"黄昏と钢琴"
先生はいつも放課後、夕陽に打たれながら音楽室でピアノを弾いて居る
先生は音楽の先生では無いし、
眼鏡をして白衣なんかを着て居るし、
男性で背が高くて、指が長くて色白で、
そして人間では無いし、
授業に使うのとは、違う方のピアノを弾く
僕だけが、先生から教えられたから知って居る
あのピアノの弦を叩くハンマーは、男の子の骨で造られたのだ
その子供は僕の親友で
垂れ眼気味の優しい顔をした、同じ歳の僕からしても愛らしい子だった
恥ずかしいから誰にもこんな事は言って居ないが、僕はあの子に視られると何時も胸が苦しくなり、落ち着いて居る事が出来なくなって居た
恋なのかも知れないね、と他人なら云うかも知れないが、そんな事が有るのだろうか
それでも僕は授業中、後ろの席から彼の唇や手を視てしまう事がたまに有った
触れたら、どういう感覚なのだろう
しかし、其れを確かめる機会は永遠に訪れず
あの子は先生と恋に堕ちて、死んで、骨になって、
削られて、ピアノの弦を叩くだけの存在になった
だからといって、僕は先生を憎んだ事は無い
夕方の音楽室の昏さも在って、ピアノの内部を鮮明に視る事は出来ないが、僕は今の彼を『綺麗』だと考えて居たし、今日此処に来たのは先生にお願いしたい事が有ったからだった
「先生」
呼び掛ける
演奏が止まる
自分の躰の内側で、爆発しそうな動悸が少しずつ迫り上がって来るのが解る
演奏を止めてまで話し掛けた以上、本題に入る必要が有った
「先生は」
「………此のピアノの弦も、人間から造りたいと思って居るんですよね」
先生は少しだけ驚いた顔を視せた後、直ぐに微笑むとそうだよと答えた
我慢する事が出来ない
僕はボタンを引き千切ってシャツを脱ぐと、先生の足元に、口付ける様に跪いた
「僕を、使ってください」
「人間の子供の肉なら良い弦になると思うんです」
「なりたいんです」
「お願いします」
気が付けば僕は涙を流して、事前に言うつもりだった言葉以上の言葉で先生に懇願をして居た
先生がピアノの椅子の横に在る、キャスターの付いた銀色の台からメスを拾って、僕の胸に充てる─────
こうして、僕はピアノの弦になった
毎日が充実して居ると、思って居る
先生がピアノを弾く時間になると、毎日の事なのに、僕は悦びで死んでしまいそうになる程だ
もちろん、死んだら此の快楽は終わってしまう
だから、どんな事をしてでも僕は生き続けたいと思って居る
───先生がピアノを弾き始めた
大好きな男の子の骨が、逃げる事も出来ずに僕の躰から採った筋を、機械の様に叩いて居る
事実として、僕たちはこうやって交わり続けるだけの器械になったのだ
僕はしあわせだった




