儲かる話の終わり
画面の前で俺は固まった。
実際にはスマホを持つ右手が固まったのである。
しかし、無常にも時間は流れるし、もう8時29分だ。
「パパ!なにぼーっとしてんの!」
長女の声でハッと気づき、開けておいてくれたエレベーターに乗り込む。
長男の手がエレベーターの隙間に引き込まれないように、長女がサッと手を繋いでくれた。
なんてできる子なんだ。
俺の心の中は大荒れだ。ブリザードだ。
やばいやばいやばいやばいやばいやばい!!!
冷や汗が流れてくる。
鳥肌が立つ。
頭皮まで鳥肌がたったぞ!ゾワゾワゾワ!!!
画面に表示されたのは「IPOで八千株当選しました。入金が確認できないと、いま口座にある資金は凍結されます」の文字。
理解が追いつかない。
なぜかこれは「当選」だけど、いいことじゃないっていう予感がした。
俺は投資を勉強しようとして、とあるグループに参加していた。
百万円の資金を入れてきちんと利益が出ていたからさらに追加資金を入れて、結局五百万円注ぎ込んでいた。
IPOなんて滅多に当たらないやつだろ、と思ってボタンをぽちぽちした覚えはある。
当選したのか!?
入金しないと凍結するって・・・
利益が出ていた分まで!?
やばいぞやb「パパー、バスきたよー」
長女の声で現実に引き戻されてみると、幼稚園バスの乗り場までちゃんと歩いていた。
おいおい俺、しっかりしろ。
まずは子供を送ってから考えよう。
あぶねー、子供と道路に出ているときに考え事するなんて。
「パパだいじょーぶ??」
長女がなんか心配してるぞ。俺の顔やばいのかな。
「大丈夫だよ、いってらっしゃい。今日は肉と魚どっちがいい?」
「えー、ピザがいい」
「それはだーめ。」
「じゃぁ考えとくね」
え、今言ってよ。買い物行っても買えないじゃん。
「ぱっぱ!」
抱っこ!のポーズの長男を抱っこしてバスに乗せてやる。長女はもうバスの中で友達とおしゃべりし始めている。仕方ない、肉と魚両方買っておくか。
バスを見送ってこれからやることを考えるのがいつものルーティンだ。
買い物と、掃除と、洗濯物を先に干して・・・
そうだ悠介のオムツが少なかったから買わないと。早くトイトレ終わらねーかな。
家まで帰る間に、今日やることを頭の中で組み上げながらも、さっき見たスマホの文字が頭の片隅でチラチラしている。考えないようにしたって、避けようとしたって無理なんだろうけど。
エレベーターで上がっていく時に覚悟を決めてスマホの画面を見る。
「IPOで八千株当選しました。入金が確認できないと、いま口座にある資金は凍結されます。入金期限は・・・」
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。現実だった。
しかも入金期限なんてあるのかよ。
待てよ、いくら必要なんだ?銀行にあと二百万円ならあったけど・・・。
計算してみたがあと千五百万円が必要だとわかり、落胆しただけだった。
やばい、ドキドキする。
ずっと心臓がドキドキしている。
走ってもいないのにずっと心拍が早い。
深呼吸しても落ち着かない。
とにかく帰って体を動かしながら考えることにした。
洗濯はまだ洗っている最中だ。
朝食の皿を洗っちゃうか。
妻はいつもパンと牛乳だけ。
こんなに少なくて昼まで持つんだろうか。
妻のことを考えたが、一瞬で頭の中から追い出した。
投資で大損したなんて絶対言えない!!
妻とは前の会社で知り合って結婚して、普通に家庭を築いてきたつもりだ。
仲が悪いわけじゃない。
でも俺が上司と折り合いが悪くなって、転職活動も始めていたからってさっさと辞めてしまってから、何となく雰囲気が悪い。
ダブルインカムだから、と安心して35年ローンでマンションも買ってしまっている。
早く転職しないといけない。
今は主夫になっているが、俺だって年収七百万円あったんだ。
転職サイトの担当者によると転職すると年収上がるって言うし、妻よりも稼いでいたい。
だって男だから、なんかやっぱり、妻に負けたくない気持ちがあるんだな。
ふむふむと自己分析しながら皿を洗い上げる。
家事も育児も割とそつなくこなす俺は、もちろん主夫もできちゃうのだが、やっぱり大黒柱として働きたい気持ちの方が強い。
今の主夫は仮の姿なのだ。
でもひとまず今日のやるべきことをリストアップするか。
仕事をしていた時も、朝にtodoリストを書くのが習慣だった。
家事以外にやることは・・・
さっきのやつだよな。やっぱりあれ詐欺だったのかな。普通に利益出ていたし、みんなも同じようにやっていたのに。
まさか俺・・・カモだったのか?
またドキドキしてきた。
いや、ずっとなんだかドキドキしている。
手汗が止まらない。どうしよう。
泣きたくなってきた。
泣いたってしょうがねぇだろうがバカ。
母さんに電話しよう。




