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北の森の魔女  "The Baba Yaga of the Northern Forest" ‐1.0

作者: 鉄猫
掲載日:2026/06/08

「……余の敗北の話をしよう」

 闇に閉ざされた室の床に、一つ、萎れた青いバラの花があった。その奥の闇の中に、微かな息遣いが聞こえる。死を間近にした獣のような息遣いだ。だが、その者は、まだ死ねないようだった。

「あれは、冷たい風の吹く、寒い日だった……」

 傷ついた獣は、ゆっくりと話し始めた。



 この世界にも創世神話がある。神々の戦いを描いたものだ。

 その神話が人々の作った物語と違うところは、実際に起こった出来事であるということだ。神々を名乗る勢力同士が、その信奉者とともに世界を戦場にして戦ったのだ。それは数千周期も前のことであり、事の詳細は伝わっていない。ただ、神話となって綿々と伝わっているだけだ。

 その中で、悪神とされている存在がいた。もちろん、戦いに敗北したことにより「悪」の汚名を着せられたに過ぎない。その神は、信奉者たちを連れて、世界の端に追いやられた。彼らは次なる戦いでの勝利を誓い、雌伏の時を過ごした。

 それから数百周期が過ぎた。

 彼らは自らの世界を作るべく、彼らを闇に追いやった神々に戦いを挑んだ。すでに神としての地位を得た者たちは、数多い信奉者たちを戦いへと向かわせた。力を得た自分たちが、戦いの前面に出なくても良いと考えているかのように。

 戦争は長く続いた。悪神はいつしか「魔王」と呼ばれるようになり、魔王は強力な軍勢を率い、人々の地を蹂躙した。人々は神の力を信じ、魔王とそのしもべたちと戦った。しかし、情勢は芳しくなかった。

 ある日、神々は戦いに介入することを決める。いわゆる「英雄」を人々の中から選びだしたのだ。人々は彼の下に集い、一丸となって魔王に対峙した。戦いは人々の有利に進み始め、魔王の軍勢は圧される事になった。魔王は日に日に地を失い、自らがやってきた北の地へと押し戻されつつあった。

 そこで魔王は決戦を挑んだ。軍勢を北の森に集め、英雄との決着をつけようとしたのだった。

 しかし、魔王はここで敗北する。魔王は英雄によって深手を負い、神々の力を得た人々に敗れた魔王の軍勢は、またしても北の凍てつく地へと追いやられることになった。

 魔王は誓った。再び戦いを挑む事を。魔王は凍てつく地で、長い眠りに入った。



 それから、また数百周期の時が過ぎた。魔王は目覚めた。英雄によって傷つけられた身体も癒えた。魔王は再び軍勢を集めた。しかし、その数は以前より少なかった。戦いにより、多くの一族が、一族を維持するだけの人数を擁することが出来なかったのが理由であった。だが、彼らは次の世代を生み出す力を、自らの身体を強めることに集中することができた。個々の能力は、あの戦いの時より強大となっていた。

 魔王は、今を生きる人々が、あの時の戦いを忘れている事を知った。さらに、百数十周期前に、何かの存在と戦い、深手を負ったことも知った。戦いを挑むなら今だと、魔王は思った。軍勢は凍てつく地を離れ、北の地から人々の住む地へと向かった。その目的は人々の世界の破壊ではない。自らの一族が住むべく世界を作るためだった。人々を従わせ、供物を得るためだった。それが神々への復讐となると考えていた。

 数千の軍勢は再び北の森へと歩を進めた。北の森は、人々の住む世界と凍てつく地を隔てるところだった。森は深く、軍勢と言えども進むのは厄介であった。魔王はいくつかの物見を放ち、道を探させた。


