4, 逃亡生活に必要なもの、みたいな?
リョーンさんは結構いい人です。
イイ人、の前に『どうでも』が付くかどうかはそのヒト次第。
「っ……ぁ、……確か」
「――目が覚めました?」
「?」
「大丈夫ですか、って何か出会った時に似てますね?」
「ル、ナ?」
「違います。私の名前はリョーン、ですよ。名前、忘れてしまいました?」
「リョー、ン?」
「はい。初めて私の名前を呼んでくれましたね」
「!!!!!」
はっきりと目が覚めた。
同時に飛び起きる。
なんたる不覚、なんたる油断。
この変な女に膝枕なんてされているなんて。……あと一歩目が覚めるのが遅かったら襲われていたに違いない。何と言ってもこいつは恐ろしいまでの痴女だからな。
「……何か、不届きな事を考えてませんか?」
「いや。ありうる可能性を想定していただけだ」
「そうですか。私の勘違いだったらそれでいいんです、けど……」
「それで、ここはどこだ? あと貴様はどうしている?」
「それ、私の台詞なんですけど? ……きっと意識が覚めたばかりで混乱してるんですね、多分、絶対、そう思います、そうだといいな、そうですよね?」
「お前の妄執に付き合う気はない。さっさと答えろ」
「うぅ、やっぱりこれがこのヒトの地の性格のような気がします。……私は単に神殿に倒れていた貴方をここまで連れてきて手当しただけですよ。それとここはコンミューズからちょっと離れた街道です。街の方は……今は大騒ぎになっていますので」
「そうか。……で、見たんだろ?」
「何を、でしょうか?」
「とぼけるのか? まあそれでもいいけどな。俺が倒れていた時の状況だ。俺をここまで運んだって事は見たんだろ?」
――使徒【昏白】の亡骸を
「で、現場でただ一人息のあった俺に対して何か聞くことはないのか? お前は変人で痴女だが、仮にも信者だろう」
「なんですかその言葉の暴力は!?」
「真実だ。で、だ。信者であるにもかかわらず、この不審さ満点の生き証人に何か問い詰める事はないのか、と聞いている」
「ありません」
「……どうしてだ?」
「そもそもですよ。どうして私があなたにそんな事を聴かなければいけないですか?」
「だから、俺は――」
「仮に、です」
「?」
「仮に貴方が使徒【昏白】を殺したとしましょう。正直、どのような手段を用いれば使徒を殺せるのかは想像できませんが。でもそれを行ったあなたにも何かしらの理由があり、同様に殺される側の【昏白】にも問題があったという事でしょう? ならばこれは仕方のなかった、いつか誰かが起こしていただろうという事です」
「それは信者が吐いていいセリフか?」
「私は女神様に仕えているのであって別に使徒に仕えているわけじゃありませんから。問題なしです」
「大ありだと思うけどな。それにもしも俺が何の理由もなく『昏白』を殺していたらどうする気なんだよ?」
「大丈夫です、それはありません」
「……何故、そう言い切る?」
「だって貴方はそんな人じゃありませんから」
「会ってから一日も経ってないのに随分と俺を分かったような口を利くな。その決めてかかるような上から目線も気に入らない。いや、そもそもお前の存在自体が気に障る」
「酷いです! 私の『ヒトを信じるっていいものだね。ちょっと感動?』みたいな台詞が台無しじゃないですかっ!? それに一日経ってますって! そもそも馬車の中でずっと一緒だったじゃないですか!!」
「覚えてない。それにそんな事、誰か言ってたか?」
「酷っ。それに言いました! 私がしっかりと言いましたよ!!」
「ちっ、結局は自画自賛か、この女」
「そっ、それを言われると私としても辛いのですが。……でもそうですよね? 貴方は何か理由が、それもあんな場所にいるくらいですから何かきっと大切な訳があったから、あの場所にいたんですよね?」
「取り敢えずはお前の顔を立ててそう言う事にして置いてやろう」
「ありがとうございます」
「何故そこで礼を言う。変な奴め」
「どうでしょうね? でも貴方だって変な人ですよ。いつも酷い言葉を散々吐く癖に、私に神殿に近づくななんて必要のない心配をして見せもする。まるで態度と本心がバラバラみたいですよ?」
「今、言葉と言う酷い辱めを受けた。……貴様、やはり俺に恨みがあるな?」
「どうしてそうなるんですか! どうして!?」
「俺が変人だと? 世界に謝れ、そして俺に平伏せ」
「何なんですか、その暴論は!?」
「分かった、もういい。お前には何も期待しない。そもそも初めから期待なんてしてなかったからな。あと相変わらずきーきーとうるさい奴め。少しは黙れこの騒音の分際で!」
