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校内ツアー

 本日は土曜日である。

 こんな常識的な事すら忘れかけていた、といえば、今日一日の数十分間で、僕の人生観が根底から覆された、その衝撃がお分かりいただけるだろうか。

 弁当を開きつつ、入学当初からこんな調子で、はたして僕の人生観はどこまで破壊されるのか、という空しい自問自答をしていた時、弓角が唐突に僕の眼前に紙を突き出した。

「なに、これ」

「さっき芽河さんから『渡しといて』って貰った紙。たぶん、座席表」

「ざ、座席表?」

 そんなものを渡されても、一体なにをしろというのか。一瞬そう悩んだが、すぐに答えが浮かび上がってきた。

「試す気だろうな、お前の能力だかなんだかを」

 晩空が何故かひどく不満げに代弁してくれたが、つまりはそういうことだ。

 この座席表を見て、名前だけでその人がどんな奴かを、僕なら当てられるはずなのだ。それが僕の持っている能力とやらなのなら。

「しかし、実際に僕には能力なんかないしなぁ」

「だったらそれを使って証明すればいいさ。どうせその芽河って奴も、こっちをどっかからそれとなく伺ってるんだろうし」

「で、僕に本当に能力があるかどうかを見極める訳か」

 つまり、僕が座席表に載っている名前を頼りに、その人たちの本質を言い当てれば、能力は証明されるわけだ。甚だ不本意ではあるが。

「わざと間違えてみようかな」

 たとえば晩空に向かって「君はよく本を読む、最高の優等生だね!」という、嫌味だが本質とはかけ離れた答えを喋れば、きっと僕への妙な尊敬などはすぐさま消えてしまうだろう。そうだ、それがいい。

 だが僕がそれを言うと、今度は弓角が気分を害したように口を尖らせて「うそは良くないよ、絶対」などというので、諦めた。




 結局僕は弁当も食べずに、興味本位でついてきた弓角と共に、クラスの面々に挨拶回りをすべく、帰りの会までの時間を校内散策にあてることになった。

 僕としては、言い方は悪いが、いくらかは「まとも」な人を探すつもりでこの校内散策を提案したのだが、弓角はどうやら僕とは違ったベクトルで散策をするつもりらしく。

「だって、教室を見回しただけで分かるくらい、面白そうな人達が

 そこらじゅうにうようよいるじゃない!」と、瞳を輝かせておっしゃった。

 挨拶をしに行く相手方に向かって、「面白そう」ならともかく「うようよ」なんて表現はいかがなものか、というようなことを一応進言してはみたものの、彼は一言「そうだね」とだけお言いになると、そのまま先に歩き出した。

 まったくもって気分の乗らない校内探索ではあるが、放っておいたらこの少年が悪気も前触れもなく人を貶し始めるかもしれないので、泣く泣く付いてゆく。


 初っ端から木刀を携えた少年や、触覚を垂らした少年とコンタクトをとれるほど、僕は社交性の高い人物ではない。普通の女の子と話すときでさえ、妙にかたくなってしまうのだから、ドピンクの髪の女の子や死にかけの少女とも当然話せやしない。

 こうした情けない条件が重なった結果、おめがねに適ったのは若干緑がかった髪の毛という、ある程度は「まとも」な外見であった男子になったのは当然と言うべきであろう。僕はその少年に、あえて名簿も見ずに話しかけることにした。

「あの、こ、こんにちは。えっと、僕の名前は主人って言います」

「うん、知ってる。さっき教壇で自己紹介してたし、ね」

 ……まったく、ほとほと自分というものが嫌いになる。いくら初対面とはいえ、同年代の同性相手に、これほど気の利かない言葉をかけてしまうほど、僕のコミュニケーション能力は低いのか。

 そう自分を叱責しても、先ほどから彼との間に居座る重たい沈黙は、誰に破られることもなくどっしりと構えている。

 気まずい

 非常に気まずい。


 このあまりにも情けない僕のファーストコンタクトにうんざりしたのか、単純に「自分も自己紹介をしなければ」と奮起したのかは不明だが、どっかりと座り込んだ沈黙を蹴り飛ばしてくれたのは、他でもない弓角君であった。

「ええっと、じゃあ僕の名前は弓角です!」

「それも知ってる」

 見事な玉砕であった。

 頭を抱えて座り込む僕ら二人を、さすがに哀れと持ったのか、あるいは「変な奴ら」としてみたのかどうか、彼は僕らに一つ質問を投げかけた。

「で、結局主人君たちは、何をしにここに来たのさ」

「ああ、いや、ちょっと挨拶をね」

「そういえば、まだ名前も聞いてないよ、僕達」

 ぱっと顔を上げた弓角君につられて、僕も顔を上げたときに、ようやくそのことに気が付いた。

「そうだ、そもそもは僕に能力なんかないって事を証明しに……」

「そっか。まだ名前も言ってなかったね」

 ごめんごめん、と顔の前で手を振ると、彼は笑いながらようやく名乗った。

「僕はね、長野 雨緑(ちょうの うりょく)っていうんだ。まぁ主人君とおなじようなもんだよ」

「超能力?」

 名前を聞いた瞬間、僕は自分がその能力を否定する為に来たということも、弓角君が何故かやたらと期待をこめた目でこちらを見つめていることも忘れ、クラス中に響き渡るような声で突っ込んでいた。

