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触角の生えた坊ちゃん刈り

「と言う訳で、今日からこの三人がクラスの仲間になるからな!」

そう先生に言われて、まず弓角君が、続いて僕と晩空君が頭を下げる。

若干木の匂いが漂う教室に、それなりの拍手の音が響き渡り、どうやら初っ端から嫌われるような事がなかった事実に安堵した。

他の二人も同じ気持ちのようで、弓角君などは大げさに、胸に手を当てて息をついている。

我等転入組の軽い自己紹介も終わり、緊張感もほぐれた様子で、二人は笑いあってはいるのだが……。

ざっとクラスを一瞥すると、なんというかまぁ、濃い人が多いこと多いこと。




向かって右側、窓側に座る人々の最前列に居るのは、今にも死にそうな様子で机に突っ伏し、肩で息をしている黒髪の人。その髪の長さからして、多分女子だろうが、果たして学校に来るべきだったのだろうか、その状態で。

そのいくつか後ろには、何故か巫女服姿の女の子が、巫女さんがよく持っているヒラヒラの紙と草が付いた、名称の分からない棒を片手にこちらを凝視している。

そしてすぐ後ろにいるのは、着物姿に竹刀を腰にぶら下げた、これまた時代錯誤な格好に身を包んでいる少年。

その他、左に目を移しても、頭から触覚のようなものが生えている奴。ピンク色の髪の女子。メガネ等、濃度は一向に薄まる様子もなく、むしろ濃ゆくなって行くばかりである。


僕が明らかに不振げな目で周囲を見渡していた所為か、もしくは弓角君が小声で「椅子に座りたい」と心底辛そうな様子でぼやいた所為かは分からないが、先生はようやく僕らが座るべき椅子が、教室内のどこにも存在しない事を認知したようで、あわてた様子で

「すまん!今から三つ分持ってくる!! 」と言うが早いか、ドアを豪快に開け放って教室を飛び出していった。

途端、僕らは濃厚なキャラクター達に囲まれ、矢継ぎ早に質問を受ける事となり果てた。

当然、僕としては自分のことより、クラスに元からいた人々(特に頭からなにかしら生えている奴)のことを知りたかったのだが、僕がそれを口に出すより早く巫女服姿の少女が、僕に名称不明の棒を鼻先に突きつけた。


「おぬし、妙な力を持っておるな。わらわには分かるぞ!隠し事など小手先の小細工はやめて、素直に申し上げてみよ!まだお上の慈悲はあるぞ!」

一息にこれだけ言い切ると、和服の少女は息を整えるように二、三度深呼吸をして、僕を睨みつけた。

これはつまりアレか。転校早々早速訳の分からん厄介ごとに巻き込まれたのか。

「流石主人公」と弓角君が隣でつぶやいたのを、聞かなかった振りをして聞き流し、僕は自分の仮説の正しさを証明するために、彼女に質問を返した。

「失礼だけど、あなたのお名前は」

「質問に質問で返すな!人に名を聞くのなら、先ずは自分から名乗れ!」

「さっき教壇で思いっきり名乗ったんだけど……」

「……浦内だ。浦内うらない 鑿子のみこ

不機嫌そうに口を尖らす彼女の前で、僕は思わず頭を抱えそうになった。

やはりそうだ。弓角や晩空と同じく、この人も名前が全てを物語っている。正直、「占い の巫女」なんていう分かりやすい名前で来るとは思わなかったが、僕の仮説はこれで完全に実証された。

