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 暑い季節はもう過ぎて、このくらいの時間……朝の9時だと肌寒さを感じることも多くなっていたが、着替えが終わって更衣室を出ると熱気を感じる。

 迷彩服を着て装備を整えた大柄な男性たちがあちこちで集まって談笑している。手にはさまざまな銃……スコープのついたスナイパーライフルや、大きなマシンガンを持っている人もいる。

 まるで友人やその兄弟と一緒に見た戦争映画に出てくる、前線基地やテロリストのアジト。見た目は物騒だが、放課後の教室や、お祭りの会場のような楽しさも感じる。

 しかしまだ銃を持ってなく、レンタルの迷彩服がだぼだぼで袖や裾を折り返している自分の姿は、やっぱり場違いなんじゃないか。更衣室を出た小柄な少女はちょっと不安になった。

「お。ノリコ、着替えは終わった?」聞き慣れた声。

 迷彩服を着た三人組が近づいてきた。一瞬男三人に見えるが、真ん中の子が女の子だとすぐわかる。友人の穴守ウイカ。

 借りた迷彩服は同じSサイズなのに、服に着られてる感じがしない。身長は三センチしか違わないのに、まず男と間違われないその胸はどうよと、ちょっとノリコは思った。

 うん。答えると似合ってないねとウイカが言う。だけど大丈夫だよと、たぶんその目は言っていた。自信と元気があふれたその瞳がまっすぐノリコを見つめると、少し安心する。

「お姉ちゃんももうすぐ来ると思う」

 言いながらノリコはウイカの隣にいるウイカの兄、アツシを見る。自前の迷彩服。もう自分の銃まで買っている。映画とかで特殊部隊が使っている、ライトとかがつけられる奴だ。

 マドカさんに張り切っているところを見せたいんだよ、と更衣室でウイカが言っていたのを思い出す。たしかに、はりきっている顔。

「じゃあマドカさんが来たら、銃の撃ち方を教えるから」そう言うとアツシはノリコにレンタルの銃を手渡した。

 アツシの銃よりも少し小ぶりでシンプル。アツシの反対側にいるウイカの弟、ダイキもノリコと同じ銃……来年中学に進学するダイキには、まだちょっと大きいようにも見える。

 おそろいだね、とダイキに話しかける。こちらもちょっと自慢げな、はりきった顔。

 同じレンタルの銃でも、ウイカの銃はもう少しごつくて、銃を支えるグリップが前にもついていた。弾を入れる部分もだいぶ大きい。

 自分はこのくらいが、ちょうどいい。抱えた銃を軽く揺すって重さを確かめながらノリコは思った。

 アツシの顔がよりはりきった顔になった。振り返るとノリコの姉、マドカがちょうど更衣室から出てきたところだった。

 Mサイズの迷彩服はちょっと大きいが、男と間違われることはまずなさそう。

 たしかに背はちょっと低いけど体はわりと普通だと思うんだけどなぁ。あの二人がおかしいんだよ。思いながら、暑くもないのにノリコは迷彩服の、余裕のたっぷりある胸元をぱたつかせた。

 マドカの銃もノリコやダイキと同じもの。みんなおそろいだね。よりはりきった顔。


 試射用のシューティングレンジには参加者が入れ替わり立ち替わりやってきては、けっこう遠くに設置されている鉄板に撃ち込んで銃の調子を見たりしていた。

 ばばばばば、かかかかかん。結構外れたりもしているけど、みんな器用に当てている。かかかかかん、かかかかかん。

「聞いてる?ノリコ?」ノリコの視界いっぱいに、お面のようなフェイスマスクをつけたウイカの顔が広がる。フェイスマスク同士がぶつかるくらい近くから、ウイカはノリコの瞳を覗き込んでいた。

 そんなに近くに寄ってにらまなくても、わかるだろうに。何がわかるって、その、「……ごめん。聞いてなかった」

 安全装置のレバー。半分降ろすと単発。いっぱいまで降ろすと連射。弾が出なくなったら弾倉の下のダイヤルを回す。なくなったら根元のレバーを押して引き抜き、代わりのを入れる。ゲームが終わってフィールドを出る時は弾倉を抜いて、空撃ちする。

 狙いを定めるのは、銃床を肩の付け根の辺りに当てて、銃の後ろにちょこっと乗っている部品ののぞき穴から、銃の前にある高級車のエンブレムみたいな部分の棒の先端を通して、標的を見る。


