第17話 第十階層
それからフィオナたちは第九階層で魔法の取得を試みた。
その結果、当初に比べて本の魔法攻撃にも慣れて、数日かけて無事に三種類以上の魔法を新たに取得したので、上級魔法司書の資格を得ることができた。
「最年少で、しかも魔法司書になってから最速での資格の取得よ」
アリスから素晴らしい称賛をもらえた。
「ありがとうございます。でも、自分の力だけでとったわけではないので……」
確かに魔法本は強くなってきている。危険なのはよく分かる。
でも、まだフィオナの力技が有効で、魔法を取得する際の呪文のカンペがあり、さらにベテラン二人のサポートまである。
お膳立てされ尽くして、あっさり魔法を取得してしまい、苦労の末とは全然無縁だった。
すると、ずいっとアリスが身を乗り出してくる。
「確かにお金で魔法司書を雇い入れて資格だけとる方法もあるわ。でも、この速さは異常なのよ。あなたの力技がどれほど攻略を最短化しているのか、もうちょっと理解してほしいものだわ」
「そうそう、アリスの言うとおりだよ。それに、カサドラ嬢の特異性に履歴書だけで気づいたレナード君もお手柄だね」
ハンスまで口を挟んでくる。
「よく応募してくれた。カサドラ嬢に会えて俺たちは幸運だったな」
「そう言っていただけて良かったです。これからも頑張ります!」
自分の影響力の凄さをやっと気づき始めて、フィオナのやる気がさらに満ちてくる。
このまま婚約破棄まで至りたいと強く感じた。
休息日の本日、フィオナは第十階層への泊まりがけの仕事のため、自宅で準備していた。
滞在期間は八日間。ダミアンの母から言われた期日まで、あと十日はあるが、上からの許可がそれ以上は出なかったようだ。
一人で持って運べる量にしろと指示にあるので、取捨選択をしなくてはならない。
レナードからもらった持ち物リストを見ながら、フィオナは頭を悩ませる。
「ご飯も持っていくみたいだけど、八日間のご飯ってどうすればいいのかしら?」
大喰らいのフィオナにとって食料は死活問題だった。
家にいた家族に相談してみる。
「ねぇ、保存のきく食事はどんなのがおすすめかしら?」
「焼き菓子はいかがですか?」
メリルがすぐに答えてくれる。
「それは考えたんだけど、お腹いっぱいになるほどのお菓子を八日分も持っていけないわ」
「小さな鍋も持っていって穀物を煮たらどう?」
その提案は母からだ。
「水場と火は使えると聞いているから、それはいい考えかも。それも持っていくわ」
水分たっぷりのお粥は、ひとまず腹は満たされやすい。お出汁用に干し肉も入れる。
他には日持ちのする果物も隙間に入れていく。
着替えや日用品はそこそこに食料品ばかりがフィオナのカバンの中を占めることになった。
「足りるかしら……?」
第十階層以降の危険度よりも、フィオナは食事がなによりも気がかりだった。
※
自分の背中を隠すくらいの大きなリュックカバンを背負い、フィオナは待ち合わせの迷宮の受付前に到着する。
予定どおり集まった仲間の荷物は似たり寄ったりで、フィオナは自分だけ大げさでなくて内心安心する。
やる気がなさそうだったガザフも来てくれたので、四人全員が指定された時間に揃った。
「よく来てくれた。これより第十階層へ向かう。カサドラ嬢は初めてなので、初日の今日は慎重に進めることにする」
リーダーのレナードが仕切り、みんなが動き出す。
階段をひたすら降りていくと、踊り場の数値が九と十を示していた。
とうとう新しい階層に辿り着いたとき、もうこれ以上下りの階段がなかった。ここからは、直行で下に行けないのだ。
「すごく明るいですね」
目の前に広がる空間は、まるでお城の中にいるような建造物だ。
白い石畳が床に敷き詰められている。
広い廊下が広がっており、陽の光のような明るい方へ向かうと、下に吹き抜けている大きな空間が広がっている。
吹き抜けを囲むように奥に迷宮が広がっているようだ。
「ここは移動用の廊下だ。本が見回りにくる場所だから、早く安全な場所に移動しよう」
レナードの言葉に無言で従う。
地図は事前に見せられていたから、安全地帯の存在を把握はしていた。
フィオナは遅れないように必死についていく。
廊下は縦横格子状にある。
