第10話 煙の中の背中
排気口のパネルが外側から押し開けられた。
金属の擦れる音が天井裏に響く。
次の瞬間、影が落ちてきた。
天城燈哉だった。
「いって……っ」
着地の衝撃で膝をついたが、すぐ立ち上がった。制服の肩には煤がつき、髪の先が少し焦げている。非常口の向こうから、すでに煙のにおいが漂ってきていた。
「燈哉」
「遅くなった!」
燈哉はそのまま走り出した。
「でも間に合ったな!」
「なんで来れた」
「あとで話す! 急げ!」
三人は廊下を走った。警報音が耳を刺すように鳴り続けている。遠くで怒鳴り声が響いていた。
角を曲がった瞬間、天井のレールが動いた。
黒い球体が静かに降下してくる。
警備用ドローンだった。
赤いセンサーが三人を捉える。
『侵入者を確認』
機械音声が響いた。
ドローンの側面が開き、小型スタンガンが展開する。
「ちっ」
燈哉は床に転がっていた金属パイプを蹴り上げ、片手で掴んだ。
ドローンが放電。
白い閃光が廊下を走る。
燈哉は横に転がって避け、そのまま立ち上がる勢いでパイプを振り抜いた。
ガンッ。
金属音が響く。ドローンが壁に叩きつけられた。
だが壊れない。
「硬すぎだろ!」
ドローンが再び浮き上がる。
燈哉は踏み込んだ。
「どけ!」
パイプを突き出す。センサー部分に直撃。
赤いレンズが砕け、火花が散る。
ドローンが床に落ちた。
「今だ、行け!」
三人は再び走り出した。
しかし廊下の奥から、さらに二機のドローンが現れた。
背後からも靴音が近づいてくる。
「数多すぎだろ……!」
燈哉は壁の消火器を引き抜いた。
「碧真、伏せろ!」
次の瞬間。
ドローンへ向けて消火器を投げつけた。
激突。
同時に白い粉末が爆発のように広がる。
視界が真っ白になる。
『視界障害』
ドローンの電子音声が乱れた。
燈哉がその中へ飛び込む。
パイプを振り下ろす。
一機が床に叩き落とされる。
もう一機を蹴り飛ばす。
壁に激突し、火花が散った。
「よし!」
だがその直後、背後の扉が開いた。
「侵入者だ!」
警備員の声。
銃口が向けられる。
「走れ!!」
三人は連絡通路へ続く廊下へ飛び込んだ。
煙がすでに流れ込み始めている。照明がぼやけて見えた。
連絡通路の扉の前で、燈哉が足を止めた。
「碧真」
振り返った燈哉の表情を、碧真は一生忘れないだろうと思った。
笑っていた。
いつもの、くだらない話をしているときと同じ笑顔だった。
しかし目の奥が違った。
「燈哉、何してる、行くぞ」
「俺はここまでだ」
「は?」
「囮がいないと追ってくる。俺が残る」
「馬鹿なことを言うな」
燈哉は碧真の上着の胸ぐらを掴んだ。
「碧真」
真っ直ぐに見た。
「俺のこと信じろよ。お前がいつも俺を信じてくれてたみたいに」
煙が廊下へ流れ込んでくる。
フィリアが無言で碧真の袖を引いた。
「これ」
燈哉が折り畳んだ紙を碧真に押し付けた。
「そこに行け。全部わかる」
「燈哉」
「行けって言ってんだよ!」
燈哉が振り返って駆け出した。
煙の中へ。
警備員の声が近づく。
ドローンの駆動音も響いていた。
煙の奥で、影が動いた。
燈哉だった。
白い煙の中で、彼のシルエットが浮かび上がる。
パイプを振り抜く影。
火花が散る。
ドローンが壁に叩きつけられる音。
「来いよ!」
燈哉の声が煙の向こうで響いた。
警備員の怒号。
銃声。
再び火花。
煙の中で、燈哉の背中が戦っていた。
影が揺れる。
そのシルエットは、まるで壁のように追手を遮っていた。
やがて煙が濃くなり、姿は見えなくなる。
「おい!」
碧真は一歩踏み出した。
しかし次の一歩が出なかった。
行ってはいけない。行けば二人とも捕まる。
燈哉がそれをわかって残ったのなら、碧真がすべきことは逃げることだった。
頭では完全にわかっていた。
それでも、体が動かなかった。
フィリアが静かに、もう一度袖を引いた。
碧真は紙を握りしめて、前を向いた。
そして、
走り出した。