 やってみる。単発。10メートル。大きな鉄板。

 銃の構えは映画とかの見よう見まね。ウイカやアツシは、映画みたいに決まっている。

 ぎゅっ。電動ガンというだけあって、モーターか何かが短く回っている。銃床に頬がついているせいか、銃声より大きく聞こえた。

 一瞬飛び跳ねるように飛んでいく弾が見えた気がする……かん。ぎゅっ。かん。ぎゅっ。かん。

 20メートル。的が小さく見える。ぎゅっ、ぎゅっ、当たらない。

「そういう時はフルオートで撃って弾道見ながら当ててきゃいいよ」ウイカが言う。なるほど弾を見ればいいのか。

 連射。照準を合わせる。連射にすると、モーターの鳴るぎゅって音は最初だけ聞こえてあとはたたたたた。銃声。

 飛んでいく弾を見るのに集中すると、連射された弾が弧を描いて落ちていくのが見える。ちょっと上を狙わなくちゃいけないのか。

 ぎゅっ、たたたたた。……かかかかかん。

 30メートル。的はとても小さく見える。弾が落ちるのはだいたいこのくらい。たたたたた。……右の方にずれる。

 もうちょっと上。今度はどうだ。たたたたた。……かかかかん。

「すごいじゃんノリコ!スナイパーとか向いてるんじゃない?」ウイカに言われてもノリコにはいまひとつピンと来ない。他の人はみんな当たり前のように撃ってるし……

 マドカを見ると、アツシが丁寧に教えているのに20メートルの的に当てるのもおぼつかない様子。

 ダイキは銃のサイズが体に合っていないので銃床を伸ばさず撃っているためか、構えがいいかげんだ。しかし20メートルの的に気持ちよく当てている。

 見ると連射して、ホースの水のように吐き出されてる弾を的に近づけるようにして当てていた。ウイカが言っていた、”弾道を見ながら当てていく”って、ああいうことなのかとノリコは思った。

「そんなのじゃないよウイカちゃん。きっとまぐれとかそういう……」30メートル。さっき狙ったところ。たたたたた。……ほらね。口ではそう言いながら。

 もうちょっと左でいい。たたたたた。……かかかかかん。

「……!お兄ちゃん!ノリコがなんかすごいよ!天才スナイパーかも!」

 40メートル。高さはこの辺。たたたたた。もっと右。もうちょっと下。たたたたた。……かかん。弾が散ってちゃんと当たらなくなる。あまり面白くない。

 30メートル、いや20メートルくらいが撃ってて楽しいな。思いながら的に向けていた意識を戻すと、視界いっぱいにウイカの顔。

 フェイスマスクをしていてもわかる、すごく満足そうな笑顔。ダイキやマドカ、アツシも呆然とノリコを見ている。

 遠い的を撃つのは、あんまり好きじゃ……言おうとする前に、ウイカに手を引っ張られる。

「お兄ちゃん!たしかレンタルにSPR25あったよね!そっちにしてもらってくる!」

 ウイカが手を引いて走ってくれる。ぼーっとしているとよく言われて、実際そうなんだけど、ウイカについていって走っていると、楽しいところへ連れて行ってくれる。このサバイバルゲームだってそうだ。

 ウイカがワクワクして、そのワクワクを自分に伝えようとしてくれる。そのワクワクは、握った手からも伝わっている。それがノリコは大好きだった。


 事務所で新しく持たせてもらった銃は、アツシの銃よりも大きくてスコープがついていた。重いのでやっぱりさっきの銃でいいとノリコが言うと、ウイカはがっかりしていた。



「……で、このマップにある赤フラッグのところにこれと同じボタンがあるから、誰かがそれを押せばこっちの勝ち」アツシがこのフィールドの地図を印刷して持ってきていた。

 入り口があっち。敵の陣地が向こう。ノリコには正直、ここがどこなのかもわかっていない。

「まっすぐ敵の陣地に向かう主力にいた方が、味方も多いし迷わなくていいと思う。ノリコちゃん、はぐれないようにね」

 10秒前。アナウンスが聞こえる。アツシは地図をたたんでノリコに手渡す。

「もし迷ったらこの地図を参考にして。あとところどころに、オレンジのベストを着たスタッフがいるから、わかんない時は聞くように」

 5秒前。アツシがスタッフを指差す。4。ああいう人。うん。3。地図を見返す。2。あ、地図をしまっておかないと。1。

 開始の合図のホイッスルはもう鳴った。地図を胸ポケットにしまって、急がなきゃ。銃を忘れるところだった。安全装置。……あ。

 攻めに行った人たちはもういなくなっていた。守りについている人たちも、あちこちに隠れている。

……行かなくちゃ。みんな早いよ。また地図を取り出す。たしかあっちの方。地図をたたむ。しまう。銃も持っていく。


 サバイバルゲームのフィールドって、こういう高いネットで周りを全部囲っているんだ。ウイカやアツシたちとはぐれて完全に迷ったことはひとまず置いといて、ネットの向こう、遠くに見える家や畑をノリコは見つめていた。