 その物見たちが見つけたのは、小さな庭を持つ、大木にめり込んだかのように建つ小屋だった。テラスに椅子が置かれている。

 物見たちは周囲に誰もいないのを確認し、小屋へと近づいた。見たこともない造りのドアがあり、横には透明の板が張られた壁があった。物見は慎重に近づき、ドアを探る。ドアはすんなりと開いた。物見の一人が中に入り、あとは周囲を警戒するように立った。

 中に入った物見は、ここに誰かが住んでいる形跡を発見した。北の森に人が住んでいる、という話は聞いたことが無かった。森には様々な動物や怪物が住んでいる。軍勢も、それらの襲撃を受けたりして難儀している。そんなところに住む人とは何なのか。物見は不思議がった。

 外の物見たちは、小屋の周りを見て回った。小屋の脇には畑があり、離れた所には物置のような小屋もあった。小屋の戸を開けると、猪や鹿の肉が燻製にされてぶらさがっていた。物見たちは思わぬごちそうを見つけ、それらを貪り食った。

 しばらくして中に入った物見が出てくる。手には折りたたむことのできる板状のものを抱えている。それが何かはわからなかったが、重要なものである、ということは何となくわかった。

 物見の一人がもよおし、小屋の裏手に回り、小便をする。

「なにをしている」

 その声に物見は驚いた。すぐ横に、40がらみの女が立っている。鋭い視線が肌を貫きそうだった。物見は小便を止めることができずに、尿を垂れ流したまま後ずさり、そして得物を抜いた。

「わたしの家に小便をひっかけるとは……」

 女は腰から.45を抜くと、物見の胸に2発、頭に1発を撃ち込んだ。死体となった物見が倒れる。

 小屋の裏から何かが弾けるような音を聞いた物見たちが、そちらに向く。小屋の陰から女が歩いてくる。

「なんだ、おまえたちは?」

 女の声に、物見たちは持っていたものを投げ捨て、得物を抜き構え、威嚇の声を上げる。

「その格好……王国の者ではないな?」

 物見たちは牙を剥きだし、威嚇しながら距離をはかる。相手は一人。しかも武器を持っているようには見えなかった。

 一人が足を踏み出し、間合いに入ろうとした。しかし、それは叶わなかった。女は無造作に、その頭に1発の銃弾を撃ち込んだのだ。

 仲間が倒れるのを見た物見たちの間に驚きが広がる。魔法なのか? 呪文がいつ完成したのか? 物見たちは相手の実力を測れずに距離を詰められずにいた。

 女は手にした.45をついと動かし、もう一人に向かって発砲した。胸に2発の弾頭を受けた物見が倒れる。ここは逃げろ、と残った物見の本能がそう告げた。物見はすぐさま後退し、木々の間に入って逃亡した。

 女は地に倒れた死体を検分した。それらは足長ではなかった。ゴブリンやオーガーなど、彼女が知っている二脚の知的生物とも違った。直立したコウモリ、と言った感があった。何かが始まろうとしている。女の直感がそう告げていた。女は落ちていたノートパソコンを回収し、小屋の中へと入った。


 帰ってきた物見の報告を聞いた軍勢の将の一人は、その奇妙な技を使う足長とおぼしき女に興味を持った。詠唱も無く致命的な一撃を与えてくる魔法なぞ聞いたことはなかった。もしかすると、新しい魔法が編み出されたかと思ったのだ。

 この世界の魔法は、奇しくも魔王の軍勢との戦いの中で組み上げられたものであった。当初魔法は魔王の軍勢のみが使っていたのであるが、それらを人々が真似し、自らの言語体系に翻訳し、様々な効力を持つ魔法体系を作り出したのだ。魔法は日々進化し、軍勢の中にも、新たな魔法を作るものもいた。人が未知の魔法を作っていてもおかしくはないと考えられた。

 将はさらに詳し事を知るために、新たな物見を放った。

 しかし、その者たちは誰も帰ってこなかった。森に呑み込まれたかのように、何の気配もなく消えたのだ。

 将はこれらの出来事を魔王に告げた。森の中に何かがいる、と。魔王はその将に、手持ちの兵とともに前進することを命じた。それの正体を知ると同時に、将がそれを討ち取れば、それで事は終わりだと思ったのだ。

