行ってはいけない神社、潜入します!
「……うん、映ってるね。はい、どうも廃墟探検チャンネルのマキです」
笑顔を忘れず軽く手を振る。真夜中の生暖かい風の音しかしない。
「今日は、視聴者から情報を寄せられた行ったら帰れない神社に突撃してみようと思います!」
マキは廃墟探検チャンネルと言う人気チャンネルの配信者だ。
22歳という年齢にしては少し幼い顔立ちだが、可愛らしい笑顔と、笑顔にはミスマッチな蛍光テープを貼ったヘルメットに可愛くデコをしたヘッドライトが印象的だ。
今日は視聴者から寄せられた情報のとある田舎のさびれた神社に来ている。
心霊スポットではなく、あくまで廃墟と言うのがポイントだ。
マキのチャンネルは、廃墟を訪ねるのが夕暮れから真夜中にかけてという時間帯が決まっているのが人気が高い部分でもあった。たとえ心霊スポットではなくても、夕暮れから真夜中と言う時間は人を引き付けるものらしい。何よりリアルタイムでの中継配信と言う点がウケている。
帰宅して動画編集するときには字幕や友人に作ってもらったOPアニメーションを入れているが、そちらより、リアルタイム実況のほうが人気なのは、人は安全な場所からこういったものを見たい欲求が強いのだろう。チャンネル登録者数は順調に伸びており、投げ銭もそれなりに多いが、マキとしてはもっと伸ばしたい気持ちが強かったため、今回は「行ったら帰れない」という部分を強調した場所を選んでみた。実際、配信開始直後から視聴者数は増えるばかりだ。
視聴者が、SNS等でリアルタイムで宣伝してくれているらしい。
「ここはもう地図の上ではなくなっている神社らしいです。昼間だともうちょっと明るくて歩きやすいのかな?とりあえず上に上がってみますね!」
朽ちかけた鳥居を抜けて、苔むして草の生えている階段を上がっていく。気を付けないと転びそうだ。
コメントに「まだ登らないで」「ここはガチだぞ、引き返せ」などの文字が散見されるが、そんなことに気後れしていては配信者はできない。
リーーーーン。
どこからか鈴の音が聞こえた。
コメントに「今の音何?」「待って、なんか画面が赤い」「光が揺れてない?」「マキちゃん無事!?」などと文字が飛び交う。
「私は大丈夫だよ。さっき鈴みたいな音が聞こえたと思うけど、たぶんこれ」
マキが画面に五十鈴を見せる。
「これね、おばあちゃんからもらったお守りなの。配信の動画取りに行くときは必ず持って行ってるの」
そう言ってマキは五十鈴を軽く振ってみせた。
リーン……と澄んだ音が夜に響く。
「ほら、これこれ。心配しないで」
だが、手を止めても音は止まらなかった。
リーーーーン……リーーーーン……。
マキの動きに合わせるように、鈴は勝手に鳴り続ける。
コメント欄が一斉に赤く流れた。
「やめろ!」「鳴ってる!」「後ろ!!」
さすがにマキも振り返ってみるが、そこには暗闇しかない。
「何もないよ、大丈夫。じゃ、行ってくるね」
歩き出そうとしてマキは気づいた。足が動かない。まるで自分の足が棒になったみたいだ。感覚がない。
「マキちゃん、逃げて!」「早く引き返して!」「行くな!」
マキは背後に何かの気配を感じた。
だが、背後には朽ち果てた神社の社があるのみのはずだ。
(動け!足動け!)
