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心、鬼になりて

作者: 不動 啓人

上杉景勝三部作。『寡黙の将』『心、鬼になりて』『上杉景勝』

景虎かげとら殿、さめがお城にて自刃!」

 ある程度予期していた報告に、場の雰囲気は一区切りついたような、一種安堵のような溜め息が方々から聞こえてきた。

「そうか……」

 中央に座する上杉景勝うえすぎかげかつ。彼の心にもそんな想いがあったかもしれない。その表情には喜びよりも、むしろ穏やかさが伺えたほどに。

 しかし、戦はまだ終わっていなかった。


 天正6年(1578)。上杉謙信うえすぎけんしんの死に発端する、景勝、景虎の相続権争い『御館おたての乱』。その趨勢は翌天正7年、御館を追われた景虎の自刃によって一応の決着を見た。しかしながら、依然として景虎側についた緒将は景勝に抵抗しており、これを完全に鎮めてしまわぬ限りは、真の越後統一とはいえなかった。

 そこで景勝は景虎自刃の後、景虎の嫡子、道満丸どうまんまるが篭もる御館を再び攻め立てた。道満丸がいる限り、反景勝勢力に担ぎ上げられるのは必定だからだ。

 だがこの時、景勝の想いの中では、道満丸の命まで取る必要性は考えていなかった。道満丸は僅かに九歳。もし世を捨て、寺にでも入るならそれも良しと考えたのだ。ましてや道満丸は景勝にとっても甥子。景虎の妻は、景勝の実の妹であった。

 景勝にとって、肉親の争いには苦い思い出がある。それは景勝の実の父たる長尾政景ながおまさかげと謙信の争い。政景の死は直接謙信が関与していなかったものの、その噂は専らで、景勝も半ば以上謙信を疑い、苦悩したものだ。

 こうした事からも、犠牲は最小限。景虎一人の命で済めば、との想いが景勝にはあったのだが……

 景勝の願いも虚しく、夫景虎の死を知った景勝の妹と道満丸は、自刃して果ててしまった。

――早まった真似を!

 景勝の心の叫びは響く場所を得ず、霧散するように掻き消えるを定めとするしかなかった。

 この事は景勝の心に傷を与えた。幼少より続く「肉親の傷」である。だが、試練は更に彼に襲いかかるのである。

 元々『御館』とは、謙信が庇護した旧主・上杉憲政うえすぎのりまさの隠居所であった。道満丸親子自刃後、憲政は息子の憲藤のりふじを連れて景勝陣に降ってきたのだ。その処遇を巡り、景勝は再び苦悩にあげいた。

「一度庇護した者を、ここで斬るべきか……ましてや憲政殿は旧主であり、これを斬ったとあれば義に悖るのではないか?」

 景勝の言葉には、これ以上の犠牲を出したくないという想いがありありと語られていた。

 しかし、景勝の右腕であり友でもある直江兼続なおえかねつぐは、ゆっくりと頭を振り、断固たる処置を景勝に訴えた。

「例え旧主であろうとも、此度景虎殿に付いたからには断固たる処置が必要かと思いまする。そしてこれは……他の者共らに対する見せしめにもなりましょう」

「見せしめで斬れと申すのか?」

「左様。失礼ながら、未だ殿のお力全家臣に及んでおりませぬ。それを一つとし、堅固なる結束を構えるためには、殿の断固たる意志をお示しになるべきかと。これは今後のお家の為でござりますれば……」

 景勝は無言の内に目を閉じた。

――世とはかくも無常なものよ。己を立てようとすれば、他が立たぬ。他を立てようとすれば、己が立たぬ。立つべきは己か?それとも他か?儂は一体、何を以って立つべきなのか?

 そんな景勝の瞼の闇に浮かぶは一体の神。毘沙門天びしゃもんてんは憤怒の表情を崩さぬ。

 それは非情なのか?それとも仕方のない事なのか?迷いは渦巻き景勝の心を蝕むが、あえて景勝はその迷いに結論は出さずに憤りにも似た表情を以って断言した。

「兼続、そなたの申す通りにしよう」

――迷いに結論を出すは私心なり。己を満足させてなんになろうか?願うは世の安泰よ。その為には我が心を鬼とするも厭わず!


 その鬼は、やがて毘沙門天に変じるのであろうか?

 古代インド神話において、毘沙門天は悪霊の長であったとか――

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