 十日ほどが経った。将は何の知らせも送ってこなかった。少なくない数の兵ごと、森に飲まれたのだった。かつて自らが対峙した「英雄」がいるというのか? しかし、英雄だったとしても、こんな事を引き起こせるとは思えなかった。しかし、だからと言ってここで停まるわけにはいかなかった。魔王は軍勢を前進させることにした。

 その出来事が起こったのは、軍勢を進ませてしばらく経ってからのことだった。先鋒が「それ」に遭遇したのだ。

 「それ」は、森の中にたった一人でいた。座り込み、辺りを睥睨していた。そして、近づく者に向かって、礫を投げつけてきたのだ。礫といってもそれは目にも止まらぬ速さで、兵の鎧を容易く射貫き、一発で命を奪ったのだった。それに近づこうとすると、地面が爆ぜ、兵を吹き飛ばした。

 魔王や将たちは何が起こっているのか理解できなかった。しばらくして、「それ」が何らかの機械、一種のゴーレムであることがわかったが、誰がどのように操っているのかはわからなかった。

 その後、軍勢が進むたびに様々なできごとが起こった。再びゴーレムと遭遇し、地面が爆ぜた。時には木々の間が破裂し、兵を礫の塊がなぎ倒した。兵の間に恐怖が沸き起こっているのを将たちは気づいた。兵たちの歩速が目に見えて衰えた。兵たちは、小さな茂みを抜けることも、木々が作る稜線を越えることも渋りだしたのだ。誰が先に進むのか、それを決めるために小競り合いも起こるようになった。

 それでも軍勢は進んだ。森の怪異は正体を見せない。夜になると、妙な羽音を立てて飛ぶ何かが野営地に飛び込んできては爆発した。兵たちは眠ることもできず、徐々に消耗しはじめた。

 魔王は決断した。このままでは、軍勢が崩壊する。その前に、数に頼って敵の陣を突破するのである。今までの戦闘により、相手側の大体の布陣は読めていた。敵は森に潜んでいるとはいえ、そのすべてを掌握しているのではないと見たのだ。

 軍勢は進んだ。そして、高い断崖の下にある、やや開けたところに出た。

 その時。それは起こった。

 何の前触れも無く、将の一人の頭が爆ぜたのだ。血が飛び散り、将の身体が軍馬より落ちる。魔王をはじめとして、将や兵たちは何が起こったのか理解できなかった。死んだ将は、地位に見合っただけの力を魔力を持っていた。その将が何もすることができずに死体となって転がっているのだ。

 鋭い飛翔音が魔王の耳元をかすめた。そして、後ろにいた将の鎧の胸に何かが当たった。将の身体がぐらりと傾き、軍馬から滑り落ちる。

 魔王は理解した。今まで兵たちが遭遇したゴーレムが放ってきた礫と同様のものが、自分たちに向かって放たれているのだと。しかし、それがどこから飛んでくるのかはわからなかった。周囲は木々に囲まれ、隠れるところはそれこそ無数にあった。

 軍馬の横に立っていた兵の上半身が吹き飛ぶ。魔王は、自らが罠にはまったと悟った。敵は、ゴーレムと地を破裂させる武器を使って、自分たちをここに誘いこんだのだと。

「どこにいる!」

 将たちが色めき立つ。戦闘に長けた者たちは、遠くの敵の殺気を察知する。そして攻撃なり防御などを行うのだ。しかし、この攻撃には殺気が無かった。殺意の無い礫が、目にも止まらぬ速さで飛来するのだ。避けることは不可能であった。

