シスコン聖女様が、妹が婚約破棄される場面に出くわした結果
舞踏会が行われている大広間は華やかだ。
人々の談笑する声や、楽団の奏でる優雅な音楽が響く中、一つの声が、その場を静まり返らせた。
「イザベラ・カーライル侯爵令嬢。君との婚約を破棄する」
ぴたりと楽団の演奏が止まる。
そう宣言したのは、金髪に赤い目を持つ青年だった。鋭い冷たさを持ったその目が、一人の令嬢を見つめている。
唐突に婚約破棄を告げられた令嬢は、取り乱すことなく、凛と背筋を伸ばして立っていた。
「……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか。アイザック様」
可憐な令嬢だった。薄茶色の絹のような髪、そして、私と同じ鮮やかな新緑色の目。顔立ちまで私と似ていて……。
そう。間違いなく、たった今婚約破棄を告げられた令嬢は、私の愛する妹であった。
(……どういう、こと……?)
つい先程、大広間に遅れて到着したばかりだった私は、状況を飲み込めずにいた。
聖女として、遠く離れた不毛の地に祈りを捧げに行ったのが五日前。可愛い妹から、舞踏会に参加しますお姉様もぜひという旨の手紙が届いたのが昨日。そして、祈りを捧げ魔物をぶっ倒して急いで帰ってきたのが今だ。
私が呆然としている間に、イザベラの婚約者アイザックが、婚約破棄の理由を次々と並べていく。
「君は、将来の聖女であるオリビアを、嫉妬に狂い虐げた。公爵家の人間として、一時の感情に流されるような人間とは婚約を続けることは出来ない」
見ると、アイザックの後ろに、一人の少女が立っていた。私は、彼女の姿を見て目を見開いた。
(オリビア、あの子……!)
彼女は、私が指導している見習い聖女だった。
面倒くさがりで、そのくせ司教様など地位の高い人間には媚びるので、困った子だとは思っていたけれど、まさか。
(まさか、こんな馬鹿な真似をするなんて……!)
オリビアは、勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。イザベラが気丈にその理由に反論している。私の中から、ふつふつと怒りが湧いてきた。
静かな大広間で、私は一歩前に踏み出した。
こつ、と私の足音が響く。視線が私に集中するのが分かる。人々の間にざわめきが広がっていった。
「……先程から、黙って聞いていれば」
冷たい目で、私はアイザックを睨みつけた。
彼の後ろのオリビアが、青い顔で小さく悲鳴をあげる。
「お姉様……」
イザベラが、私を見てほっとしたように表情を緩める。アイザックは驚いたように目を見開いて、動揺しながら口を開いた。
「聖女様、あなたは先日神殿を発ったはずでは……」
「ええ、魔物を討伐して、たった今帰ってきたところです」
涼しい顔でそう言うと、オリビアがあり得ない!と叫ぶ。
「そんなことあり得ないわ!あそこに行くのに三日はかかるもの。エレノア様、まさか長居したくないからって、祈りを疎かにして帰ってきたのですか?」
私は、ぎろりとオリビアを睨め付けた。彼女は、ひっ、と怯えたような声を漏らして後退りする。彼女を守るように、アイザックが前へ進み出た。
「オリビアの言う通りです、聖女様。もしも職務を全うしていないのなら大問題ですよ」
「ご心配なさらなくとも、じきに土地が回復したという知らせが届きます。あなたはここ最近で、恋に溺れて頭が鈍くなったようね」
「は……?」
その指摘に、アイザックが狼狽した。その後ろにいるオリビアも、目を見開いて震えている。
私はにこりと笑って、けれど目は冷たい色のままで、優しい声を出した。
「オリビア、こちらにいらっしゃい」
名前を呼ばれたオリビアが、びくりと肩を震わせる。胸の前で組んだ手が、可哀想なほどにがたがたと震えている。
「っえ……あ、あの、エレノア様、私は……」
「来なさいと言っているの」
その瞬間、空気が冷たく張り詰めた。私の足元が凍りついている。
聖女とは、要するに魔法のエキスパートである。
聖女の条件は、病や怪我を治す聖魔法が、生まれつき使えることである。しかし、聖魔法は扱いが難しい。よって、まずは他の魔法を沢山覚えて、魔法に慣れていくのが普通なのだ。
私が怒っていることを感じたオリビアは、真っ青になりながら、私の方へ歩いてきた。