同じような造りだが、装飾にわずかな違いがある。
フィオナは周囲を観察しながら、三人の背中を追った。
「前方に一冊の本がいる。まだ気づかれていない。今は隠れよう」
脇道に身を隠し、本がどこに行くのか物陰から観察する。
「よし、本は曲がっていったから、進行方向から消えた。今のうちに行くぞ」
こそこそと足早に廊下を走り、無事に目的地に着いた。
まるで誰かが住んでいるかのような居住空間が広がっている。
台所があり、かまどや水場が埃すら被らないで設置されている。
奥に進むと、広い食堂があり、暖炉のある壁には絵まで飾られている。
さらに進むと、宿屋のようなベッド付きの個室がある。
他にも湯気立つ浴室や、水洗トイレまである。
「この休憩所には本は入ってこないから、安心して休めるようになっている」
「へー、ここにずっと住めそうな環境ですね」
レナードの説明に正直な感想をこぼすと、今まで大人しかったガザフの表情が一変した。
「おい、ここの本の恐ろしさを知らないから、そんな呑気なことが言えるんだよ。これだから初心者は困るんだよな」
「すみません」
快適そうな空間に思わず興奮して、調子に乗ってしまったのは事実だ。
フィオナは素直に謝ったが、舌打ちで返される。
相手の態度に期待はできないので、あまり気にしないことにした。
「これからどうするんですか?」
「一人一部屋、使って大丈夫だから、荷物を置いて探索を開始しよう」
「荷物を置きっぱなしでも大丈夫なんですか?」
「ああ、人間は俺たちしかいないし、何日も置きっぱなしにしなければ、荷物は消えたりしないことは過去の調査で判明している」
「なるほど。過去の探索結果の賜物なんですね」
「ああ、そうなんだ。そのおかげで俺たちは楽できている」
レナードの指示どおり部屋に不必要な荷物を置き、身軽になって台所に戻っていく。
「今日はここの階層でカサドラ嬢に新しく魔法を取得してもらう。属性の防御魔法が欲しいからな」
「はい、頑張ります」
「おいおい大丈夫なのかよ。ここの階層の魔法の言葉は結構長いぜ。ちゃんとカンペを覚えるのも大変だし、素早く読まないとやられちまうぜ」
「はい、気をつけます」
「やる気だけあってもなぁ」
ガザフの呆れ顔は何を言っても変わらないだろう。
気にせず行動を開始しようとしたときだ。
「本当にこの子、大丈夫なのかよ?」
ガザフが休憩所を出ようとしたレナードに声をかける。
「案外優しいんだな。どうでもいい態度だったのに」
「茶化すんじゃねぇよ。一瞬のもたつきはここでは命取りなんだぞ。手間取っているうちに、他の見回りの本が集まってきたら、包囲されて全滅だってありえるんだ。何年も魔法の練習をして、やっと何発も使えるようになって来られる階層なのに、入って一ヶ月も経たない新人を来させているんだぞ!?」
「それは違う」
「あ? 何が違うんだよ」
「彼女は独学で、三年くらい魔法の練習をしていた」
「ああ、一般開放されてる階層でだろ?」
「ガザフ、お前の常識では測れないことが世の中にはあるんだよ。まぁ、彼女の戦いを見るといい」
「ちっ、分かったよ。見りゃいいんだろ、見りゃ。忠告はしたからな。俺は知らねぇぞ!」
なんだかんだ文句は言っていても、実はフィオナを気遣ってくれたようだ。
「ありがとうございます。心配してくれたんですよね?」
フィオナがガザフににこりと微笑むと、彼は見るから動揺し始める。
「お、お前に何かあったら、同行者の俺の評価が下がるんだよ! そ、そんな女神みたいにキラキラした笑顔を向けられても、俺はレナードみたいに篭絡されないからな!」
なぜか怯えたガザフはハンスの背後に移動してフィオナから見えないようにする。でも、ガザフ自体が背が高くて大柄なので、全く隠れきれていない。
「カサドラ嬢、気にしないでね。彼は単に誤解しているだけだから」
ハンスが苦笑しながらフォローしてくれるが、ガザフのフィオナへの威嚇は止まなかった。
「そうだぞカサドラ嬢。ガザフに微笑むのはもったいないから止めたほうがいいぞ。塩対応で大丈夫だ」
「レナードひでーな」
レナードがフィオナの前に立ち、ガザフから隠そうとしてくれる。
おかげで、ガザフの理不尽な態度も、二人のおかげで気にならなくなる。




