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IRSー内象再現性血症候群ー  作者: やはうぇ
第2章 別離と逃走
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第12話 生成の負荷

 川沿いの土手に出ると、風が横から吹き付けてきた。

 草が暗闇の中で揺れている。水音がする。

 砂利混じりの土手道を少し進むと、見えてきた。古い原付バイクが一台、スタンドを立てて停まっていた。鍵はかかっていない。

 エンジンがかかった。

 フィリアが小さく息を吐いた。

 碧真はメーターを見た。

「燃料が少ない」

「補充、できますか」

 フィリアが聞いた。

「できる」

 碧真は少しだけ言葉を探した。

「ただし問題がある」

「問題?」

「生成物には、体液が微量に混じることがある」

 フィリアが眉をわずかに動かした。

「血液ですか」

「主にそう。血中のタンパク質や電解質が、生成した物質に混入する」

「燃料としてはまずい?」

「まずい。ガソリンは炭化水素の混合物です。そこに水分やタンパク質が混じると燃焼が不安定になる」

 碧真はタンクを軽く叩いた。

「エンジンが止まる可能性もある」

 フィリアは少し考えた。

「……取り除けますか」

「ある程度なら」

 碧真はシャツの裾を見た。

「血液のタンパク質は凝固させれば分離できる」

「どうやって」

「トロンビンを使う」

 フィリアが首を傾けた。

「トロンビン?」

「血を固める酵素です」

 碧真は手を軽く握った。

「トロンビンが働くと、血液中のフィブリノーゲンがフィブリンになる。繊維状の網ができて、血液成分を絡め取る」

「血が固まる仕組み……」

「そうです」

 碧真は続けた。

「固まった部分は固相。燃料は液体のまま残る」

「それを分ける」

「布で濾す」

 碧真はシャツの平織り部分を見た。

「この繊維なら簡易フィルターになる」

 フィリアは数秒黙っていた。

 それから静かに言った。

「合理的ですね」

 碧真は右手を開いた。

 頭の中で、ガソリンの構造を思い出す。

 炭素鎖。炭化水素。揮発性。

 論文で見た分子モデルが脳内に展開された。

 左手に、液体が現れる。

 わずかに赤みがかっていた。

「……やっぱり混じる」

 一度に7キロ相当の体組織を消費した碧真はかなり疲弊した。

 碧真はシャツの布片を裂いた。

 同時に、指先に微量のトロンビンを生成する。

 液体へ落とす。

 数秒後、変化が起きた。

 赤い部分がゆっくりと固まり、網状の塊になっていく。

 フィブリンだった。

「これで血液成分が捕まる」

 碧真は布を重ね、液体をゆっくり通した。

 下に落ちた液体は、ほぼ無色だった。

 フィリアが静かに言った。

「……本当にそんなことまでやるんですね」

 声はいつも通り平坦だったが、わずかに驚きが混じっていた。

「やらないと走れない」

 碧真はタンクの蓋を開け、燃料を注いだ。

 蓋を閉める。

 シートに跨る。

「乗れますか」

 フィリアは無言で後ろに座った。

 細い腕が、碧真の背中に触れた。

 体温は、少し低かった。


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