見つけた
読んで何かを感じて頂ければ、幸いです。
いつも公園の中央にある、同じベンチに座る。
大きな噴水。風に揺れる木の葉のざわめき。私の一番お気に入りの場所だ。
春の柔らかい日差しは、ぽかぽか暖かくて、すこぶる気持ちがいい。
噴水の隣に立つ、大きな時計の文字盤に目を移した。まだしばらく時間がある。
私はバックからイヤホンを取り出し、耳に当てようとした。
その時――――。
「待てって!」
「離して!」
公園の東口から、若い一組のカップルが口論しながら入って来たのが見えた。
公園に居た人達は、皆何事かと二人に注目している。それでも、周りの視線などおかまいなしに喧嘩を続ける二人。
「痛い! 離してって言ってるでしょ!」
彼は、彼女の腕を力強く掴み、必死に何かを訴えている様子だった。
普段の私なら、他人の喧嘩に興味は無い。でも今の私は、二人から目を離せずにいた。
彼に見覚えがあったからだ。
「直人・・・・?」
昔、学生時代に一年ほど付き合って別れた彼・・・・。間違いない。
名前と顔を思い出した瞬間、忘れかけていた彼との思い出が、頭の中に溢れ出てきた。
でも目の前にいる今の彼は、私の知っている彼とは違って見えた――――。
大学に進学した私は、友達に誘われるまま、たまたま入ったサークルで、四年生だった彼(直人)と知り合った。
優しい微笑み。丁寧な言葉づかい。やわらかい仕草。全てに惹かれた。
誰に対しても分け隔て無く、彼は優しかった。人気も有り、ルックスも悪くない。もてないはずはないのだが、浮いた噂は一度として聞いた事が無かった。
彼の事がもっと知りたい。
私は彼の行く先々に、偶然を装い現れた。とにかく印象づけたかった。友達にも相談したけれど、彼を悪く言う人は、一人として居なかった。
「私は彼が好き。悩んだところで始まらない。彼と大学で会えるのは、この一年だけ。ライバルの居ない、今がチャンス!」
私は告白を決意した――――。
「好きです。私と付き合って下さい!」
ありふれた言葉かも知れない。でも、私の正直な気持ちだった。下げた頭を少し持ち上げ、チラリと彼の反応を見る。そして、返事の言葉を待った。彼は驚きと、少し戸惑いの表情を見せた後、すぐに答えてくれた。
「僕で良ければ、付き合うよ」
「本当ですか!」
「よろしくね。由加ちゃん」
いつもの優しい笑顔で、にっこり笑いかけてくれた。あまりの嬉しさに、私はその場でジャンプした。
これで彼の・・・・。直人の特別な人に私はなれたんだ――――。
「彼とは、上手くいってるの?]
講義が終わっての帰り道に、親しい友人が、直人との事を私に尋ねて来た。
「もちろん! 直人、凄く私に優しいの!」
そう、彼は付き合いだしても変わらず優しかった。私の行きたい所。食べたいもの。欲しいもの。いつでも私の意見を優先してくれた。わがままなんて言うつもりはない。無理を言って嫌われるのは、正直怖い。直人に任せようとしても、由加の好きにして良いと言う。やりたいようにすれば良いと言う。私は大事にされている。私はそれを、彼の愛情表現なのだと思っていた。
「来週の週末は、行けるんだよね?」
友人の問いかけに、私はハッと息が止まった。
「直人に話すの・・・・。忘れてた」
「それ、まずいよ由加! 反対されたらどうするの?」
男女六人でペンションに泊まる。随分前から計画していた。私に言わせれば、気の合う仲間とただ泊まるだけ。直人にしてみればどうだろう?私ならやっぱり心配。ちょっといやかも・・・・。黙って行くことは出来る。でも、隠し事はしたくない。直人が嫌がるようなら・・・・。
「もしだめだったら、ごめんね」
私は友人にそう言うと、直人に連絡し、今晩会う約束をした――――。
「由加は、どうしたいの?」
泊まりの話をした後に、彼は聞いてきた。
「私は、どっちでもいいんだけど・・・・」
少し言葉が濁る。実際楽しみにしていたし、久しぶりに会う友人も居る。本当は行きたい。
「行ったらいいよ」
「え?いいの?」
「由加が行きたいなら、行ったらいい」
彼はいつもの笑顔でそう言った。私はその時、おかしな違和感を感じた。少しは期待していたのかも知れない。彼が行くなと言ってくれることを・・・・。
嫉妬とか・・・・。無いのかな?まるで気にしてないかのような笑顔。なんだか寂しい。私、そんなに行きたそうな顔をしてたのかな?