無意識に「やっぱり……」と呟きが漏れていたらしく、巫女服少女浦内さんは満足そうににやりと笑うと、得意げに棒を振り回して解説を始めた。

「その言動からすると、おぬしもようやっと自分の能力に気付いたようじゃの。即ち、名前からその者の本質を見極める事の出来る能力に、な」

「主人、能力なんてもってるの?」という弓角のもっともな驚きに、無言の視線で突っ込んだ後、僕は浦内に向き合った。

「こんなんが能力なはず、ある訳ないじゃないか。人の名前のごろ合わせに気付いただけだし、どちらかというと、僕も含めて名前の方が変なんじゃあ…」

「ほぅ。では主人公太郎よ、わらわの名を知って、果たしてわらわの本質を読み取ることが出来たか?」

「つまり、君が占いの巫女だって事を、僕が名前だけで気付けたのか、って事?」


僕としては何気ない一言だったのだが、その言葉は周りに衝撃を与えたらしい。

濃ゆい生徒達はざわめき、ある程度の覚悟をしていたらしき浦内さんも、驚きを隠せない様子でいた。弓角君と晩空君は半ば分かっていたような顔をしていたが……。

やがて、ショックから立ち直ったらしい浦内さんが、何故か口元を拭いながら、

「主人公太郎……まさかコレほどまでの力を持つとは、侮れんな……」

「いや、だって不必要な程に巫女感丸出しだったし……」

そんな戦闘マンガみたいな反応をされても困る。

そもそも名前を聞く前から、彼女は巫女か、あるいは巫女に憧れているイタい人か位の予想は付く程、濃ゆい教室の中でも一際異彩を放っていたのだ。特に巫女服が。

そう言い訳をしても、浦内の衝撃は和らがず、何故か厳しい目で僕を睨みながら、自分の席へと戻っていった。

やがて先生が、どういう方法でやったのかは分からないが、一人で一度に三つの机を持ってきたらしく、クラスの最後尾に新たな三つの机が設置された時、おそろしくご都合主義的なタイミングで、HR終了の鐘が鳴り響いた。




さて、大変だったのはそれからである。

先ほど起こした妙な騒ぎで、僕はクラスの濃ゆい連中から早くも一目置かれた様で、先生が教室を退出した瞬間、瞬く間に僕の机の周りは濃厚な奴等で飽和状態に陥った。

僕はただひたすら、自分は東京出身で、校長の夜逃げにより学校が消えて泣く泣くこの学校に越してきた事と、僕に能力なんてものは一切ない事を説明するだけの存在に成り下がったのだが、果たして濃厚連中にこれらの事がちゃんと伝わったかどうかは、正直微妙なところであった。

この辛いやり取りの中で僕が得たものは少なく、精々分かったのは生徒たちの世にも奇妙な名前だけであった。




窓側最前列でぶっ倒れていたのは「葵木 樋季(あおいき といき)」という女子生徒で、おそらく由来は「青息吐息」であろう、驚くべき脆弱さを持つ少女であった。

聞くところによると、彼女は年がら年中何かしらの病気、もしくは怪我を負っているのだが、学校を休んだ事は一度もないという、保健室登校の常連らしい。


個人的に一番気になっていたのが、頭から触角の生えた坊ちゃん刈りの少年。

名を「院辺 団平(いんべ だんぺい)」というらしい。元は大方「インベーダー」であろう。触角もそれ以外の理由はあるまい。というか、それ以外にあったらイヤだ。

彼は常日頃から「地球侵略」というまるで現実味のない、小学校低学年並の幼い野望を口外し、机に向かって幼稚園レベルの計画書を書き上げては一人ニヤニヤと笑っている変人らしい。

僕はこの話を聞いたときから、彼への評価を「注意レベル」から「警戒レベル」。即ち「寄らば切る」の状態に引きあげている。


浦内 鑿子(うらない のみこ)」はこのクラスでは頼られる存在で、身の丈は小学生レベルなれど、そのおかっぱ頭からは想像も出来ぬ程しっかりとした人物であるらしい。

その彼女があれ程までに慌てたと言うのだから、君も物凄い人物なのだろうとは、着物を着た少年の台詞である。もちろんしっかりと否定しておいた。


腰に木刀を携えた着物姿の少年「古木 武士(ふるき たけし)」は、この付近でも郡を抜いて田舎に住む浦内とはまた違った方向に古めかしい少年である。

彼の実家は剣道の名門らしく、家庭内のモットーは「懐古主義」である。

文字通りの、古いの至上主義であるからして、彼の話し言葉は武士のそれである。「ござる」こそ言わないが袴を引き摺りながら、灘波歩きの下駄履きで闊歩する様は、まるで、でもなんでもなく、ただの武士であった。


