第2話 くだらない帰り道
それは昨日の夕方の話だ。
日が傾いて空が橙色になるころ、御影碧真と天城燈哉は並んで歩いていた。学校からの帰り道で、特に急ぐ理由もなく、ただだらだらと、くだらない話をしながら。
「なあ碧真、タコってさ、吸盤の一個一個にも神経あんの?」
「ある。腕一本に最大で二百個前後の吸盤があって、それぞれが独立した触覚器官として機能してる。脳からの指令がなくても吸盤単体で反応できる」
「うわ~……じゃあ食うとき全部生きてんじゃん、まだ」
「切り身にしてもしばらく動くのはそのせい。切断された後も局所神経が生きてる」
「それ言わないでほしかったな……」燈哉はぞわっと肩を揺らした。
「昨日刺身食ったばっかだわ......何の話してるんだろうな俺ら」
碧真は口元を微かに緩めた。燈哉の反応は、いつも素直で読みやすい。
天城燈哉は、いわゆる「陽キャ」というやつだった。背は碧真より少し低く、髪は少し茶色がかっている。笑顔が多くて、声が大きくて、廊下を歩くたびにあちこちから声をかけられる。碧真とは正反対のタイプに見えるが、なぜか中学の頃からずっと一番近くにいる。
「そういえば、先週集めてた魚の脳みそ、どうなった?」
「アジとサバとマイワシを並べて比較してる。小脳の小葉構造に面白い差異があって」
「楽しそうに言うね……」
「楽しいから」
「まあいいけど」燈哉はポケットに手を突っ込んで、空を見上げた。
「お前はほんと自分の世界があるよな。俺みたいに毎日なんも考えずに生きてる人間とは違う」
「燈哉は考えてないわけじゃない。ただ別の方向に注意が向いてる」
「どんな方向に?」
「人間関係」
燈哉は少し笑って、「まあな」と言った。
その瞬間だった。
背後で、何かが動く気配がした。
碧真の脳が、一瞬で切り替わった。音の発生位置、速度、質量。足音ではない。
もっと重い何かが......速い。
「燈哉、伏せろ」
言い終わる前に動いていた。