必死に動かそうとするマキの意志をあざ笑うように鈴が鳴り続ける。
リーーーーン……リーーーーン……。
鈴の音が耳の奥に刺さる。自分で持っているはずのお守りが、氷のように冷たく震えていた。
自分の手が震えているからなのか、止められない。
いつだってどんな場所に行くときだって守ってくれたはずの祖母からもらったお守りを恐ろしく思うなんて初めてで、マキは叫びだしたくなったが、今、配信が繋がっていることを思い出し、辛うじてこらえる。この画面の向こうのリスナーのみんなを裏切れない。
マキが画面に視線を移すと、ものすごい勢いでコメントが流れていく。
「やばい」「後ろ動いた!」「社の戸が開きかけてる!」「白い手、マキちゃんの足つかんでないか!?」
画面がぶれてマキの後ろにある社や足元を映していて、朽ちた鳥居の向こうにある社の扉が開いていく。そしてマキの足元の階段の隙間から無数の白い手が湧き出していて、彼女の足を縫い留めるかのように捕まえているのが配信中の画面に映っていた。
マキは画面を見てパニックになり、足元に視線を移した。そこには白い手なんてない。だが、画面の中の手はさらに増えていき、マキの足に蔓のように絡みついていく。
「ひ……っ!!」
つかまれているような感覚はない。だが足が動かないのも確かで。
奪われているのは動きだけだ。
「マキちゃんの足が見えない!」「鈴の音大きくなってる!」「画面が赤いよ!」
真っ赤な画面の中のマキの姿に鈴の音が重なり、コメント欄はパニックだ。
だがマキには白い手は見えない。画面の中の白い手も赤い周りの空気も現実感がない。
同じなのは鈴の音だけだ。
「マキちゃん、その鈴が呼んでる!」「それ捨てて!」「連れてかれるよ!」
コメント欄を埋め尽くす注意喚起に、思わず手に持つ鈴を取り落としそうになる。
(この鈴はおばあちゃんの……)
「マキ。これはね、悪いものを祓ってくれるんだよ。だからどこかに行くときは必ず持っていくように。それと1つ注意があるから覚えておくようにね」
(あの時おばあちゃんは何て言った?)
必死で頭の中を探し、祖母の言葉を思い出す。
そうだ、あの時おばあちゃんは……。
「鳴らしすぎてはいけないよ。鳴らせば悪いものは祓ってくれるけど、たくさん鳴らすと寂しいものを呼び寄せてしまう呼び鈴になってしまうからね」
呼び鈴。
そうだ、おばあちゃんはそう言って注意してくれた。
(呼び鈴……?じゃあ、今画面にあるものは……私が呼んでしまったの?)
五十鈴を握りしめる手が震える。
冷たい五十鈴は、今も勝手に揺れ、凍りついたように鳴り続けている。
マキ本人からは見えないが、画面の中では、マキにまとわりつく白い手は増えていくばかりで、コメント欄では視聴者がマキに「鈴を捨てて逃げろ!」と必死に呼びかけていた。
(でもおばあちゃんはこれは悪いものを祓ってくれるって言ってた。だから私は悪いものには捕まらない……)
それを信じてマキは五十鈴を強く握る。無事に帰れたら、久しぶりにおばあちゃんに会いに行ってお礼を言わないと……などと考えていると、画面の中のマキの姿にさらに白い手が絡みつき、下半身がすべて見えなくなってしまった。まるで幽霊が映っているかのような画面に視聴者は戦慄する。ガチか?ドッキリか?と騒ぎ出すコメント欄をぼんやりと見たマキには、手の中の冷たい鈴の感触だけが現実だった。
「マキちゃん!」「逃げて!」
その時、マキの背後の社の扉が全開になり、中からさらなる無数の白い手が湧き出てくるのが画面に映る。だが、当のマキにはやはり暗い社が見えるだけだ。ただ、最初に見た時は閉じていたはずの社の扉が開いているのがヘッドライトの灯りに照らし出された。
マキは一歩も後ずさりすらできず、鈴を握りしめたまま立ち尽くす。
(大丈夫……おばあちゃんが言ってた……悪いものは祓ってくれる……)
深呼吸し、意を決して足に力を入れると、先ほどまでの動かない感覚は消え、階段を上がることができた。