「もうすぐ敵が来るよ……早くどこかに隠れて、伏せて」

 近くにいた知らない人が声をかけてきた。腕のマーカーは黄色。ノリコやウイカたちと同じ。「あ……はいっ」

 手近な藪にノリコは入ってみたが、低木が硬くて身動きが取れない。なんとか藪を抜けたところに地面が小さくくぼんだところがあった……そこに入って、身を伏せる。

 ちょうどくぼみに日光が射していて、積もった枯れ葉が温かい。服の汚れとかを気にしないで、地面に横たわるのってこんなに気持ちよかったっけ。小さい頃公園の地べたに座り込んだりはした覚えがあるが、そういえば寝そべったことはない気がする……

 ノリコの周辺はすっかり静かになった。遠くから聞こえる銃声に耳をすませる。たたたたた、たたたたた。ヒットぉ!と叫ぶ声。

 そうだ、撃たれたらヒットと言って手を上げて退場しなくちゃいけないんだっけ。アツシからもそう教わったし、ウイカからはしつこいくらい念を押されている。

 やらないと、当たったのに気付いていないか無視していると思われて何度も撃たれると。

 撃たれたらヒット、撃たれたらヒット。たたたたた。ヒットぉ。銃声も少し遠くなった。

 早起きしたせいか、試射場で集中しすぎたのか、遠くに目をこらして疲れたのか、今寝そべっているこの場所が暖かいからか、頭がぼんやりしてまぶたが重くなっているのをノリコは感じた。

 近くの方に目をやると、陽だまりと影の境目を虫がちょこちょこと歩いている。糸みたいに足が細長い、クモみたいな虫。ちょこちょこ、ちょこちょこ。

 きた。てきのべつどうたいだ。おもったよりかずがおおいぞ。たたたたた。たたたたた。ひっと。ひっと。ちょこちょこ。ちょこちょこ。

 静寂。


 周りがあまりに静かで、ふと我に返る。寝ちゃってた?もうゲームは終わっちゃったのかな?……後ろの方で藪をかき分ける音。みんな帰るのかな。

 たたたたた。たたたたた。遠い銃声。まだ終わってない。

 藪をかき分けて進んでいる人たち。たぶんノリコが来た方に向かっている。腕のマーカー……赤。ノリコにはまったく気付いていない。

……撃っちゃっていいのかな。

 五人くらい?もうちょっといる。距離は、たぶん2、30メートルくらい。ちょうどいい。

 人の背中って、大きいんだな。のぞき穴から、棒の先端を。ちょっと上を狙ったほうがいいかな。……たたたたた。

「ヒットぉ!」次。狙いはたぶんこのままでいい。たたたたた。ヒットぉ。次。ちょっと離れている。もうちょっと上。

 たたたたた。次!もうちょっと離れている!気付かれた!こっちを見ている!たたたたた。

 次!この人は警戒しているがノリコを見つけていない。たたたたた。

「いたぁ!5時の方向、30メートル!」声のした方向!あそこにいる人!たたたたた。次!振り返ってるけどまだ見つかってない!たたたたた。

 次!……次。つぎは……いない?撃たれた人たちはみんな帰っていく。その人たちの足音以外は、遠い銃声。ヒットぉ。

 陽だまりと影の間。虫はもういなくなっていた。

 もうノリコの周りには誰もいない。どうすればいいのかな。帰ろうかな。まだ眠いし。……敵の来た方向にふと目をやると、視界の端に何か動くものが見えた。

 すごく早い。白い。こっちに飛んできてる。ばちっ。「痛たっ!」

 飛んできた何かはノリコの首筋にぶつかった。音とかしなかったけど?撃たれた?撃たれたら、撃たれたら……?撃たれたらなんかしなくちゃいけない。

 なんかしなかったら……さっきと同じ方向。また何か飛んでくる。BB弾。思い出した。ばちっ。

「ヒットぉーっ!」


 フィールドを囲っているネット伝いに行けば出入り口に行けるとスタッフに教わってノリコがウイカたちのいるセーフティーエリアに戻ってきたころ、ちょうど終了のアナウンスが聞こえてきた。

