10. 生きてるモノはゾンビとは言わない
燎原・・・俗世(?)での名前はリョーン。十二使徒が一柱、女神シャトゥルヌーメの使徒であり、最強のマザコン……って、あれ?
「――気がつきましたか?」
目の前にゾンビがいる。と、言う事は俺は死んだのか?
……いや、そうきめつけるのはまだ早い。こいつは、死んでいながら贅沢にもフレッシュゾンビを所望した奴だ。
俺はまだ生きている、と言う可能性がないわけじゃない。それにまだ、ルナの仇も取れないまま――
「おい、ゾンビ」
「……まだ寝ぼけてますね。うん、きっとそうに違いないです。だって、だってですよ? せっかく助けて、それにこうして膝枕までしてあげているのに、気がついた第一声が『おい、ゾンビ』とか、それはあんまりじゃないですか?」
「おい、頭が腐りかけてる死体。土に還る前にちゃんと俺の話を聞け」
「酷くなってます!? 私は腐ってませんっ! ちゃんと新鮮そのものですっ!! ほら、お肌だってこんなにスベスベで……」
「ちっ、またフレッシュを主張か。我儘な奴め」
「わ、我儘って……」
「それよりも貴様、遂に俺の意識がない間に豊熟した俺の身体を貪ったな?」
「ませんっ!! そんな事してませんよ!?」
「お前がそう証言すれば事実は闇の中か。ゾンビの分際でうまい事を考えやがって。生意気だな、ゾンビの分際で」
「そんなゾンビゾンビって連呼しないで下さいよぉ、悲しくなります」
「勝手に悲しめ。そして最早生きていないお前をゾンビと言って何が悪い。、ゾンビの分際で」
「だから、私はちゃんと生きてるって。前会ったときはちゃんと認めてくれたじゃないですかぁ!?」
「あれは俺の勘違いだ。それに前は前、今は今だ」
「勘違いじゃありませんよ、全然勘違いじゃなくって……ほら、足っ、足だってちゃんとあるでしょ!? 膝枕してますからちゃんと私の感触伝わってますよねっ!!」
「痴女め。やはり俺を襲ったな」
「なんでそうなるんですか!?」
「足やら感触やらと。貴様の汚らわしい欲望が駄々漏れだ。ちっ、自覚もない痴女め」
「ちが、違いますって。そんな事考えてるわけ……、な、ないじゃないですか」
「……おい、痴女」
「いや違うよ、違うんですよ? 今のはほんの少し舌が回らなかっただけで、そんな事を少しは考えたかな、なんて……いえ、ほんの少しだけ想像しちゃいましたけど、でもですねっ!」
「ふぅ、俺ももう長くないか」
「それどういう意味ですかぁ!?」
「そのままの意味だ」
実際の話、目の前の死体に襲われ穢されたという事実が仮になかったとしても、俺の命がそう長く持たない事は確かな事ではあるからな。
「……」
「おい、急に黙ってどうした、ゾンビ。遂に死んだか。なら潔くさっさと土に還れ」
「だから私は死んでませんしゾンビでもないですってば! ……一体いつになったら認めてくれるんですかぁ」
「死んでる奴はみんなそう言う」
「言いませんよ!? 大体、死んだらもう何も言えま――、っ」
「――あぁ、そうだな。本当に、その通りだ」
死んだからそれまで。何も言えない。
正にその通りだとも。
だから、ルナが何かを言う事はもう――二度とない。
「っぁ、ご、ごめ――」
「何を謝る必要がある、【燎原】?」
俺を騙していた報いだと思ってこの“言葉遊び”に多少付き合ってやっていたが、それも――下らない俺の気まぐれも此処までの様だ。たった今、こいつが終わらせた。
後は、俺がやる事は一つしか残っていない。
「……やっぱり、流石に判っちゃってましたか。はい、実はリョーンと言う名は世を忍ぶ仮の名前、本当の名前は――使徒【燎げ」
「いい加減、俺の身体を離せ」
「って、ちゃんと最後まで言わせて下さいよぉ!?」
「黙れ。何が世を忍ぶ仮の姿〜とか、貴様は馬鹿だ。判り切った事をなぜ聞く必要がある」
「いえ、そこは形式美と言うモノでですね、一応名乗り上げくらいはちゃんと聞いてほしいな〜、なんて思う所でありまして……」
「下らん」
「一言で否定されました!?」
「そんなことよりも、だ。さっさと俺の身体を離せ。それともこれで俺の命を握っているつもりか?」
「いえ、これは……折角ですから後ほんの少し、少しでも長い間だけ膝枕してたいなぁという私の願望ですよ。私に、貴方を如何こうする気はありません。異界の……いえ、女神の愛し子」
