのU18シリーズに同様の加工をしても」
「Rキャップはあなたが使ってるじゃない。発射機能を殺しているからこれで大丈夫よ……というか、ハイブリッドモデルガンとか、よく持っているわねあんな色物」
ミチルも片付けを終えて帰っていった。リイサは罰金を銃の箱からロッカーに移した。
「……がんばりなさい。一朝一夕によくはならないだろうけど、自分がどれだけ不注意なのかは、思い知ることになると思うわ」
空撃ち専用銃の箱をケイに渡す。
「わたしも思い知らされたわ……偉そうに安全管理や蛍光灯の防弾について言った直後だったものね。それがちょっとした隙に……ノリコちゃんの目と一緒に、何もかもがだめになるところだった」
リイサはノリコの座っていた席を指差した。
「ワイドレンジや10メートルレンジを使うときはゴーグルをつけるようにって決まりにはしたわよ。だけどここは、そうじゃない……今回の事故が大事にならずに済んだのは……」
思い当たって心底ゾッとしたわ。誰に言うでもなくつぶやきが漏れる。
「……大事にならずに済んだのは、ノリコちゃんがうっかり、ゴーグルを はずしわすれていた からなのよ……運がよかったのよ。本当に……運がよかった」
リイサは途中から視線をケイから外して下を向いた。その顔は、よくは見えなかったがひどく疲れているようにも見えた。
「ごめんなさいね……気持ちの整理がまだついていないの。あの場にウイカちゃんがいなかったら、私もなんと言っていたかわからなかった」
リイサの手がケイの手を掴む。心なしかその手は冷たく、まるでケイを地獄に引きずり込もうとする亡者の手のようでもあった。
「ごめんなさい……わたしの不注意、管理責任だって、思っても……でも……羽田さん。……ケイちゃん。やるからには、せめてわたしの、この気持ちも、……一緒に持っていって」
ケイの右手人差し指を強く、硬く、握るリイサの手。震えている。折れよとばかりに。
決して言葉にはしない、あなたのせいで、と。
「……わかりました」手の力が緩んだのを感じ、そっとケイは指を引き抜いた。
その指には、リイサの感じた不安や怒りが絡み付いているようにも思えた。「やってみます」
「銃を触ってまだ二日目なんだから、ある程度はしょうがないわ。できるかできないかはともかく、銃を握っている時は、指の状態を意識する。まずはそれをやってみましょう」
先生は、言葉では優しく言ってくれる。でも。人差し指を少し動かす。……言葉にしない何かが、ケイの背筋を引っかき、心臓を締め上げる。
これを、言葉にしないでくれるのは、口に出す言葉が優しいのは。
「……はい。先生、ありがとうございます」
バスで馬潟駅へ。東急線でひと駅。駅から自転車。足を折っていなければ、ひとっ走りで行ける距離。まだ自転車で陸橋やアンダーパスを越えようとすると、膝が痛む。
ただいまー。夕食の支度はまだできていない。昨日の暴発事故はもう話してある。空撃ち専用銃でのトレーニング。銃を持ち歩いて、両親を驚かせないように。
ケイは昔っからそそっかしい子だったからねえ。あちこち走り回っては転んで怪我をして。何度も聞かされてる。
病院で手術を終え、麻酔でまだ頭がぼやけていた時も。そういう訓練も、必要なのかもね。うん。
自分の部屋に戻る。杖を近くの壁に立てかけ、かばんを机に置く。ベッドに腰掛け、窮屈なニーソックスをまずは脱ぐ。その下の、右膝を包むサポーターも。
その下。傷跡。膝を大きく擦りむいたので肉が大きくえぐれているように見える。腫れはもうだいぶひいているが、ボルトを抜いた抜糸の跡も生々しい。
手を触れると、疲れが回って腫れてきたのか、かすかに熱っぽい。指先が触れると、針で刺したように膝の奥が痛む。……転んで膝を擦りむいて、泣かなくなったのはいつ頃からだろう。
空撃ち専用銃を手に取る。指をまっすぐ伸ばし、引き金に触れないように。まっすぐに、まっすぐに……よし。
何がいけないんだろう。雑色先生や大森さんに射撃を教わっている時は、暴発しなかった。この銃が、特別暴発しやすくできていると言っていたけど。
立ち上がる。何か的になるもの……ぱん。あ。スライドストップ。メモ帳メモ帳……ぱん。
銃のせいではない。引き金に指がかかっている。人差し指にからみついた何かが、ケイの指を締め上げて、責め立てる。
膝の奥がうずく。……そうだ以前、痛みは体からの警告だって、聞いたことがある。
痛いから苦しいからってそこでやめてしまっては、練習にならない。だから気にしないようにしてきたし、僕はそれが性に合っているんだ。
スライドストップ。何か撃つもの。……ポスターの画鋲。あれでいい。……それを無視して、ねじ伏せて、走った結果が……