「う、うぅ。やっぱり私が間違ってたのでしょうか? 今からでも神殿でも役所でもこのヒト突き出した方がいいのかなぁ?」
「仕方がない。秘密を知ったからには死んでもらうか」
「……て、何ですかっ、この急展開は!?」
「まあ運が悪かったと思って諦めろ」
「諦められませんってば。たった一つの命じゃないですか!?」
「大丈夫だ。お前は既に死んでいる」
「生きてますって。だからまだ私死んでませんってばっ」
「わがままな奴だな、お前。いったいどうしたいんだ?」
「私を信じて下さいよ!」
「ふざけた事をほざくと気がついたら死んでるぞ、お前」
「なんですかその不穏な警告は!? ……そんな、私が何をしたって言うんですか?」
「俺に近づいた事をこの世の罪と後悔し、懺悔し悔いろ。そして今度こそお前のカミサマとやらに俺と再会しないように願ってるんだな」
「……」
「何だ? ……いや、俺の顔をじっと見つめるその目、その表情、さては貴様俺に惚れたな? そしてやはり俺の身体を狙っているな? ……この痴女めっ!!」
「どうしてそうなるんですかっ!? …………実はやっぱりかも、ってちょっと関心してたところだったのにぃ」
「貴様に関心されるなど虫唾が奔るわ。とっとと去れ」
「……いいんですか? 私を殺すんじゃなかったの?」
「気が変わった。やっぱり死んでもらうか」
「嘘ウソうそうそですっ。何でもないです何でもないです。今すぐ消えますから殺さないでくださーい!!」
「本当にうるさい奴だ。……殺すか?」
「ほ、本当に私にどうしろと?」
「だからさっさとどこかに行ってしまえ。俺の身体の感覚が完全に戻る前にな」
「……貴方は、これからどうするんですか?」
「どうもこうもあるか。お前の所為で俺は世界的な犯罪者だ。これから逃亡生活の日々だな」
「私の所為? それって私の所為なんですか??」
「当然だ。お前があの場所から連れ出した所為で弁明の機会がなくなったんだからな」
最も、弁明したとしても意味はないだろうがな。むしろあの場所に残っていた方が危なかったとは思うが、言わぬが花だ。この女をつけ上がらせるのは気に障る。
「はぁ、当然ですか。……て何でです!?」
「俺がそう決めたからだ。あとお前はいつまでいる気だ、今度こそ本当に殺すぞ?」
「…大丈夫ですか?」
「何がだ?」
「いえ、その、お身体が…」
「大丈夫じゃない」
「ぇ!?」
「貴様、もし俺が大丈夫だと言ったら襲う気だっただろう? そうはいくか」
「ありません!ありませんってば!!」
「……いいからもうどこへとなり行ってしまえ。俺の事なんて心配するな。さもないと早々に殺すぞ」
「……、分かりました。それでは、私は行かせてもらいます。本当に殺されたくはありませんからね」
「笑って殺されたくないという貴様は変態だな?」
「どーして最後までそう言葉が悪いんですか、もうっ。……それでは、体には十分に気をつけてくださいね?」
「……」
◇◆◇
「行ったか」
やれやれ、だ。
こんなロクデナシに構ってもいいことなんてなに一つありはしないのに。本当に変な女だった。
あの女にはああ言ったが、目撃者があの女以外にいるかどうかは半々だろう。あの神殿の状態でそう生き残りがいるとも考えにくい。あの女、本当に運がよかったのだと理解しているのか?
……まぁそれはいい。そもそもあんな変人の事など最初からどうでもいい。
とにかく、めでたくも逃亡生活を送る必要になったのだからそれなりの事はしないといけない。……とは言っても最初から分かり切っていたことではあるが。
「次は……【灼眼】か」
地図を見て一番近いのはそこだった。
正直なところ【昏白】領から出た事がないからちゃんと辿り着けるかどうか心配ではあるが……無駄な考えだな。
兎にも角にも先に進んでみて、だ。
どの道――
「どの道、俺には先に進む以外の道は残ってないからな」
残そうとも思わない。
さて、【灼眼】の神殿までは果たしてどのくらいで辿り着けるか。
まだ身体の方もぎこちない。忌々しくはあるが次第にこの力を身体に慣らしていかなくてはいけない。まだたった一人目だ、あの程度で一々倒れていたら後が持たない。
やらなければいけない事は多いが……それでも、先に進むのみだ。
物語&人物紹介
てか、新しい登場人物出てきてないよ。
なら何を説明するか…そうだね、主人公が相手に対して酷い物言いをするのはデフォルトです。捻くれているのも多分にありますが、意識的に行っている部分もあったりします。
実際のところは自分のしている事を十分に理解しているので他人を拒絶しちゃってるんですね。
……その代償は後半戦辺りに表れだす、かもしれない。