しかし、画面の中では白い手がさらに絡みつき、赤い世界が広がる。
だがマキ自身の足元には何もなく、階段はしっかりと踏めている。
画面の中の異界の映像と現実の感覚のズレに、頭の奥がぐらりと揺れる。
「行くよ……」
小さく呟き、ヘッドライトの光を社の方に向ける。
鈴を軽く振ると、リーーーーン……と澄んだ音が夜空に響く。
その瞬間、画面の白い手はピタリと止まり、赤い空気が薄れていく。
視聴者は息を呑む。コメント欄には「止まった!?」「マジで!?」の文字が並ぶ。
マキはゆっくりと社の扉に近づく。
ヘッドライトに照らされ、社の扉をその手で閉じた。ギイっと朽ちた音がする。
現実ではただの朽ちた扉が閉じただけだが、画面では赤い世界が薄れ、元の廃墟の神社が映っている。
「ふぅ……おばあちゃん、信じてよかった……」
マキは鈴を握った手を胸に当て、小さく微笑む。
「皆さん、私は見ての通り無事です。あとはここから帰るだけです」
だが、配信画面の隅に微かに残る赤い残像。
無数の白い手の気配は完全には消えていなかった。
コメント欄にはまだ「え、残ってる!?」「白い手がまだあるよね……?」と戦慄する文字が流れる。
マキはそれに気づきながらも、鈴の音を信じ、そっと階段を下り始めた。
しかし、一歩階段を下りた瞬間、また足が動かなくなる。
「え……?」
靴底から持ち上げられるようなふわりと浮く感覚。
ヘッドライトの光が、頭上の木々を照らし出し、その木々の間から、足元から、背後の社から、また真っ白な手が大量にマキに向かう。
視聴者が見る画面の中では、マキに群がるたくさんの白い手がマキを隠し連れて行こうとしているように見えた。
「やめろ!」「マキちゃん!」「マキちゃんを離せよ!」
流れていくコメントが早すぎて、マキも追いきれない。視聴者数が今までに見たことのない数字になっていて、こんな状況だというのに、ああ、こんなにバズったのは初めてだな。という満足感があった。
帰ったら動画編集しなきゃな、などと思うマキを無数の白い手が捕まえているように視聴者には見えていた。
マキの体は宙に浮かび、画面はさらに赤くなる。
現実のマキの体も見えない手によって宙に持ち上げられていた。
「い……や……!離して……!!」
手の中の鈴が振ってもいないのに、リーーーーン……リーーーーン……とこだまするように鳴り響く。
必死に声をあげるが、振り向こうとする腕さえも、白い手に絡め取られて動かせない。
画面の中では、無数の白い手がマキを包み込み、赤い霧の中へと引きずり込んでいく。
「マキちゃん!逃げて!」「マキちゃん!」
視聴者の叫びは虚しく、配信映像だけがリアルタイムで恐怖を伝える。
鈴の音は、今まで以上に冷たく、耳の奥を刺すように響き渡る。
リーーーーン……リーーーーン……。
祖母の言葉が頭をよぎる。
「鳴らしすぎてはいけない。寂しいものを呼ぶ呼び鈴になるから」
その瞬間、マキの体は完全に白い手に包まれ、赤い霧の中に飲み込まれた。
画面には、空中に浮かぶヘルメットの蛍光テープとヘッドライトの灯りだけがぼんやりと残り、マキの姿は見えなくなる。
視聴者のコメント欄は文字通りの阿鼻叫喚だ。
「消えた!?」「助けて!」「これ、配信事故じゃないよね!?」
しかし配信映像は止まらず、赤い霧の中で鈴の音だけが虚しく響き続ける。
現実では、朽ちた神社の階段には誰もいない。
ただ、微かに残る鈴の音が夜の空気に溶けていく。
リーーーーン……リーーーーン……。
その音は、永遠に鳴りやまないかのように、視聴者のスクリーンの中で響き渡った。
こうして、廃墟探検チャンネルのマキは二度と帰ることはなく、彼女の最後の配信映像だけが、都市伝説としてインターネットに残るのだった。
終
知り合いのユーチューブやってる人に色々聞いてどういう点に注意してチャンネルしてるとか聞いてできたネタ。基本的にホラーは読む専、見る専ですが好きなジャンルなので、初めて書いたにしては楽しく書けました。




