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外交的且つ社交的

 部活動。

 なんと甘美な響きであろうか。

 小学校までの倶楽部とは違う、勉学のにほひ漂うその風格や、高校からの同好会とも違う「お遊びじゃないんですよ」感に満ち満ちた素敵な単語。

 運動部独特の、不快だがどこか清々しさを感じさせるすっぱい匂いと、文化系が醸し出す若干暗いが知的な芳香。そして桃色に染まりきった恋愛要素が放つ、仄かにすっぱくて暗く知的な香り漂う、ゲロ甘い臭い。

 これらで構成されている、青春汁が溢れて滴っているようなこの言葉は、中学生に上がりたてのペーペーだった僕に、「ステキな中学校生活」を妄想させるに十分な威力を持っていた。


 小学校時代はパソコン倶楽部という、世間一般では根暗の代表格みたいな誤ったイメージに基づき、それなりの扱いをされるものに所属して、ぬくぬくと薄汚い翼を広げていた僕だった。

 だがいつしか、授業が終わったら即座にパソコンルームに閉じこもり、灯りも点けずにフラッシュを延々と眺め続けるという、根暗の代表格みたいなことをしている倶楽部の実状に気付き、戦慄したものだ。


 そこで僕は、『中学校デビュー』とでも言うべき改革を我が身に起こさんとして、好きでもないのにテニス部に入部し、良さも分からぬのに無意味にラケットを眺めては、せいぜい格好良く見えるように「このラケットはガットの部分が云々」等と呟いたものだった。

 結局そのラケットを在学中に使うこともなく、今も家においてあるボストンバッグの底では我が身の不幸を嘆いているであろう彼の姿を拝むことが出来る。


 前学校のテニス部は、僕が入部してからぴったり三日後に、コーチと生徒の恋愛関係が発覚し、あえなくお取り潰しとなったのだ。

 強制的に三日坊主にされた僕はその夜、購入直後で新品未使用のラケットを眺めて、「無意味な買い物をしたものだ」とため息をついたのだった。

 やる気も情熱も無い男児に買われ、結局日の目を見ることも無くしまわれたのだから、ため息をつきたかったのはむしろラケットの方であったに違いない。


 それ以降、前学校校長失踪事件のあの日まで、僕は帰宅部として帰宅の道に登板し続け、やがては主将にもならんとする勢いで帰宅道に勤しんだ。


 そんな空しさばかりで甘酸っぱい桃色事象の欠片すら見いだせない青春を送った経験があるからにして、転校二日目に懲りずに第二の中学生デビューを果たさんと画策し、生徒会長も兼ねていることが発覚した芽賀さんに、学内の部活動の詳細な資料を求めたのは当然のことであるといえよう。


