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エイリアンビデオ研究部

翌日、僕と晩空君は呆けたようにビデオカメラの画面を見つめていた。帰りの会が終わってから、しばらく経っている。芽河さんは「宇宙人なんていない」という本を、机に腰掛けて眺めていて、緋色院さんは調査ノートをぱらぱらとめくっている。

悪夢のような一夜だった。いや、夢だったならどんなにか気が楽になるだろうか。僕は恨めしげにビデオカメラを小突いたが、画面が揺れても、晩空君は何もいわなかった。

流れている映像は、咲夜のすったもんだの少し後に撮影されたものだ。内容は緋色院さんのイメージビデオとでも言うようなもので、夜の学校を背景に、彼女が一人で喋っている。すると、突然背後の林から光る物体が飛び出して、ふわふわと宙に浮かんでいる。慌ててカメラがその姿を撮っていると、やがてUFOは一気に空まで飛び上がり、雲の向こうまで行って消えてしまう。それで終わりだ。

当然ヤラセである。しかもただのヤラセではない。宇宙人全面協力の下に撮影された、完璧なヤラセである。

あの日の夜、笑顔で緋色院さんが要求したのは、彼が地球を発つシーンを撮影させて欲しい、というものであった。

「それはちょっと無理ですね。数日前に、無線で仲間に迎えに来てもらうように頼みましたから」

そこでふと思い当たることがあって、僕は例の怪音の録音を、斉藤さんに聞いてもらった。すると彼は手を叩いて、

「これです、いや、こういう風にして僕の存在がバレたのか、参ったなぁ」と照れた。

冷静に考えれば、学校の放送機材がそんな音を拾えるものなのか、自らの所在を明かさずに、相手に要求が伝わるのか等の疑問があったが、僕はそれらの無視を決め込んだ。眩い光を放つ全き信実よりも、薄汚れた自分のベッドの方が、その時の僕には魅力的に見えたからだ。

結局、その要求自体は断られたが、「代わりに」と彼が取り出して見せたのが「偽UFO」である。五センチくらいの黒い立方体で、ぽんと宙に放ると即座に変形し、差し渡し二メートル程の、馴染み深い円盤の形になる。

「その星の支配種族に見つかったときに放り投げて、帰ったと見せる為の道具でね」

鼻水を袖でぬぐいながら、彼は説明していた。「これでなんとか我慢してくれないか」

林の中で待機している斉藤さんが、合図と同時に偽UFOを放る。タネはこれだけであったが、緋色院さんはこの仕掛けにいたく満足した様子で、撮影が終わるとすぐ、例を言うために僕らを引き連れて林の中に分け入ったが、彼は影も形も無く消え失せていた。

そこからどうやって帰宅したのかは、はっきりと覚えていない。リムジンに乗った記憶も曖昧で、正直な話、今朝登校してきて、弓角君にビデオを見せられるまで、僕は一連の出来事をとんでもない悪夢だと思っていたのだ。

「映像があったほうが、絶対にウケがいいって緋色院さんが言っててさ」

弓角君はカセットを振り回して言った。「急いでコピーしたんだよ」

彼は、朝に提出した部活動発足の為の書類がどうなったのかを、職員室に訊きに行ったっきり戻ってこない。

葵木さんは当然体調を悪くしていて、保健室で休んでいる。弓角君が帰ってきたら、迎えに行って一緒に帰るつもりだ、と芽河さんは言っていた。

三度目の再生を終えて、ビデオを巻き戻しながら、僕は緋色院さんになんとなく尋ねた。

「結局、斉藤さんは何物だったんだろう」

「宇宙人に決まってるじゃない」

馬鹿馬鹿しい、とでも言いたげな口調の彼女の言葉に、晩空君がくってかかる。

「お前、最初から宇宙人だと分かっててやったんじゃないだろうな」

「当然でしょう。鳥の内臓だけぱっと抜き取るなんて、地球人にゃあ出来ないわ」

「じゃあなんで」殆ど答えが分かっていても、やはり僕は訊かざるを得なかった。「なんであんなにゴネたのさ」

「具体的な活動の証拠があった方が、部だって設立しやすいんじゃあないかしら」

まさしく、緋色院さんの狙いは、部活動の発足であった。その為のビデオ撮影であったし、それゆえに斉藤さん相手にゴネたのであろうか、付き合わされた斉藤さんは災難である。