 また一人、兵の頭が爆ぜる。馬上の将たちは、敵の位置を見つけ出そうと馬を回し、視線を左右に向ける。陣形が崩れる。

 魔王は気づいた。この敵は、こちらを機械的に攻撃しているのだ。闘志も、怒りも、憎しみもない。ただここにいるから、攻撃してくるのだ。魔王は敵の力の強さにしばらく感じたことがなかった、恐怖の匂いを感じた。


 女はM200狙撃銃のスコープ越しに敵を見ていた。敵は奇妙な姿のものばかりだった。それは直立した獣や、二本足で歩く虫のようにも見えた。それらが鎧に身を固め、武器を手に歩いてくるのだ。敵の数は数千になるだろう。しかし、今までの偵察で得た情報によれば、相手は軍のようなものを構成しているとわかった。それならば、指揮官を殺ればいい。指揮官を失った部隊は瓦解する。その前段階として、森中に地雷や機関銃を搭載した無人歩哨などを設置して兵を殺傷し、爆薬を搭載したドローンを使って休息を妨害するなど、敵の士気を挫くことに努めてきた。

 M200を持ち上げ、次の射点に移動する。同じ場所からの射撃は、いくら有利な場所だとしても続けるのは危険だった。なにせ、こちらの兵力は一人なのだから。

 射点につくと、ビーンバッグを置き、狙撃銃を据える。敵は奇襲の衝撃を受けたままだ。隘路ということもあり、進むに進めず、退くに退けない状態になっているのだ。もちろん、さらに進めば、道に仕掛けたクレイモア地雷を使うことになる。

 女は配置から敵の首魁を特定していた。余りにもわかりやすいのだ。軍馬が輪形陣を作り、その真ん中にいる人物を囲んでいる。まさに撃ってくれんといわんばかりである。もちろん、この世界での戦術としては、それが最適解であることもわかっている。弓や魔法の射程では、輪形陣の真ん中まで攻撃を届かせることができない。しかし、女が持つ狙撃銃は、その条件を容易く飛び越す。

 照準を後ろにいる将に合わせる。人型をしているということは、弱点も人と同じだろうと見た。頭には脳が入っているだろうし、腹を引き裂かれれば、立っていることもおぼつかないだろう。慎重に照準し、トリガーを引く。照準器の中で、将の頭の半分が掻き消えるのが見えた。女は次の目標に照準すると射撃し、すぐさま射点を変えるべく移動する。


 魔王の軍勢は恐慌に襲われていた。死んでいるのは兵ではないのだ。今まで強さにおいて、兵など足元にも及ばないほどの力を持つ存在が、見えない何かの力を受けて、次々と傷つき、死んでいるのだ。軍勢の後方は、何が起こっているのかを理解できず、流れてくる恐慌の波に浮足立っていた。

 魔王がどうすべきかを考え、そして実行した。ありったけの魔法を周辺に向かって放つように命じた。


「はじまったか」

 女は狙撃銃を抱えると、断崖の射点から一旦後方へと下がった。断崖の周囲に火炎弾や雷撃が着弾する。引き裂かれた木々の破片が飛ぶ。大きな木の後ろに隠れ、ポケットから煙草を取り出し火をつける。ぽわっと紫煙を吐き、ゆっくりと煙草を堪能すると、次の射点に向かった。

 射点は開けた道の奥だった。敵に発射炎を発見されることになるが、こちらの位置を把握したとしても、届く魔法は存在しないと見ていた。敵までの距離はたっぷり1マイルもあるのだ。

 女は煙草をくわえたまま、狙撃銃を岩に載せて構えた。そして、必殺の銃弾を放った。



 魔王は、また将の一人の胸に礫が当たるのを見た。そして、それがどこから放たれたかがわかった。遥か遠い、迷子岩の陰からだった。魔王が軍馬の鞍を叩き、そして、兵に敵の居場所を告げた。兵たちが声をあげ、走り始める。魔王の輪形陣も移動を始める。

