第19話 天城博士①
「俺の名前は天城志狼。元・政府IRS研究所の主任研究員だ」
志狼は湯飲みを両手で持ったまま、静かに切り出した。
「約十二年前まで、俺はエイドロサイトの安定化制御技術を研究していた」
碧真は黙って聞いている。
フィリアは小さく首をかしげた。
「……エイドロサイト、というのは」
志狼は一度、言葉を選ぶように間を置いた。
「簡単に言うと、“記録情報を現実にするための血液中の橋渡しの細胞”だ」
フィリアはゆっくり頷いた。
「記録情報を……現実に」
「お前たちのIRSは、頭の中で思い浮かべたものをそのまま出しているわけじゃない」
志狼は指先で机を軽く叩く。
「一度、“構造としての記録情報”に変換されて、それが血に流れて、そこから組み立て直されている」
「組み立てる……」
フィリアは自分の手を見た。
「そいつが、記録情報を運んで、再現する。だが問題がある」
碧真が口を開く。
「暴走、ですか」
「似ているが、少し違う」
志狼は首を振った。
「人間の記録は本来、不完全で曖昧だ。だがIRSは、その曖昧さを埋めようとする。“不足している構造を補完し、より完全な記録情報にしようとする”」
フィリアの眉がわずかに動く。
「……勝手に、増えるんですか」
「そうだ」
志狼の声が低くなる。
「一度展開が始まると、記録情報が自己拡張を始める。本来存在しないはずの構造まで補って、再構築し続ける」
少しの沈黙。
フィリアが小さく言った。
「それが、怖いことなんですね」
「怖いどころじゃない」
志狼は短く答えた。
「だから俺は、それを止めるための装置を作っていた」
「止める……」
「記録情報の展開を強制的に制限する。一定以上は再構築させない。そういう仕組みだ」
フィリアは頷いた。
「……優しい技術ですね」
志狼は少しだけ目を細めた。
「そういうつもりだった」
だがすぐに表情が戻る。
「だが政府は違った」
碧真が視線を上げる。
「どう違ったんですか」
「“制限する”んじゃなく、“書き換える”ことを考えた」
フィリアが顔を上げる。
「書き換える……?」
「エイドロサイトが記録情報を運ぶなら、その中身を入れ替えればいい」
志狼は淡々と言った。
「本人が持っている記録情報を一度消して、外部から別の記録情報を流し込む」
フィリアの手が止まる。
「……それは」
言葉が続かない。
碧真が代わりに言う。
「強制的に、別のものを生成させるということですね」
「そうだ」
志狼は頷いた。
「それがF.A.R.P.計画だ」
短い沈黙。
碧真が静かに言う。
「それで、あなたは逃げた」




