6. ああ都や都、と叫んでみる
作者の基本的な執筆速度はこんなものである。
…特に連番の話だと遅くなる傾向がある。
「……痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
全身が痛む。
筋肉痛、魔力過剰行使による身体的疲労、その他諸々。
“あいつ”の力と知識があったから今まで力の行使や旅路に何の疑問も抱かなかったが、まさかこんな落とし穴があろうとは。
知識と肉体の行使に身体が追いつかない。
自分で得たものならばそんな事はないだろうが、これは違う。
全ては“あいつ”から与えられたモノ。得るどころか自分自身のモノですらない。
根性・執念・その他諸々の精神力を使いきって街に辿り着いたのが三日前。予定だとあと五日で『灼眼の神殿』に行けるはずがこのざま。
指先一つ動かすのも億劫だった。
ちなみに資金も残り二日ほどで尽きる。
更に、【灼眼】の領土にまで『昏白の神殿』を襲撃した犯人の指名手配の緊急通知が届いていたりもする。
もっとも【昏白】の死はどうやらなかった事にされているようだし、犯人も怪しい人物と言うだけで特定までできてないみたいだが。
つまりは色々な意味でやばいと言う事だ。
で、現状はと言うと。
「痛い。痛すぎる」
以上。
どうしようもない。しょうもない程に、どうしようもない。
「……あの?」
本当にどうしようもない、がどうにかするしかないと言うのも現状ではある。
「あ、あの、生きてます……か?」
「?」
「あ、よかった、生きてる……じゃ、なくて。大丈夫ですか? ずっと部屋に籠りっ放しで?」
やばい。
今の俺は体が動かない。つまりは絶好の襲うチャンスと言うわけだ。この無断で侵入してきた女も恐らくは…
「……む? いや、見た事がある顔だな。誰だ?」
「誰だ、って……この宿の人間ですよ。そもそも今朝だって会ってるじゃないですか」
「……あぁ」
「もう忘れたんですか?」
「ああ、いや。今思い出した」
そう言えば、思い出した。
この女の名前は確かナッシャとか言ったはずだ。この宿の人間で、俺が今こうして飢え死にしていないのはこの女のおかげとも言える。
何せ三日間動けなかったからな。この女がいなければ強制的に断食に入っていたところだ。
「なら、私の名前は?」
「ナッシャ」
「うん、ちゃんと思い出してくれたみたいですね。取り敢えず昼食を持ってきたんですけど……本当に大丈夫ですか?もう三日も寝たきりですよ。どこか悪いんじゃ……」
「いや、初日にも言ったとおり筋肉痛と魔力疲労だから寝てれば治る」
はず、なのだが。一向に良くならないのは何故だろうか?
このままじゃ何もできないし、こうなれば多少は無理をしてでも動いてみた方がいいかもしれない。
実は身体に一気に負荷を掛け過ぎた所為で、一時的な疲労じゃなくて身体組織の崩壊までいっている可能性もある。そうなれば時間を置けば治るどころか、次第に酷くなっていく、と言うわけだが。
……このままずっと寝たきりで終いには死にました、じゃ笑い草にもなりはしない。まだ死ぬわけにも、止まるわけにもいかないんだから。
「っ……くっ」
「あ、起き上がったりして」
「だから大丈夫だ。それよりも食事をくれ」
「あ、はい。……でも本当に大丈夫なんですか? 随分と辛そうですけど」
「問題ない」
痛すぎてどこが痛いのか分からないほど痛いが。
と言うよりも油断してると痛い以外の思考ができなくなるほど痛いが。
とにかく痛いがっ!!
「問題ない」
「どうして二度も言うんですか?」
「お前が疑っているような表情をしてたからだ。後なんとなく」
「そうですか」
「ああ。で、それよりも聞きたい事があるんだが、いいか?」
「はい。私に分かる事でしたら。……ち、ちなみに私はいま彼氏募集中ですよ?」
「助かる。あと勝手に募集してろ。俺は知らん」
「え、えと……スリーサイズとか、ギリギリな質問にも今なら答えてもいいかなーとか。気分的に」
「じゃあ、外の様子はどうなっている?三日前と何か変わった様子でもあるか?」
「――……。いえ、ありませんね。相変わらず龍騎士や妖精族の魔法士、巨人族の戦士なんかがいっぱい集まっていますけど、一カ月ほど前の変化に比べれば変わった事は何も」
「そうか」
ちなみに一月前って言うのが『昏白の神殿』襲撃事件の煽りなわけだが。
どうでもいい事である。
「それじゃあ何か…仕事はあるか? できれば短期で金が大量に手に入るのがいい」
「……え、永久就職とか?」
「今思ったがお前、頭にウジがわいてるな。一度出直してこい」
「……はい。そうします」
……出て行った。
やれやれ、これで落ち着いて御飯が食べられると言うものだ。
「っ」
でもない、か。
身体がとにかく痛い。
取り敢えず状況に変化はないようだからいいが、お金を稼ぐ方法、ねぇ。
大金が手に入らないのなら次は仕事で『灼眼の神殿』まで行けるようなもの、か。……ふむ、次に会った時にでもその手の仕事がないか聞いてみるか。
◇◆◇
もう意識が飛びそうだ。
階段を下りただけだぞ?
