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艶やかでたおやかな美少女

 我が庵は学校からも住宅街からも離れた土井中のはずれにある。

 前門には流されやすい橋の架かった氾濫しやすい川が、後門には数多の節足動物や軟体動物が、昼夜を問わず跋扈する湿気た山がそびえ立つ、素敵すぎて身震いするほど古いお家である。

 叔父がかたくなに「別荘だ」と言い張ったこの家宅は、見ようによっては由緒正しき日本家屋に見えない事も無い。ただし、一般的には「ボロ屋敷」と認識される。


 このように自宅を口汚く罵りその汚点を懇切丁寧に教えても、緋色院さんはただただ笑顔で「おうちにお邪魔したいなぁ」と繰り返すばかりであった。

 これは由々しき一大事である。

 男女の区別もついていない幼稚園児ならともかく、ことちとら不必要なまでに男女の違いを知った中学生である。妙齢の女性など招き入れたことが無いから、そもそもおもてなしの仕方が分からない。

 その上自分で招きいれたのならまだしも、相手は無理矢理家宅捜索を決行しようとする緋色院さんである。

 僕としてはなるべく速やかに帰っていただきたい相手だ。

 そもそも何故僕に興味を持つのか、それを直裁に聞いたところ、彼女は笑顔で「だって私は緋色院(ヒロイン)で、あなたは主人公(しゅじんこう)太郎じゃない」とおっしゃった。

 この言葉に僕は目を見開いて吃驚した。

「緋色院さんも、不自然な名前の語呂合わせに気づくんですか?」

「語呂合わせ?」

「ほら、例えばさっき僕の筆箱を強奪した時の、弓角君の名前とか」

「強奪って、ひどいことを言わないでよ。親切心で渡してあげようとしただけよ。それに、弓角君の名前がどうかしたの?」

 小首をかしげて尋ねる彼女に、非常に勝手ながら僕は少し失望した。

 同士であればそれなりに会話が弾むと思ったのだが、結局こんな無用の長物を押し付けられたのは、僕一人だけという訳だ。

 思わずため息をつくと、気分を害した様子の緋色院さんが目に入った。

「艶やかでたおやかな美少女を横にため息をつくとは、どういう了見かしら」

「美少女は自分を褒めちぎったりしません」

「またそんな他人行儀な言い方をする」

「他人じゃないですか」

「クラスメイトじゃない」

「クラスメイトと書いて他人と読むんです」

「主人君、前の学校であんまり友達いなかったでしょ」

「大きなお世話です」

 そもそも、と僕は語気を強めた。「何故僕に構うんです。そりゃあんまり友人もいなかったし、今もあまりいません。いや、それはどうでもいい。確かに親しくしてくれるのは嬉しいんですが、それにしたって会ったその日に家に来るってのは」

「案外古い考え方なのね」

「古くて結構。それより質問に答えてください」

「だってもうこんな間柄じゃない。おうちにお邪魔するくらい」

「僕は赤の他人を家に招くような人間じゃないんです」

「友人以上恋人以上でしょ?」

「友人と恋人ってのは、他人よりもヒエラレルキーが下なんですか?」

「嫌なカースト制度ね」

 一向に質問に答える気配が無い。

 なんだかはぐらかされ続けている気がする。僕が不快の念を丸出しにしてそう言及すると、緋色院さんはようやく語りだした。


「わたしは元々、こんな片田舎の僻地に住んでいた訳じゃないのよ」

「土井中です」

「同じよ。こっちにはおばあちゃんの家があって、毎年夏休みには帰省してたんだけど、今年の春休みに容態が急変して、一人暮らしじゃ不安だからって、一人娘の母さんを無理矢理こっちに呼び戻したのよ。今まで殺しても死なないくらい元気だったのに。しかもこっちに移った途端急に元気になっちゃうし。転校届けも出しちゃった後なのに。」