「何やってんのよぉ。いきなり迷子になって」戻っているのはウイカ、アツシ、ダイキ。マドカはまだ戻ってきていないらしい。

「えへへ、面目ない……端の方まで行っちゃって、そこで伏せてろって言われて、なんかちっちゃい虫見てたら……やられちゃった」

 言いながらノリコはフェイスマスクを外す。息苦しいし吐く息でゴーグルが曇って帰る時苦労したが、フィールドにいる時は絶対外しちゃだめと、ウイカからもアツシからもしつこく言われていた。

「そんな事だろうと思った。どうせ寝てたんでしょ……ちゃんとヒットって言った?」うん。ノリコは銃をテーブルに置き、椅子に座る。

 さっきウイカが薦めた銃じゃなくてよかった。この銃だってけっこう重い。

 それにこれでさっき、5人くらい?えーと……いっぱい敵をやっつけたよ。そうノリコは一人ごちた。

 口に出して言ったつもりだったが、口は動いていなかった。代わりに口から出たのは、

「つかれた。ねむい」

「寝るって!?ノリコ!?まだ一ゲーム目が終わったばかりだよ?なんか悪いもの食べた?ゆうべ寝られなかった?あたしもそうだけど?」

 寝たら死ぬぞ、と続けようとしたが、もうノリコは机に突っ伏して目を閉じてしまっていた。

「……緊張したのかな」言いながらも、そうではないようにウイカには思えた。

 いつもぼーっとしていて、何を考えているのかよくわからなくなるノリコ。ノリコの意志を確かめるために瞳を覗き込むのはもう癖のようになってしまったが、これはそこまで見なくてもわかる。

 ノリコの寝顔は満足げで、そしてどことなく誇らしげであった。連れてきた甲斐はあったかな、あったよね。


 アツシがノリコに毛布をかけてやったところで、マドカが戻ってきた。時間切れ終了の三分前、黄色チーム全員で敵陣地に突撃をかけ、ボタンを押してフラッグをゲットしたのが、マドカであったという。



 数日後。

 ノリコのもとにウイカから電話があり、ウイカらの家である食堂が暇になったから銃を買いに行こうと誘いがあった。

 店はウイカらの両親に任せてダイキも一緒にアツシの車に乗り、大学から帰るマドカを途中で拾ってから馬潟のガンショップに向かうという。

 相変わらず手回しがいい。ノリコは感心するばかりであった。

 マドカも銃を買う予定で、JR馬潟駅で待ち合わせとのこと。ノリコの両親にお願いして、おこづかいの前借りをする手はずも整っていると。

 相変わらず手回しがいい。おこづかい。まえ……が……り?

「まってういかちゃん。前借りって……それはいったい」ぶつっ。

 ノリコちゃーん、アツシさんの車が来たわよー。おこづかいも用意してあるから早く降りてきなさーい。

 ウイカはいつもノリコの手を引いて、ワクワクするところへ連れて行ってくれる。だけど思いついたらいてもたってもいられず、知らない間に準備を整え、問答無用にノリコを引っぱっていくのは、時々、というかしょっちゅう、困る。


「だってさーお兄ちゃんもダイキも先週のサバゲからテンション上がってうるさくって。お兄ちゃんがマドカさんをかばってやられた話とか、ノリコを狙ってる敵にダイキが突っ込んでやっつけたとか、お客さんにまで話して呆れられてたよ?」

 二人とも張り切りすぎて勝手に突っ込んでいくことをそう称しているのだということは、サバイバルゲームのあとノリコとマドカで話をしていて判明したことであった。

 ダイキが活躍できてアツシがそうでなかったのは、たぶんノリコの援護射撃のおかげじゃないかとマドカは言っていた……ノリコも結構やっつけたがダイキがどれくらいやっつけたのかはノリコにはわからなかった。

「うんそれはわかった。ウイカちゃんもテンション上がってるのもわかる……でもなんでわたしや、お姉ちゃんまで」

 ノリコが言うとウイカはノリコの前にひょいと顔をのぞかせる。「いやなら買わなきゃいいんだからさ」瞳を覗き込まない。顔も近づけてこない。あやしい。

「でも欲しくない?myガン」

 ノリコが答えないうちに車は駅のロータリーに停まり、マドカが助手席に乗り込んだ。

「ねえお姉ちゃん。お姉ちゃんも銃を買うの?」

「ノリコたちを見てから考えるわ。レンタルだって安くはないし、何度も付き合わなきゃいけないなら、買っておいた方がいいのかなって」


 JRと京浜急行の二つの馬潟駅。アツシが言うにはかなりの老舗だというガンショップは、ちょうどその中間くらいのところにあった。

 奥に細長い店舗の壁やショーケースには所狭しと銃が並べられていて、まるで武器庫か秘密基地だ。ノリコはあまり銃に興味はないが、ウイカやダイキが目を輝かせるのはなんとなくわかる。