 彼女ははひどく面倒くさそうな顔をして、自分の黒い学生鞄の中から、溢れんばかりに紙の詰まったファイルを取り出して、そこからペラペラの紙を一枚抜き出すと

「これに全部書いてあるから」

 とだけ言って、手に持った参考書に再度没頭し始めた。


 僕の第二の青春は、いわばこの薄っぺらい一枚の紙にかかっているといっても過言ではない。僕はそれを恭しく受け取ると、くるりとひっくり返した。

 上の方に『在鍛理学園 部活動一覧』と達筆な文字で書かれたその紙の中心に、マジックで小さく『オカルト研究部』と書いてある。


 歴史ある在鍛理学園に現存する部活は、これひとつであった。


 僕は落ち着いてまず四隅を見、見落としたところが無いかと紙を裏返してよく眺め、最後にいやまさかそんなことはあるまい、ともう一度紙をひっくり返した。

 もちろんオカルト研究部の文字は消えない。

「あんた、オカ研なんかに興味があるの?」

 奇異や疑惑、侮蔑などが絶妙にブレンドされた目でこちらを睨む芽賀さんに、僕は昨日と同じように首を横に振った。




 オカルト研究部のことを説明する為には、まずその部員たちを紹介せねばなるまい。

 昼休み、ふと教室の後方を見れば一人の少年を囲むようにして、二人の少女がお弁当を食べている。

 言葉だけならなんとも羨ましい状況であるが、しかし世の男子諸君が彼を見ても、それに対する嫉妬心が燃え上がるかどうかは甚だ怪しい。


 少女の一人は身の丈ほどの刃渡り鋭い大鎌を、隠しもせずに堂々と机の横に立てかけており、もう一人は手首に包帯を巻き、その手にはわら人形と五寸釘が握られている。

 どちらも学業には明らかに不必要な不用品であり、この二人の異様性こそが、彼が世の男子諸君の嫉妬の炎で焼き尽くされることのない理由のひとつであった。


 藤蓑 空太(ふじみの そうた)は、目が隠れる程度の前髪に、若干青白い肌を持つ不健康そうな少年である。

 やせている、というよりかはむしろやつれており、彼の食事風景を眺めていると、何故かこちらの食欲がひどく減退する。


 その彼の右隣に座り、時折立てかけてある大鎌を満足気に眺めるのが、副部長の宮下 冥土(みたした めいど)

 そして手に持ったわら人形に、誰のものともわからぬ髪の毛を混入させ「ひひひ」と陰気に笑うのが、部長の口兄 貞子(くきょう さだこ)である。

 二人の容姿はまさしく正反対であり、口兄さんの髪が闇に潜む黒カビのような漆黒であれば、宮下さんの髪は静かに蠢くシロアリのような純白。宮下さんの服装が行き過ぎたゴシックロリータ調のメイド服であれば、口兄さんのそれは、まるで葬式参列者であるかのような黒さと地味さであった。

 無論、どちらも陽光差し込むさわやかな学園生活とは、全く無縁の服装である。

 僕が昨日中断してしまった挨拶回りを再開させた際に、一番に話しかけたのが彼らオカルト研究部の面々であり、同時に挨拶回り二度目の中断を決意させたのも彼らであった。


 弓角君などは「能力があるって格好良くない?」などと暢気なことを言っているが、僕にとってのそれは、豊かな学校生活を送る際の足枷に過ぎない。

 例えば初対面の女性の名前を聞いただけで、彼女が冥界に属する類のなにかである、と見切ったとして、はたしてどう応対すれば良いというのか。

(した)()と読んだらみやげめいど、つまり『冥途の土産』ですねあはは」などといった会話を展開できるはずも無い。

 最悪の場合彼女の手元に控えている大鎌が唸りをあげるというのに、そのような軽口を叩く度胸なぞ僕にはないのだ。


 同じことが口兄さんにも言える。「横書きで口兄って書くと『呪』っていう字になりますね。あなたにふさわしい文字ですねえへへ」などと言えば、丑三つ時の森で、陰鬱な大木に僕の毛髪が入った藁人形を釘打たれ、超自然的(オカルティック)な力によって、翌日から謎の胸の痛みに悩まされるに違いない。こちらの場合も、やはり最終的には死に至る可能性がある。


 はじめ、僕は彼の名前からその能力を推し測ることが出来なかった。否、その能力を認めることが出来なかったのである。

 (そら)と言う字は(から)と、()という字は名前として使用するときのみ太と読む。

 それを踏まえて読むと、彼の名は藤蓑空太(ふじみのからだ)、つまり不死身の体と読むことが出来る。僕がそのことについて彼を問い詰めようとしたとき、

「では証拠をお見せいたしましょう」

 といって、宮下さんは一切のためらい無く、大鎌で彼の腕を切り落とした。

 使い古された比喩表現を使わせていただくのなら、僕は心臓が口から飛び出るかと思う程驚いたが、かろうじてそれを押さえ込むことに成功した。

 しかし今度は声が出ない。おそらくは食道のあたりで行き場を失った心臓が詰まっているのだろう。二、三度咳き込んで心臓が再度口から飛び出そうとしてこないことを確認すると、僕は恐る恐る彼に安否を尋ねた。


