#2
月日はゆっくりと、だが確実に流れ、青年は男へと成長した。
初めて約束した日から十三年が過ぎても、男は約束を守っている。
「実はさ……俺、彼女が出来た」
古びたベンチに腰掛け、うなだれた男が、申し訳無さそうに言った。
「……うん。よかったじゃない。おめでとう」
男と同様に歳を重ね、かつて少女だった女が、それでも昔と変わらない微笑みを浮かべたまま、言った。
予想外の言葉に、男は顔を上げる。
その日、男は罵られる覚悟をしていた。
彼女にはその資格があると思ったから。
「……怒らないのか?」
「どうして怒るのよ?」
「いや、だってその……」
女の目に映る、口ごもる男のその姿に、記憶の中の、彼が青年だった頃の面影が重なる。
女は苦笑しながら、
「……んー。そりゃまぁ、少しは悲しいよ?」
「じゃあどうして?」
「それでもさ、君はこうして、去年と同じように今日、ここに、私に会いに来てくれた。それだけで私は満足」
「…………」
「忘れないで。君の心の中に、どんなに小さくてもいいから、私っていう存在のためのスペースがあって、それでいて君が幸せだったら私はそれ以上何も望まない。それで私は充分幸せだから」
「……ありがとう……ごめん」
「謝るかお礼言うかどっちかにしてよね。……それにしても驚いた」
「? 何が?」
「私以外に君みたいな男、好きになるような物好きがいるとは思わなかった」
「う……やっぱ怒ってんだろ?」
「冗談よ冗談。それで? どうしてその子と付き合う事にしたの?」
「……うちの会社の後輩でさ。色々面倒見てるうちに仲良くなってって、そんであっちから告白してきたんだけど、最初は断ったんだ」
「どうして?」
「そりゃ俺には昔からずっと好きな人がいるから」
さも当然のごとく言ってのけた男の言葉に、女の頬が真っ赤に染まった。
「……まっ、真顔でそんな恥ずかしい事言わないでよ!」
「お前だってさっきかなり恥ずかしい事言ってたと思うけどな……」
「うー……え、えっと、最初はって事は、また告白されたって事よね?」
「あ、あぁ。その後も何度か……あーっと……一……二ぃ……三……四……うん、四回告白された」
「……凄い執念」
「ん、まぁな……俺も流石にうんざりしちまって、そいで五回目の告白の時に言ったんだ。この先君が俺に何度告白してきたって俺の気持ちは絶対君には傾かない、って」
「……ちょっとした死刑宣告みたいなものねそれ。それで彼女は何て?」
「それでも構わない、ってさ」
「……え?」
「私の事好きになってくれなくてもいいですから、私が一番じゃなくたっていいですから、お願いだから傍にいさせて下さい、だって」
「……それはそれは」
「もう必死な感じでさ。そこまで言われたら断れなくてよ……」
「でもそれってよく考えたら自己中なお願いよね。君の意志は関係無いって言われたのと同じでしょ?」
「いや、まぁそうなんだけどさ……」
「うーん……て言うかそもそも君ってそこまで言われる程の人間かなぁ……実はちょっと脚色しちゃってるんじゃないの?」
「…………」
「もう、だから冗談だってば。じょ、う、だ、ん。毎年毎年私がからかわれてるんだから、たまには私が君の事からかったっていいじゃない……ってもうそろそろ時間ね」
「もうそんな時間かよ? …………あーあ。次会えんのは一年後か」
「あ、そうだ。来年来る時はその子の写真でも持ってきてよ。別れてなかったらでいいから」
「縁起でもない事言うなよな……付き合い始めてまだ二ヶ月ちょいなんだから」
本当に困り果てた感じのその口ぶりにようやく満足したのか、女は悪戯っぽい微笑を浮かべ、
「ごめんごめん。でもそういう子は放しちゃ駄目よ。君みたいな男の事真っ直ぐに想ってくれてる稀有な女の子なんだから」
「う……肝に銘じとくよ」
「それじゃ来年は写真よろしく。私よりブサイクだったら流石に傷ついちゃうよ?」
「はは、覚えとく」
「……ねぇ」
「はいはい?」
「今、幸せ?」
「んー……幸せ、なのかな?」
「そっか……うん、それじゃ約束」
「おう、約束だ」
そうして二人は再会を誓い、別れた。
お互いがお互いの事を好きだと分かっているのに。
二人はそれを形にしようとしない。
それが男と女の間に存在している、暗黙の了解であるかのように。