 実の母親の母親に対する言葉とも思えないが、その都合の良さには心当たりがある。

 甚だ不愉快ではあるが、校長先生の力は恐ろしいと認めざるを得ない。

 僕が無意味に納得すると、緋色院さんは不可思議そうな顔をしたあと、

「ま、以前通ってた学校も不審火で職員室が全焼しちゃったし、遅かれ早かれ何処かには転校するつもりだったけど」とさらりと恐ろしい事件があったことを述べた。

「犯人は捕まりましたか?」

「ううん。警備員さんによると、窓からいきなり火の玉が飛び込んできて、それと同時に職員室のパソコンが一斉に火を噴いたらしいんだけど」

 えらくオカルトじみた事件である。「そんなことがあるんですかね」

「さぁ。だってその警備員さん、その事件がきっかけで入院しちゃったんだもん」

「ああ、そんな現場に立ち会えば、そりゃ大火傷を負うでしょうね」

「入ったのは精神病院よ?火の玉なんてありえない、ってことで入れられちゃったのよ。事件の後からずっとうわ言を繰り返してたみたいだし」

 ひどい話である。忘れていた校長先生への怒りがむくりと起き上がり、僕はひどく不機嫌な顔になった。

 そもそも、何故こんな怒りを忘れていたのか。

 僕がかのごとき状況に追い込まれたのは、全て校長先生が裏で糸を引いていたからだ。

 だのにそれに対する怒りを、いくら濃厚な生徒たちに囲まれていたとはいえ失念するとは、およそ自分らしくない。

 もしやこれも先生の差し金かもしれん。いや、能力というべきか。

 遠隔地にいる人々を、自らの意思ひとつで移住させられるのだから、たかが小生意気な学徒一人の感情や記憶の手綱を取ることなど、彼にとっては朝飯前に赤子の手をひねるより簡単に違いない。いずれにせよ、どこまでも腹の立つ奴である。

「で、わたしはここに住む羽目になったんだけどね」

「それでどうして僕に構うんです」

「あ、あのボロ屋敷、じゃない。素敵な日本家屋が、主人君のお家?」

 言われて前を向くと、確かに鬱葱とした林の中に、廃屋と間違えかねない茅屋がぽつねんと建っているのが見えた。

 やにわに「足が痛い。のどが渇いた」などと、わざとらしい不満を口にしだした緋色院さんを見て、僕は彼女の門前払いを諦めると、立て付けの悪いガラス戸を無理に引き、靴を脱いで上がるように告げた。




 六畳間の和室の中央に鎮座する、くすんだ茶色のちゃぶ台の上に、父からの伝言が置いてあった。

「仕事。帰宅ハ八時過ギル。自炊セヨ。親愛ナル父ヨリ……お父さんはなんの仕事をしていらっしゃるの?」

 非常に澄んだ声で、この馬鹿げた手紙を読み上げてくれた緋色院さんが聞いたが、僕は首を横に振った。

 別に、家族の素性を知られたくないという、阿呆みたいな秘匿性の為ではなく、僕は本当に父さんの仕事を知らないのである。

 昼ごろになるとふらりと家を出て、夜遅くに帰ってくると一人で酒盛りを始める。

 まだ僕が毛も生えていないような赤子だったころから、そのような印象が父には付きまとっていたのだから、恐らく僕が生まれる以前からそういう癖があったのだろう。

 そして程よく酔いもまわった頃、僕がお小遣いなどをせびると、懐から安っぽい茶封筒を抜き出し、妙に気前良く僕に渡したものだ。

 当初こそ喜んで駄菓子や十円ゲームにそれをつぎ込み、日に百五十円も浪費するという、神をも恐れぬ大胆不敵な豪遊をしたものだが、出所不明の金を使い続けることに、いつしか曰く言い難い恐怖を覚え、いつのまにか小遣いをせびらない子供になっていた。そういう意味では、一人息子への彼の金銭面での教育方は、成功を収めたわけである。