「ふんっ、使徒にしては殊勝な事だな。なら“あいつ”が今どこにいるのかを吐いてもらおうか」
「はい、良いですよ」
「……、何だと?」
「ですから、分かりましたと言いました。私は貴方の想いを止める事はできませんし、何よりそれが私“たち”の願いでもありますから」
「……ふん」
私たち、か。
「なら吐いてもらおうか。“あいつ”は――自称女神シャトゥルヌーメは何処だ?」
「あ、いえ、女神様は自称ではなく本当に女神様で……」
「そんな事はどうでもいい。“あいつ”の居場所を吐け」
「……では、それよりも先に、貴方に言っておかなければならない事があります」
「何だ。今頃になって心変わりでもしたか」
「いいえ、違います。はっきり言わせてもらいますが、私が何をするまでもなく貴方に――今の貴方が女神様を傷つけるのは不可能です」
「――何を」
「女神様の御力を半分以上いただいた貴方ではあのお方を傷つける事は叶いません、と言っているのです」
「……どういう意味だ、それは」
「貴方の使うその力――“奇跡”は元より女神様の御力です。そしてその女神様の御力が御自身を傷つける事は絶対にありません。だから貴方には女神様を傷つける事など叶わないと、そう申し上げました」
「そんな事、試してみなければ――」
「判ります」
「……」
「判ります。私には、“私なら”判るんです、それが。何と言っても私は使徒【燎原】ですからね」
「使徒【燎原】……あぁ、そうか成程、そう言う事か」
この忌々しいが強力な事だけは確かなこの力、だからこそ“あいつ”には傷も負わせられないってのは初耳だったが――。
“あいつ”が寄こした知識の中に、今の燎原の言葉に当て嵌まりそうな記述が確かにあった。
『使徒【燎原】、その能力は燎原の火の如し。我々(かみ)の事象すらも塗り潰し書き換える、唯一にして絶対の暴力、無二にして最強の使徒』
いくら痴女だとしても、目の前の緩そうな女の肩書がソレである事に違いはない。神の力を塗り替えるという事はすなわち神すらも滅ぼす事が可能な力と言ってもいいはずだ。そしてその自分だからこそ、俺の力じゃ神を殺す事は出来ないと断じやがった。
「そして何より……貴方には未来がない」
「――はっ、どうやら俺の状態も正しく把握してくれてるようだが、何を今更。それこそ――いいや、それも含めて全部お前らが俺から奪っていったモノだろうが」
「ですが、それは決して女神様の意図ではない」
「意図じゃない? その口で意図じゃなかったと、そうほざきやがるのかっ!?」
「……はい、そうです」
「何を、何を吐き捨てるかと思えば……“あいつ”がルナを殺しておいて? 綿で絞め殺すように俺にこんな能力を与えておいて? ……――本当に、よく吠えやがる」
「っ、でもそれは――」
「それは、だと? 今更、何か都合のいい言い訳でもあるつもりか?」
「……いえ、そうですね。ありません、そんな都合のいい言い訳なんてあるはずも、私などが貴方に対して言えるはずもないじゃないですか」
「だろうさ。逆に俺が言ってる事が違ってるなら、夢とでも言うのなら――……早く目が覚めて欲しいくらいだよ」
「……」
「それで? 結局お前は何が言いたいんだ? 俺の力じゃ“あいつ”を殺す事が出来ないと? だからなんだ、それで俺が諦めて、素直に引き下がるとでも思ってるのか?」
「……いえ」
「なら何だ、今から俺がしようとしている事は全てが無駄なので、残りの余生を楽しんでくださいとでも進言しに来たってのか?」
「それも、違います」
「なら目障りな俺を消しにきたのか」
「そんな哀しい事は言わないで下さい」
「哀しい? 一番あり得る可能性じゃねえかよ、なあ、お偉い使徒サマよ?」
「――有りません。例えどんな状況になろうとも、私が貴方を傷つける事、それだけは我らが女神に誓って有りません」
「……ふん」
女神に誓い、とまで来やがったか。使徒が女神に――特に燎原が女神に誓うって事は、自身の存在意義に誓うって事も同然だ。
どうやら、本当に俺を傷つけるつもりはないらしい。例えどんな状況になろうとも、ってのが少し引っかかるところではあるが。まあ何の思惑があるにしろ最強の使徒サマが俺に手を出さないって言ってくれてるんだからそれは素直に受けとて置いてやろう。俺の身体の代償と思えばそれでも安いくらいだ。