 だが彼は僕の驚愕など歯牙にもかけず、「食事中に利き手を切り落とさないでいただきたい、非常識な」とおよそ聞いたことの無い文句を宮下さん垂れると、床に落ちた左手を拾い上げ、一瞥もせずに接合部にあてがった。

 数秒も経たないうちに動き出した左手を見て、僕はいっそ心臓を吐き出してやろうかと思ったが、彼のように元に戻せる自信が無いので辞めた。




 このような出来事があったからこそ、後日、昼食の場での「僕は部活を作る」という弓角君の発言に、一も二もなく賛成したのである。

「そりゃオカルト研究部が悪いとは言わないけど、ボクらはもう少し外交的且つ社交的な部活動に参加を表明したいんだよ」

 弓角君の発言に、僕は深くうなずいた。特に「外交的且つ社交的」が重要である。

 ここを外してしまえば、僕はまたパソコン倶楽部時代のような劣悪極まりない環境に再び居座る羽目になる。

 箸を振り回してダイナミックに演説をうつ弓角君に、「やめんか、はしたない」とたしなめる晩空君。在鍛理学園生活二日目にして、昼食の席における僕たちの役割は完全に固定化されていた。

 すなわち、弓角君が内容の上品下品に関わらず、とにかく自身が気になった話題を提起し、晩空君がそれに対する意見、問題点、その他見直すべきところをまとめた発言をし、僕が適当に相槌を打つ。

 この見事な三位一体により、僕の昼休みは非常に充実している。たとえ誰か一人でも欠ければ、これほど昼食の場が盛り上がることはあるまい。異論は一切認めない。

「それは構わんが、しかしお前、具体的になにがしたいんだ?」

「よくぞ聞いてくれました。実はすでにこういうものを企画してあるのさ」

 そういって、彼は僕のような凡人が聞いたことも無いような、しかしその語感だけで高級ブランドであることが分かるようなメーカーの鞄を、その価値にまったく見合わぬ粗雑な手つきでがさごそと漁りだした。

 やがて一冊のノートを出すと、中心にある机の上に叩きつけるように置いた。表紙には妙に小綺麗な字で『ボクたちの部活』と書いてある。

「昨日家に帰ってから、たっぷり二時間もかけて考えてきたんだ。主人くんも、晩空くんも気に入ってくれそうな部活を考えるのは、苦労したんだよ」

 いつの間にか同一の部活に入ることを義務付けられていることに気付いた晩空君が、そのことについて意見を述べようとする前に、彼は開いたノートのページを指差した。

「ボクたちが中学生活を費やしてでも励むべき部活は、これである」

 妙に芝居がかった口調で彼が指差した場所には、でかでかと「運動系文化部」という六文字が記載されていた。


 ややあって、晩空君が彼の中の疑問を全て凝縮した「これはなんだ?」という一言を発した。

 弓角君は笑顔のまま「運動系文化部」とだけ言った。

 僕は「ああ」とだけ相槌を打った。

 昼食の席はいつもと変わらぬ雰囲気である。無論、異論は認めない。絶対に。




 弓角君の言う「運動系文化部」とは、それはそれは愉快且つ学業的に充実した部活であるという。

 文化部特有の知的な香りを内包し、運動部独特のフレッシュ感溢れる汗臭さを身にまとい、さらに恋愛事象にも事欠かぬという「学生生活の全てをかけて追及すべき究極の部活動」である、らしい。

 一切は弓角君から聞き出したことであり、具体的な内容は全て彼の頭の中に詰まっているため、こちらからそれを窺い知ることは、長野君を招集しない限り不可能である。

 この夢のような、というか夢そのものの部活に対する晩空君の反論は以下の通りである。

「部活動の具体的な活動内容、目的、予算その他むにゃむにゃが極めて不明瞭であり、到底顧問が付くとは思えない。それどころか学校側から許可が下りるかどうかすら怪しい」

「文化系なのか運動系なのかが分からぬので、部員勧誘の際にはひどく苦労することが目に見えている。というかそもそもの活動内容が分からないので適正な人数を計ることも出来ない。つまり我々三人が強制的に部活に所属するとしても、それ以上の増員を見込むことは出来ない」