「そ、そう。一応、ね」

 ややあって帰ってきた彼の返答は、若干僕に対して引いていたように思える。だがそんなことに構っていられるほど、僕は冷静にはなっていなかった。

「ちょ、超能力って、い、いわゆるサイコキネシスとか、そういう類の?」

「うん」

「手を触れずに物を動かしたり?」

「そう」

「別の場所に瞬間移動したり?」

「まぁ」

「念じるだけで火を熾したり?」

「そりゃあもう」

 それから、と続けようとしたあたりで長野君はピタリと僕の額に人差し指を当てると、少しの間だけ目を閉じた。

 その瞬間、いわく言いがたい奇妙な感覚―――ちょうど脳を網の中に通したような感じ。もちろんそんな経験をしたことはないが―――を感じて、僕は一瞬よろめいた。

 彼は依然として指を突きつけたまま、僕に向かって

「つまり『ちょうど脳を網の中に通したような感じ』にすることも出来るわけ」

 僕がその個人的な感想を口走ったわけでもないのに、言い当てるということはすなわち、読心術も使えるということだろうか。

 それを疑問として口に出す前に彼は「そうそう」と満足げにうなずいたので、僕の予想が正しいことはこれで証明された。彼は間違いなく超能力者だ。

 ということはつまり。

「またしても『まとも』ではない人だった、ってわけか……」

「主人くん、君ってなかなかひどいことをサラリというんだね」

「君にだけは言われたくなかったよ」

 それだけ言い返すと、僕は若干傷ついた様子の長野君と弓角君をおいて、さっさと次の机へと向かった。


「ほほう、わざわざ我の机まで挨拶回りとは、テメー様も中々良いコンジョーをしていらっしゃるでありまするな?」

 え~、決してあなた方の言語感覚が唐突に異常をきたしたのではありません。無論、バベルの塔の建設によって御神の怒りに触れたわけでもありません。彼の文法その他諸々が崩壊しているだけです。お気になさらずに。

「主人くん、さっきから何をブツブツ呟いてるのさ」

「いやなに、ちょっとした注意事項だよ」

「誰に向けていらっしゃるのかわかんねー独り言を呟くってのは、よっぽど精神がやられているのでおらっしゃるのだな」

 ここまでのやり取りで分かるように、彼は――院部 団平(いんべ だんぺい)は非常に面倒くさい人物、いや、生物であった。

 頭部から生えた触角は、それ自体が別個の生き物であるかのように忙しなく動き回り、何故か時折ピンと張り詰めては、またぐにゃりと萎える。

 僕は端から彼が人間ではないと決めてかかっていた。だが実際にピョコピョコとゆれる触覚を見ていると、それ以外はまともな容姿をしている彼との対比に、思わず目頭の辺りが妙な痒みに襲われる。なんというか、やっぱ人間じゃねぇ。

 そんな僕の心の中の葛藤など露知らず、彼は弓角君と妙に仲良くなっていた。

「へぇ、つまりお前さんは、いわゆるひとつの大金持ちでいらっしゃりやがる」

「言うほどでもないけどね。それより、院部くんのそれは一体」

「どういう生き物なの?」と聞こうとしてそれが失礼な物言いだと気づくと、彼はいったん言いよどんで、改めて「どういう部位なの?」と質問を変えた。

 だが僕にはこの弓角君の気遣いなど、彼には微塵も必要ではないように思えなかった。彼はいかにも幼稚そうな顔でヘラヘラと笑うと、

「初対面の人間野郎に、我の触覚の秘密などは教えられねぇでごぜいます」

 などと、相変わらず人を小馬鹿にしたような言い方で弓角君を指差したからである。僕はどうしても彼を好きにはなれなかった。

「じゃあまぁ、とりあえずよろしくね」

 こちらの極めて適当な挨拶にも、彼は一切傷つく様子もなく、薄ら笑いを浮かべながら「そうでごぜいますな」とだけ言った。


 弓角君はもっといろんな人と友好を深めたかったようだが、これ以上の校内ツアーは、僕と時間が許さなかった。帰りの会の時間は刻一刻と迫っていたし、僕としては超能力者と宇宙人にあっただけで、すでに満腹であったからだ。

 戻ってきた先生は、さほどうるさくもない教室に騒々しく入室すると

「皆、静かにしろ」と自分が一番うるさく騒ぎ立てていた。

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