 こうして様々な種類の銃を見ると、サバイバルゲーム向けの銃というのはどういうものなのかわかる気がする。黒くて、ごつくて、ライトとかをつけるギザギザがあちこちについている。

「ウイカたちは10歳以上用だぞ?サバゲでしか使わないんならともかく」がっかりするダイキ。

 10歳以上用エアガンのコーナーはそんなに大きくないが、それでも結構種類がある……ウイカは迷いなくその中から一挺を選んだ。アツシと同じ銃の10歳以上用。

「ノリコはstp5がいいんだっけ。はいこれ」

 ウイカに渡された箱の写真を見ると、たしかにサバイバルゲームで使ったのと同じだが、サバイバルゲーム向けのギザギザがついている。

 軽いしこれでいいのかな……同じ銃だけど、ギザギザがついていなくて箱が少し小さいものがノリコの目に止まった。「こっちは?」

「そっちはBoysシリーズ。子供向けに少し小さくなってる奴だよ……人気はあまりないみたい。レールの規格が合わないからオプションも少ないし、男の子って、中学くらいからどんどん大きくなっていくからね」

 男の子って。ノリコは目を上げ、ダイキを見る。どんどん大きく。次にマドカ、そしてウイカ。「なぜそんな目であたしの胸を見るかね」

 ノリコはウイカから渡された銃を戻した。Boysシリーズの並んでいる方へ向かう……「すいません。これ、見せてもらえますか?」

 何種類かある中からノリコが選んだのは、サバイバルゲームで使った銃でもなく、ウイカたちの銃でもなかった。「ちょっと気になって……さっきのの小さいやつだとちょっと小さすぎるし、黒くないし。スカ……あ?ら?ら?」

「SCARL-L、スカール・エル。ノリコこれがいいの?ちょっと意外」

 店員が箱を開けるのを見ているノリコの顔も、自分の選択に半信半疑のような感じだ。

 構えてみても納得のいっていないような表情。店員に銃床の調整方法を教えてもらって、かちん、かちん。何度か合わせて、「……これがいい。これください」

「これでいいの?M4にもタンカラーあるよ?」ウイカはノリコの正面に回って顔を覗き込む。理由なんか聞いても納得のいく答えは期待できない。

「うん。なんかこう、しっくりくる」銃を手に取るまでの迷いは消えたように見える。

「ならよし。安くはない買い物させるんだから、ちょっとは責任感じてるんだよ」

 目を逸らした。嘘だからか照れ隠しなのかは、ノリコにはわからなかった。


 ダイキはウイカたちと同じ銃のBoysモデルを買っていた。予備弾倉を多めに買い込み、スカールでも使えるからノリコ姉ちゃんの弾が切れたら渡してやるんだと息巻いていた。

 マドカはスカールの18歳以上用モデルを買い、アツシが自分の銃と弾倉が共用できるから、と言ったところでそれダイキと一緒じゃんとウイカに突っ込まれていた。


 夕食はウイカの家でごちそうになり、帰って部屋に戻るともう9時近くだった。ベッドに腰掛け、そのそばに銃と一緒に買ったガンケースを置く。箱はお店で捨ててもらった。

 ガンケースを開け、銃を眺める。説明書を読んで、サービスしてもらった乾電池を入れる。弾倉にBB弾を入れ給弾ダイヤルを回して銃に装填する。銃床をしっくりくる位置に合わせ、照準を覗き込む。

 シューティングゴーグルも買ったのでつける。フェイスマスクみたいに暑くて曇らないかなと思ったのだが、サバゲでは使えないところが多いと買ってからウイカに言われた。もうちょっと早く言ってほしかった。

 さて、何を撃とう。壁を傷つけたら怒られる。何か適当に、撃っていいもの……撃っていいもの?

 なにを、うてばいいの?