「俺という一個人の視点から見ても、この部活の良い点がおよそ見つからない。第三者的立場から見てもそれは同じである。おそらく主人も同意権であろう」

 この件に関する僕の意見はただ一つ。

「概ね同意見である」

 これだけであった。


 結局、この「運動系文化部問題」については、日を改めての昼食会談に一切を持ち越すことが決まり、僕は若干わだかまりが残るものの、五、六時間目の授業をそれなりに真面目に受講した。

「起立、礼」という生真面目な声が聞こえたかと思うと、途端に机の上に椅子を乗せる音であたりが騒がしくなる。

 僕は瞬く間に帰ろうとする芽賀さんを無理に引き止めると、部活動設立の条件を尋ねた。

 彼女はこの上なく煩わしそうな表情をすると、ギチギチのファイルから薄っぺらい一枚の紙を取り出し、

「これに全部書いてあるから」

 とだけ言って、さっさと教室を出て行ってしまった。


「部活動設立ノ手引書」と書いてあるそれによれば、部活動の設立には最低でも部長、副部長を含めた五人以上の生徒と、どの部活にも所属していない教師が一人、顧問として必要であるらしい。

 その上で用紙に必要事項を記入し、担任の教師に渡すことにより、ようやく職員会議へとその書類が審議にかけられるのである。

 僕は「運動系文化部」と書かれた紙が職員会議の場で、しかつめらしい教師たちの審議にかけられる様を想像しようとしたが、そもそも職員会議に通るかどうかも怪しいその書類は、僕の妄想の中の教師たちにぼろくそに貶され、最終的にはシュレッダーにかけられた後、唾を吐きかけられ、その後焼却処分された。




「いくら内容がひどい書類だからって、そこまで悲惨な扱いはされないよ」

 校長室の前を通ってしまったのは、まったく迂闊であったと言わざるを得ない。

 帰宅の道を邁進し続け、いずれは主将にもなるだろうと一部の友人にいわれた帰宅の鬼であった僕だが、ここ数日の出来事ですっかり帰宅の腕がなまったに違いない。

 校長室のドアの前で、何故か仁王立ちをしていた先生は、あのにやにや笑いを顔に貼り付けたまま、妙に気さくに僕に話しかけてきた。

「校長先生。無闇に人の心の中をのぞかないでください」

「いや、すまない。私は神様だから人間の矮小な心理はあまり理解できなくてね、まぁ気を悪くしないでくれたまえ」

 にやにやと笑う校長先生に見切りをつけ、いっその事また帰宅の道を爆走してやろうかと僕が画策した瞬間、こちらも見ずに先生はぽつりと呟いた。

「安心したまえ。君が如何様に努力しようとも、弓角君の運動系文化部は設立される。もちろん君も入部することになっている」

 思わず立ち止まって振り返り、まじまじと先生を眺めた。

 小太りで、若干薄くなりかけている頭髪がなびいている様は、全くただの人の良い校長先生にしか見えないはずなのだが、何故か僕はその姿に恐怖を覚え、思わず後ずさりをした。

「でも、僕と晩空君と弓角君では、部員の最低人数すら足りませんよ」

「その点についても抜かりない。ちゃんと六人全員そろうように便宜を図ってやる」

「そんな部分に便宜を図らないで、早いとこ僕の能力を消し去ってください。出来る限り早急に」

「君は冗談が下手だな。もっと洒落た言い回しを使いたまえ」

 腹立たしい一言と共に手を上げると、先生はそのまま校長室に入ってしまった。

 背中をどやしつけてやりたい気分だったが、しかし僕の心には一つの疑問が小さなトゲのように突き刺さって、ささくれのようにずきずきと痛み出していた。

「部活動設立に必要なのは五人だけのはずだ。六人とはどういうことだ?」

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