めりっ、とも、ぶちっ、とも。ぼきっ、とも、聞こえた。世界がぐるぐる回って、全身を叩きつけられ、……血まみれの足。変な方向に曲がっている。膝を大きくすりむいて、傷口から、白いものが。
そうだ。その時、その場では、それがどういうことなのかわからなかった。
後になってから、ずっと後になってから、足を壊したんだと、はしれなくなったんだと、わかったんだ。
ぱん。
スライドストップ。
教わった、六時照準。フロントサイトとリアサイトの高さを合わせる。リアサイトの間にあるフロントサイトの、左右の隙間を、同じ幅にする。
的の十点圏の真下……六時方向を狙う。間隔は、フロントサイトとリアサイトの左右の幅と同じくらい空ける。
どうしてそんな方法なんですか?ダットサイトみたいに、合わせればピタッと合うようにすればいいのに。北糀谷さんが聞いていた。
そんなにぴったり合わせたら、的が照準で隠れてしまうでしょ。そう雑色先生は答えていた。
画鋲のカーブの底。フロントサイトの中心。フロントサイトと画鋲との、リアサイトとの、間隔。高さは、合っている。
……先生、これは狙って撃つから、ノーカンです。
引き金に指を触れた。発射しない。少し力を入れる。まだだ。なんでこんな時だけ、引き金が重く、発射されるまでが長く、感じるのか。いつもは知らない間に引き金を引いているのに。
もう少し。ぐっ……引き金を引く指が、何かに当たって、止まる。ここだ。いまだ。
ぱん。
……そうなんだ。銃のせいじゃないんだ。感覚を研ぎ澄ませば、僕だってこのくらいはできるんだ。
なぜだめなのかって、それは僕のせいなんだ。
かつん、かつん。
西校舎に向かうにつれすれ違う人の数は減っていき、杖が床をつく音が目立って聞こえてくる。
「……そうだ、先生」ケイは財布を取り出す。千円札。小銭も少し。
「気にするように、注意するようにって、心がけているはずなんです。でも、気がつくと……僕はこんなにいいかげんだったのかなって、陸上やってた時も、一生懸命走ってたつもりだったけど、こんなにも、いいかげんだったのかなって……」
リイサは手に持っていた貯金箱にお金を入れようとしたが、少し考えてやめることにした。
これいつまでやっていたの?帰ってからずっと。食事とかお風呂とかストレッチとかトイレとか以外は、ずっと。今朝家を出るまで。
「そうね……一番の解決策は、銃を持たないことかしら」
やはりそうか。ケイは拳を握りこんだ。僕は銃に向いていないんだ。いや、僕がだめなんだ。
「……練習をしない間はね」
えっ。ケイは顔を上げてリイサの顔を見る。
「一日中銃を持っていれば、そりゃ気の緩む時のひとつやふたつ、あるものよ。ケイちゃんはちょーっとそれが多すぎるけど」
多すぎるけど。ひとつひとつ数えている。
「だったら、銃を使う時以外は、銃を持たない。持っている時だけ、注意するようにしなさい。それはできるようになってもらわないと困るけどね」
できるかな。手を握り直す。手を緩め、少し伸びた人差し指に聞いてみる。……いや、
「やってみます……がんばります!」それが僕が、今やるべきことなんだ。
「ケイちゃん……あなたはたぶん、一生懸命やってきたのよ。ただやり方が、ケイちゃんの素質に、合っていなかったのだと思うの。それがわかるようになったら、きっとまた走れるようになった時、役に立つんじゃないかしら」
できるのかな。また走れるのかな。……やっていくんだ。一歩一歩。確かめながら。
「射撃がそれに役立つかは、わからないけどね。まあ何でも一生懸命やっていれば、なんかわかってくるわよ。きっとケイちゃんならできるわ……がんばりなさい」
改めて、貯金箱に罰金を入れる。
「……そうねこれからは、暴発させたら一回百円。これは他のみんなにも守ってもらおうかしら。……行きましょう。鍵は大森さんに渡してあるから、朝も早よからきっとみんなやっているわよ」
「アンロードアンドショウクリア!ガンクリア。安全装置をかけて、ガンケースに……レンジ・イズ・セイフ!おつかれノリコ……ミチエはどう?これからそっち撃つの?……じゃあ、ミチルさん準備して」
そろそろお茶にしませんかとミチル。じゃあこれが終わったらお茶入れて。ミチエが撃ち終わったらお茶にしようか、とウイカ。
ばしん。競技終了。撃ち終わって弾倉を外し、軽く銃を振って弾が残っていないか確認する。銃口に銃口カバーを装着し、左手に銃を持って右手はグリップから離す。
「こっちもいいみたいねケイちゃん。点数も50-5X。全弾ど真ん中じゃない」
「えーなになにケイちゃん満点?」ノリコが10メートルレンジの仕切りに飛び込んできた。
出ようとしたケイと軽くぶつかる……シューティングゴーグルをかけたまま。
10メートルレンジに入るからではない。たぶん、さっきまで撃っていて外し忘れている。
