彼女の欠片
「何が、起きた?」
大きな血溜まりが広がっていた。
朝陽に浮かぶ西の塔の屋根に、
多くの肢体が上がっていた。
夥しい数。
広がった血飛沫は、瓦を伝い下に落ちている。
「なんだよ」
僕は、唾を呑んだ。
人間ではない遺体。
だからと言って、平気な訳でなく、
先程まで、目を輝かせ、息をしていた者達が、
体を横たえていた。
「死んで・・・」
手の届く所にカロンの体はあった。
まだ、温かい。
「カロン・・・」
小さなドラゴンの幼体。
丸々とした体は、更に小さく丸くなり、
血溜まりの中にあった。
「カロン?カロン?」
僕は、持っていた穀物袋にカロンを入れると、
先程、伯爵達が居た部屋に、戻った。
「何が起きてるんですか?」
僕は、伯爵に詰め寄った。
「ここの塔だけ、何が起きているんですか?」
伯爵は、困った様子で、小さな怪物を見ていた。
「言えない事なの?」
僕は、カロンの身体の確認をした。
不思議な事に、カロンの体のどこにも、傷はなかった。
あの悲鳴は、カロンの声だった筈なのに。
気を失ったカロンは、目を覚ます気配はなかった。
「なぁなぁ・・・」
伯爵が話すと顎が、カタカタ言った。
「不思議なんだが」
不思議と言えば、そちらだよ。
僕は、思った。
ドラゴンの幼体。
塔の上に集まる爬虫類達。
閉じ込められてると訴える伯爵。
小さな怪物。
このどれを見ても、不思議だろう。
「どうして、あんたは、なんでもないんだ?」
「なんでもない?」
「あぁ・・・・人のままでいられるんだ?」
「人のまま?」
「何があったか、聞かせてくれないか?」
ここに来てきた人達が、生身の人の形でいる事は、困難な事なのか。
もしかすると、ここに居る伯爵や怪物達も、以前、人だったのかも知れない。
僕の声が凄みを帯びていたのか、
返す言葉に詰まった様子だった。
「あ・・・あの。今は、カロンを助ける事を、優先しないか?」
話したくないのか、
伯爵は、カロンの手当てを急ぐように、声を上げた。
「早く・・・早くした方がいい。馬小屋に隠れるんだ」
「馬小屋?」
僕ら、使用人達の居住地の一角にある。
臭くて、末端の使用人しか、近寄らない。
「あそこなら、安全だから、カロンを連れて行け」
「馬小屋?」
「そこに、掃除婦に助けを求めろ!」
「使用人頭のおばさんじゃダメなのか?」
「信じるな」
「信じるな?いい人だと思うけど」
何かと僕の世話を焼いてくれるのに。
「ここでは、誰も、信じるな。見た目では、判断するな!」
「見た目か・・」
僕は、笑った。
僕だって、見た目と違うのに。
とりあえず、西の塔から降りた僕は、伯爵の言う事を理解する事になる。




