第3話 発現
振り返った瞬間、碧真の目に飛び込んできたのは、「それ」だった。
人間の形をしていた。たぶん男だった。しかし右腕の部分が異様だった。肘から先が、まるで巨大な鉄塊のように膨張していて、皮膚の下に何か硬い構造が透けて見えた。関節の向きが普通ではなく、血管が黒ずんでいた。
IRS保持者だと、碧真は一目でわかった。本で読んだことがあった。
「どけ」
男が言った。声は低く、ひどく平坦だった。「お前に用はない。そこの奴だけだ」
碧真は「そこの奴」の意味を考える余裕もなかった。膨張した右腕が横なぎに薙いでくる。重い。速い。碧真は身をかがめてそれを躱しながら、燈哉との間に割り込んだ。
「碧真っ!」
「来るな」碧真は低く言った。「距離を取れ!」
男の腕が再び振り上げられる。今度は上から。
碧真は左腕を上げて、ブロックしようとした。
その瞬間、何かが破れるような感覚が、右手の甲から走った。
痛みではなかった。むしろ逆だった。何か膜のようなものが内側から押し広げられる感覚。
次の瞬間、碧真の右手から、音もなく何かが生えた。
それは、ナイフだった。
刃渡りはおよそ十センチ。
完璧な左右対称の両刃。鋼材の純度、刃角の精度、重心位置まで、碧真が過去に分析した「最も合理的なナイフの構造」そのままの形が、肉と血から生まれていた。
碧真は自分の右手を見た。皮膚の裂け目から柄の部分が生えていて、血が伝っている。痛みはなかった。
「……は」
燈哉の間の抜けた声が聞こえた。
男が一歩後退した。その目に、初めて感情らしいものが浮かんだ。
「……高精度型か」
呟いた直後、光が来た。
サーチライト。複数の車が両側から現れた。武装した人間が降りてくる。制服には見慣れないエンブレム。
「対象確保! もう一名は一般人!」
碧真が何かを言う前に、燈哉が腕を掴んできた。
「碧真、逃げろ!」
「燈哉」
「逃げろって言ってんだよ!」
しかし碧真の両腕はすでに別の人間に掴まれていた。右手のナイフはいつの間にか落ちて消えていた。手の甲には血がにじんでいるだけだった。
連行される直前、碧真は燈哉の顔を見た。燈哉は何か言いたそうにしていたが、言えなかった。その目に、複雑な色があった。
それが、昨日の話だ。




