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IRSー内象再現性血症候群ー  作者: やはうぇ
第2章 別離と逃走
14/24

第14話 旅の途中で

 山に近づくほど、道は荒れていった。

 途中で一度、バイクを降りて休んだ。川沿いの小さな広場で、水を飲んで息を整える。空が少し白みかけていた。

 フィリアがバイクのそばにしゃがみ込み、草を見ていた。研究所の白い壁しか見てこなかったような目で、雑草を見ている。

「……外に出るのって、久しぶりなんですか」

 碧真が聞いた。

 フィリアは少し考えた。

「数え方がよくわかりません。研究所には中庭があったので、毎日そこには出ていました」

「そういう意味じゃなくて」

「わかっています」

 フィリアは小さく言って、わずかに笑った。

「本当の意味では、外に出たことはほとんどありません」

 碧真は何も言わなかった。

 少し間があって、フィリアが続けた。

「研究所では、記憶の実験に使われていました」

 草を一本抜きながら、淡々と言う。

「研究員がいろいろなものを私の前に置くんです。機械とか、建材とか、医療器具とか」

「それを覚える?」

「はい。見たものを記憶して、血液の中に保存する。それが私の役割でした」

「……役割、ですか」

「研究員は“仕事”と言っていました」

 フィリアの声は変わらない。

「だから私は、それをしていました」

 少しだけ沈黙が落ちる。

「一度だけ、拒否したことがあります」

 碧真が視線を向けた。

「そのあと、食事の量が減りました」

「もやしだけになった」

「はい」

 フィリアは頷いた。

「研究所では、IRSの負荷を管理するために体重制限がありました」

 碧真が眉をわずかに動かした。

「能力と体重が関係ある?」

「正確には代謝量です。体重が増えると生成に使えるエネルギーが増える。暴走の危険がある、と研究員は言っていました」

 フィリアは続けた。

「なので、食事は基本的に管理されていました。高カロリーのものはほとんど出ません」

「その中でもやし?」

「はい」

 フィリアは少し考えてから言った。

「低カロリーで、量を食べても問題になりにくいからです」

 草を指先でちぎる。

「食事の種類だけは、自分で選べました。制限の範囲内で」

「それで、もやしを?」

「はい。あれが一番量を食べられたので」

 少し間があった。

「……お腹は空きますけど」

 碧真は川の方を見た。薄明かりの中で水が流れている。

「それでも、自分で選んでたんですね」

「それくらいしか、自分で決められることがなかったので」

 碧真はしばらく黙っていた。

 何か言おうとして、うまい言葉が見つからない。

 結局、立ち上がった。

「……行きましょう」

 フィリアも立ち上がった。

 バイクに乗る前に、空を一度だけ見上げる。

 その横顔を、碧真は少しだけ見ていた。


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