どの学校にもいそうな三つ編みのメガネさんは「芽河 捏娘(めが ねつこ)」という名で、ただそれだけの存在だと、話に割り込んだ院辺が豪語していた。

僕はひそかに「彼女だけが常識人なのではないか」という淡い期待を抱いたのだが、彼女がふと取りだしたメガネケースにプリントされた「メガネ命」の文字を見て、全てを諦めた。


 ざっと聞いただけでもこの面子の濃さである。

帰りの会が始まる前までに、収集した情報を一早く転校組二人に知らせるべく、臨時的に最後尾に置かれている、使い古された色をした三つの机に僕は急いだ。

既に着席を済ませている晩空君と弓角君を早々に見つけると、音を立てて椅子に座り込んで、開口一番、

「教室に病人と宇宙人と巫女と武士と、メガネとが!」

「とりあえず落ち着こうよ、主人」

「たぶん、それ以上のヤツも、この学級にいておかしくないと思うが……」

「これ以上どんな奇人変人がいるというのさ」


イライラしてつい噛み付いた僕に、事も無げな様子で前方を指差す晩空君。

つられて後ろを見ると、何のことはない。ただ生首が浮かんでいるだけだ。僕は自分にそう言い聞かせると、必死に晩空の方に向き直ろうとした。

だが、宙に浮いた生首は目ざとく僕を見つけると、思いがけないほど礼儀正しく、か細い声で助けを求めてきたので、僕は観念して椅子から立ち上がった。




机の上に登り、生首から垂れ下がっている細いヒモのような何かを、思わず引っこ抜かない様に慎重に引いて、ようやく生首を腕に抱えて降りると、礼を伝えるくぐもった声が、腕の辺りでボソボソと聞こえた。

その言葉を正確に聞き取る前に、近づいてきた首なしの胴体に驚き、つい首を手から離してしまったが、首は落ちる事もなく頼りなさげに宙に浮き、胴体がそれをキチンとあるべき場所に収めるまで僕を黙って見つめていた。

ようやく人間らしい姿になった元生首の子は、こちらが萎縮してしまうほど深々とお辞儀をすると、ようやく僕の驚いた表情に気付いたらしい。

「あっ、すいません。驚かれました、よね……。」

「いやぁ、まぁ、はい、驚きました」

正直、それ以外に言う言葉が見つからなかった。とりあえず傷つけないように話をはぐらかそうと努力するが、視線はやはり自然と首元にいってしまう。見たところ、明確な接合部などはないが、ああして離れる以上、やはり何処かで途切れる部分があるはずなのだが。

僕がじろじろと首筋を眺めていた所為か、若干気恥ずかしげにうつむくと、生首少女――水素 風船(みなもと かざふね)。決して水素風船ではない、らしい。それもひどい名前であるが――はようやく説明を始めてくれた。


「あの、突然ですけど、デュラハンっていうものをご存知でしょうか」

「デュ、デュラハン?」

たちまち僕の頭には、首のない騎士が右手に自らの頭を抱えて全力疾走する映像が浮かび上がってくる。

「それはそれは」と言葉を濁すしかない僕に、さらに申し訳なさそうに説明をしてくれる水素さんによると、どうやら彼女はいわゆる首なし騎士の父親と、ろくろっ首の母親の両親を持つ、いわばハーフであるとの事であった。

その両親の能力を受け継いだのかどうか、彼女が生まれてきたとき、すでに頭は風船状になっていたそうで、当初は両親も混乱したそうだ。当然である。

さて、この頭風船、本人曰く「つねられると痛いが、割れても痛くない」との事で、どうやら幾度か割れた経験がありそうである。生物学的に大丈夫なのかと聞いても、「割れたらすぐに体から生えてくる」そうで、奇怪極まりない。

また揚力も調整可能らしく、その気になれば胴体を吊り下げての遊覧飛行という、かのメリーポピンズをも凌駕するとんでもない芸当が可能だそうだ。

このように書くと、僕がいとも簡単に「そうかそうか、水素さんは妖怪と魔物のハーフなんだなぁ」などと納得したように思われるだろうが、実際は「え、なに、妖怪?え?ハーフ?何が?」というようにひどく狼狽し、休み時間の大半を理解に費やした、ということを記載しておく。

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