「あんた、本当に」音を立てて本を閉じると、芽河さんは吐き捨てるように尋ねた。

「なんでそんなに部活動に熱心なの?」

緋色院さんは、やはりあの笑顔を浮かべた。

「だって私は緋色院(ヒロイン)だもの」


突然討ち入りの如くけたたましくドアを開いて、飛び込んできたのは弓角君である。

「出来たよ」肩で息して、彼もまた満面の笑みで報告した。「ボクたちの部活だよ。先生達が認めた。廊下に内容が貼り出されてる」

「人はどう。集まってるかしら」と緋色院さんが訊くと、息を整えながら彼は応える。

「クラス全員が集まってる。皆驚いてるよ。新入部員も、期待できそうだね」

「驚いてる?」

僕と晩空君は全く同じタイミングで驚かされた。新しい部の発足が珍しいといったって、我々はいつも騒ぎ立てて活動していたから、てっきり皆部活の事を知っていると思っていたのだ。

「良かった、インパクトが大事だからね、こういうのは」

緋色院さんはとても満足気で、それがまた、僕には不安でたまらなかった。

「おい、そういや名前はどうしたんだ」と晩空君が疑問を口にする。確かに、運動系文化部のままで受理されたとは思えない。

「ちゃんと分かり易い名前にしたよ、緋色院さんの案で」

やにわにひどい悪寒がして、僕が緋色院さんの方を不安げに見やると、彼女は今度こそ悪意満面の笑みで「廊下、見に行ってみれば?」と言った。

晩空君と僕と、どちらが先に教室を飛び出したのかは分からない。ただ、到着は僕の方が先であった。

ざわめいていた群集が、水を打ったように静まり返って、侮蔑、奇異、嫌悪その他様々な冷たい視線が僕を刺したが、それにもすぐには気付けないほど、僕は唖然として、廊下の張り紙を見つめていた。

壁に掲示されている大きな紙には、筆文字で、下記の部の発足を認めるという意味の文が書いてあった。その下に、以下のように記されていた


部活動名:AV研究部

活動内容:AVの研究、および撮影。

  部長:主人公太郎

 副部長:晩空不良

  撮影:弓角五徳

  女優:緋色院詩織

  演出:葵木樋木  

  資料:芽河捏子


いつの間にか皆は消えていて、ただ一人残っていた浦内さんが、たった一言「阿呆」とだけ言うと、軽蔑したように去って行った。

巫女服の裾が曲がり角に消えるまで、僕は一歩も動けなかった。ややあって弓角君が歩いてくると、誇らしげに話し始めた。

「エイリアンビデオ研究部。長かったから略したんだよ。英語が入ってると、やっぱり格好良いよね」

「オカルト研究部と少し被ってるけど、まぁ大丈夫よね」

そう言って彼の横から顔を出した緋色院さんに、僕は針を仕込むように、一つ一つの言葉を区切って言った。

「なんで、こんな、ことに、なったんだ?」

「部長は魅力的だったけど、やっぱり女優っていったら、私しか居ないじゃない。だから、主人君に譲ってあげたわ」

そして、あの笑顔を見せた。


後に続くセリフは、彼女が何度も言っていることだし、くどいからここには記さない。僕自身、書こうとも思わない。思い出すのも嫌だ。

部活動の内容に関する誤解が解けるまでの数日間、誤った情報に基づく偏見によって、僕は男子生徒に、海を割ったモーゼの如く英雄視され、女性陣には、磔刑に処されたキリストもかくやの扱いを受けた。

後日譚はこれだけである。

遅めの夏祭りが近づいてきた、九月の話であった。

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