私はオリビアの手首を掴んで、ドレスの袖をたくし上げる。思っていた通り、そこにある「聖紋」の色が薄くなっていた。
聖紋とは、聖魔法を使える者の身体に現れる銀色の美しい紋様だ。オリビアの薄くなった聖紋を確認した私は、眉間に皺を寄せた。
「貴方、自分の聖魔法の力が弱まっていることに気がついている?」
「……へ……?」
涙目になって怯えているオリビアは、訳が分からないというふうに目を瞬いた。
「真面目に私の話を聞いていないからこうなるの」
眉を寄せている私に、アイザックが恐る恐る尋ねる。
「どういうことですか、オリビアの聖魔法が弱まっているとは……」
私はアイザックをちらりと一瞥した。そして、イザベラの方を振り返る。いきなり婚約破棄を叫ばれて驚いただろうに、それを一切表に出さない彼女に、胸がきゅっと切なくなる。
「イザベラ、この話はあなたにショックを受けさせることになるかもしれないけれど……」
イザベラは、唇を引き結んで頷いた。
「構いません」
私は彼女の返事を聞いてから、ゆっくりと話し出した。
「……まず前提として、聖女の力は、異性と体の関係を持つと弱まります。神のもとに認められた結婚相手以外の場合は、ですが」
大広間にざわめきが広がった。アイザックとオリビアが、目に見えて動揺している。
(そして、今まで何度かオリビアとアイザックが二人きりで話しているところを、私は見ていた)
あんな男はやめておいた方がいい。そう何度もイザベラを説得しようとしたが、彼女は悲しそうな笑顔を浮かべて言った。女性と二人きりで会っていたくらいで、婚約破棄など出来ません、と。
私は、オリビアの腕をぐっと強く掴んだ。彼女の体を引き寄せて、怒りを露わにしながら、噛み付くように言う。
「オリビア、誰と関係を持ったの……!」
「ちっ、違うんです!エレノア様っ……」
私は彼女に顔を寄せて、そっと耳打ちをした。
「言い訳はどうでもいいの。早く答えて、でないと間違えて、あなたを氷魔法で傷物にしてしまうかもしれない」
指先を首に近づけて、ひんやりとした冷気を這わせる。すると、怯え切ったオリビアがわぁっと泣きながら白状した。
「申し訳ありませんエレノア様……!!だって、アイザックがそうすれば私の地位を確かなものにするって言ったから!!」
「は……」
オリビアの告白に、アイザックは目を白黒させながら叫んだ。
「ふざけるな!元はと言えばお前がっ……!!」
「黙って」
地を這うような低く冷ややかな声で、私はアイザックにそう言った。
アイザックの方へ、私は一歩踏み出す。彼がたじろいで、後退りした。
「これではっきりしたわね、この婚約破棄で非があるのはどちらなのか」
「そっ、それは……」
「あなたがこんなに馬鹿だとは思わなかったわ。私が不在にしている間に婚約破棄すれば、あとはどうにかなるとでも思っていたの?」
漏れ出た魔力で、アイザックの足元が凍りつく。それでつるりと滑って、彼が尻餅をついた。
「馬鹿には制裁を下すべきだと思うの」
アイザックの大きく見開かれた目が、私を映している。彼は怯えた目で私を見上げて、そして、正座をして両手を地面につけ、頭を下げた。
「たっ……頼みます、許してください!この通りです!」
大広間にいた人々が、アイザックの姿に眉をひそめて、ひそひそと囁き合う。私はくすりと笑みをこぼして、口元を手で覆った。
「何ともまぁ、惨めな姿ね」
顔は見えないが、アイザックが屈辱で顔を歪めているのが分かる。ひとしきりくすくすと笑って、私はイザベラを振り返った。
「イザベラ、貴方が決めて構わないわ。彼にどんな罰を与えるか」
イザベラはぱちぱちと目を瞬いて、そしてほんの少し微笑んだ。
その可愛らしい笑顔に、私はうっとよろめきそうになる。こんなに愛らしいイザベラを手放すだなんて、アイザックは本当におめでたい頭をしている。
イザベラが私の隣へ歩み寄る。彼女はアイザックを見下ろして、口を開いた。
「……私は、彼への罰は考えられません」
アイザックが、ゆっくりと顔を上げた。そして、感動したように、イザベラ、と呟く。
「だって、アイザック様との婚約を破棄出来ることはとっても喜ばしいことですから。こんな気持ちで考えても、きっと生ぬるいものになってしまうでしょう」
「……え?」
「ですから、お姉様が決めてくれませんか?」