 古びた台所にある古びた冷蔵庫から、まだ古びてはいない麦茶を取り出して和室に戻ると、緋色院さんがあわてて正座するのが見えた。

 何もいわずにコップに二人分の麦茶を注ぐと、なんとなく手持ち無沙汰になってしまい、僕はうつむいた。


 自宅の一室で同世代の乙女と二人きりになるという異様な状況が、脳内における小人たちの会議の混乱に拍車をかけていた。

 いまや会議場は星雲状態に陥り、暴言やイスが飛び交う無法地帯と化している。

 やがて『理性』とかいてある帽子をかぶった小人が勇敢にも立ち上がり、

「諸君、落ち着きたまえ。確かに我々が置かれているかのごとき状況が、十数年間という短いようで長い人生でも経験してこなかった、極めて稀有な事態であることは認めよう。しかし、だからこそ冷静に判断を下し、比較的速やかに緋色院さんにご帰宅願い出るべきではないか」と熱弁をふるう。

 途端に何脚ものパイプイスがうなりを上げて飛び交い、あわれな理性は頭部をしたたかに強打して床に倒れ付した。

 そしてイスを投げた小人が、ここぞとばかりに議場の中心に立つと、声を張り上げて叫んだ。

「諸君、理性のいうことに耳を傾けてはならぬ。これは卑劣な罠だ。ずる賢い誤魔化しだ。悪辣な一時しのぎだ。奴は闇雲に『落ち着け』とばかりいって、我々を押さえ込むつもりだ。そうはいくものか。こちとらそんなことはお見通しなんだよ。今こそ我々『感情』が立ち上がるときだ。緋色院さんは女子だぞ。これは好機だ。天佑だ。千載一遇の大チャンスだ。時は我らにある。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある。あたって砕けろ、だ。」

 突如鈍い音が響き、感情がぐらりと前によろめいた。

 その後ろには、悪鬼の如き形相の理性が、パイプイスを片手に仁王立ちしている。

「なにが身を捨ててこそ、だ。なにがあたって砕けろ、だ。身を捨てた先は底なしの沼も同然だ。砕けたあとの欠片を掃除するのは誰だと思っている。諸君、感情の奴の甘言に惑わされてはいかぬ。こやつはいたずらに場を混乱させようとしているだけだ」

「なにをする、この石頭」

「石頭上等!貴様の思うようにはさせん」

「ほざけ、堅物。お前とは一度話し合う必要があると思っていたんだ」

「やるか、単細胞」

「きやがれ、野暮天野郎」

「主人君、さっきからなにを呟いてるの?」




 ふと我に返ると、緋色院さんが土曜日の家政婦のような顔をして、柱の影からこちらを見ていることに気付いた。

 どうやら自分は、小人同士の醜い組み打ちを、手まねまでして実況中継していたらしい。

 このところ、なにかおかしい。

 なんというか、無闇に精神を磨耗している気がしてならない。その弊害がこの妄想だろうか。

 あるいはそれでいたずらに神経を衰弱させているのではなかろうか。

 校長室でも同様の事があった、という事実を思い出し、僕は乾いた笑い声で自分と緋色院さんを誤魔化した。

 明らかに納得していない様子の緋色院さんは、いつまた眼前の人物が独り言を呟きだすかを警戒しつつ、先程まで話していたらしい話題を無理に引き上げた。

「それで、やっぱり母さんも曲がり角で父さんとぶつかってたのよ」

 何を話しているのかさっぱり分からなかったが、「聞いていませんでした」というのはあまりにも無礼というものである。僕は適当に「はぁ」と相槌を打った。

「で、父さんが婿養子だったってのもあるし、母さんも推したから、結婚後は二人とも緋色院(こっち)の姓を名乗ることにしたわけ」

「はぁ」

「それでね、さらに調べてみると、おばあちゃんも同じように運命的な出会いを果たしているのよ」

「はぁ」

「つまり、わたしとあなたも運命的な出会いをするべきなのよ!」

「はぁ?」

 何をのたまっているのか、この御仁は。

 僕がそのような疑問を声に出さず、顔の表情だけで表現すると、緋色院さんは「つまりね」と前置きしてから、次のようなことを語りだした。




「さっきも言ったように、うちの一家は代々緋色院っていう姓を受け継いできたのよ。こういうと大げさに聞こえるけど、実際には婿を取ったりとか、相手側の同意を得てから夫婦の姓を緋色院にしたみたい」

