生徒会恋バナ議事録
最早、当然かのように出てきた奇々怪々なる美緒のお弁当の数々。いや確かに、美味しくないものだとは思わない。一切そうは思わないのだが、ではお弁当として持ってくることが本来の扱いか、というと絶対にそうではない、と断言できる食べ物たち。
大輔もそれらに突っ込みつつ、本当に美緒の趣味というか、昨日の夜ご飯というか、そういうものに少なからずの疑問というか、懸念というか、複雑な感情を抱き始めていた。
「けどまぁ、ほんとに――毎日ご飯が食べられる、っていいよな。人間だれしもの当たり前の権利やと思うわ。一日三食、誰にも邪魔されずに食べることが出来るってのは」
「なんかいい話にしようとしてらっしゃいますけど……今この場で、石井さんにその権利を侵害されている男がここにいることには気づいてます?」
食事を誰にも邪魔されない。それは確かに誰しもが持つ当然の権利だとは思う。その主張には大輔だって異を唱えるつもりはない。しかし、では今この状況は何なのだ、と指摘したくもなった。一人飯が嫌だから、という理由で昼食をとるという当然の権利を侵害され、邪魔されているのは誰あろう大輔であり、その邪魔をしているのはまあ、美緒なのだ。
まさかここで、本気で権利侵害に対する賠償を要求するほど大輔も人の心が分からないわけではない。だからまあ、美緒にツッコミを入れつつも、無理やり帰宅しようなどとはしていないわけだし。
「――よし。ご馳走様でした」
「ようやっと食べ終わりましたか。では、私はお役御免という事で」
「ちょっと待てや副会長。私は完全に一人の帰り道も嫌いやねんか」
「……そうでしたか」
早く家に帰って昼食を食べるためにも、大輔は珍しく走って家に帰ろうとしていたのだが。しかし、それもまた美緒によって阻止される。まさか、ご飯を食べ終わってすぐの美緒が帰路を駆け帰るとは考え難いので、食後のお腹にも優しい牛歩での帰宅が、この時点で決定したわけである。
*
「――恋バナをしようや」
「突然ですね、いつも通り」
生徒会室の鍵を返して帰路に就いた美緒と大輔。なんだかんだ言って、この二人だけで一緒に帰るというのは珍しい話でもあった。大体いつもは里奈がいるだとか、美術部で帰っているから美緒がいないとか、そういうことになるのだ。
とても珍しい組み合わせだったが、だからと言って会話が一切弾まないのか、というとそうではない。実際、普段の学校生活では聞き役に回りがちな美緒も、大輔との会話では話題の提供側に回ることがしばしばだ。大輔はせめて話題と呼べるようなテーマがあれば、最低でも一時間は話し続けられるので、この二人が会話をして、話が途切れるという事も少ない。
「しかし、そのテーマがまさかの恋バナ、というのは想像していませんでしたが」
「なんや、私たちにはそんな会話は似合わんとでも言うんか」
「まあ、石井さんに似合わないとまでは言いませんが、私に似合うともまた言えませんかね」
「まあ確かに、そうやけど」
――いや、そこは否定してくれ。とは大輔も言わなかった。言えなかった。言ったら、もっと虚しくなるような気がしたから。
「ということで、恋バナをしたいんよ。憧れやん? 青春やし」
「そりゃまぁ、青春の代名詞の一つくらいにはなってそうですけど。――じゃあ、恋は金で買えるかについて話しましょうか」
「そうやな。ちなみに私は、買える派」
絶対に受け入れられないであろう方向性で話を始めた大輔だが、美緒も一切それに指摘せずに話が進んでいく。大輔としてもまさかそこから話が続いていくなどとは思っていなかったので少々は面を食らった。しかしまあ、話が始まってしまったので、その話題を広げることにする。
「しかし、石井さんは買える派ですか。今の一瞬で世界の半分くらいは敵に回してませんかね」
「いや、本当の愛が金で買えるとは思ってへんけどな? けどまあ、レンタル彼女とかそういうビジネスがある以上、恋という感情やそれに付随する経験を金銭の支払いによって手に入れられる、というのは既にこの世界で確立されたシステムやと思うわ」
「なるほど。こちら側から相手に向ける恋という感情を、金で買えるという主張なわけですね。ですが、それは相手からの恋を金で買えるという話ではないでしょう」
「いや。考えてみたらいいやん。相手に恋愛感情を生じさせることはお金を使っても不可能やとしても、相手が自分に恋をしているという錯覚を金で買うことは出来るんちゃうか?」
「おぉ……なるほど、客観的な主張ではなく、主観的な主張に持ってきましたか。確かに、お互いの恋心があるか、というようないわゆるカミサマ視点から見るのではなく、自分から見て開いての恋心があるように見えるのか、という主観的な視点で見れば、それは恋をお金で買えたと、そう言えるのかもしれませんね……」
――何の話をしているのか、全く分からなかった。
そして、この会話をしっかり議事録に記録していることも、なんでなのか全く分からない。深夜テンションだろう。今は真昼間だけれど。