もっとも俺を襲った対価は利子をたっぷりつけて、その命で払ってはもらうがな。
「私がこうして此処にいるのはあの子――【灼眼】でやっと使命を終えたからです」
「使命……?」
「はい。女神様の御心をお伝えする事、それが私に今できる、最善の使命でしたから」
「はっ、“あいつ”の思惑ね。それがどんなだかは知らねぇが、そんな事を俺に言っても良いのか、貴様」
「少しも、問題ありませんよ。それに女神様の御所は私がお教えするのですから、もう他の使徒たちは関係がないはずでしょう?」
「はっ、何を言うかと思えば。――神の僕であるだけで虫唾が走る」
「……なら、せめて私以外の使徒に手を挙げるのは女神様にお会いしてからにして下さいませんか?」
「それなら願ったりだ。使徒も憎いが――“あいつ”を殺す。俺には時間がないんだろう? なら先に済ませる事は決まっている」
「……」
「それで? 貴様はその使命とやらが終わったから、殊勝にも俺に殺されに来てくれたってのか? おまけに“あいつ”の居場所も吐いてくれるとあっちゃ、そりゃ有難い」
「……」
「おい、貴様。聞いているのか?」
「……ぇ、ああ、ごめんなさい。ちょっと呆っとしてしまいまして、聞いてませんでした」
「聞いてませんでした、ね。自分を殺そうって野郎を目の前にその態度ってのは、世にも謳われる最強の使徒サマとやらは随分と間の抜けた奴なんだな」
「そ、そうですか? ……えへへへっ」
「何を笑っている。気味の悪い」
「あー……っと、いえ。別に私、笑ってなんていませんよ? ほ、本当ですよ?」
「……まあ、そんな事はどうでもいい。それよりも自分から殺されに来たその態度に免じて褒美をくれてやる」
「褒美? わー、何かくれるんですか。嬉しいなー」
「死に方を選ばせてやる。どうやって殺されたい?」
「わー、全然嬉しくないですねー」
「そうか、リクエストはなしか。なら思いっきり苦しませて殺してやるから安心しろ」
「いやっ! いえいえいえ。そんな事ないですっ、リクエスト、ちゃんとありますから聞いてくださいっ!!」
「……ほぅ、なら言ってみろ。聞いてだけやる」
「えっと、そのですね。死に方、とはちょっと違いますけど、良いですか?」
「ああ。どうせ聞くだけだ。好きな事を言えば良い」
「……何か複雑な気持ちですけど、でもいいです」
「俺には時間がないんだ。さっさと言え。そして元通り土に還れ、ゾンビ」
「ゾンビってそれまだ引きずってたんですか!?」
「そう言うお前は生き返った気でいたのか。全く図々しい」
「……こんな時くらい、優しい言葉を掛けてくれてもいいのに」
「お前が一度土に還ったら考えてだけやる」
「…………もぅいいです。期待なんてしません」
「期待なんて有り得ないモノしてるお前が間抜けなだけだ」
「……うぅ〜」
「それで? さっさと吐け。どんな死に方がお望みだ?」
「私は――私の命を、貴方に差し上げます」
「そんなのは当然だ。最初から貴様の命をもらうと、そう言っている」
「……こ、これでも一生一代の大告白のつもりだったのに、ではなくてですねっ!!」
「何だ、まだ言い残したい事があるのか。俺の気だってそうそう長くはないんだ、次で吐ききれ。それtで“あいつ”の居場所を吐いたらすぐにでも殺してやる」
「……、私は、使徒【燎原】です」
「何を今更」
「使徒【燎原】とは、自分で言うのもなんですが、この世界で“神”すらも殺す事を許された唯一無二の存在なんです。そしてそれに相応しい身体も持っている」
「……だから、それがどうした」
「――神を殺す術、殺神に耐えきる器……その私の全てをあなたに差し上げたい。罪滅ぼし……なんてのじゃ絶対にないです。ただ私がそうしたいんです」
「…………悪いな、痴女は趣味じゃないんだ。襲う気なら他を当たれ、ゾンビ」
「お願いだからこんな時まで茶化さないでくださいよっ!?」
またまた久しぶりです。二か月ほどすると書く気が出てくるというやる気のなさ。
カウントは……残り2になるのかな? 久しぶり過ぎてそのころ自分の思ってた事が思い出せない今この瞬間です。