 馬を走らせながら魔王は思った。もしかして、敵は一人なのではないかと。



「さて、と」

 女はこちらに向かって走ってくる軍勢を見ていた。そして、軍勢の周囲が爆発するのを見て、ニヤリと笑った。クレイモアと地雷が軍勢の先鋒を丸々吹き飛ばしたのだ。これで敵の本陣が露わになった。この機会を待っていたのだ。M200を構え、王の横にいる将に狙いをつけ、弾を放つ。

「ん? 弾が効かないやつか」

 照準器内の将は、命中したが姿勢を崩しただけだった。女は口元から煙を吐くと、弾倉を外し、薬室にポケットから取り出した弾を滑り込ませた。

「今度はただの弾じゃない」

 姿勢を戻す将に向かって、トリガーを引く。



 一発の弾を受けて軍馬からずり落ちそうになった将が、態勢を立て直す。将の中には、普通の武器では傷つかない者もいる。だが、礫の衝撃力を無効化できるわけではないのだ。当たった胸に手をあて、鎧に開いた貫通痕をなぞり、魔王に向かって手を上げた。次の瞬間。その将の胸が射貫かれ、将は手を上げたまま軍馬から転がり落ちた。

 魔王は驚愕した。相手は一体何者なのか。こんなにも容易く自らの軍勢が敗れるというのか。魔王の脳裏にかつての敗北の記憶が蘇る。しかし、それは成し得ないだろうと。自分には切り札がある、と魔王はほくそ笑んだ。



 女は用意した銃弾をすべて撃ち尽くしたM200を置くと、背負っていたM14を構えた。相手との距離は500mほどになっている。それでも十分に有利である。魔法は届かない。女はリズミカルにトリガーを引き、走ってくる目標を、まるで射的をするかのように撃ち倒した。



 ついに魔王が恐れていた崩壊が起こった。隊列の後方の兵が逃げ始めたのだ。陣が崩れ、あおりを受けた兵たちがつられて後方や、周囲の森の中へと走り出す。さらにその森の中に仕掛けられた地雷が次々と爆発して、兵たちを吹き飛ばすと、兵たちの士気は完全に打ち砕かれた。

 本陣の兵も恐怖を感じて浮足立った。いくら魔王がいるとはいえ、前方から順々に倒れていくのだ。次は自分の番だと思うと、その場に立っていることはできなかった。兵の中でも勇士がなるという旗持ちが逃げ出した。それを合図になったかのように、本陣の兵たちが逃げだした。

 魔王は敵を見た。それは、たった一人、殺戮の巷に立つ、女だった。



 女は煙草をくわえると、悠然と火をつけ、紫煙を吐きながら歩を進めた。

「おまえは何者だ!?」

 魔王の声に、女は足を止めた。彼我の距離は30mもない。

「そうだね……ここの住民、とでも言っておこうかな」

 女は煙草の先を上下させた。笑っているのだ。

「そういうあんたは誰だい?」

「余の事を知らずに……」

 魔王は衝撃を受けた。相手が自分の事を知っていて、このような攻撃を仕掛けてきたと思っていたのだ。

「どうして、余の軍勢と戦ったのだ?」

 女は魔王の問いに、周囲の死体と負傷者の山を見回して、そして答えた。

「家に小便をひっかけられたから、だね」

「しょ、小便……」

 予想外の答えを、魔王は理解できなかった。

「ここまで死体の山を築いた理由が、小便だと……」

「あんたも、自分の寝床に小便されたら怒るだろ?」

 女は馬上の魔王を見据え、口元を曲げた。

「まぁ、わたしはあんたらが、ただ黙って通り抜けていたら、何もしなかったんだけどね。何度も攻められれば、反撃したくもなるだろうて」

「そうか……」

 魔王は苦笑した。自分の軍勢が、こんな理由で壊滅させられたのだ。相手は英雄的行動で成し得たわけではない。極めて利己的な理由だったのだ。

「さて。ここで退けば、あんたの命をとらないでおこう。あんたも命あってのものだろう?」

 魔王は周囲を見回した。それまで凍てつく地で何とか生きていた将や兵たちが転がっている。そして相手は女一人。

「──さすがに、おまえの首を取らずに敗したとなってはな」

「そうかい」

 女はM14を素早く構えると、軍馬の額に銃弾を撃ちこんだ。馬が最期のいななきとともに前脚を蹴り上げて倒れる。魔王は鐙を蹴り、倒れる馬を背に着地する。そして、剣を抜いた。

