第14話 旅の途中で
山に近づくほど、道は荒れていった。
途中で一度、バイクを降りて休んだ。川沿いの小さな広場で、水を飲んで息を整える。空が少し白みかけていた。
フィリアがバイクのそばにしゃがみ込み、草を見ていた。研究所の白い壁しか見てこなかったような目で、雑草を見ている。
「……外に出るのって、久しぶりなんですか」
碧真が聞いた。
フィリアは少し考えた。
「数え方がよくわかりません。研究所には中庭があったので、毎日そこには出ていました」
「そういう意味じゃなくて」
「わかっています」
フィリアは小さく言って、わずかに笑った。
「本当の意味では、外に出たことはほとんどありません」
碧真は何も言わなかった。
少し間があって、フィリアが続けた。
「研究所では、記憶の実験に使われていました」
草を一本抜きながら、淡々と言う。
「研究員がいろいろなものを私の前に置くんです。機械とか、建材とか、医療器具とか」
「それを覚える?」
「はい。見たものを記憶して、血液の中に保存する。それが私の役割でした」
「……役割、ですか」
「研究員は“仕事”と言っていました」
フィリアの声は変わらない。
「だから私は、それをしていました」
少しだけ沈黙が落ちる。
「一度だけ、拒否したことがあります」
碧真が視線を向けた。
「そのあと、食事の量が減りました」
「もやしだけになった」
「はい」
フィリアは頷いた。
「研究所では、IRSの負荷を管理するために体重制限がありました」
碧真が眉をわずかに動かした。
「能力と体重が関係ある?」
「正確には代謝量です。体重が増えると生成に使えるエネルギーが増える。暴走の危険がある、と研究員は言っていました」
フィリアは続けた。
「なので、食事は基本的に管理されていました。高カロリーのものはほとんど出ません」
「その中でもやし?」
「はい」
フィリアは少し考えてから言った。
「低カロリーで、量を食べても問題になりにくいからです」
草を指先でちぎる。
「食事の種類だけは、自分で選べました。制限の範囲内で」
「それで、もやしを?」
「はい。あれが一番量を食べられたので」
少し間があった。
「……お腹は空きますけど」
碧真は川の方を見た。薄明かりの中で水が流れている。
「それでも、自分で選んでたんですね」
「それくらいしか、自分で決められることがなかったので」
碧真はしばらく黙っていた。
何か言おうとして、うまい言葉が見つからない。
結局、立ち上がった。
「……行きましょう」
フィリアも立ち上がった。
バイクに乗る前に、空を一度だけ見上げる。
その横顔を、碧真は少しだけ見ていた。