 翌日ウイカから聞いた話によると、アツシの部屋で試射をした際、ダイキの流れ弾がテレビに当たって画面に傷がついたとのことであった。

「幸い10歳以上用だったからちょっと目立つ傷がついたくらいで済んだんだけどさ、ノリコも気をつけなよ?」

「うん」銃を持ってても、撃つものがない。結局サバイバルゲームでしか使わないんだったら、行くたびにレンタルでよかったのかな。



 数ヶ月後。

「いやーもう久しぶりだよサバゲー。高校受験のことすっかり忘れててさあ。銃まで買わせておいてほったらかしで、ごめんねノリコ」

 謝るべきなのはノリコというよりノリコの銃に対してだろうとノリコは思ったが、それを言うならノリコ自身も銃に謝る必要があると思い直した。

「わたしも忘れてたよ。買った時の電池入れっぱなしで……ゆうべウイカから電話あったあと見てみたら電池切れてて、あわててヨーナンまで買いに行ったよ。あぶなくお店が閉まるところだった」

 かたんことん、かたんことん。今日はノリコとウイカの二人だけ。アツシが店が忙しくて行けないので、電車で行く。親の同意書は、ウイカがノリコの分まで用意していた。

「悪い悪い。10歳以上用サバゲの話を知ったのがホントあの直前くらいでさ。ダイキも友達と遊びに行く用事を入れちゃってて、ノリコも行くって言ったらブーたれてたよ」

 何かを思い出し荷物をまさぐりながらウイカが続ける。

「あいつ中学は公立行くからって、先月もあたしをほっといてお兄ちゃんやマドカさんとサバゲ行ってさ……春休みにはその分取り返そうね」

 ウイカが取り出したのはBoys用の弾倉。ダイキがこれを自分だと思って、だってさ。とウイカ。


 サバイバルゲームというと、車で千葉県とか山奥まで行ってやるものだとノリコは思っていたので、今回行くのが新宿だと聞いた時には驚いた。駅からはだいぶ離れた、ビルの地下。

 フィールドは地下二階にあって、薄暗い迷路のよう。暗いしみんな早く動くので、楽しいというよりちょっと怖いの方が先に来てしまう。

 ウイカは銃にライトをつけている。ずるい。


「ノリコはさぁ、せっかく射撃の腕がいいんだから、もうちょっと立ち回りとか覚えたらうまくなるのに。通路の真ん中に棒立ちとか、さすがにないよー。よくあんなんで4人も倒してるよ」

 次のゲームに備えて、ウイカは予備弾倉にBB弾を流し込んではダイヤルを巻いている。

 あれだけ短い時間によくあれだけ撃てるよなぁと、それを見ながらノリコは思った。せっかくダイキが貸してくれた予備弾倉の、出番はなさそうだ。

「ノリコはサバゲ向いてないのかなぁ。でもその射撃の腕は、ちょっと惜しいよ」ノリコが少し退屈そうなのを見てウイカが言う。

 ウイカに余計な気を使わせちゃったかな。なんか悪い気がする。

「ここ回転早くていいよねー。じゃあそろそろ次のゲーム始まるから、あたしは行くね。退屈だったら、そこのシューティングレンジで遊んでいなよ」そうでもなかった。


 セーフティーエリアの脇にあるシューティングレンジは試し撃ちができる程度の狭くて短いところ。しかしその横に、奥行きは少し短いが幅の広いシューティングレンジが、反対向きに設置されていた。いったん入り口の方に戻って、事務所の奥。

 店長に話を聞くと、原則18歳未満は使えないのだが、ちょうど人がいないから誰か来るまでは使っていいと言ってくれた。連射はなしで。

 広いシューティングレンジ……ワイドレンジには、小さくて丸い鉄板が一列に並べられていていた。まるでお祭りの射的のよう。

 ぱちんぱちん。ぱちんぱちん。距離が近いので、狙いを修正したりする必要もない。つまらない。

 なら隣の的、その隣の的も。右から左へ、片っ端から。端まで行ったら、折り返して反対側へ。端まで。折り返して。

 ぽすっ、ぽすっ。弾倉のダイヤルを回さないと……「君すごいね。今まで一発も外してないよ?なんかやってるの?」

 別になにも。運動とか好きじゃないし、鈍くさい子ってたまに言われる。

「ちょっとタイムを計ってみようか。合図のブザーが鳴ったら、右端から6枚撃ってみてよ」

 店長はスマートフォンを取り出すとなにかアプリを立ち上げた。そして銃の近くにかざす。

「アー・ユー・レディ?」なんで急に英語。とにかく、いいです。「スタンバイ!」

 ピーッ。合図。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。終わり。店長がスマートフォンの画面を見せてくれる……4.38秒。