「余と戦うことを光栄に思え」

「余計な事を言っている暇はないよ」

 女の声に応えるかのように魔王が距離をつめる。鋭い剣先が女の顔をかすめる。女の顔から眼鏡が飛び、血が舞う。

「やれやれ……これは一つしかないんだ。壊れたらどうしてくれる」

 女は左眼をまたぐ裂傷を負っていた。が、流れる血を気にもせず、眼鏡をかけなおす。

「なかなかの腕前だね」

 女は目にも止まらぬ速さでM14を肩づけすると、魔王に対して銃弾を放った。弾頭は魔王の鎧を貫き、胸にめり込む。

「余の身体は、鋼の武器は効かん……なに……」

 魔王は、どくどくと流れ出す血を左手に受けた。そして、傷と女を交互に見る。

「なんだ……余の身体は、銅と鉛の武器ではないと……傷つけることができないはずが……」

「ああ、そうかい。あいにく、こっちの武器はフルメタルジャケットだ」

 女はさらに魔王の胸に2発の銃弾を撃ち込んだ。魔王は膝をつく。

「あんたたちが何者かは知らないが……下手に人の真似事をするから足元をすくわれるんだ。ただの怪物として来たら、わたしも勝てなかったかもしれん」

 女は煙草をぷっと吐き捨て、魔王に近づいた。

「……おまえは人なのか?」

「人間? わたしは人間である前に海兵隊員(マリンコ)だ」

「マリンコ……なんだそれは?」

「そうだね……なんだろうね?」

 女はM14の銃口を魔王の胸に向けた。

「さて、言い残すことは?」

「そうだな……ただでは死なん、というところか」

 魔王が左手をかざす。

「おまえに呪いを与えよう」

 女のブロンドの髪が白髪に変わる。肌にしわが現れ、指の肉も細くなる。

「若さを失い、老いを背負って生きるがいい!」

 女は筋立ち血管の浮いた手を見て、ため息をついた。その表情は、たった今、身に起きた事を気にしていないようだった。そんな女の顔を見て、魔王は驚く。呪いをも苦にしていなのか、この女は。と思った。

「──礼を言うよ。ようやく、年齢通りの姿になったようだね」

「なんだと……」

「わたしは、ここで数百周期の間生きてるのさ。もう老人さね」

 女の返しに、魔王は敵の強さを知った。血を吐きながら、老女を指さす。

「いつまでも生き続けろ──『北の森の魔女』 人はお前の事をそう呼び、恐れるだろう」

「そうかい。それはどうも」

 魔女はトリガーを引いた。ばんっという音ととに、魔王の胸から血が噴き出し、青い花びらが飛ぶ。

「ほほう。青いバラとは洒落ているねぇ」

「余は死なぬ。この花が枯れぬ限り」

「じゃぁ、待つとしようかね。どうせ、また来るんだろ?」

 魔女は煙草を取り出し、口にくわえる。

「わたしはこの森にいるさね。これから先、ずっと」

 魔女は煙草に火をつけると、ゆっくりと紫煙を吐いた。

「さぁ、わたしの森から出て行ってくれないかい?」



「……というのが、余の物語だ」

 暗く冷たい室の中で、魔王は話し終えた。その言葉を聞いている者はいない。魔王はその物語を忘れないようにするかのように、自分に向かって話しかけていたのだろうか。

 魔王は眼を閉じ、眠りに入った。いつかまた、北の森に行くことを思いながら。


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