彼はそれに気づいただけ。友人に言われるまで、彼が反対するなんて思ってなかったし、気のまわしすぎだ。直人は、私を好きだからこそ信用してくれている。そう思うことにした――――。
彼は一年付き合っても、相変わらず優しかった。なにも変わらずに、なにも・・・・。
「バイトの男の子が、最近いやらしいの。遊びに行こうとか、二人でカラオケ行こうとか誘って来て、やたらしつこいんだよ?あのバイト好きなんだけど、いくのやめようかな?」
「由加は、もてるんだね」
そして笑顔。
まただ・・・・。自分の彼女が口説かれてるのに、心配じゃないの?
そんな彼に、私は時々いらいらした。
「私に何かして欲しいことない?」
「もっとわがまま言ってもいいんだよ?」
「直人のこともっと知りたい」
「自分のこともっとはなしてよ!」
彼の怒った顔を、私は見たことが無い。喧嘩になると、すぐに「ごめん・・・・」と黙ってしまう。たとえ私が悪くても・・・・。愚痴を聞いた事も無い。付き合い始めの頃は、私に遠慮しているのだと思っていた。疲れた。眠い。お腹が空いた。普通は言うでしょ?
だんだんわからなくなる。私は、確かに彼の優しさに惹かれた。告白した時は、そこしか知らなかったし。付き合っていれば、もっといろんな彼が見れる。そう思っていたのだけど・・・・。人の感情、人間的な部分を、どうして見せてくれないのか。私にだけでも、見せて欲しかった。
人に相談したところで、贅沢な悩みと言われるかも知れない。もしかしたら、私の考え過ぎなのかも知れない。彼が私をどう思っているのか、物凄く不安になる時がある。それでも私は、私の事が好きなら、大切に思ってくれているのならそれでいい。
そしてそれを、確かめずにはいられなかった――――。
私はその夜、彼を喫茶店へと呼び出した。「大事な話があるから」と・・・・。店に来た彼は、いつもの笑顔で微笑みかけてきた。
「大事な話って、何?」
私は彼の目をまっすぐに見つめると、最初から用意していた言葉を伝えた。
「別れて欲しいの」
突然の別れ・・・・。彼が予想しているはずもない。私の事が本当に大事なら、きっと拒む。うろたえる。悲しむだろう。いやだというのなら、すぐに冗談にするつもりだった。優しい彼ならゆるしてくれる。
でも、彼の言った言葉は・・・・。
「わかったよ・・・・。由加が、そう望むなら」
望んでいる?私は自分の耳を疑った。確かに私が言い出したこと、望んでいると言われれば、言葉のとおりだ。
でも、それでいいの?別れ話に理由も聞かず、引き止めるどころか、簡単に答えをだしちゃって。そんなものなの・・・・?
私は口に出さず、心の中で整理した。そしていつも彼が言う「ごめん」の意味を理解した。
「さようなら」
軽蔑したような、冷たい言い方だったと思う。私はそれだけ言うと立ち上がり、店の外へと飛び出した。
偽りの優しさ。好きでもないのに付き合って、別れることもしない。自分を見せることもなく、私を好きになろうともしなかった。彼に抱かれても、優しさは感じたけど、情熱は一度だって感じたことはなかった。それに気づくのが、怖かった・・・・。
店を出てから、どれだけ走り続けたのか。何処に行こうとしているのかもわからない。足が痛い・・・。街路樹に片手を突き、靴を脱いだ。涙がにじんで、街灯の明かりがやけに眩しく感じた。
「私は、彼の心が欲しかった・・・・」
悔しくて。悲しくて。涙が止まらなかった――――。
二人はしばらく言い争っていたが、周囲の視線に照れたのか、それとも疲れて馬鹿馬鹿しくなったのか。もともと些細なことだったのだろう。ハハハと笑い出している。
私は、直人の必死な顔も、あんなふうに楽しそうに笑う顔も、見た事が無かった。
直人も苦しかったのかな・・・・。
あの優しさは、傷つくこと、傷つけることを極端に恐れていた、表れなのかも知れない。今の彼女は、そんな彼の弱い心を引き出した。私には出来なかった事・・・・。
二人はちょっと照れたように手を繋ぐと、もと来た道を歩き出していた。
「見つけたんだね、直人。あなたは見つけた。お互い本音で付き合える、大切な人を・・・・」
そして、私も――――!。
「由加!」
私を見つけた彼が、息を切らしながら走り寄って来た。
「悪い! 遅れた!」
息を整えながら、私に両手を合わせ、弁解している彼を、私は何気に見つめていた。
「どうした? ぼぅっとして? 時間、大丈夫か?」
彼に言われ、公園の時計を確認する。
「急げばまだ間に合うかも。行こう! ヒロ!」
私はベンチから立ち上がると、笑顔で彼の手を取った。
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