 速いのか遅いのかよくわからない。店長が言うには、初心者の出すタイムではないと。……やっぱりよくわからない。

 じゃあ今より速く、撃ってみよう。

 Boysスカールは軽くて体になじむ。的を指差すように狙いを定めれば、指の先よりもずっと遠くに、あたる。ここは広くないから、遠くでなく、速く。やってみる。

 アーユーレディ、スタンバイ、ピーッ。ぎゅっ。ぱん。ぱちん。次。ぎゅっ。ぱん。ぱちん。次、次!次。

「……2秒……96」うん。はやい。でも、つかれた。その場にぺたりと座り込む。

 きみきょうぎとかやってみない?わかんないけど、つかれるからいいです。でもこれはたのしいですね。ちょっとやすんだら……またやってみていいですか?もちろんやってみてよ。いやあ、すごいものをみちゃったよ。

 頭がふらふらして、今にも倒れそうだ。しかし視線の先の的を見ると、腕の中のスカールの手応えを感じると、意識がそこに集中するのがノリコにもわかった。

 ぼーっとしているといつも言われて、実際そうなんだけど、ぼーっとしていないって、こういうことなのかな。


 ゲームが終わってウイカがセーフティーエリアに戻ってもノリコがいない。裏のワイドレンジから、かちんかちんと音が聞こえる……

「あっ……ウイカちゃん」ウイカが声をかけても肩越しに一瞬振りかえっただけで、ノリコはすぐ的に向き直った。店長もスマホのタイマーのようなものを使って、ノリノリだ。

「いやあこの子ほんと素質あるよ。ほんとになにもやってないの?」今すぐ競技に出てもおかしくない速さだと、店長は言った。

 ウイカはノリコの正面に回って顔を覗き込もうとしたが、店長に止められた。銃を構えている人の正面に立つのはいけない……言われてみればそうだ。

 ノリコの表情だけを見ると、笑ったり楽しそうな顔ではない。しかしどことなく真剣な、そう、ガンショップでスカールを手にとって構えていた時のような。

 弾切れ。ダイヤルを巻いてももう弾は出ない。弾倉を取り外し、ダイキの弾倉に交換する。

「……あ。ウイカちゃんダイキくんに言っといて。役に立ったって」

「わかった。そっちのマガジン貸して。弾入れてくるから」ノリコから空の弾倉を受け取り、ワイドレンジを出る前にウイカは振り返った。

 合図を待って、合図があれば撃つ。一心不乱っていう言葉は、こういうことを言うんだとウイカは思った。

 ノリコやっぱりサバゲ向いてないよ。でも。


 弾切れ。ダイヤルはさっき巻いた時空回りしていた。替わりの弾倉……空の弾倉をノリコの手から取り、替わりを渡す手。見慣れた手。「……ウイカちゃん」

「さっき入れ替わったの気付かなかったんだ。店長さんはサバゲの方で用事があるって。あたしのスマホにタイマーアプリ入れてもらったから……店長さんがあんなに興奮するほど速い?今のところずーっと5秒くらいなんだけど?」

「ちょっと速く撃ってみようって、一回だけすごく速く撃ってみた。でもすごく疲れたよ……このくらいが、ずっと撃ってられる。このくらいがいいよ」

「ふうん」どたどたどた。たたたたた。ばちんばちん。ヒットぉ。下でやってるサバイバルゲームの音が遠く聞こえる。

「そうだノリコ、ワイドレンジ有料なんだしこんだけ使わせてもらってるんだから、あとでお金ちゃんと払っておきなよ」

「うん」ピーッ。ぱちん、ぱちん、ぱちん、ぱちん、ぱちん、ぱちん。

「……ノリコだったらさ、サバゲしないでこっちだけ使うってのでもよかったかもね。その方が安いし」

「うん」即答だよこいつマジで検討してやがりますよ。

「……まあ、そういうのでいいからさ、つきあってよ。これからも」

うん。



「ノリコー、お風呂空いたわよ。早く入りなさい」新宿でのサバイバルゲームから帰って食事はウイカのところで食べてきたとかで、いつの間にか帰ってきたと思ったら部屋にこもっている。

