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生粋のシティ・ボーイ

未だ実態を掴めぬ部活動のあり方に悩み、傍若無人な部長に振り回されていても、時間は確実に過ぎて行く。学生の本分たる勉強は日に日に難しくなっていくし、日中こそ太陽に毒づきたくなるような暑さが続くが、不意に降る夕立の後に外を歩くと、強い土のにおいと共に少し肌寒い風が吹いたりして、少々切ない気分になる。そうした詞的で痛々しい気分に浸る一方、体育の授業では五日後に迫ったお祭りで、神社に奉納する奇妙な踊りの練習をしたりする。教室の天井に生首が浮かんでいれば、椅子を持ってきて捕まえられるようになる。院部君が触覚をくねらせて話しかけてきても、こともなげに挨拶が出来るようになる。

散々騒ぎはしたものの、結局僕は土井中に慣れてきていたのである。


一方、調査の方は遅々として進まなかった。喜ばしいことである。

事件関係者へのインタビューを終えてしまうと、我々のできることは殆どなくなったのである。

祟りではないかとうわさになった頃の人々の多くは、既に土井中を去ってろい、かろうじて残っていた数人の方々も、口をそろえて「忘れてしまった」とおっしゃった。

「最初の事件が二十九年前、ウワサになったのが、三年後の二十六年前」

ノートを指で追いながら、弓角君は続ける。

「そこから五、六年はウワサも、もっていたけれど」

「さらにそこから二十年くらい、おまけに住民はガンガン減ってきたとなりゃあ」

他人事のように呟くのは、晩空君である。「風化してもおかしくないわな、そりゃ」

結局本日の、コレと言った収穫は無く、見るからに不機嫌そうな緋色院さんを横目に、芽河さんが閉会を宣言しようとした。

するとそこに異変が起こった。突如、実に全く突如、葵木さんの体調が悪化したのである。これがまた、緋色院さんをして、本気で「死なないで」と言わしめるほどの相当なもので、流石に形容をはばかるが、とにかく酷かったのである。

彼女の症状を抑えるために、握りこぶし二つ分の薬瓶を空にしたといえば、その凄まじさが伝わるだろうか。

運動系文化部(仮)総員が、いまだかつてない連携を見せ、ようやく彼女が歩ける程度に回復したのは、下校時刻をとうに過ぎた宵の口、既に日よりも月の方が高く上る時刻であった。

夜になると、型の古い電灯の薄明かりが老化の木目を浮き上がらせていて、改めて校舎の古さを実感させられる。

そうして、なんとなく黙しがちに歩いていると、七不思議のひとつ、三階首吊り少女の影等が思い出されて、恐ろしくなり、我々は軋む階段を足早に駆け下りた。


やっと正門に着いたとき、僕は下校の時を既に逸していることを知った。

なだらかな山の上にある学校に登校するには、いくつか雑木林を抜けなければならないのだが、仄暗い月明かりの下で見る林の中の暗闇は、陳腐な表現ではあるが、まるで生きているかのように、淀んで見えたのである。

東京生まれ東京育ち、生粋のシティ・ボーイたる僕には、その闇が耐えがたく恐ろしいものに思えた。

緋色院さんもそれは同じようで、焼却場で見せたあのポーズをとりながら「どうしましょう」と言った。

「あんまりぐずぐずしてらんないぜ」

葵木さんを見やりながら、晩空君は不安げに続ける。「また何時、体調を崩すか分からん」

「ねぇ、学校の裏に電話ボックスってなかったっけ」

「あるわよ、焼却場の辺り」弓角君の甲高い声に応えたのは、葵木さんの手をひいて歩いている芽河さんである。

「結構古びてるけど、前に担任が使ってるのを見たことある」

「よかった」

弓角君は大分ホッとした様子で、それでも、まだ少し不安なのか、決まり悪そうに訊いた。

「今お札しか持ってないんだけど、五千円札って、電話ボックスでも使えるよね?」


リムジンを迎えに呼ぶから、ここで少し待ってもらう代わりに、一緒に乗って帰らないか、という弓角君の提案に、我々は賛同の意をこめて十円玉を差し出した。

お札を使えないことに新鮮な驚きを感じている弓角君を横目に、、芽河さんは足早に歩き出した。手を繋いでいる葵木さんも、顔色は伺えないが、大分体調が回復した様子で、しっかりと着いて来ている。

「弓角君のおうちからここまで、どれくらいかかるかしら」

「十分くらいかな、少し遠いのもあるけど、道が狭いからね」

申し訳なさそうに彼が答えると、緋色院さんはふふんと鼻を鳴らした。

「家の前にリムジンで乗りつけたら、母さん、どんな反応するかしら」

「お前、家まで送ってもらうつもりなのかよ」ずうずうしい、と言外に込めて彼女を睨む晩空君を、弓角君が「まあまあ」と抑える。

「こんなに暗いと何があるかわかんないし、少しくらいなら遅くなっても、ボクは平気だから」

尚も不満げに口を開きかけた晩空君を遮るように、芽河さんが声を上げた。

「あれよ」

前を見ると、焼却場を背景に、校舎の壁にへばり付くような形で、旧式の電話ボックスが設置されている。東京時代に頻繁に見かけた全身が見えるものではなく、窓があって、胸から上までしか見ることのできないタイプである。

ぱたぱたと音を立てて駆け寄る弓角君に目をやりながら、何の気なしに焼却場の方を眺めた瞬間、僕の視線は凍りついた。


何かが焼却炉の前で暴れている。


慌てて晩空君を見ると、彼も固まっていた。先頭に居た芽河さんたちも、動きを止めている。弓角君だけがそれに気付かず、電話ボックスの戸を閉じようとしている。どうやら立て付けが悪いようで、中々閉まらない。呼び戻そうと二、三歩ほど歩いたところで、今度は体ごと凍りついた。

暴れるものにゆっくりと近づく人影がある。耳を澄ますと、ばさばさという音が、こちらに迫るように聞こえてくる。その物音から、コンクリートの上でもがいているものが、鳥であるということが辛うじてわかった。

弓角君は、ドアを閉める事を諦めた様子で、今度は受話器を探している。

ふいに、人影かなにやら蠢くと、出し抜けに鳥の姿が一瞬だけ照らし出された。

続いて、長々と断末魔が響き渡る。同時に、卵を殻ごと握りつぶすような、それでいて鈍い音。

「魔物だ」と声がした。あるいは僕の心の声だったのかもしれない。その時、僕は身動き一つ取れなかったからだ。

「内臓を引っ張り出したような」宮下さんの鎌が、暗闇の中に見えた気がした。「そりゃあもう猟奇的な死に様でしたよ」


がちゃん、と音がして、金縛りが融けた。音の方を見ると、弓角君が焼却場の方を見つめている。自分が受話器を落としたことにも、気が付いていない。

突如、人影が電話ボックスに向かって走り出した。

氷が鎚で砕かれるように、恐怖が体をこなごなにした。情けなくも身動きの取れない僕の横で、晩空君の叫んだ言葉が、妙に遠く聞こえる。

「逃げろッ、五徳ッ」

弓角君がその言葉を理解するよりも早く、魔物は電話ボックスの前まで跳んだ。

着地と同時に、獲物に飛び掛る直前の獣の五徳、四肢を地面に着け、頭を低く垂れる。

そして、牙をむき出しにして、大音声(だいおんじょう)をあげた。




「警察だけは勘弁してくださいッ!!」

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