 その言葉に、僕は少なからず驚いた。

 歴史の教科書に載るような昔なら「一族の名を残す」という行為の重要性も少しは分かりそうなものだが、家柄に縛られている人というのは、いまやメロドラマの中にしか見る事の出来ないもの。いわば遠い国の出来事に近いものだと思っていたからである。「それはまた、妙な努力をしてきましたね」

「そうかしら。都会だと気にする事もないけれど、こっちまでくると、苗字って結構実生活に響くものよ」

「そうでしょうか」

「そういうものよ」と妙に達観したような口調でそういうと、緋色院さんはさらに話を続けた。

「ではどうしてこのようなことをするのか、っていうと、そうすると家が栄えるっていう言い伝えが先祖代々脈々と受け継がれてきてたみたいなのよ」

「言い伝え、ですか」と明らかに不審げな顔をする僕に、緋色院さんは複雑な表情で頷いた。

「最初はわたしもぜんぜん信じてなかったけど、先の調査でその信憑性の裏付けができたわけよ」

 そこで緋色院さんは立ち上がると、腰に手を当てながら天井を睨みつけ、あらぬ方向を指差し、

「つまり、我が緋色院一族が主人公的な人物と結ばれるというのは、すなわち一族の安泰と直結する、いわば運命というか天命というか、そういうものなのよ、きっと!」と宣言した。

「正直最初に主人君を見たときはうわっ冴えねぇとかひょろいなぁとか色々不安に思ったけど名前を聞いた瞬間にもうこの人しかいないっていうのが分かっていやそりゃもう直感というかなんというかとにかくなにかしら脳に電気的衝撃が走ったというかちょっと主人君聞いてるの」




「どうしたでごぜいますか、主人。なんだかひどくやつれていやがりございますが」

 翌朝、朝の日差しが差し込む教室内で院辺君に声をかけられても、僕はまだ茫然自失に近い状態であった。

 あまりにも僕が腑抜けているため、はじめは冗談でからかっていた院辺君も、次第に声に不安な様子が混じり、登校してきた弓角君には「痩せたね」という言葉をいただき、珍しく教室に出席してきた葵木さんには「保健室に寄るべき」と太鼓判を押された。

 かろうじて昼休みまで意識を保つと、僕は弁当を机の上に置いて、そのままの姿勢で完全に停止していた。

「お前、昨日緋色院に捕まってから、一体なにがあったっていうんだ」という晩空君の声で、ようやく意識と自我を取り戻した僕は、机を寄せてきた二人に昨夜の出来事を簡潔に伝えた。

「緋色院さんはヒロインで、僕は主人公太郎だから、二人は金星の導きによって千四百年越しに昨日結ばれるらしい。これは人類生誕以前から決まっていた運命なのでそういうことだ」

「おい、ちょっとそこのバットを取ってくれないか」

 友人に後頭部をバットでどつかれるという極めて紳士的な行為を受け、やっとこさまともな活動を開始した脳が、昨夜の不満を訴えていた。

「つまり、緋色院さんのとこには代々『とても主人公的な人物』が婿入りしてくるという謎の言い伝えが残っていて、その言い伝えに則って緋色院さんが見初めたのが主人くん、ってこと?」

 弓角君の言葉に、僕は深く頷いた。

「なんでぇ、それだったら万々歳じゃねぇか。まぁ多少評判には不安が残るが、しかし不器量って訳じゃない。むしろべっぴんだってのに、一体何故そこまでやつれる」

「分からないかい晩空君。僕のこの落胆というか衝撃というか阿呆らしさとかが」

「さっぱり分からんな」と不機嫌な顔をする晩空君に、僕は椅子から立ち上がって説明した。

「いいかい。彼女は『自分は主人公的な人と結ばれるべきだ』という馬鹿馬鹿しい妄想に囚われ、その相手にあろうことか僕を選んだ。しかし僕は容姿といい中身といい、全くもって主人公的ではない。では彼女は何故僕を見初めたのか」

「な、なんでかなぁ」と引きつった笑顔で言う弓角君を無視し、僕は机を強く叩いた。

「彼女が好きなのは僕じゃない。『主人公(しゅじんこう)太郎』という名前だ。彼女は僕の名前にしか興味がないんだ!」


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