イザベラが、ふわりと笑いながらそんなお願いをする。アイザックは衝撃を受けたように、ただ呆然と私達を見つめていた。
私は頷いた。そして、顎に指を添えて、少し考えながら小さく呟く。
「……とりあえず公爵様に、こいつを予定通り当主にした場合、公爵領には二度と祈りを捧げないと脅しをかけるとして……」
そうだ、と思いついた私は、ぼんやりとへたり込んでいるアイザックに近づいて、その額に指を当てた。
私の指先がきらきらと光る。とある魔法をかけ終えると、私はにこりと笑った。
そして、私は次にオリビアを振り返った。
彼女は気配を消して、人々の中に隠れようとしている。そんな彼女を睨みつけて、私は名前を呼んだ。
「オリビア、貴方はこのまま聖女見習いでいられると思わないことね」
「えっ?」
その言葉の意味を理解して、オリビアはさあっと青ざめた。
「そっ、そんなっ……!あんまりです、エレノア様!」
「いずれにせよ、あなたの力はこのままどんどん落ちていくわ。使い物にならないくらいにね。後の処遇は私が決める」
オリビアは、絶望したようにその場に立ち尽くした。その様子をちらりと見て、私はイザベラに話しかける。
「もう行きましょうか。疲れたでしょう」
「はい」
ひそひそと囁き合う人々に向かって、私は優雅なカーテシーを披露する。
「失礼致しました、どうぞ舞踏会を引き続きお楽しみください。では」
そうして、呆然としているオリビアとアイザックを置いて、私達は大広間を後にした。
◇
後日、屋敷の自室で、私は長椅子に腰掛けながら新聞を読んでいた。
窓から、柔らかな朝日が降り注いでいる。ふいに扉をノックする音がして、イザベラが入ってきた。
「新聞を読まれるだなんて珍しいですね」
「あら、イザベラ」
私は、イザベラに隣に座るように促した。隣に腰掛けた彼女は、私が持っている新聞を興味深そうに覗き込む。
「先日の婚約破棄騒動が記事になってると、私の護衛騎士から教えてもらったの。イザベラについて変なことを書いてたら新聞社に殴りこみにいこうと思って」
ほら、と私は記事の部分を指で指した。目を通してみたけれど、特に問題はなさそうだ。
「本当、あのままアイザックと結婚していたらと思うとぞっとするわ。次は私が良い人を見つけないと……」
そんなことを呟くと、イザベラは俯いて黙り込んだ。
「イザベラ?どうしたの、具合でも悪いの?」
おろおろしながら隣に座る彼女にそう問いかけると、イザベラはゆっくりと顔を上げる。
「……私は、お姉様がそばにいてくだされば十分です。それでは駄目ですか?」
「イ、イザベラ……!!」
感動した私は、彼女の頭を撫でながら頬擦りをした。なんて可愛い妹だろう。
私に撫でられながら、イザベラが思い出したように口を開いた。
「そういえば、あの日アイザック様にかけていた魔法は何だったんですか?」
「ああ」
私は新聞を畳んで、前のテーブルにばさりと置いた。
「髪の毛が一本残らず綺麗さっぱり抜け落ちる魔法よ」
予想外の返事だったらしく、イザベラが目を見開いてぽかんとした。
「彼は最近屋敷に引きこもっているらしいし、きっともう効果が出ているはず」
「そ、そんなに恐ろしい魔法が使えたんですね……!」
私は、ふふんと胸を張りながら彼女に原理を説明した。
「氷魔法で毛根を急速に冷やして殺すの。中々調節が難しいんだから。アイザックは枕元にどっさりと抜け落ちた自分の髪を見て絶望したことでしょう」
「流石です……!」
イザベラにきらきらした目で見つめられて、更に誇らしくなる。
ちなみにその後、カツラを被ったアイザックがのこのこと社交界に出てきやがったので、風魔法で吹き飛ばしてツルツルの頭をお披露目させた。「少し見ない間にすっきりしたわね」と言って笑えば、「もうやめてください……」と泣き出したので、放置して帰った。ハゲた馬鹿男が惨めに泣いている姿は中々面白い。
そしてオリビアは、作物が中々育たない土地で、肥溜めを管理する係に任命した。しっかりしないと貴方の髪の毛もどうなるか分からないわよ、と脅しをかけて。私の護衛騎士の報告によると、彼女は先日その肥溜めに誤って落っこちて泣きじゃくっていたらしい。
こうして、彼らは二度とイザベラを傷つけることは出来ませんでした。めでたしめでたし。
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