「こんな重い銃持っててよく手がプルプルしないね。やっぱ陸上やってたから、体力あるんだ」
ノリコが体力なさすぎなんだよ。ノリコを脇にどかしながらミチエが言う。
「……そうだ羽田さん。ちょっと銃持ってみて」
ケイが10メートルレンジに戻る。少し広めにスペースを広げたとはいえ、仕切りの中はケイとミチエ、ノリコとリイサの4人でいっぱいだ。
……引き金に触らないように、指はまっすぐに。
「昨日から見て気になっていたんだけどさ」ミチエがケイの伸ばした指に触れる……ただまっすぐ伸ばした指を少し動かし、銃のフレームに沿わせる。
「こうしたらどうかな。指がフレームに触っている限り、トリガーに触ることもないからね」
ちょっと指の角度を変えるだけ、銃のフレームに添えるだけ。これだけで、
「……なんか楽になった気がする。……先生、これを練習したいので、空撃ち専用銃を出してもらえますか?」
ケイが銃をノリコに渡し10メートルレンジを出る。それを追って、リイサも10メートルレンジを出てロッカーを開ける。
「ミチエちゃんちょっとノリコちゃんの様子を見てて……ケイちゃん、さっきも言ったけど、今日から暴発は一回百円だからね」
「はーいお茶が入ったよー。もう八時過ぎてるから一杯飲んだらとっととお開きだよ。お茶請けにケーキも用意してあるみたいだけど、それは放課後のお楽しみだってよー……ってなんであたしがお茶汲みよ?アタクシはお茶汲みするためにシューティング部に入ったんじゃないザマスよ!?」
ケイが空撃ち専用銃を机に置く。
「羽田さん……銃を置くなら、弾倉を抜いてもらえるかな?弾倉の入ってる銃がゴロッと置いてあると、怖くて」
アンロードアンドショウクリアって奴?弾倉を抜いて、スライドを引く。
「……僕もそっちの奴、できるようになるかな?」
ミチエの微笑が、燃え尽きるマッチの火のように徐々に弱まって、消えていく。困ったようにリイサの方を見ると、リイサが答えた。
「当分は無理ね。トリガーコントロールと別件で銃口管理も覚えてもらう必要があるわ。アンリミのエントリーが始まるまでに、安心して試合に出せるようになるかどうかは微妙なところね……焦らないで。あなたのスタートラインは夏のPASカップよ」
ケイは納得はしているが少し落胆もしているようだった。
「大会に出られるかはともかく、やってみたいと思ったら、やってみなよ。先生がいないときはそっちの練習はできないんだしさ。あたしとミチエでキッチリ見張れば、間違いはないよ」
「そうだね。大きな大会に間に合わないからって、やらないでいるのももったいないし。そのかわり、厳しくいくよ」
ミチエに続いてミチルが言う。「その際は、わたくしのRキャップをお使いくださいな。わたくしも他に使ってみたい銃は色々ありますので、遠慮はいりませんわ」
「え……えーなんかみんなずるいーわたしもケイちゃんになんかしたいー」
ノリコが言うとウイカが突っ込む。「ノリコもまだ目を離してると所々危なっかしいところがあるからねー。まだノリコは、他人になんかするより自分のことを考えなくちゃ。そうでないとあたしもロクに撃てやしないよ」
「ノリコちゃんはそうやって笑顔でいるだけでも充分みんなのためになっていますわ。……ところで穴守さん、なぜティーカップでなくマグカップを?」
よくぞ聞いてくれました、といった感じの笑顔を浮かべながら、ウイカがマグカップを手に立ち上がる。
「乾杯が、まだだったのを思い出して……そそっかしいのが二人もいるし、あたしもティーカップで乾杯なんて柄じゃないから」
「そういえば、乾杯しようとした時に羽田さんが入ってきたんだよね……これでみんな揃って乾杯できる。これも、運かな」
ミチエに続いてノリコも立ち上がる。「運命だよ!ブラウスの色がみんな違うし!」
「ほんとだ……学校指定のカラーがみんな揃ってる。紫はレアっぽいよね」杖に手をかけひょいとケイが立ち上がる。
「そうでしょうか……あまり気にしていなかったものでして。そういうところにこそ、運命の糸は、隠れているのかもしれませんわね」
運命の糸……マグカップを手に取りながらリイサは思った。
悪い噂の流れている使われていない部屋。わたしとミチエちゃんだけだったら、どんな部活になっていたか想像もつかない。
ミチルちゃん。ケイちゃん。そして、ウイカちゃんとノリコちゃん。今までがんばってきたつもりだけど、幸運に支えられっぱなしだ。だから、
「みんなでがんばっていきましょう。まずはアンリミとPASカップだけど、ここから始めるのは、みんな一緒よ」
リイサが立ち上がり、カップを掲げる。「……それでは、シューティングスポーツ同好会の誕生を祝して!」
かんぱーい!
[stage_02 finished]