「サバイバルゲームで汗かいたでしょ。ちゃんとお風呂入らないとダメよ」返事はない。

 マドカが階段を上がると、かすかに何か鳴らしているのが聞こえた。

 さーいーたー、さーいーたー、チューリップーのーはーなーがー「ノリコ……?入るよ……?」

 サバイバルゲームの荷物をベッドに投げ出し、クローゼットをひっくり返したのか、ノリコの部屋はひどく散らかっていた。

 何か買い物をした包装紙も破いて、箱も乱雑に転がっている……奥には謎の木箱。

 そんな部屋の真ん中、傍らに銃を置いて、どうやら帰りに買ったらしいおもちゃの鉄琴を、床に座り込んでノリコは鳴らしていた。黙々と。真剣に。

 さーいーたー、さーいーたー、チューリップーのーはーなーがー

 いつもぼーっとしていて、何を考えているのか時々わからなくなるノリコ。小さい頃は両親はそれをすごく不安に感じていたというし、マドカが心配することも少なくなかった。

 なーらんだー、なーらんだー、あーかーしーろーきーいーろ、どーのーはーなーみーてーもー

「ノリコ……なに……これは?何かいやなことでもあったの?」

 きーれーいーだーなー……「あ……お姉ちゃん」

 マドカの方に向き直ったノリコの顔は、特にいつもと違っているようには見えない。ウイカが時々やっている、顔を覗き込むあれを今すぐやってもらえればとマドカは思った。

「あ……」散らかった部屋を見回すノリコ。照れ笑い。「あのね、お姉ちゃん。あの……これ」

 ノリコは自分のスマートフォンをマドカに手渡す。ネットの動画を再生していたようだ。

 繰り返し再生。……細身で長身の、人のよさそうな男性。持っているエアガンのピストルには、何か照準器のようなものをつけていた。

「こんにちは、マッハ酒井です。今回はこのE-キャップで、チューリップを演奏してみようと思います」

 さーいーたー、さーいーたー、チューリップーのーはーなーがー……何かの支柱にくくりつけた鉄琴に、エアガンでBB弾を撃ち込んで鳴らしている。

 ひとつひとつの板の幅は2センチあるかないかくらいなのに、器用にリズミカルに当てていた……

「こういうのがあるって、ウイカちゃんが教えてくれたの。これだーって思って、これ買ってね、あれに入れるといいって、アツシさんとダイキくんが作ったのをね、新しいのを作るからいいって……」

 部屋の奥に置いてある木箱。BB弾が跳ね返ってこないよう布を垂らしているらしい。

 ノリコがそこに鉄琴を持っていく。中にかけられるようにしているようだ。

「それでやるぞーって思ったんだけど、どう鳴らせばいいのかわかんなくって、小学校の音楽の教科書探したんだけど……お姉ちゃん持ってない?」

「もう捨てちゃったわよ」ようやく合点がいって、安堵のため息をマドカは漏らした。

「わかったから、ちゃんと部屋を片付けてお風呂入りなさい。ちゃんとウイカちゃんたちにもお礼言っとくのよ」

「はーい」すぐ鉄琴に向き直ろうとするノリコを制して、ノリコが着替えと洗濯物を持って風呂場に行くのをマドカは見届ける。やれやれ。


「ノリコ?もう起きないと学校遅刻するわよ?……入るわよ」

 一応ゴミは捨てたようだったが部屋中に散らかったものは隅にまとめただけで、片付いたとは言えない感じだ。

 そのうえ床には、袋をまるごとぶちまけたかのように、BB弾が散乱していた……いや、袋をまるごとぶちまけたのだ。

 部屋の中央でノリコは倒れるように眠っていた。パジャマを着て、シューティングゴーグルをかけたまま。脇に銃を置いて、手には弾倉。もう片方の手に、中身がほとんどこぼれ落ちたBB弾の袋。

 いつもぼーっとしていて、何を考えているのか時々わからなくなるノリコ。近所に住んでいるウイカがいつも遊んでくれて、ノリコの顔を覗き込んでノリコの考えを確かめてくれている……

 おかげでマドカも、ノリコがちょっと鈍くさいだけで普通の子とそんなに変わらないと思えるようになった。

 おもちゃの鉄砲で楽器を撃って童謡を鳴らす。それはなんというか、どうかという気もしないでもないが、

……ウイカちゃんのようにはできなくても、姉だもの。このくらいは、わかるわよ。

 やりたい事を見つけて、まっすぐにがんばってやりきった顔だ。

「ほら起きてノリコ。ごはんできてるわよ……学校から帰ってきたら、ちゃんと部屋をかたしなさいよ」

 マドカがノリコを引き起こしてベッドにもたせかけると、ようやく目を覚ました。

 照れくさそうで、満足げで、楽しそうで、どこか誇らしげな笑み。その頬に張り付いていたBB弾が、ポロリと落ちた。



[stage 00 finished]

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