第16話 野菜スープ
家の中は質素だったが、整っていた。
古い木製のテーブル。薪ストーブ。棚に並んだ本。本の背表紙を読む限り、農業書と、分厚い専門書が混在していた。専門書のいくつかの背表紙に「生体工学」「分子神経科学」という文字が見えた。
碧真はそれを視野の隅に収めながら、椅子に座った。フィリアも隣に座った。
男――天城志狼は、台所で鍋を温め始めた。
「野菜スープしかないが」
「十分です」碧真は答えた。
しばらくして、湯気の出た深皿が二つ置かれた。根菜と葉野菜が入った、素朴なスープだった。それと黒ずんだパンが添えられた。
フィリアが皿を見た。もやし以外の食べ物を、どんな顔で見るんだろう、と碧真は少し気になった。
フィリアはスープをひと口飲んで、また飲んだ。表情はほとんど変わらなかったが、手が止まらなかった。
「旨いか」志狼が言った。
フィリアは少し考えて、「はい」と答えた。
「なら良かった」志狼は向かいに座った。「政府なんぞに逆らう若者は、嫌いじゃない」
老人は静かに笑った。碧真はその笑い方に、燈哉の笑い方と同じ角度を見た気がした。
「あなたは燈哉の父ですか」
志狼はすぐには答えなかった。代わりにスープを一口飲んで、静かに息をついた。
「……そうだ」
「ではなぜここに。燈哉は今、施設に残っています。あなたが関係者なら」
「関係者だから、ここにいる」志狼は言った。「逃げた理由と、ここにいる理由は同じだ。追われていたからでもある。そして守るべきものがあったからでもある」
碧真は続きを促さなかった。この男は話す気があるとき、自分から話す。それがわかる話し方だった。
「ゆっくり聞かせてもらいたい。」碧真は言った。
「まず食事を終えてから」
志狼は少し目を細めて、また笑った。