やっぱり本格的に身体組織崩壊の懸念を考えた方がよさそうに思える。あと何日ほど持つのかも分からないが、それでもやる事に変わりはない。
だがそうすると先を急ぐ必要が出てくるわけで、
「あの、」
「?」
いつの間にかナッシャに顔を覗き込まれるほど接近を許していた。
「本当に、起きてきて大丈夫ですか? 顔色、さっきよりも悪くなってますよ」
「……問題ない」
どうせ回復の見込みがないのなら気にする必要もないしな。
逆に回復してくれるのならそのうちにするだろうし。
「それよりも仕事だ。できればシャルナーサ行きの……そうだな、護衛の仕事とかあったりしないか?」
「シャルナーサに何か用事でも?」
「ああ。そもそも俺の目的地だ」
「へぇ、そうだったんですか。……えと、シャルナーサ、ですよね?」
「そう言っている。で、どうなんだ、あるのかないのか」
まあそんな都合のいい仕事なんてあるはずもないだろうが。
「シャルナーサって中央都市で、『灼眼の神殿』のあるところって事でいいんですよね?」
「さっきからしつこいな。そうだと言っているだろうが。さっさと俺の質問に答えろ」
「えっと……ありますよ?」
「そうかあるのか」
「はい」
「……」
「……」
「……あるのか」
「? ええ、はい。ありますよ」
「……で、どんな内容で誰に聞けばその仕事を受けられる?」
「顔っ、顔近いです近すぎです!! もうちょっと離れ…」
「おっと、済まん。少し興奮した」
「興奮て…………そう言う事? もしかしてそう言う事なの? でも私まだ心の――」
「何を考えているのか知らんが今お前が思っている事だけは間違いなく違う」
興奮していたのは余りに都合のよすぎる話だったからだ。
それ以外の他意は一切ないと誓って言おう。
「……そうですか」
「何故そこで落ち込む?」
「いえ、気にしないでください」
「分かった。で、内容を詳しく聴かせろ」
「……うわ、本当にもう気にしてない。少しくらい気にしてくれたって……」
「御託はいいから、さっさと仕事内容に関して話せ」
正直なところ、立っているだけでも十分辛い。
「そ、それってあれですか。もしかして仕事だけの関係ってやつ?そんな、酷すぎま」
「貴様、まだ脳にウジがわいているのか?」
「……、済みません。自分、ちょっと調子に乗ってました」
「分かればいい。……それで?」
「あ、はい。仕事の話でしたよね。実はですね、ちょうど用事があって私シャルナーサの神殿まで行く予定だったんですよ。それで単身じゃ危ないから誰か護衛でも、と思ってたんです」
「俺を雇え」
「め、命令系ですか」
「違う。丁重に頼んでやってるんだ」
「……身体、具合悪そうですよ?」
「気にするな。いつもの事だ」
「……護衛、務まるんですか?」
「なんなら今すぐ貴様を肉塊に変えてやってもいいんだぞ」
「遠慮します」
「賢明な判断だ」
「……物騒だなぁ。あ、でもそこがちょっと格好いいって言うか、クール&ミステリアス?」
「遺言はいいからさっさと俺の問いに肯定しろ。俺を雇うんだな?」
「な、なんですかその暴言は。終いには私も怒りますよ……ちょっぴりだけ」
「勝手に怒っていろ。ただし俺の問いにハイと答えてからだ」
「……でも、本当に身体は大丈夫なんですか? 私、心配ですよ」
「本当に問題ない。だから心配してもらう必要もない。……安心しろ、ちゃんと護衛の仕事は果す」
「…………ホントですか?」
「ああ」
「護衛って言うのは護衛する本人もちゃんと無事じゃないと意味がないんですよ?」
「分かっている」
第一、目的がその先にあるからな。
少なくとも“あいつ”をもう一度見つけるまで死んでたまるか。
「神様に誓って?」
「っ、………………あぁ、誓ってやるさ」
「……分かりました。なら、明日出発する予定だったんですけど、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。明日だな」
「はい」
「それじゃあ、明日また、だ」
「はい、また」
また階段を上るのか、……仕方ない。
痛い。
すっごく、痛い。痛い痛い痛い。
「着い、た」
部屋のベッドに倒れ込んだ瞬間。
「っ――、・・・」
意識が、途切れた。
登場人物紹介
ナッシャ
宿屋の娘。
出会った女の子の尽くが好意を抱くのは主人公の特権であると言い切ろう。
ただこの主人公、
『女=痴女』
って考えですけどね。
ちなみに…
主人公、地味に瀕死中。
余命あと僅か。